不穏な空気
この街の自警団は、主に市民で構成されている。
そしてその自警団も街の人同様、いつもラウドたちの目や耳となってくれているのだ。
自警団の団長はラウドに会うなり、口を開いた。
「大魔道士様、実は最近、気になっていることがあるのですが…」
「ああ、何だ?」
「どうやら最近、とある貴族の方が、貧しい人々に金を渡し、どこかへ連れて行くという行動を繰り返しているようで…」
「詳しく教えてくれ」
「街の住人に聞いたのですが、その貴族は50代くらいの男性で、魔力を持っている平民を探しては、金を渡し、どこかに連れて行ってしまうようです。ですが、我々に見つからないように、ずいぶんと慎重に行動しているようで…私たちも直接目撃したことはなく、噂の域を出ないのですが、おそらく真実でしょう」
「魔力を持つ平民をどこかへ連行、ね」
ラウドはそれを聞いて、過去に出会った最悪の貴族を思い出した。
(まさか…今回もあいつが関与している、とかないよな)
ポムじいもその出来事を思い出したらしく、ラウドに視線を送っていた。
「なあ、その貴族、青い髪だったりしないか?」
「いや、そこまでは存じ上げませんね……」
「そうか。引き続き調査を頼む。その貴族に関して、新しい情報が入ったらまた教えてくれ」
「はい」
本日の聞き取り調査を全て終えたラウドとポムじいは、ウィーゼルに戻ってきた。
ラウドはどかりと椅子に座ると、息を吐き出して、天井を見上げた。
(例の男爵令嬢といい、危険そうな貴族の噂といい、やはり最近妙なことが多すぎる。いったい誰が何を企んでやがる……それにしても、魔力持ちの一般人を買収する貴族とはな)
「…なあ、ポムじいもこの件に、あいつが関わってると思うか?」
「行動がそっくりで、ついそう思ってしまいますな。いや、でも確証はないですし、別の人物かもしれませぬ…」
ラウドが思い出した、最悪の貴族。
そいつが自分の出世目的で、魔力が高い実の息子を利用しようとしたこと。それを思い出し、ラウドは憎々しげに顔を歪めていた。
その日の夜。
王宮内では、ミシェルがアレンの部屋を訪れていた。
ミシェルは部屋に入るなり、嬉しそうにアレンの腕を取った。
「アレン様、今日はとっても良いお土産がございますのよ?」
「おや、それは楽しみだね。それで?お土産にはどんな情報を持ってきてくれたんだい?」
優しい微笑みとは反対に、そっけない口調で説明を求めるアレンに対し、ミシェルは頬を膨らませた。
「もう、そんなに急かさないで下さいよ。
まあ良いですわ。今日、街に行ってみたんですけどね、なんとなんと、魔導会の本部はどうやらそこにあるみたいですの!」
「…へえ、それは本当かい?」
「ええ。街の人はみんな隠してるみたいなんですけど、私が特別な破魔の力を持っていると言ったら、教えてくれた方がいまして」
魔導会が貴族に対しては正体を隠して活動していること。そして、魔導会は街の人々にとっては正義のヒーローとも言える存在で、頻繁に慈善活動を行なっていることなどをミシェルは報告した。
「ね?アレン様。なかなか良いお土産でしょう?」
「ああ。良くやったね」
「ふふっ、ご褒美に口づけしてくださっても良いんですのよ?」
「はは、考えておくよ」
冗談めかしてそんなことを口にするミシェルに、アレンは内心、嫌悪感を募らせていた。
(ああ、隣にいるのがこんな女じゃなくて、リーリアだったら良いのに。だが、これでようやく謎に包まれていた魔導会の尻尾が掴めたな)
「…それと、もうひとつ。今日、舞踏会でリーリア様と踊ってた方を見かけましたの!」
それを聞くとアレンは目の色を変えた。
「それは間違いないのか?素顔を見たのか?」
「ええ。仮面はつけていなかったんですけど、おそらくその方だと思いますわ。それに、魔法を使って子供を助けていましたから、よほど親切な一般人か、あるいは、魔導士だと思うんですの」
「何、魔導士だと?」
(あの忌々しい仮面の男が魔導士だとしたら、相当まずいことになった。ああ、だけどそうしたらリーリアが自分の封印のことについて知っていたのも納得できる。あの時に余計なことを吹き込まれたのだろうな)
仮面の男の話をした途端目の色を変え、リーリアへの執着を隠しきれていないアレンを見て、ミシェルは口を尖らせた。
「もう、アレン様ったら、リーリア様のことばっかり。でも、契約通り私が“魔導会を滅ぼす”ことができたら、その時は破魔の力を持つ私と結婚してくださるのでしょう?」
「ああ、もちろんだよ、ミシェル。君の力は国にとって、なくてはならないものだからね」
「ふふっ、嘘ばっかり。国なんかよりも、リーリア様のことが大切だからでしょう?大切なリーリア様を守るためにした行動が、結果的に遠ざけているなんて、皮肉ですわね。でも、どんなアレン様でも私は大好きですよ?それでは、ごきげんよう」
アレンの返事を聞いて、満足そうに帰って行くミシェル。
部屋の扉が閉まると同時に、アレンの心はどろどろとした感情で埋め尽くされていた。
(ああ、なんて忌々しい。…だが、計画は順調に進んでいる。このままあの女を利用して、最後はちゃんと僕がリーリアを手に入れる)
ミシェルとまだ見ぬ仮面の男への苛立ちをなんとか落ち着けたアレンは、自嘲気味に笑った。
(だが、あの女は僕が好きで、結婚して僕を手に入れられるのなら、どんな手を使っても成し遂げるつもりだ。それに僕があいつを好きじゃなくても良いという。なんて歪んだ愛なんだろうな。
……まあ、その点では、僕たちは似たもの同士なのかもしれないが)
アレンは目を閉じて深く息を吐き出すと、もうひとり、今度は別の契約を交わしている人物に会うため、歩き出した。




