表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十方暮  作者: kirin
8/61

第七話 真実の傷跡

 沈黙していた和夫は、ふと宮子の使っていた灰皿に気付きました。


 和夫は無言のまま吸殻が山盛りになった その灰皿を手に取ると、自分の吸っていた煙草を揉し静かに語り始めました。


和夫「なぁ光… 信じてくれないかも知れないが お父さんは お前達を見捨てた訳じゃない。

 お前達が宮子と一緒に家を出て行った後… 俺は一日だって心配しない日は無かったよ…

 これから話す事は、俺の独り言だと思って聞いてくれないか。」


光「…」


 泣き続ける光は顔を下げたまま、ずっと黙っていました。


和夫「まだお前が小さかった時に少し話した事があったかな…

 お前は赤ん坊の頃、急性腸閉塞と言う厄介な病気を患った…」


光「!」


 ハッとした顔で光が和夫の話に耳を傾け興味を持ちました。


和夫「お前も、もう色々と解る年頃になった… その時の話を今ここでキチンとしておこうと思う。」


 和夫が そう言うと沈黙していた光が小さな声で口を開きました。


光「その事… ぼくも前から知りたかったんだ…」


 和夫の話にやっと答えた光は、この話に余程の興味があったのでしょう 今までに無い真剣な顔付きで和夫を見ていました。


 そして 和夫は光の顔を見て軽く頷くと、再び話を始めました。


和夫『…今から十年前の事だった…」


――――――――――――


【回想】


 あの日も今日と同じような冷たく激しい雨が降っていた。

 宮子からの電話で、お前の様子が急変したと聞かされた。

 俺達は流行風邪を引いていた物だとばかり思っていたんだ。

 俺は急いで仕事から家に帰った。

 家に着くとお前は真っ青な顔で衰弱し、既に虫の息だった。


 俺達は急いでお前を抱え車で病院に向った。


 宮子は車の中で、ずっとお前を抱え泣いていたよ…


 そして、病院に着いた時、無情にも医者には もう手遅れだと宣告されてしまった…

 直ぐに手術をしたとしても、こんな衰弱しきった赤ん坊にはとても耐えられ無い…

 99%助からないと思った方が良いと言われたんだ…


 俺達はもうダメだと諦めて泣いた… そして考えた…


 【もし… 万が一 奇跡が起こるなら… ここに1%の望みでもあるのなら… 先生! 手術をして下さい!】

 

 そう医者に縋ったんだ…


 俺達は必死で、医者にお願いした…


 【この子を助けてくれ!】ってな…


 暫くの間、迷っていた医者は、俺達の必死の思いを受けて命の保証は無いが必ず全力を尽くすと断言し、手術を引き受けてくれた。


 もう神に縋る事しか出来なかったよ…


 それから直ぐに手術が始まり、俺達は祈った…


 真っ暗な手術室の前で…


 それから長く辛い時間が続いた…


 そして、ようやく手術は終わり医者に無事成功したと聞かされた…


 後は、お前の生命力と回復を祈るだけだって言われてな…


 それから、数時間後… 奇跡が起こった。


 お前の意識は回復したんだ。

 

 お前は赤ん坊とは思えない程の強靭的な生命力で一命を取り留めたんだ。


 神様はいたんだって思ったよ…


 俺達は泣きながら先生に感謝した… 頭が床に付く程に深く深く…


 しかし、元気になった お前は命と引き換えに、身体に大きな代償を残してしまったんだ


(和夫の回想が終わった)

――――――――――――


 すると和夫は光のシャツを上に捲り、お腹の傷を指で示した。


和夫「これが、その時の傷なんだよ光…」


光「!」


 光は この傷跡が、病気で手術をした傷だと言う事を、前に母から聞かされていました。まさかその病気が命に関わるほど重大な出来事だったなんて、夢にも思っていませんでした。


光「お父さんと… お母さんが… ぼくを…」


 事実を聞かされた光はそのまま放心状態になってしまいました。


和夫「俺はお前の その身体の傷を見る度に悔しくなる…

 俺達の不注意で、お前は一生消えない傷を負ってしまったのだからな…。

 だから俺は、もうお前を見捨てたりはしないさ…

 もうお前を死なせたくないから! それでも、お前は俺を信じて付いて来てはくれないのか!」


 和夫の言葉が光の心に届きました。


光「お父さん… ぼくは、今まで何を見て来たんだろうね… 一体、何を信じていたんだろうね…」


 放心状態のまま、光はそこに膝から擦り落ちるように座り込みました。


光「ごめんなさい… 酷い事いって… ごめんなさい…」


 それ以上の言葉を見付ける事が出来ず、光はただ泣きながら和夫に謝っていました。


和夫「もういい、いいんだよ光… お前は本当にやさしい奴じゃないか…

 悪いのは、俺と宮子なんだよ。俺の方こそ謝らなければ… 今日まで済まなかったな…」


 和夫が 改めて光に謝ると、光は首を振りながら涙を拭きました。


 三年前に出て行った時、光は宮子の入れ知恵で和夫を疑いました、しかし この長かった時間は 光の誤解を心に深く刻んでしまっていたのです。


 そして今、ようやく和夫との溝が埋まり、全てが心から晴れやかに変わったのです。

 

 この時、光はついに このゴミ屋敷から出ていく決心が付いたのです。


光「お父さん! 家に帰ろう!!」


 光は和夫の顔を見て元気にそう言うと、自分の荷物をまとめ始めました。


 彼の目には、もう涙はありません。


和夫『光…』


 そんな光の後姿を見ながら、和夫は束の間の安息を感じていました。


 そして、和夫は光の荷物を車に乗せる為 外へ出ました。


【ポツリ… ポツリ…】(雨足は弱くなり始めていた)


和夫「おお、丁度良かった… 雨が止み始めた様だ。」


光「本当だね。」


 そして二人は車に乗り込み家路へと向いました。



 暫くして、光は和夫に疑問に思っていた事を聞くのでした。



――――――――――

車中での会話

――――――――――



光「そう言えば、お父さんは何であの家の事が解ったの?」


 光の最初の疑問でした。


和夫「ああ、まだ言ってなかったな。実は、お前達が突然いなくなってから通っていた小学校へ転校先の学校を聞いてみたんだ。」


 運転しながら答える和夫。


光「へえー、学校って そんな事も教えてくれるんだね。」


 少し感心した様子の光。


和夫「そりゃ、お前達の親だから聞けば当然、教えてくれるよ。」


 最もそうな顔で和夫が答えると、光は照れ臭そうに笑いました。


光「はは… そうだよね。」


和夫「その後に転校先の小学校に行って外から様子を見てたんだ。」


光「えっ!? 学校に来ていたの?」


和夫「ああ… 時々だったけどな… お前達の事を遠くから見ていたんだ。

 でも俊はすぐに見つけたんだが、光の事は中々見つけ出せなかったよ。」


光「あっ、ぼくは あまり校庭で遊ばないからね…」


和夫「ははは、そうか、お前らしいな。

 それから何度か見ている内に、どうしても直接会って話がしたくなってしまってな。

 小遣いでも渡そうと思って お前達が出て来るのを毎日校門の前で待ってたんだよ。」


光「そうだったんだ… でも全然、会わなかったよね。」


和夫「そうなんだよ。きっと下校の時間と、俺の来ている時間がズレてたのだろうな。

 それで、ある日、やっと俊に会えたんだ…

 本当に最近の話だよ、あれは確か ちょうど一ヶ月前位だったかな。』


光「えっ!? お兄ちゃんとは会えてたの?」


和夫「ああ… でも俊には見っとも無いから来ないでくれって言われてしまったよ…

 小遣いも要らないって… 受取らなかった…」


光「お兄ちゃん、お父さんの事なんか、ぼくに何も言わなかったよ。」


和夫「俺が話すなって言ったんだ… 俺に会った事が もし宮子にでも知れたら お前達が怒られるだろうと思ってな。」


光「まぁ そうだよね… 知ったらやっぱり お母さん凄く怒るものね…」


和夫「それで、その時、俊から色々と今の状況を聞いたんだよ。

 家の場所や宮子があまり帰って無い事… 俊が麻ちゃんの所に世話になってる事とかをね。」


光「だから お父さん お兄ちゃんの事 ぼくに全然聞かなかったんだね。」


和夫「俊の事は、直ぐに話そうと思ったんだが、あの家の中の状況を見たら あまりに酷くて少し焦ってしまってたよ…」


光「じゃぁ ぼくが一人で家にいる事も最初から知ってたの。」


和夫「ああ 俊から聞いて知ってたさ… だから毎日 様子を見ていたんだよ。」


光「そうだったんだ… 何も知らなかったのは ぼく だけだったんだ…

 もし 今日 お父さんが来てなかったら… ぼく やっぱ死んでたかもね…」


和夫「ああ、あの状況では 少なくとも病気にはなってたかも知れないな…

 でも本当に無事で良かったよ。」


 

――――――――――

そして二人は自宅に

到着しました

――――――――――



 和夫は家に着くと、まずコーヒーを飲もうと やかんに火を点けました。


 その後、和夫は光を保護した事を俊に伝えてもらう為に、遅い時間でしたが麻子の所へ電話をかけ始めました。


【ガチャッ ジーコ… ジーコ…】(和夫は受話器を手に取り電話をかけた)


和夫「あっ、麻ちゃん、こんばんは真部です… こんな夜分に電話してしまって、ごめんね。」


――――――――――

部屋は和夫の電話での

話声が響きました

――――――――――


 和夫が電話中に光は思いました。


光「この家、すっかり お父さんの匂いになってるな…」


 暫くぶりに帰る家は、すっかり和夫の煙草とコーヒーの匂いに染まっていたのです。


 しかし、部屋は当時の面影のまま何も変わっておらず、光にとっては全てが懐かしくさえ感じていのです。

 

 そして光は自分達の使っていた部屋にそっと入ると、思い出に浸るかの様に ゆっくり深呼吸をしたのでした。


光『ス―――っ…』


 すると次の瞬間!


 とてつもない痛みが光の腹部を襲ったのです!!


光「ヴぁ!! ヴっ!?…? 何だろう… きゅっ、急にお腹が… いっ、痛い… 気持ち悪い…」


 光はお腹に手を当て、ヨロヨロとしながら 慌ててトイレに駆け込みました。


光「ヴエ―――っ! ゴホっ… ゴホっ!」


 彼は、嘔吐してしまいました。


 そして お腹を抱えながら、その場に倒れ込んでしまったのです。


【ガタンッ…】(光が倒れた)


 その時、丁度 電話を終えたばかりの和夫がトイレの前で倒れている光に気付きました。


和夫「おい光、大丈夫か! 一体 何があったんだ!! しっかりしろ!!」



【ピィ――――ッ…】(蒸気が やかんの口から鳴き出した)



 和夫の大声は、蒸気音に交ざりながら響きました。


和夫「おい! ヒカル――ッ!!」



 やっと暖かい生活に戻れた彼に…


 神は 何故また新たな試練を光に与えるのでしょうか…



光「助けて… お父さん…」



つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ