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十方暮  作者: kirin
60/61

第五十九話 素晴らしい苦労

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場面は光の通う高校

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【キーン… コーン… カーン… コーン…】


(チャイムが鳴り帰りのホームルームが終わりを告げた)


刈谷「よーし! じゃあ解散!!」


生徒達「さようなら~」


 光のクラスから続々と生徒達が帰って行った


 そして光が帰りの支度をしながら席を離れようとした時…


刈谷「おい光 家の事で少し話したいんだ 土曜の昼飯前で悪いが この後 職員室に来てくれないか」


光「え? あっ はい… でも昨日 今までの事は全部 話しましたよ それ以外で何か?」


刈谷「ん? まあ ちょっとな… じゃあ先生 先に職員室で待ってるから」


光「はい…」


 そうなのです 光は 昨日 一週間ぶりに学校に来て 刈谷と今までの事や今後の事を話し合ったばかりだったのです


 だから 光は今日も担任が自分に話がある事を不思議に感じたのです

 

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場面は職員室

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刈谷「光… 変な事を聞くようで悪いんだが お袋さんとの生活はうまくやってるのか?」


 刈谷は腕を組み心配した表情で そう言いました


光「え?! どうしたんですか急に そんな事聞いて? 家での生活の事は昨日も話したじゃないですか」


 光は予想もしなかった言葉に困惑した表情になりました


刈谷「うん… いや… 実は今日の午前中に 親父さんが学校に尋ねて来られたんだ」


光「えっ!? マジで!!」


 目を見開きながら 驚いた その光の声は 物静かな職員室に響きました


刈谷「おい おい 声…」


光「あ… スミマセン…」


 刈谷は 光の大声で 昼食を取りながら こちらを気にしている他の先生方に 申し訳なさそうに会釈をしました


刈谷「あ… でもそう仕向けてしまったのは 俺かも知れないんだ…

だから親父さんが学校へ尋ねて来られた事には特別深い意味は無いから安心してくれ」


光「はあ… じゃあ先生が 親父に学校に来る様に言ったんですか?」


 不思議そうに尋ねる光


刈谷「いや そう言う訳ではないんだ 実は お前が学校をサボってる間 俺が お袋さんに電話して話した事はお前も知ってるだろ…」


光「はい…」


刈谷「その時 お袋さんに お前が何処に行ってるのか心当たりは無いかって聞いたんだよ

 そしたら 解らないって おっしゃっててな…

 それで もしかして親父さんの家に戻ってるんじゃないかって思って 念の為 親父さんにも電話してしまったんだ」


 刈谷が そう言うと光の表情は一変し とても つまらなそうになりました


光「え~ だって 親父との事は大分前にも先生に話したじゃないですか…

 俺は親父の家には もう帰る事は出来ませんよ…」


刈谷「ああ… 確かに前にも聞いたから解ってたさ ただ… ひょっとしてと思ってな…

 まあ 俺が親父さんに余計な電話をしてしまった事で色々と気を揉ませてしまった様だ…」


光「そうですか… でも 親父 俺の事を心配して学校に来た訳じゃないと思いますが…」


刈谷「いやあ… う~ん… 何て言ったらいいか 俺も迷うんだけどさ

 親父さん 本当に 色んな事 心配されてたよ…  だから今回の お前の不登校の件はとても残念がっていた」


 腕を組み 肩を上下に二度ほど揺らすと刈谷は深く溜息を吐いてそう言いました


光「はぁ? 何それ 残念て…?」


 光が首をかしげながら 目を顰めてそう尋ねると 刈谷は話し難そうに言いました


刈谷「ん? いやいや… もちろん お前がそうなってしまった根本的な原因は親父さんとの事に有ったんだろうけどさ 親父さん自身はその事に触れなかったよ…

 まあ 一切の不満を お袋さんに向けた話をされていたけどな」


光「は~あ~ また そうなるんだ…

 ねえ先生… だって親父は自分で俺を 家から追い出したんですよ!

 酒に溺れて自分を見失って! 訳が解らなくなって… お袋は関係ないじゃないですか!」


 光は呆れた表情で身振り手振りを大きく表現しながら そう言いました


刈谷「解ってるよ… それは お前から十分 聞いて解ってるって… 落ち着けよ」


 刈谷は少し興奮気味の光を両手で上下に仰ぐように そう言って宥めました


光「俺は落ち着いてますよ! だいたい… 今更 学校になんかフラフラ現れて ふざけんなよ…

 自分の行動を美化するのもいい加減にしてほしいよ! 先生達や周囲に偽善を振りまいてさ!

 もう俺は そんなのウンザリなんですよ!」


 そう言って光は頭を両手で覆いながら俯いてしまいました


 すると 刈谷は身体ごと下を向いてしまった光の背中を 上から軽く手の平で【ポンッ】と叩きながら言いました


刈谷「光… お前の気持ちも解るけど 何があったって親父さんは お前の親父さんじゃないか… そんな風に考えるもんじゃない」


光「…」


刈谷「な…」


 刈谷が優しく諭す様に そう言うと顔を上げた光は不貞腐れた表情で言い返しました


光「先生は本当の親父の姿を見たこと無いから そんな気楽な事 言えるんですよ…」


刈谷「いや そんな事ないさ…」


光「だって やっぱり俺が勝手に家を出て行ったと心の中では疑ってるじゃないですか…」


刈谷「え…!? そ、そんな事ないさ… お前の事は信じてるよ」


光「本当すか…?」


 しかし光は刈谷の言葉に半信半疑の様で依然と表情は不貞腐れたままです


 そして そのまま光が沈黙していると刈谷は再び優しい口調で話し出しました


刈谷「なあ光… 俺 初めて お前の親父さんに会ったけど 親父さんはとても誠実な方だよな…

 挨拶といい… 話し方といい… 礼儀のある紳士だ あれは偽善なんかじゃないと思う…

 俺は一人の人間として そんな親父さんが お前に愛情が全く無くなってしまったとは思えないな…

 そりゃさあ 光… 人の人生は長いんだから 一度位の誤解や過ちもあるだろ…

 親父さんが お前の言う通りの行動を起こしてしまったのが 今回の不登校の原因だとご自身で感じてるなら きっと それはそれで後悔してると思う…

 俺は 今まで お前の発言だけしか聞いてなかったから 親父さんに会って少々情けを感じてしまったよ

 まあ… とにかく お袋さんとの生活がキチンと出来てるならそれに越した事はないさ」


光「後悔… ですか…」


 光は刈谷の話を聞いて そう呟くと不貞腐れていた表情から徐々に穏やかな表情へと変化して行きました


刈谷「ああ きっと後悔してるはずさ… でなきゃ こうして学校になんか来ないだろ」


光「…」


刈谷「な…  今は そう思ってやれ…」


 考え込む光…


 すると光の脳裏に和夫が刈谷に何かを話している光景が浮かんできたのです


 光はその脳裏に浮かんだ様子が気になり刈谷に尋ねてみました


光「先生… 親父 何か言ってませんでしたか…

 例えば【お袋が俺を出し抜いて自分から奪った】とか…」


刈谷「え? ああ… まあ… 俺は その事を お前に話すつもりは無かったんだけどなあ…

 それに近い様な事は確かにおっしゃってた… でも何で そう思ったんだ? 」


光「あ… 何となく 今 親父が そんな事を先生に話してる姿が頭に浮かんだんです… 勘ですよ」


刈谷「勘か… でも そんなに 色んな事をマイナスに考える勘も嫌なもんだな…

 しかし… それについては あくまでも ご家庭の問題だから 俺は 何とも言えないさ

 第一 事実がどう あったとしても お前を含めてご両親のどちらの事も批判する事は出来ないしな

 まあ ただ… 俺は一教師として そんな環境の中にいる お前の将来を案じてしまうけどもな」


光「…」


 刈谷が そう答えると光は再び黙ってしまいました


 そんな光の様子を見兼ねた刈谷は これ以上の立入った話は本人の心情に影響すると感じたのか 手の平を景気良く一回【パンッ!】と鳴らし気を取り直す様に話しはじめました


刈谷「よし分かった! お前の今の生活に何も問題が無い事さえ間違いないなら それで俺も安心だ!

 悪かったな色々と立ち入った事聞いちまって… 嫌な事 思い出させて ごめんな…」


 刈谷が そう言うと光も急に我に返り返事をしました


光「あっいえ… 俺も先生にはご心配お掛けしてますから そんな事無いですよ

 こちらこそ 家の事で色々とスミマセンでした…」


刈谷「いや いや… 俺は ただ話を聞いてやる事しか出来ないから そんな力になれないけどな」


光「でも先生 今回の件は本当に親父が全ての原因でこうなった訳で… 何て言うか… 俺は今の生活の方が前よりも全然不安はありませんから」


刈谷「そうか それなら 俺も もう心配はしないよ この話ももうやめよう 悪かった…」


光「いえ…」


 光は刈谷の言葉に真面目な表情で 小さく返事をすると 刈谷は光の その透き通った目をじっと見て憤りを感じる様に言いました


刈谷「しかし光… お前は若いのに苦労してるよ…」


光「苦労…? ですか… はあ… まあ小さい頃から いつも こんな状況ばかりですからね

 でも もう 最近は なんだか慣れちゃってますよ ははは…」


 光は笑いながら答えました


刈谷「慣れか… それも気の毒だな ははは…」


 すると刈谷も光のその言葉を聞いて呆れた表情で苦笑いしました


 そして 椅子の向きを【クルッ】と机に向け おもむろに一通の用紙を机の引出から取り出しながら言いました


刈谷「なあ光… 苦労ってのはさ… 無理矢理にするものでは無いんだけどさ…」


光「はぁ…?」


刈谷「苦労ってのはな… 意外と人生に最も必要で最も重要な勉強なんじゃないかと先生は思うんだ」


光「勉強…? ですか??」


刈谷「ああ… あっ これ… ほら 進級の為のガイドラインだ」


 そう言って刈谷は その用紙を光に差し出しました


光「え? ガイドライン…?」


刈谷「ああ… お前が進級する為の条件が ここに書かれてる

 これから 何を どうするかは これを読んで自分で十分に考えるんだぞ…」


光「はぁ…」


刈谷「高校生活は残り一年半だけど… お前の人生はまだまだこれから ずっと続くんだ」


光「…」


刈谷「沢山の色々な宿題を 溜めてしまったな お前は…」


光「…」


刈谷「だからこそ 今ここで学校を辞めようが 続けようが…

 色んな事を全力で頑張って進むしか 他に道はないんだ… 解ったな」


光「はい…」


刈谷「よし! じゃあ 話はこれで終わり!  もう帰ってよーし! 解散!!」


光「ありがとうございました じゃあ 先生 失礼します」


 光が そう言って椅子から立ち礼をして職員室を出て行こうとすると 刈谷が周囲を気にしながら小声で光を呼び止めました


刈谷「光~! 月曜日も ちゃんと来るんだぞ~!」


光「わ… 分かってますよ…」


 光はそう言うと照れ臭そうに職員室から出て行った


 その後 光は刈谷の言葉を胸に一時間半かかる家路に向かいました


 【苦労は勉強…】


 学校の校門を出て天気の良い青空を見上げながら 光は度々刈谷の言葉を脳裏に浮かべ 今までの自分を振り返ってみました


 【喧嘩】【貧乏】【憎しみ】【争い】【病気】


 今日まで自分が経験してきた事は自分が選んでそうなった訳ではない…


 全ては自然に降り注がれた運命…


 でもそれが全て自分自身の成長と言う勉強になっているなら 担任の言った言葉は何処と無く暖かさと深い意味に思えてなりませんでした


 そして 刈谷から受取った用紙を電車の中で見てみました…


光「…」


 その用紙には進学に必要な条件や現在の出席の日数などが細かく記されていました


光『これから頑張らないと…』



----------

 そして この日から

 光の心の中に僅かですが

 小さな灯火が宿りました

----------



 その後 遠距離通学の高校生活は再び始まりました 


 そして月日が経つにつれ 光は少ずつ考え方が変わって行きました



 今までズル休みをしていた事で出席日数が不足してしまった現状を これから一歩一歩 確実に埋めて行かなければなりません


 赤点となってしまった全ての教科の単位…


 それらを全部 取り戻す為に 光は必死に勉強を はじめて行きました


 来る日も 来る日も それは 勉強… 勉強… 勉強…


 そう…


 学校が 後の無い光に言い渡した留年回避のガイドラインとは目を疑うほど過酷なものだったからです…


 それは この二年が終わる三学期までの成績を平均評価点10段階中8以上と言う厳しい条件…


 即ち全ての教科点を平均80点以上毎回 取らないと光は前には進めない状況でした


 また 今後 一切 学校を休む事も許されませんでした 例え それが本当に体調が悪かったとしても…


 それでも 光は 諦めず毎日頑張り続けました… そして体調を崩さない様に規則正しい生活習慣を養いました


 今の自分が出来る最大の努力をしたのです


 それは 今の光にとって 担任を信じて頑張る事 三郎達の希望として頑張る事しか出来なかったからなのです…



 それから厳しい日々は続きました…


 学校から帰っても遊びに行く事は出来ず 食事以外は毎日 黙々と勉強するしかない


 テレビも


 ゲームも


 大好きだったバイクも…


 一切 手を出す時間さえもない…


 来る日も 来る日も 光は勉強に励み続けました


 そして…


 何時しか光は勉強そのものを己の生きる糧としていたのかも知れません


 そして そんな厳しく辛い三学期はついに終わりを迎えたのです


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 二年 終業式

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 今日は学年の修了証を兼ねた通信簿が各生徒達に手渡される日です


 光は 自分の努力の結果を今日 知る事になります そして同時に 今日この日で全てが決まるのです


 留年か… 進級か… 答えは二つに一つ…


 そして その努力の成果は…


刈谷「はい次! 真部光!」


光「はい!」


 光は教壇で自分の名を呼ぶ刈谷の前に向かった…


刈谷「…」


 刈谷がそっと光に通信簿を差し出した


光「は…!」


 そうです 光が目にした その自分の通信簿の裏に書かれた修了証には 紛れも無く学校長の判が押印されていました


刈谷「良く頑張ったな…  おめでとう…」


 刈谷は そう言って微笑みながら修了証と記された裏面を表にして光に手渡しました


光「はい!」


 光は その証を元気良く返事をして手にすると 感無量の笑顔で自分の席へ座りました


 そして中身をゆっくりと開き成績を確認してみると そこには二学期で真っ赤に汚れてしまった汚名を見事に返上出来る成果が記されてあったのです


光『わあー!!』


 心の中は雲一つ無い すっきりと晴れ渡る様な清々しい気分


 まるで この気持ちは この学校へ入学が決まったあの日… 合格発表の時と全く同じ感覚でした

 でも それ以上に今日と言う日の方が嬉しくてなりませんでした


 気付けば光の目は薄っすらと涙で歪んでいました

 


 その後 クラスの生徒全員に修了証が手渡され 二年最後のホームルームを経てクラスは解散となりました


 クラスメイトが続々と帰宅する中 光は 全てが終わって教室の隅で小さく身を丸めて最後の片付けをしている刈谷の元に行きました


光「あの… 先生…」


刈谷「おお… 何だ まだいたのか?  ほら 早く帰ってサッサとお袋さんを安心させてやれよ」


 刈谷は 一瞬 光の方を見て 苦笑いしながら そう言うと とても忙しそうに机の引出の中身を段ボール箱に詰め始めました


 そんな 刈谷の後姿を見て 光は この一年間 お世話になった事を どう表現したら良いのか戸惑いながら涙を浮かべていました


光「先生… 俺…」


 刈谷は光に再び声を掛けられ 振り返りました


刈谷「ん? 何だお前… そんな顔して…」


光「本当に… 本当に ありがとうございました!」


 大きな声で そう言うと 光の目から涙が零れ落ちました


刈谷「バカだなあ お前は… 泣く奴があるかよ 俺は何にもしてない… 全部 お前の努力だよ」


 刈谷が照れ笑いしながら光の肩をポンッと叩いてそう言うと もう光の目からは堪らずに涙が溢れ出て来ました


光「そんな事ないです! 俺… 先生がいなかったら… 俺 俺…」


刈谷「全く… ほら もう泣くな! もっと胸を張って威張っていいんだから」


 それから暫くそこで光は泣いていました


 刈谷も そんな光の姿を見て満足そうに笑って見守っていました


 

 今日で担任とは お別れです


 短い様で長かった この半年間…


 努力と言う事の素晴らしさを知り 人の心の温かさを知った 光…



 そして それらを教え 絶望から自分の進むべき道を示してくれた 担任 刈谷…


 光にとって この出来事は生涯 決して忘れる事の出来ない素晴らしい【苦労】となった事でしょう



つづく

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