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十方暮  作者: kirin
56/61

第五十五話 偽りの関係

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無言の時間は続いた…

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 そして最初に話を始めたのは光の方でした。


光「兄貴は この事を知らなかったけど… お袋は 知ってたよ…」


 その虫の鳴く様な細々とした光の声は和夫の心を一際しめつけました。


和夫「…」


 しかし和夫は依然と無言のまま険しい表情で煙草を吸うのです…


 そして 光は何も答えない和夫に質問をしました。


光「本当は 親父だって自分が お酒を飲むと こうなる事を解っているんだよね…」


和夫「…」


 それでも和夫は黙ったままです…


 それから暫くして和夫は吸っていた煙草を灰皿に揉み消すと大きな溜息一つ吐いて静かに話し出しました。


和夫「飲んで奴と言い争った時の事は忘れてはいない… あの頃は何時も喧嘩ばかりだった…」


 和夫は遠い日の出来事を思い出しながら 悲しみの声で そう言いました。


光「喧嘩の事は お袋からも聞いた…」


 光も その和夫の表情と声に同調しながら そう言いました。


和夫「はは… テープを聞いて ようやく奴の言っていた事を少し理解できた様な気がするよ…」


 和夫は 一瞬 呆れた表情を見せて そう言うと俯きながら鼻で笑いました。


 しかし光は その様子を見ても 表情は一切変えずに ポツリと呟くのです…


光「お袋は我慢できなくて逃げ出したんだ…」


 光の呟きを聞くと 和夫の やるせなく笑った苦い表情は徐々に後悔の思いを募らる様に歪みだしました。


和夫「はぁ… 今更ながら奴にも悪い事をしたと感じるな…

 当時の事も昨日の事も 自分が こんなに暴れていたなんて悪い夢でも見ている様だ…

 まあ… 俺は このテープを聞いて良かったんだ…」


 和夫は事実を知って動揺しているのか声が震えていました…


 その後 再び黙ってしまった 和夫に光は自分の思いと考えを話し始めました。


光「きっと 兄貴が出て行ってから 親父の心は崩れていたんだよ…

 そりゃ 俺だって兄貴が居なくなって何度も寂しいと思った…

 だから 崩れてしまったのは 俺も同じなのかも知れない…

 でもね…

 俺は お袋や婆ちゃん達の事がどうしても許せないって思う親父の気持ちは 正直よく解らないよ…

 だって… もう お袋と離婚してから 三年もたったんだ…

 俺達が別々暮らして 家族が離れ離れになって七年以上も経った…

 なのに そんな 長い間 親父は ずっと ずっと 皆の事を憎んで生きて来たと思うと… 俺…」


和夫「…」


 和夫は何も答えません…


光「俺… そんな親父は嫌だよ…」


 光は涙を呑み込む様に 一瞬 間を空けて そう言うと和夫は肩を揺らしながら答えました。


和夫「すまん…」


 すると その言葉を聞いた光は ごく自然に 引込まれる様に自分の考えを語りだしたのです。


光「親父は何時も俺達に言ってたよね…

 どんなに貧乏でも 心の貧乏にだけはなるなって…

 記憶が無くなるほど お酒を飲んで… 人を恨んで… 大声で騒いで…

 それって 心が貧乏な人間のする事じゃないの…?

 俺は 例え貧乏でも いつも一生懸命に誠実に生きて来た親父の事が好きだよ。

 だから お酒を飲むのは もう止めて…」


 何年ぶりだったのでしょうか… 光が ここまで和夫に自分の考えを伝えたのは…


 和夫は この光の言葉を聞いた時 例え酔ってとった言動にしろ自分の説いて来た教えに責任は十分あると感じました。


 が しかし…


 全てを簡単に受入れる事は出来なかったのです。


和夫「全くだ… 本当に お前の言う通りだよ…  俺は… 返す言葉もない。」


光「じゃあ… もう お酒は…」


和夫「いや済まない… それは無理だ…」


 和夫が そう言うと光の表情は泣き出しそうになりました。


光「何で…」


和夫「済まん… 酒も煙草も止める事は出来ない…」


 そうなのです…


 和夫は すでに自分がアルコールや煙草に依存している事を解っていました。



 夜中に仕事をし帰宅をすれば途方もない多大なストレスに心も身体も押し潰され…


 希望に満ちあふれた将来の夢は…


 離婚や怨恨… 略奪や恨み と言う暗く悲しい現実に打ち砕かれる毎日だった…


 気付けば和夫は 自分の唯一の理解者である光の事でさえも…


 この一緒に暮らしている家や安らぎの空間でさえも…


 鬱陶しい存在になってしまっていたのです。


 だから今の和夫は酒に酔い覚醒すると言う逃げ場や誤魔化しで生きて行く事しか出来なかったのです…



 それは夢と希望の全てを奪われた 儚い中年男の本当の姿でした…



 【禁酒】


 そんな生易しい方法で 一重にまとめるには あまりにも簡単すぎる答えなのです…



 そして ついに この和夫の発言は光との距離感を一層 絶望的に広げてしまう結果となりました…



光「直ぐに止めなくても良い… 少しずつ 少なくして行こうよ…」


 光は今にも涙が零れそうな表情でしたが それでも和夫を気遣い優しく諭す様に そう言いました。


和夫「それでも無理かも分らんな…」


 和夫は そんな光の切実な願いを苦笑いで そう言って返しました。


 すると 光の顔付が変わりました。


光「何でさ! 俺は今日ちゃんと解ってもらいたいから この事を全てを話したんだ!!

 親父の事を心配してたから 何があっても今日まで黙って来たんだよ!!

 事実を理解してくれたのに… それじゃ あんまりじゃないか…」


和夫「…」


 しかし 和夫は 光の訴えに ただ黙って俯く事しか出来ません…


光「俺は謝ってもらいたい訳じゃないんだ…」


和夫「…」


光「怖いんだよ… 俺…

  多分 次にまた同じ事が起こったら 今度は もう親父が嫌いになるよ…」


 光の目から涙が溢れ出しました…


 そして ずっと黙っていた和夫も そんな切実な光の訴えに憤りを感じながら寂しく小さく自分の考えを話し始めたのです。


和夫「止めれないのに… 【解った】と言ったら俺は嘘吐きになる

  努力はするさ しかし 今はそうとしか言えない… 済まんな。」


光「酔ってる時の親父なんか 俺は大嫌いだよ!」


 【ダダダッ… スタンッ…】


 (光は小走りで部屋に入り襖を強めに閉めた…)


和夫「ヒカ…」


 そんな和夫は勢いよく部屋に入って行った光に一瞬 声を掛けようとしましたが その悲しい後ろ姿を見ると言葉に詰まり大きな溜息を吐く事しか出来ませんでした…



 全てを打ち明けた光…


 そして事実を知った和夫…



 この日から和夫の精神状態は益々乱れ お互いの溝は深まる結果となりました。



 そして 時間が流れるのは早いもので…


 この距離感と蟠りを抱えながらも三か月と言う月日があっという間に流れると 光は高校一年の三学期を迎えたのでした。





 しかし あの酒乱騒動から 不思議と 和夫は 酔い狂う事は ありませんでした。



 おそらく和夫も今日まで我慢をして必死で毎日を過ごしていたのです。


 

 しかし… 忍耐と気遣いで固められた偽りの関係と言うものなどには 残念ながら崩壊する流れしか忍び寄る事は無いのかも知れません。


 

 そして ついに二人の間には また新たな環境の変化が始まりだすのでした。



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光がバイクの免許を取得した…

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 せっせと佐藤家のアルバイトをこなしていた光は なんと原付の免許ではなく 初めから自動二輪の中型免許を取得していたのです。


 しかも免許取得の為の資金も順調で 光は免許取得の資金としては余るほどの お金を貯めていました。



 そして光は終に念願だった自動二輪の中型免許を取得し 次にバイクを買おうと準備をしていたのでした。



光「やったー! 念願の※中免だー!! これで三ちゃんや兄貴のバイクも乗れるぞー!!」


 ※自動二輪車の中型免許の事を略して中免ちゅうめんと呼んでいました。


 はしゃいでは心躍らせる光… どれだけこの日を待ち望んでいたのでしょうか。


和夫「良く頑張ったな! これからは公道に出てバイクに乗れるが安全運転をいつも心掛けながら走行するんだぞ。」


 和夫も一生懸命に頑張っていた光を応援していたのでしょう 一緒に称え喜びました。


光「解ってる解ってるって! ははは 春になったらツーリング行こうかな~」


 光は嬉しさのあまり あれこれと楽しい考えが浮かんで仕方がありません。


和夫「おいおい… 浮かれる気も解るが折角 教習所に通って二輪車の免許を取得したんだから筆記試験だけの原付免許とは格も技術も違う事を忘れるなよ。

 交通違反なんかして免許に傷つけたり 皆に迷惑になる様な危険な走行だけはしてはならんぞ…」


光「大丈夫だよ… 【ホントに親父は運転の事になると煩いからな…】」 


 そんな中 和夫は光の免許取得に関して 俊の時の様な押さえ付けや無関心な態度は見せず どちらかと言うと光を応援している感じで接していました。


 まあそれも… 自分が酒乱で迷惑を掛けた経緯や心情も関係はしていたのでしょうが…


 それは 自分なりに 光との関係の修復を考えていたのかも知れません。


 そして 和夫は光の免許取得に向けて ある事を計画していたのでした。


和夫「実はな光。 お前が教習所に通い出してから色々と俺も考えていた事があったんだが…」


 和夫は浮かれる光に そう切り出すと箪笥の引出しをあさり始めました。


光「考えてた事?」


 光は和夫の後姿を見ながら不思議そうに聞き返しました。


和夫「ああ… お前は免許を取得する為に自分でアルバイトして自分の力だけで頑張った。

 だからバイクを買うには もう予算が無いだろう。」


 そう言いながら和夫は箪笥の引き出しから何かカタログの様な物を取り出しました。


光「ああ俺… 単車を買う お金は無いから 中古のスクーターを買おうと思ってるんだ。」


和夫「やはりそうか… お前が そう言うだろうと思ってな 実は会社の近くのバイク屋に相談してみたんだよ」


 すると和夫は卓袱台の前に箪笥から取り出したオートバイのカタログをそっと置きました。


光「え!? 何これ マジで!」


和夫「ああ… そうしたら バイク屋のオヤジさんが【二輪車の免許を持ってるなら50ccのスクーターではなくて80ccのスクーターにしたらどうだ】って提案されたんだ。

 これがそのスクーターだが…」


 和夫は驚く光に そう言いながら そのカタログを広げて見せました。


光「80cc… 原チャリよりも少し大きいって事なのかな??」


和夫「いやいや… 大きさ自体は同じだそうだ。」


光「へ? じゃあ何が違うの?」


和夫「原付は50ccまでのもので原付免許で乗る事が出来るのは知ってると思うが50cc以上のスクーターは二輪車の免許がないと乗れないから

 制限速度や二段階右折と言った交通規制もないんだ。 その上 80ccスクーターは原付スクーターと比べ費用も変わらず安くて二輪の免許を持ってる者にお勧めなんだと言ってたよ。」


 和夫はバイク屋から聞いてきた事を光に話すと胸元のポケットから何かメモ書の様な物を取り出しました。


光「ふ~ん… じゃあその中古車が お店にあるんだ。」


和夫「いや… 新車の店頭展示品なんだ。」


光「え新車!? じゃあ予算的に無理だよ… 俺 お年玉とか貯金を全部合せても 今 十万円しか持ってないもん…」


 光が がっかりした表情で そう言うと 和夫はポケットから取り出したメモ書きを見せて話し出しました。


和夫「ああ そうなんだ 普通は二十万ぐらいはする物らしいから とても その予算では買えないんだが 好都合な事に

 そのバイクは原付免許しか持ってない者は乗れないから 店でも ずっと売れないらしく長期在庫で困ってるそうなんだ。

 だから バイク屋のオヤジさんも【勉強するから検討してくれないか…】って言っててな。」


 そう言って和夫が光に見せたメモ書きは どうやらバイク屋でも簡単な見積もりが書かれた覚書の様でした。


光「マジで! いくらにしてくれるって!?」


 光は その覚書を見ながら書かれている値段を確認しました。


和夫「長期在庫で小傷もあるから そこに書いてある値段でいいと言ってたよ。」


光「十五万円! はあ… ダメだ… 確かに新車にしては安いけど それでも俺 お金が足りないよ…」


和夫「まてまて… 話は最後まで聞けよ。」


光「え…」


和夫「俺も二輪車の免許を持ってるし 今使ってる自転車よりスクーターは便利だ。

 お前も一生懸命に努力して頑張ったんだから 誰が乗ったか解らんような中古の原付スクーターより

 俺と予算を出し合って共有でこの新車を買ってみないかと思ってな。」


光「ええマジで! 親父もお金出してくれるの!?」


和夫「ああ。 もし お前がそれで良ければ俺が八万円出そう… お前は残りの七万円で良いよ。」


光「本当! 大賛成だよ!! やったー!!!」


和夫「そうすれば小遣いも多少手に残るだろう… 俺からの些細なお祝いだ。」


光「ありがとう親父!!」


 こうして光は和夫の協力の元に80ccスクーターを新車で購入することになりました。



 バイク購入に援助金を出す事で光との関係を修復させ様と考えた和夫…


 しかし 果たして…


 この援助で 二人の間に作られた心の壁は本当に取り除くキッカケとなって行くのでしょうか…


 それとも…


つづく


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