中と、外と
「この街は特殊だ。」
外がどうなのかは知らないけれど、越えられない白い壁に、外に出られない仕様、中に入るのもありとあらゆる検査を受けないといけないと聞く。
これが私たちの日常だけれど、決して通常だとは思っていない。
「ありとあらゆる面で感染を防ぐために、ここでは死んだ人は一週間以内に大病院へ引き取られて、遺族には本人の身に着けていたものがすべて帰ってくる。けれど遺体は、骨ですら帰ってこない。防疫のためだとしても、あんまりじゃないか?と、私の居候先のおばあちゃんの葬式で思ったことがきっかけだ。」
はじめは少しの違和感で、けれどそれがあるのとないのとではものの見方が決定的に変わる。
「大病院についていろいろと調べていた時、一つ都市伝説を見つけたんだ。「大病院では死人も蘇る」だ、そうだ。大病院が高度な医療技術を持っていて、大抵の病気を直せる所から来たんだろうけれど、目撃したという証言もあったりする。まぁごく普通の都市伝説だね。それだけの技術を持つ大病院、予防接種に偽装された注射。ここから、一つの仮想が組み上がる。」
「……。」
「「内側」に、感染者がいるんじゃないか?例えば注射なんかで感染させたやつが。ウイルスについて、私たちはあまりにも知らなさすぎる。閉じ込められられた私たちに、大病院の死体処理。「危険」なんていう言葉にまとめられるべきものの気がしないんだ、私には。」
私は続ける。
「そのくせ、私は感染者を見たことがない。大病院の予防接種のおかげ、とは言えないだろうね。それなら予防接種を「外の世界」まで持ってけばいいだけだ。それをしないのはできないからだとすると、「危険」と「感染者ゼロ」が矛盾する。つまりカギはあの壁だ。」
「壁によって感染が食い止められているなら、壁の中にさえ入れてしまえば感染は起こる。私が打たれたあの注射がウイルスで、君とあの医者の言った「ここは最後の楽園じゃない」という言葉が、大量感染への「予告」だとしたら、注射の事実を隠していたこととも話が通る。」
「それが、君の予想?」
と、これまでずっと黙っていた彼は言う。
「うん。昨日、君が二回目の転校をして来るまでの、ね。」
それに、私はそう答える。
「今となってはただの仮想だよ。大事なことがいくつも抜けている。」
「大事なことって?」
「君の立場、後は数と方法、かな。」
無音。
その不気味な静けさは、私の中で確信の一つへとなる。
「転校、昨日の出来事の「リセット」。これが巻き戻しなのか記憶消去なのか、私には分かりはしないけれど、どちらにせよこれの意図は明確だ。「証拠の隠滅」。ここまで大規模に隠滅しなければならないようなことがあるとするなら、それは体制として存在する大病院側だろう。テロ側は事を起こしてからで構わない。なら記憶のある君は何らかの対策を取ったと考えられる。私にも。君が、転校の「リセット」を覚えていることを前提としての話だけれどね。」
「ふうん。他は?」
彼は否定もせず、私を促す。
「数の話だけれど、大病院の発表した「外」の感染率に比べて、「中」の感染率が圧倒的に少ないことになる。」
「?」
「大病院は今でも予防接種を行っている。その結果も少しはあるのかもしれないけれど、中での感染者はゼロとされている。壁による防疫が行われているなら、隔離処置が有効。つまり空気感染か接触感染だと推測される。なら一度中に持ち込まれたウイルスが拡散しない方法は、ないだろう。「あまりにも」感染者が少なすぎる。それに、そんな性質のものならば普通にばらまいた方が、テロとしては有効だ。」
つまり、あの仮想はおそらく間違っている。
彼の、懐疑的で、しかし私の答えをさらに期待するような瞳が、私に発言を急かす。
ノゾミ君の意思はすでに、言外に突き付けられている。
「君の「予想」を話せ。」と。
君には分かっているだろう?と。
…お望み、通りに。
「大病院は、私たちにウイルスの詳細を伏せている。しかも皆、それに違和感を持っていない。「そこ」に、大病院側の隠蔽すべき事実があるのならば。ウイルス症状が、いま私たちに分からない範囲でもう発現しているのなら。私の予想では…いや、もうこれはほぼ事実だろうが、「内側」に感染者がいるんじゃない。」
数秒、私の惑いがあった。
自分自身がその事実を認めるべきなのか、それだけの躊躇。
確かに隔絶された無音の時間を超えて、
彼は口をつぐみ、私は声を放つ。
「「内側」全てが感染者なんだ。あの壁は、死後に発症するウイルスから壁の外を守るための役割を果たしている。そして、大病院はそれを隠蔽している。」
決して楽園なんかじゃない、檻の中に、閉じ込められているんだ。