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十方暮  作者: kirin
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第六話 雨の訪問者

 何度も鳴る玄関チャイムで、光は目が覚めました。

 そして寝ぼけていた彼は、目を擦りながら朝と夜の感覚がつかめず時計を見ました。

 まだ夜だという事に気付いた光は、恐る恐る玄関先に行き、小さな声で答えました。


光『だれ…、お兄ちゃん?』


何度も鳴る玄関チャイムで、光は目が覚めました。


 寝ぼけていた光は、目を擦りながら朝と夜の感覚が上手く掴めず壁の時計を見ました。


――――――――――――――――

時刻は九時三十分を過ぎた頃

――――――――――――――――


 まだ夜だという事に気付いた光は恐る恐る玄関先に向うと小さな声で返事をしました。


光「だれ、お兄ちゃん?」


玄関先「…」


 しかし、光の声が小さかったせいかチャイムを鳴らした訪問者は無反応です。


光「だっ誰!?」


 光は少し大きめの声で言いました。


 すると…


玄関先「光か… お父さんだ。」


 なんと、それは和夫だったのです。


 光は驚きました、何故なら和夫には誰もこの家の事を話して居なかったからです。


光「お父さん!? 何でここが解ったの!?」


 光は目を白黒させながら聞き返しました。


玄関先「今は そんな事はいいから… とにかく玄関を空けてくれないか。」


 所が この和夫の問い掛けに光は躊躇してしまいました。


 何故なら 父を家に入れてしまえば、宮子との約束を破ってしまう事になったからです。




――宮子との約束の言葉――


『いいかい 光、私達はお婆ちゃんの家で暮らしてる事になってるけど、親父は気持ちが悪い位に 勘が良くて しつこい性格だからね。

多分この家に住んでる事も、あいつにバレるのは時間の問題だと思うんだよ。

もしバレた時は、必ず私が居ない時に家に入り込もうとするから、お前達がしっかりダメだと断るんだよ! そうしないと、きっと お前は親父の言いなりに連れて行かれるからね!約束だよ解ったね!』


―――――――――――――


 

 

 何度も宮子に約束を破られているのに、光は まだ母親との約束を守ろうとしていました。


光「ごめんね… お父さんを部屋に入れるとお母さんが怒るんだ…

 【絶対入れてはいけないって】お母さんとの約束だから、ごめんなさい…」


 光は小さな声で申し訳なさそうに 断りました。


玄関先「なぁ光… 何日も帰って来ない母親をお前は何時まで信じて待つんだ。」


【ザ―――――…】(雨音が激しさを増す)


 冷静に話をする和夫の声が激しい雨音に混じりながら聞こえました。


光「何で!! 何で お母さんが帰ってないって知ってるの!?」


 光が驚きながら質問をすると、暫くの間 沈黙していた和夫は玄関の向こうから静かに話し出しました。


玄関先「この一週間 この家の雨戸は全く開かなかった…

 もしや 家の中で何かが有ったんではと感じて胸騒ぎがしてたんだ。

 だから今日は ついチャイムを押してしまったんだ。」


 黙って、玄関先の和夫の話を聞いていた光は少し動揺していました。


光「一週間も前から…! お父さんは毎日 来ていたんだ…』


 光は心の中で そう思うと全身の力が抜け落ち、目から堪らず涙が流れ出したのです…


光「あっ… ああ…」


 そして光は唇を噛締め泣きながら玄関の扉を開けました。


【ガチャッ…】(玄関を開けた)


【ザ―――――…】(扉が開き雨音は一段と激しさを増した)

 


光「お父さん!ごめんなさい…。」


 和夫は目の前に立って涙を流す光を見て とても驚いた様子でした。


和夫「光… お前、大きくなったな。」


 そうです三年間、光に一度も会うことに無かった和夫は彼の少し成長した姿を見て驚いていたのです。


 その後、黙って部屋の中に入った和夫は、酷く散乱した部屋の状況を目の当りにして、思わず顔を顰めました。


和夫「これは とても人間が住む環境ではないな…

 済まなかったな光… もう少し早く来てやれば良かった…」


 そう言うと、とにかく和夫は光をここから連れ出そうと思いました。


和夫「こんな所では風邪を引いてしまうから、お父さんと家に帰ろう。それに お前、食事はしたのか。」


光「うっうん… 家に残った ご飯しかなくて これを食べたんだ…」


 そう言うと光は炊飯器を指差し、少し恥ずかしそうにしていました。


和夫「お前… これを食べたのか!?」


光「どうしてもお腹が減っちゃって… 炊きたてのご飯の方がやっぱり おいしいよ。」


 和夫は、その黄色く固まった米が既に腐ってる事に気付くと、情けなくて涙が出て来ました。


 そして、とてつもない怒りが込上げてきたのです。


和夫『何が別居だ… 何が離婚だ… 自分の子供の面倒も見れないバカ親が!』


 和夫は顔を真っ赤にして そう心の中で叫びました。


 暫くの間、何も言わずに下を向いていた和夫に光が声を掛けました。


光「お父さん… 心配してくれてありがとう。 でも ぼくは 大丈夫だよ、気にしないで…」


和夫「なぁ光… 今日は、とりあえず お父さんと家に帰ろう、お風呂も入りたいだろ、さあ 早く支度しなさい。」


 和夫はそう言って、光の着れそうな洋服を散乱した衣類の中から探し始めました。


 光は その姿を後ろから見ながら、小さい声で答えました。


光「お父さんゴメン… お母さんに聞いてからじゃないとダメだから…」


 光の言葉に和夫の動きが止まりました。


和夫「何をバカな事を言ってるんだ光…  あいつは もう帰って来ないぞ!

 ここに居たら、お前は死んでしまうかも知れないんだ!!

 そんな事位、五年生にもなったならもう解るだろ!!」


 怒りと興奮のあまり大声で怒鳴る和夫に、光がその和夫の声に被る様に大声で言いました。


光「でも今は! 今はここが!! ぼくの家なんだよ!!」


 彼は、目に涙を一杯に溜めていました。 それは母親に裏切られた事を認めたくなかった最後の足掻きだったのかもしれません。


光「臭くて… 汚くて… お風呂も入れない… お菓子も、ジュースも無い、ご飯も無い、ストーブだって無いんだよ…

 寒いし… 寂しいし… でもね… でも… ここが… 今の… ぼくの家なんだよ…

 誰も帰って来なくたって… 誰も居なくたって… ここが… 今のぼくの家なんだよ…

 ぼく達を見捨てた お父さんに何が解るんだよ!!」


 涙をボロボロと流し、鼻をすすりながら 必死で光は和夫に訴えました。


 和夫は始めて本当の光の声を聞いたのです、本当の心の叫びを…


 それから暫くの間、二人はその場で沈黙をしていました。


 和夫は光に掛ける言葉もなく その場にしゃがみ込むと 胸ポケットから煙草を出し静かに火を点けました。


【ザ――――――…】(雨音)


 外は雨が更に激しさを増し…


 雨音は また二人の静けさを増し…


 その響く雑音は悲みの音色を奏でている様でした…



つづく

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