第五十七話 心の垢
家を出た光は その後 三郎 宮子 俊の三人とじっくり話し合い 当然の如く三郎の家に同居する事になりました。
そして その話し合いの中で最も焦点となったのは高校をどうするのかと言う事でした。
もちろん光は高校を退学し俊と同じ様に佐藤家の家業を手伝うつもりでいましたが 三郎と俊は光が高校を退学する事に対して反対で 例え 佐藤家の家業を手伝う道を選ぶにしても 今は残された高校生活の二年間をキチンと通って卒業する条件を付けたのです。
光は納得が行きませんでしたが 高校を辞めなければならないと言う正当な理由がある訳でもなく 仕方なく残こされた二年間の高校生活を この遠く離れた地から通う事にしました
三郎の家の周辺は都市開発中であった為 目の前の道路にバスはほとんど通っておらず 最寄の駅までは車でも片道十五分ほどかかる 辺鄙な場所…
三十キロ以上も離れた高校に電車やバスで通うには乗り換えが三回も必要でした。
しかし この環境では光が電車バスで高校に通うのが嫌になるのは当然な流れ…
光はダメだと解っていながらも終に学校側が禁じていたバイクでの通学をしてしまったのです
しかし そんな いい加減な考えの者が天候にも左右されずにバイク通勤を続けるなんて言う事は 当然 出来る訳も無く 雨が降っては【濡れるから】と言って休み… 風が強く吹けば【寒いから】と言って休み…
終いには 自分の気分一つだけでズル休みする様になっていました。
そして そんな事が何日も続いた ある穏やかな晴れた日の朝の出来事でした…
宮子「ねえ! ちょっとアンタ!」
今日もバイクで学校に行こうとヘルメットを中途半端に頭に載せて かぶる光に 宮子は玄関先から大声で呼び止めました。
光「あ…?」
寝ぼけているのでしょうか 光は気の入らない返事をして振り向きました。
宮子「今日は ちゃんと学校行きなさいよ! 」
光「え… ああ…」
宮子「昨日のお昼に 担任の先生から電話があったんだぞ! もう一週間も来てないって言われたんだからね!」
光「なんだ… バレてたんだ…」
宮子に勢い良く怒鳴り付けられた光は 【シマッタ…】っと言わんばかりの表情で頭を掻きました。
宮子「バレてたんだ じゃないよ! バカ! 一体 毎日 何処ほっつき歩いてんだよ!!」
光「悪りぃ… じゃ行って来るよ…」
光は何時に無く怒っている宮子に申し訳ないと思いながらも そう言って出て行きました。
宮子「全く…」
【ビーーーーン…】
(光のスクーターのエンジン音が遠ざかった)
そうなのです 実は光は毎日学校に行った振りをして 適当にバイクで近くを走り回り ある場所で時間を潰して家に戻っていたのです
そして 激しく宮子に怒鳴り付けられたにも関わらず この日も光は学校に行く事はしませんでした。
光「はぁ~ 毎日 ツマラナイなぁ…」
光はヘルメットの中でそう呟くと 都市開発中の山中にある何時もの空き地へと向かいました
光「はぁ~ 今日もココで寝るか~」
【ビーーーーン… カタタ…】
(スクーターのエンジンを止めた)
光が来ていた この空き地は 山中と言っても小高い丘の上に小さな窪みを作った様な場所で 晴れた日は日当たりも良く 回りは背の高さまで成長した雑草や木々で囲まれていた為 誰からも見られる事はありませんでした
しかしこの見られないと言う状況は 都合よく利用する人間も当然いるもので この場所は粗大ごみや衣類が散乱する不法投棄の場所でもあったのです
そして この場所にやって来た光は近くにスクーターを止めるとバイク雑誌しか入ってない潰れた鞄をヒョイと手に取り それを持って丘の窪の中に入って行きました
光「しかしココはスゲエな… またゴミの量が増えたよ…」
光は散乱する衣類ごみを横目にしながら日当たりの良い窪みに到着すると 真っ先に枕代わりとして頭の下に鞄を敷き大の字に寝転がりました。
光「あー! 気持ち良いー!!」
光は そう言って両手を握り締め背伸びをしながら大欠伸をすると ギュっと つぶった目を両目を ゆっくり開き そのまま真っ直ぐに空を見つめました。
光「きれいな 青色…」
雲一つ無い青空に 荒んだ心が吸い込まれて行く…
それは 心の垢が キレイに洗われて行くかの様な とても不思議な世界でした…
そうです 光は この自然が作る清々しい風景を見ては ツマラナイ日常から現実逃避をしていたのです
朝六時に起きて身支度をし 片道はバイクでも一時間半かけて通う通学…
学校から帰れば毎日が夕方の六時過ぎ…
十二時間以上も拘束されている…
部活動も何も出来ない…
帰れば食事をして風呂に入って寝るだけ…
何の面白味も無い高校生活…
光にとって高校に通うと言う意味は ただ三郎の家に居させて貰う為だけの糧でしかなかったのです
光「はぁ…」
そう… 光は将来の夢も希望も何もかもを失ってしまっていました
そして今日も穏やかな時間は過ぎて行く…
寝転がってから三十分位が経つ頃 青空に真っ白くて軟らかそうな小さな雲がゆっくり横切りました
光「ふぁ~あ~…」
光は 再び大きな欠伸を一つして そのまま目を ゆっくり閉じて眠りました
こうして 何も無い無駄な一日は 今日も終わって行くのでした
光「ZZZ…」
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場面は三郎家
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時刻は夕方の二時を過ぎた頃…
【ガラガラ…】
(玄関扉が開いた)
俊「ただいまー」
この日は少し早めに 三郎と俊が仕事から帰ってきました
宮子「あ、お帰りー 今日は早かったんだね あれ 三ちゃんは?」
宮子が玄関先で 俊に そう尋ねると
俊「ああ… トラックに燃料を入れてくるってさ。 はいコレ… ごちそう様」
俊は そう言いながら二人分の弁当箱を宮子に手渡しました
宮子「あっ はいはい… お粗末さまで…」
宮子は そう言って俊から弁当箱を受取ると 早速 入れ物から取り出し台所で洗いはじめました。
【ジャー…】
(流しの水が流れる)
俊は そのまま居間の方に行き座椅子で寝ていた猫をヒョイと抱え 自分の股座に横たわらせ胡坐を掻いてその場に座りました
俊「ん? 何だこりゃ… コレ お袋が見てたの?」
俊が ふと卓袱台の上に置かれた新聞広告に目を向けました
宮子「んー? あー… あたしじゃなくて それ 光が今朝 見てたんだよ」
台所から宮子が答えます
俊「へぇ~ 光が…」
俊は そう言うと その広告を手に取り不思議そうに眺めはじめました
そうなのです 俊が不思議に感じた訳は それが求人の折込だったからなのです
宮子「うん… あんたには話しておいた方が良さそうだね…」
台所にいた宮子が手拭で手を拭きながら居間に入ってきました
俊「求人て… あいつ どうかしたの?」
宮子の表情を見て何かあったのだと察した俊は不安そうに そう尋ねました
宮子「実はさ… ずーっと 学校サボってたんだよ…」
俊「え?! マジ…」
宮子の言葉に驚く俊…
宮子「うん… あたしも昨日知ったんだ 担任の先生から お昼頃電話があってね
昨日の夜に 奴に問い質そうと思ってたんだけど 三ちゃんが居る時に そんな話したら揉めると思ったから 今朝 奴が学校に行く時 少しキツク怒鳴ったんだ…」
宮子が腕を組みながら口を一文字にして そう答えると俊は困惑した表情で聞き返しました
俊「あいつ 学校行かずに何処に行ってんだろ?」
宮子「あたしも聞いたけど何も答えなかったよ… けど 悪い事をする様な子じゃないから その辺は心配はないと思うんだけどね」
溜息混じりの重たい声で宮子が言うと 俊は卓袱台の上に置かれた求人広告を手に取り それを見つめながら小さな声で呟きました
俊「学校で虐められてるのかな…」
すると宮子は あきれた様な苦い表情で答えました
宮子「いや… それは無いと思うよ だって もし そうだとしたら担任の先生だって何かしら それらしい事は聞いてくるだろ」
俊「そうか… じゃあバイト探しか… 何か欲しい物でもあるのかもよ だって あいつ【学校から帰ってくる時間が遅いからバイトも出来ない】って前にボヤいてた事あったし」
俊は そう言いながら手に持っていた求人広告を卓袱台の上に【ポンッ】と投げ置きました
宮子「あら… そんな事言ってたの? まあ それなら それで良いんだけど…」
俊の そう言った話を聞いても 宮子は それが今回 光が学校をサボっている本当の理由ではないと感じている様でした
そして なんとなく 重たい空気が漂いだした時 俊が何かを察したのか突然 大声で言ったのです
俊「お袋! 俺 心当たりあるから ちょっと 光を探してくるよ」
しかし宮子は重たい表情で答えました
宮子「ああ… ありがとう… でも大丈夫 その心配は無いよ
あいつが今日も学校へ行ってなけりゃ何事も無かったかの様な顔して もうそろそろ帰ってくる頃だと思うから」
俊「そう… じゃあ帰ってきたら俺から なんとなく聞いてみようか?」
俊は それとなく宮子に気遣いながら そう言いました
宮子「う~ん どうなんだろうね… 三ちゃんにも話すべきなのか 本当に色々と迷う所だよねぇ…」
どうやら宮子は この問題を母親として どうすべきかを迷っていました
すると…
【ガラガラ…】
(再び玄関扉が開いた)
三郎「今 けえったどー! がはは」
いつも通りの陽気なテンションで三郎が帰ってきたのです
俊 宮子「あ…! おっ お帰りー!」
俊も宮子も 今の話でどこと無く硬い表情で言いました
三郎「ん? 何だ二人とも… 引きつった顔して…」
三郎が 二人の顔を見てそう言いました
宮子「え?! そうかな…」
少し焦る宮子
俊「いや… そう?!」
俊も つい表情が強張ってしまいました
三郎「ん~?」
宮子「…」
俊「…」
三郎「あっ!! そうか!!」
三郎が二人の様子を見て何かに気付いた様に そう言うと 宮子と俊は口を真一文字にして緊張しました
俊 宮子「【ギクっ!!】」
三郎「そうか! 解ったどー!! おメエ達… さ・て・は… 」
二人は三郎の顔を見ながらドキドキと鼓動を高まらせます
俊 宮子「【ヒャー… やばいバレタかも…】」
三郎「うめえ もんでも食ってたんだろ! 俺に内緒でコンニャロめーがー! がーはははは!」
俊「あらら…【ガクッ!】」
二人は三郎の すっ惚けた一言にズッコケそうになりました
宮子「あっ… あははは… 【なんだよ 焦ったなあ…】」
俊「はは…」
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その頃 光は…
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光「ふぁ~あ~… 良く寝た… 今 何時だろ…」
時刻は午後三時少し前でした
光「そろそろ 帰ろう…」
そして 光は起き上がり枕にしていた鞄を手に取ると ズボンからシャツが乱れ出た格好のまま ゆっくりとバイクの方へ歩き始めました
光「ふう…」
光が とても重たい表情で 鞄を だらしなく担ぎ 右手で頭を掻きながらフラフラとしていると 何か頭の中を人の声の様な感覚が掠めて行ったのです
【ひ… か… る…】
光「ん!? なんだ??」
それは本当に細い細い小さな声でした…
光は辺りを振り返りました
光「あれ? おかしいな… 誰もいない… 気のせいか?」
光は暫くその場に佇んで周りに人気が無いかを探っていましたが 直ぐに それが自分が寝ぼけていたのだと思い再び歩きだしました
それから 数分後 光は家に到着しました
【ガラガラ…】
(光が玄関扉を無言で開けた)
光「ただいま…」
光が そう言いながら玄関扉を開けると 目の前には仁王立ちで腕を組んだの宮子の姿がありました
宮子「…」
宮子は黙ったままでしたが その表情は睨み付ける様に光の事を見ていました
光「ごめん…」
宮子「あんた いい加減にしなさいよ…」
光が宮子の心中を察し 申し訳なさそうに誤ると 宮子は三郎の手前 小さな声で そう言って居間に入って行きました
その後 光は玄関先からトボトボと居間に入ってくると新聞紙を敷いて足の爪を切っている三郎の姿が目に入りました
光「あっ… 今日は早かったんだね」
光が そう言うと三郎はニッコリ笑って答えました
三郎「ん? おう! 帰ったか どうだった学校は? がははは」
そんな笑顔で答える三郎に光は申し訳なく思ったのか 元気のない返事をしました
光「うん…」
すると三郎は大きな声で笑いながら話し出しました
三郎「がははは なんだ なんだ 嫌な事でもあったのか~? 元気がねえじゃねえか~
なあ光! 俺はアッパッパーで中学しか出てねえからよ高校に行けないってのは結構 寂しいもんなんだぞ! オメェが羨ましいな がははは」
光は そんな三郎の元気で勢いのある話し方と内容に益々 身が小さくなる思いでした
光「うん…」
光は申し訳なさそうに そう言うと隣の部屋に行きました
鞄を置いて制服から着替え始めると 先に部屋でテレビゲームをやっていた俊が光に気付きました
俊「おお光か…」
俊がテレビゲームをやりながら淡々とそう言うと 光も特に感情を表さず気の抜けた声で答えました
光「おお…」
そして そのまま 無言で着替えを続ける光に俊が小さな声で言いました
俊「お前… 聞いたぞ…」
光は俊の その言葉だけで何が言いたいのかを察しました
光「うん…」
しかし 光はそれ以上何も話す事が出来ません
俊「ちゃんと行けよ… バカ…」
何も答えない光を見て俊は呆れながら そう言うとテレビゲームを止めて居間の方に行ってしまいました
光「…」
そして そのまま 部屋に独りになった光は 自分用にと宛がってくれた古びた書棚に並ぶ教科書を見て溜息を吐き思うのでした
光「ハア… 【俺って一体 何の為にココにいるんだろう…】」
和夫と別れてから数ヶ月…
三郎達と暮らせば寂しく無い毎日を過ごせると思えてた自分の考え…
それとは裏腹に 何故か今の自分が置かれている立場や環境は孤独で以前以上に寂しい物でした
しかし光には それが何故なのかが解らない…
誰の為でもない… 誰の事でもない… 全ては自分自身の人生の為である事なのに
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そして 時刻が十九時を過ぎ様とした頃…
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【リリリリ… リリリリ…】
(電話が鳴った)
食事も終わり居間で皆が憩いを囲んでいた時でした それはまるで この時間を狙ってるかの様に十九時ぴったりの着信だったのです
俊 宮子「ん!」
三郎「ん?」
光「ハア…」
そして光は直ぐに感じました この電話が今の行動の潮時であると言う事に…
つづく