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ラストリゾート  作者: 七夕スイ
"祈"編
7/7

独り言と動揺

 一人の転校生を囲う午前の喧騒は、少女の独白を容易に押し退けた。

 彼女の言葉は、望の頭の中でぐるぐると旋回している。


 「どうしたよ、竹原。ぼーっとして。」

 「───えぇ、大丈夫です。あそこのヘッドフォンをかけてる子、神庭さん、だっけ。まだあんまり知らない子も居るなと思って。」

 雨川以外の人物を監視する理由は特に無いが、しかしこの場合知り合いは多くて困ることは少ない。

 と、いうか。

 学校にヘッドフォンは許可されていたっけ。

 この街の構造上、校則を厳しくすることに意味は無いはずで、生徒にはかなりの自由が与えられてる。

 それでもこの数日学校でヘッドフォンをしている生徒を見掛けることはなかった。

 彼女を見るまでは。

 イヤーマフではなく、普通のヘッドホンのようだったな。

 会話をしている所を見ると外の音は、聞こえているようだが。だとすると、音楽は流れていない?


 それとやはり。

 『殺されて、死んじゃった?』

 あの特徴的な、少し震わすような幼げな声。そこから紡がれた言葉は、俺が彼女を気に留めるのには充分過ぎた。

 もし、彼女が「何か」を覚えているのなら、それはすぐさまにでも管理局が動かなければならないし、それ以上(・・・・)の何かを彼女が掴んでいるのなら……。

 あの一言は、果たして独り言か?

 なんて苦い思考を巡らせていると、近くに立っている友人の一人が、俺の心の内を代弁するかのように眉をひそめた。

 「あいつは辞めといた方がいいかも。ちょっと病んでる感じのとこあるから。」

 「───へぇ。」

 「病んでる」、か。

 同級生から出てくる言葉としては、重い部類なのだろうか。特にそれが逡巡なく仲のいい転校生へ伝えられたのだとすれば、少し気になる。

 あれが彼女の妄言なら、それに超したことはないけど。

 管理局のデータを洗ってみるか。


 「そういえば竹原、彼女とかいんの?」

 結局、この時点で俺は彼女の事をまだ、「変わった奴がいるな」程に留めておくに至った。

 何にせよ、今はこの環境に慣れなければ。

 ほんの少しだけの違和感を胸に、「僕」はにっこりと笑顔を造る。

 「いや、居ないよ。それと、僕の事は「望」で構わないから。」




 ここ三日ほどで明らかになった事だが、やはり雨川はクラスに馴染んではいないらしい。

 休み時間も一人でいることが多く、クラスメイトの中に彼女の話題が出てくることは全くなかった。

 しかし彼女自身がその事を気にしている素振りは特になく、ただそれが当然だと言うように孤立していた。


 「望くん、桜とどんな関係だったの?」

 神庭の独り言から二日、一度目の転校から言えば正しく五日。

 化宮に声を掛けられた時、丁度俺は昼食を食べ終わった所だった。

 化宮翼。

 雨川をコミュニティから弾き出している主要因だろう。

 「ただの幼馴染みのようなものだよ。幼かった頃に少し関わったくらいで。」

 「そうなんだぁ。」

 食堂で男子の中心に座っている俺に、平然と話し掛けられる彼女は、それだけ確たる自分の居場所があるということなのか。

 それは男女問わず、ほぼ全員から好かれ、愛されているということ。


 確かに彼女は、俺から見ても気さくで話しやすく、スタイルもよく顔も整っていると思う。

 それだけじゃない。身振り、目線、声、表情、呼吸の間。

 相手に意識させず好感度を上げるそのテクニックは、管理局の学習課程で見た覚えがある。

 目的を持って長く培われた技術は、やはり収束していくものなのか、と思う。

 人に好かれ、入り込み、馴染むための技術。

 俺は彼女に好感を持っている。

 彼女の意図とは違う形で、だけれど。

 例えばそれは、進化の過程で人間と同じように道具を自ら使う野生動物の存在を知った時の感動。

 適者生存、というか、単純に努力の結果。

 収斂進化、とも言う。


 「器用」な彼女は、食堂を出て職員室へ向かう俺になおも話しかけ続けた。

 「桜のこと、何か聞いてない?」

 「いや、家同士の繋がりがある訳じゃないから、僕は何も聞いてないな。昨日、久しぶりに会ったばかりだし。」

 そっか、と彼女は応える。

 それはどこか不安そうにも見えたし、ただ先を見ているだけのような気もした。

 「桜さんなら大丈夫ですよ。必ず帰ってくる。」

 何となく嘘を吐いて、俺は歩き続ける。

 真横の少女はそれを聞いて、気だるげに見える口元から長く息を吹いた。

 俺にはその表情の理由が分からなかったが、彼女の疲れのようなものが隠れている気がした。


 「ところで化宮さん、雨川さんが何処に居るか分かる?少し話があって。」

 と。

 瞬間、化宮が視界から消えた。

 ただそれは一瞬で、直ぐに後ろから追いついて姿を見せた。単に、少し足が遅れただけいう風だった。

 それからは彼女の歩く速度こそ落ちはしなかったものの、一度下がった目線が上がってくることはなかった。

 動揺?

 この数日で人間関係についてはだいたい把握していると思っていたけれど、そうではないのかもしれない。

 ただ孤立しているだけの生徒に対する反応、では無いように思えるが───


 「雨川は図書館にいると思う。けど、」

 その後に綴る言葉を待つ間、廊下は四つの靴音だけになる。

 「あいつに関わらない方がいい。」

 それは外面だとか悪口だとか、そういうものの奥にある言葉のように思えたが、くしくも俺は、その瞬間の化宮の表情を見逃した。

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