大魔導士の1日
リーリアが手紙を書いている頃。
ラウドは今日もまた街に出ていた。
(さーて、まずは今日も店の連中から話を聞くか)
街の人々とかなり密接な関係を築いているラウドは、情報収集も兼ねた人々との雑談が日課となっていた。
春らしい陽気にあくびを噛み殺しながら市場の方に向かっている途中、ラウドは1人の子供が井戸のところで泣いているのを見かけ、足を止めた。
「おい、そこのガキ。どうした?」
「今、ようやく水をくみ終わったのに、ひっくり返しちゃって…」
確かに地面を見ると、天秤棒とそれに繋がれた2つの桶が転がっており、その子の周りだけ土の色が変わり、ところどころ水たまりができている。
また一から汲み直さなきゃ、とべそをかいているまだ幼い子供を見て、ラウドは言った。
「お前、まずそれを背負え」
「え?」
「いいから」
言われた通りに子供が棒の部分を肩にかけると、ラウドは両手を前後の桶に置いた。
「今から水入れっから、重くなるぞ。いいか、倒れんなよ?」
そう言った途端、桶はみるみるうちに水で満たされていく。子供はびっくりして、涙を引っ込めた。
「すごい!お兄ちゃん、魔法使いなの?」
「まあな。ほら、満杯になったぜ。気をつけて帰れよ」
「うん!お兄ちゃんありがとう!」
子供は笑顔を見せると、今度こそは桶を落とさないよう、そうっと歩き出した。
ラウドはその子が角を曲がるまで見届け、再び歩き出そうとした、その時。
「そこのあなた、もしかして魔法使いなの?」
ラウドが振り返ると、ピンクブラウンの髪の令嬢が、目をキラキラさせてこちらを見ていた。
そう、ミシェルである
「まあ、そうとも言うな。こんなしょうもねえ魔法しか使えねえけど」
大魔導士という正体を明かさないよう、さらっと嘘をつくと、ミシェルはわざとらしいくらいの満面の笑みを作った。
「そうなんですか…?でも小さい子を助けてあげるなんて、優しいんですね!私、感動しました!」
面倒くせえやつに捕まった、とラウドが内心で顔をしかめていると、ミシェルがとんでもないことを言い出した。
「ところで、魔法使いさん。この街にいるとかいう魔導会の活動場所って、知ってます?」
上目遣いでこちらをじっと見るミシェルに、ラウドは涼しい顔で答えた。
「魔導会?そんなもん聞いたこともねえな」
「あら、それは残念。先ほど私、魔導会の方々がこの街で貧しい人々を助けてる、なんて噂を耳にしたものですから、てっきりあなたが魔導士様なのかと思ってしまいましたわ」
「残念だが、人違いだ。他を当たってくれ」
ラウドはそう言って立ち去ろうとしたが、ミシェルはさらに言葉を続けた。
「ごめんなさい、もうひとつだけお聞きしたいんですけど、あなた、先日の舞踏会にいらっしゃいませんでしたか?私、舞踏会で仮面をつけた男性を目にしたんですけど、髪の色と背格好があなたにそっくりで!」
「へえ、そうか。まあ、舞踏会なんてそんな場所、一般人の俺が行くわけねえな」
「うーん、違いましたか…」
ラウドは表情こそ崩さなかったが、内心では悪態をついていた。
(ちっ、あいつと踊った時に目立っちまったのが失敗だったな。それにしても、どうしてこいつは魔導会がこの街で活動していると知ってるんだ…?
こいつ、どうやらただの間抜け女じゃないみたいだな)
「違うなら仕方ないですね…引き止めてしまってすみませんでした」
「いや、別にいい」
可愛らしくお辞儀するミシェルだったがラウドはそんなミシェルに興味を示すこともなく、去っていった。
ミシェルは、その遠ざかるラウドの背中を見つめながら、ふっと口元を歪めたのであった。
それからラウドは市場に行き、そこで街の人々に話を聞いていた。
「ああ、魔導会のことを探ってる令嬢なら、先ほどうちにも来ましたぜ」
やはりラウドの予想通り、ミシェルはリーリアと同様、店を巡っては魔導会のことを尋ねていたようだ。
「それで、どんなことを言ってた?」
「なんか…破魔の力?とかいうのを使って、自分も人々を助けたいとか言ってたね」
「なるほどな。ちなみに、そいつに何か言っちまったやつとか知ってるか?」
「いや、今のところは知らねえな。でも、破魔の力なんて言われても俺にはピンとこねえが、もしかしたら他のやつがそれを聞いて喋っちまったのかもしれねえ。一応その令嬢が来たあと、そこらへんのやつには注意しといたんだが、俺も全部は回れてねえからよ…」
「いや、話を聞けただけでも十分だ。ありがとな、おやじ」
「いつでも力になりますぜ、ラウドさん」
「そいつは頼りになるな」
店を出たラウドは、大通りを歩き出した。
(……破魔の力で人を助けたい、か。)
そう言って魔導会に接近しようとしているミシェルが、何を考えているのか。
少なくともあまり良い予感はしないな、とラウドは先ほどのミシェルのわざとらしい笑みを思い出していた。
(そういや、リーリアから王太子を奪おうとしているのも、あの破魔の女だったよな)
リーリアは舞踏会で、自分は王太子に未練はないと言っていたが、本当のところはどうなのだろうか。
貴族であるからには、自分の恋心を優先できない場合もあるだろう。
気にしていないように振る舞っていても、心の底ではミシェルに嫉妬したりしているのかもしれない。
もしそうだとすると、ラウドの考えている計画通りではまずいだろう。
今度、本人にもう一度気持ちを確かめてみよう、とラウドが考えていると、見慣れた老人を見つけた。
「おう、ポムじいじゃねえか」
「おやおやラウド様」
「頼んでおいた本は見つかったか?」
「ええ。ちょうど今それを渡そうと思っていたところですぞ。こちらでお間違いないですかな?」
ポムじいが差し出した本は2冊。
それぞれの表紙には『おいしいお茶の淹れ方』と、『これだけは知っておけ!貴族に通用するマナー100選』と書いてある。
「そうそう、これだ。助かるぜ」
満足そうに受け取ったラウドに、ポムじいは不思議そうな顔をした。
「ラウド様、これを読んで、いったい何をするおつもりで?」
「ああ、勘違いすんなよ。魔導会の方針を変えるわけじゃねえ。まあ、だが俺もこれを使わなきゃならねえ用事が出来たんでな。仕方なくだ」
「ほう、それは、あのお嬢さんに関係のあることですかな?」
「ん、まあな」
ラウドの返事を聞いて、ポムじいは小さく微笑んだ。
(あんなに貴族を毛嫌いしていたラウド様が、まさかこんな本を買われるとは。ふっふっふ、あのご令嬢との出会いが、もしかしたらラウド様にとって大きな変化になるかもしれんの〜)
ポムじいが思わず面白そうにラウドを見つめていると、視線に気付いたラウドが不機嫌そうな顔をした。
「何だよ」
「いやいや、なんでもありませんぞ」
「あ?本当かよ。…まあいい。とりあえず、次は自警団のとこ行くぞ」
「はい」
魔導会の1日は、まだまだ続く。




