魔導会本部
ラウドはしばらくの間、無言でリーリアの一歩前を歩き続けていたが、ある建物の前で、不意に立ち止まった。
「ほら、ここだ」
ラウドが指差した建物を見ると、それは宿屋であった。宿屋といっても、ずいぶんと商売っ気のない外観である。店の看板であろう『宿屋 ウィーゼル』と書いてある板は曲がったままで、入り口も古ぼけた木の扉。花や装飾などは何もない。ただの木造の建物である。そして窓は小さいため、外から中の様子を窺うことは出来ない。
「これは、宿屋…でいいのよね?」
「ああ。表向きはな」
ラウドは扉を4回叩くと、その宿屋に入って行った。
「お嬢様、ラウドとかいう男は本当に信用できるのですか?」
「…そう信じているわ。私たちも行きましょう」
リーリアとマリーも中へ足を踏み入れると、そこは外見ほどひどくはなく、至って普通の宿屋のように見えた。
受付には誰もおらず、ラウドはカウンターを通り過ぎるとすぐに奥の部屋に入っていった。
その部屋は食事をする場所のようで、テーブルと椅子がたくさん置かれていたが、宿屋とは思えないほど雑な並べ方であった。
リーリアもラウドに続いて部屋に入ると同時に、もう1人の見慣れた顔を見つけた。
「まあ、ヴィンセント様!」
「やあ、リーリアちゃん。昨晩ぶりだね」
カウンター席に座っていたヴィンセントは、リーリアに向かって軽く手を上げた。
「ほら、お前たちも座れよ」
ラウドに促され、リーリアとマリーは近くの椅子に腰掛けた。
「ねえ、ラウド。先ほど『表向きは宿屋』だと言っていたけど、もしかしてここは魔導会の活動拠点だったりするのかしら?」
「お、さえてるじゃねえか。お前のいう通り、ここは魔導会の本拠地だ」
「なるほど…外観といい立地といい、ここに宿屋の利用目的で訪れる人はほとんどいない、ということかしら?」
「ああ、そうだ。まあ、一応向こうにベッドのある部屋が3つほどあるんだけどな。でも今まで誰も泊まりに来たことはねえよ。こんなとこ、誰も泊まりたくねえだろ」
確かに、と改めてリーリアとマリーが部屋を見回していると、ヴィンセントが口を開いた。
「それにしてもラウド、お前が出会って2日目の人間をここに連れてくるとは思わなかったよ。さては惚れたか?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ。これからは知ってた方が良いと思ったから連れてきただけだ。それに…こいつは貴族だけど、信用できると思うぜ」
「へえ、珍しい。どうしてまた?」
「まあ、俺の勘ってやつだな。あとこいつ顔に出やすいし、悪巧みなんかできっこねえよ」
「……馬鹿にされているような気がするのだけど、わたくしの気のせいかしら?」
「おー、それに気づくだけの頭はあるか」
「もう!本当に失礼ね!」
リーリアがラウドに噛みつき、さらに反発しようとして口を開くと、それより先にマリーが咳払いをした。
「お嬢様、ようやく魔導会の方が見つかったのですから、喧嘩をしている場合ではありません」
「そ、そうよね……」
リーリアはラウドに向き直った。
「ではラウド、昨晩の話の続きをするわ。まず、シュバルツ家が魔導会に協力することについては、今朝お父様の許可が降りたわ。つまり、今日からでも我が家は全面的に力を貸せるということよ」
「そうか。それは何よりだ」
「そして、わたくしがあなたに聞きたいことは、今後の具体的な計画についてよ。正直に言って、まだ出会って2日目だけど、あなたの方がわたくしよりも色んなことを知っているし、頭の回転が速いと、認めているわ。……だから、わたくしはこれからどうすればいいのか、教えて欲しいの」
ラウドはリーリアのその素直な言葉と、まっすぐな視線を受け止めた。
そして小さく笑みを漏らして、言った。
「素直なやつは嫌いじゃない。いいぜ、それじゃあ本格的に作戦会議と行こうか。まずはお前の婚約者の話だ。といっても、現段階で何か行動を起こすのはまだ早いだろうな。今はとりあえず情報を集めろ。相手がどう出てくるか予想しないことには、何も始まらねえからな」
「ええ、もちろんそのつもりよ。アレン様だけでなく、ミシェル嬢、そしてグレモリー男爵家についても調べるつもりでいるわ」
「そいつは結構。では、俺に協力してもらう話をしようか。まず説明しておくと、昨日の魔力査定を行ったのはただのボランティアなんかじゃなくて、ちゃんとした理由がある。昨日、国中の魔力持ちがその力を徐々に減らしていると言ったよな。実は昨日の査定は、一人一人が現段階で持っている力の量を記録し、把握しておくために行った。正直なところ、属性なんてものはおまけにすぎねえ」
「なるほど。その上でこれから先、査定の時より魔力量が増えている人間がいないかどうか確認する、ということね」
「そういうことだ。魔力が増えている人間がどういうやつなのか掴めれば、犯人が分からなかったとしても、狙われている人間から犯人が推測できるはずだ。だが、普段魔導会が貴族と接触する場というものは無いに等しい。そこで、お前に協力してもらいたいことがあるんだ。シュバルツ公爵家で、なるべく大規模な茶会を開いてほしい」
「分かったわ。つまり多くの貴族が集まる機会を作れば、昨日の査定には劣るけれども、かなり多くの人の魔力を一気に把握できるというわけね」
「そうだ。察しがいいな。あとはその茶会に、俺が紛れ込めば参加者の魔力量を測れるってわけだ。まあ茶会を開くのは2週間ほど後でいい。あまり直近だと意味がないからな」
「了解したわ」
「頼んだぜ。茶会を開くことになったらここに来るか、それか手紙を出すかして連絡してくれ。ああ、魔導会の決まりで、ウィーゼルの扉のノックは4回だ」
そんな秘密結社みたいなおきてがあるのか、とリーリアは妙にわくわくしてしまった。
話がまとまったところで、ヴィンセントが2人が話している間に淹れてくれた紅茶をふるまってくれた。一口飲んだリーリアはその美味しさに驚き、ヴィンセントはお茶を淹れるのが上手いのね、と少し意外に思った。
温かいお茶を飲みながら一息ついたところで、ヴィンセントが口を開いた。
「ラウド。リーリアちゃんの呪いの件についても、話しておいた方がいいんじゃないか?」
「ああ、それについてはお前から頼む」
「了解。じゃあリーリアちゃん、いくつか質問させてもらうよ。まず、君が魔法を使えなくなったのと、魔力があることが分かったのはどちらが先かな?」
「魔力があると分かったのは、2年ほど前のことです。でも、その時にはもう魔法を使うことが出来ませんでしたので、魔力があるということ自体、とても驚きましたわ」
「なるほどね。いつから魔法が使えないのかは覚えている?」
「それが、全くわかりませんの。小さい頃の記憶も曖昧でして……」
「そうか…どうする?ラウド。まずは、何か思い出してもらうところからかな?」
「ああ。そうだな」
「ってことで、リーリアちゃん。僕たちも調べてみるけど、君も何か手がかりになりそうなことを思い出したら、どんな些細なことでもいいから、僕たちに教えてほしい」
「分かりました。本当に、いろいろとありがとうございます」
窓の外を見ると、だいぶ日が傾いていた。そろそろ帰らねばならない。
「では、わたくしとマリーはそろそろ失礼いたしますわ」
リーリアがそう言うと、ヴィンセントが立ち上がった。
「じゃあ、大通りまで送って行くよ」




