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十方暮  作者: kirin
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第五十二話 他人行儀

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 そして翌朝…

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 宮子は光が起きて来る前に 昨夜の出来事を三郎に話しました。


 話を聞いた三郎は和夫と自分達の確執を案じ 一旦 光を自宅に帰らせる様に促しました。


 また俊にも考えを聞きましたが やはり意見は三郎と同じでした。


 二人の意見を聞いた宮子は光が心配で帰したくはないと言った様子でしたが… 仕方なく 皆の考えを尊重し光に告げる事にしたのです。


 そして 時刻は午前八時過ぎ…


 眠い目を擦りながら光がトイレに起きて来ました。


【カチャ…】


(隣の扉の戸がゆっくり開いた)


光「ふぁ~あ… お袋 おはよう…」


 昨夜の事で中々眠りつけなかったせいか 光はとても眠たそうでした。


宮子「おはよう… 光 ちょっと話があるんだ… 」


 宮子が言い難そうに光を呼び止めました。


光「あ… うん…」


 その後 光は三郎と俊の考えを宮子から一通り聞きました。


宮子「…と言う訳で 手伝いがまだ残ってると思うけど 三ちゃんも俊も 親父が記憶に無いなら今の内に帰った方が良いんじゃないかって…」


光「そう…」


宮子「もし このまま また一週間滞在したら もう帰るのが嫌になるかも知れないよ…」


光「そうだね。 俺のせいで仕事とか時間とか… 皆に迷惑掛けたね…」


宮子「それは仕方無い… 兎に角 今は学校の事を一番心配しなきゃね…

 くだらない事で あんたを退学させる訳にはいかないからさ。」


光「本当に ごめん… 何だか 手伝う所か 余計な心配かけに来たみたいだよ…」


宮子「あんたも悔しいと思うけどさ… 少し色んな事が落ち着くまでは家で大人しくして おいた方が良さそうだね。」


光「うん 解ってる…」


宮子「よし じゃあ 朝飯 食ったら出発しよう… 送ってやるよ。」


光「ありがとう…」


 こうして この日 光は宮子に車で送ってもらい 再び自宅に帰る事になったのです。


――――――――――

場面は車の中…

――――――――――


光『…』

 

 光は 車の助手席で頬杖をついて 走り行く外の景色を眺めては何やら考え事をしている様でした。


宮子「…」


 宮子も そんな無言のまま何も話をしない光を気の毒に感じたのか 特に何かを話しかける事もしませんでした。


【♪~♪~】


 静まり返る車中は 宮子の大好きなヒップホップ系の音楽がフロントスピーカーから流れてくるだけ…


 しかし音楽とは裏腹に 光の心中は不安で一杯だったのです…


光『はぁ… 帰ったら 親父はまだ酔って寝てるかもな…

 もしまだ酒乱の症状が治まって居なかったら きっとまた暴れるだろうな…

 ふぅ… 大体 何で自分の家に帰るだけなのに こんなに 恐怖を感じるんだろ…

 ダメだ… 落ち着かないと… もっと 落ち着かないと…』


 光はそんな事を思いながら目をギュッと閉じ 両手を顔に当て上下に擦りながら そのまま頭をイライラと掻きだすと その様子を見ていた宮子が突然大きな声で話し掛けました。


宮子「ねえ 光 見て! ほら子犬だよ!」


 宮子の呼び掛けに光は 目を開けて前を見てみました。


光「あ… 犬ね… はは カワイイね。」


 光は特に愛想もなく淡々と答えると 顔は少し苦い面持ちでした。


 しかし そんな光の そっけない反応など気にもせず 宮子は普通に話をしました。


宮子「あのね あたし 誰にも言ってないんだけどね 実はさ… 今 知合いに犬を預かってもらってるのよ。」


 すると 宮子の この言葉に光が少し驚いた様子で答えました。


光「え? 犬!?」


 宮子は興味深く聞いて来た光の方を横目で見ると 少し笑みを浮かべて答えました。


宮子「うん… 前に辞めちゃった職場でね 犬を飼ってる年配の女の人が居てね。

 【子犬が数匹生まれたから もし好きだったら貰ってくれない?】って 頼まれちゃってさ。 ははは」


 光は 宮子の笑った横顔を見ながら とても興味深そうに聞き返しました。


光「え? じゃあ お袋 その人から犬を貰ったんだ!?」


宮子「うん… 三ちゃんと暮らす前までは少しの間 一緒だったんだよ…

 ほら あたしさ 一人になっちゃったから寂しかったんだよね。」


 光の質問に声が小さくなって答えた宮子は何かを思い詰めた様な表情になりました。


光「そうなんだ… 」


 そんな光も 宮子の様子を見て小さく穏やかに返答しました。


 それから暫く会話が止まると 不思議な事に車は中々開かない踏切の手前で止まったのです。


 【カン カン カン カン…】


(踏切の警戒音が鳴り響いた)


 電車が何台か通過した後 遮断機がようやく上がると そのタイミングと同時に宮子が再び話し出しました。


宮子「でもね… 実際に飼いだしたら あたし働いているし子犬の面倒なんて まともに見れなかったんだよ…

 だから少し大きくなるまで預かって貰う様に頼んだんだ… その子に可哀想な事しちゃったよね…」


 悲しげな顔で宮子が そう話すと 光の脳裏に子犬と遊んでいる宮子の姿が映りました。


光『あ… 顔の黒っぽい子犬だ…』


 光は その子犬の事が気になり宮子に聞き返しました。


光「俺 今… 子熊の様に顔が黒っぽくてカワイイ子犬を想像したんだけど… でも今は たぶん大きいよね? 」


 すると 宮子は光の言葉に驚いた表情で答えました。


宮子「え!? やだぁ! その通りだよ 熊みたいに毛がムクムクしてる犬なんだよ! あんた想像力豊かだね。

 うん… そうだね 多分もう大きいと思う… だって あれから一年も経つから犬の年齢じゃもう大人だものね。」


 宮子が そう答えると光は微笑みながら言いました。


光「名前は何て言うの?」


宮子「へへへ 最初は熊みたいな顔してるから【くま】って名付けたんだけどさ。

 でも犬に【くま】って名付けたら散歩の時とか外で呼ぶのが恥ずかしくなっちゃってね…

 あっそうだ! 毛がムクムクしてるから【ムク!】が良いや!って思って 変えたんだよ。 ははは 」


光「ははは そうなんだ。 もう大人なら 迎えに行けば良いじゃん!」


宮子「うん…」


 所が 光の言葉に宮子の顔が曇りました…


光「どうしたの? 三ちゃん家 犬 飼っちゃダメなの?」


 不安そうに尋ねる光…


 その後 暫く黙ってた宮子が瞬きを数回すると弱々しい声でゆっくりと話しだしました…


宮子「そうじゃないんだ… 何だか あたしの事… 覚えてるのか考えたら 今のまま その おばさんの家に居た方幸せなのかなって思ってさ… 中々 迎えに行けなくなっちゃって…」


 その言葉を聞いた光は 暫く宮子の顔を見た後 目を閉じて考えました…


光『ん…』


 すると脳裏には少し大きくなったその犬の姿が映りました…


 その様子は何処か寂しげで…


 何処か切ない様で…


 でも尻尾を振って此方を見ているのです…


 光には それが まるで宮子の迎えを待っているかの様に思えました…


 そして 光は改まって宮子に話し出したのです。


光「あのさ… 俺は多分… ムクが お袋の事を待っている様な気がする…」


 すると光の言葉に少し戸惑いの表情を浮かべて宮子が聞き返しました。


宮子「え!? そうかな… 何で そう思うの…」


光「え~っと… それは 何となくだよ。 ははは 」


宮子「あははは… 何となくかよ…  でも そう言ってくれると 嬉しいね ありがとう… 光。」


 宮子は そんな光の言葉が自分に対する慰めと感じながらも この言葉で犬の事に対する自分の思いに変化を持ちました。


 そして それと同時に 犬の話をして光の顔色が一瞬でも晴れた事に少しばかりの安心を感じていました…


――――――――――

それから時期に

車は家に到着した…

――――――――――


 時刻は十時を少し過ぎた頃でした…


光「じゃあ お袋… また 電話するから。」


 光が車を降りて助手席の窓越しに そう別れを告げると宮子も元気に微笑んで答えました。


宮子「学校 頑張んなさいね! それから 三ちゃんが あんたのバイト代は 今度の時 俊に持たせるって言ってたから伝えとくね。」


 そう言うと宮子は クラクションを派手に一回鳴らし 車を走らせながら手を振って行ってしましました。


 【パァーッ!!】


 (クラクションが鳴り響く)


 その後 光は宮子の姿が見えなくなるまで手を振って見送ると 何故か急に元気が無くなり 重い足取りで自宅の玄関に向かいました。


 光は玄関の前に着くと その扉からは不思議と重苦しい冷たい感覚が空気を伝って心に響いてきました…


光「はァ… 自分の家に入るのが こんなに嫌だと思うなんて…」


【ガチャ… ガチャ…】


(光が玄関扉の鍵を開けた)


光「ただいまあ…」


 光は 小さな声でそう言うと中の様子を伺いながら恐る恐る入って行きました。


光「…ったく 家の玄関は昼間でも薄暗いんだよなあ…」


 昨日 家の中に入るなり電気を点けた事を和夫に怒鳴り付けられたせいで 嫌なトラウマが脳裏を掠めたのか

 光は薄暗い玄関先の電気を点ける事もせず中に入り些かの愚痴を零しました。


光「あれ…?」


 光が 居間の様子の見える所まで入って来た時 家には誰も居ない事が解りました。


光「何だ… 親父 居なかったのか… それにしても暗い… 電気点けよう。」


 光は外の日差しが届かない薄暗い居間の電気傘の紐を引いて電気を点けて見ると卓袱台の上に何やらメモ書きが残されている事に気付いたのです。


光「ん? 何だろう このメモ…」


――――――――――

メモ書きの内容

――――――――――

 光へ

 昨夜に帰ると思ってたが 俺の勘違いだった様だ

 今日は済まんが俺は仕事なので夕飯は自分一人で済ませてくれ。

 夕食代は置いていくので 頼んだぞ

――――――――――


光「…」


 そのメモ書きを読んだ光は宮子から聞いていた事とは言え 自分が昨夜 帰った事など記憶にないと感じさせる様な文面に些か憤りを感じました。


光「親父 今日は仕事に出掛けたんだ… 昨日の事 本当に覚えていないのかよ…」


 光は そう思うとメモを じっと見つめながら下唇を噛みしめ もう一方の手で一緒に置かれたいた茶封筒を掴むと中の夕食代を確認し ふと思うのでした。


光「はぁ… まあ とりあえず 今日は一人で良かったのかも…」


 そうです 和夫の事を色々模索していた光にとっては一先ずこの状況には安心させられたのです。


 それから その日は平凡に時が過ぎて行った物の…


 何時もは仕事中に一度 必ず家の様子を見に帰る和夫が この日に限って何故か帰らなかった事に光の心中は複雑な不安に包まれていました。


 そして 次の日…


 和夫は何時も通り帰宅し 土曜の晩に酔って起こした光との いざこざ など全く知らぬ様子で平然としていました。


 光も そんな 和夫の様子に あえて その事を尋ねる訳でなく何時も通りに普通に生活を送りました。


 しかし… 自分は真髄を知っているんだと言わんばかりに 光は和夫に対する接し方が他人行儀の様になり何処か不自然な礼儀が知らぬ間に定着してしまっていたのでした。


 そして そう言った他人行儀で不自然な親子関係が定着する生活が その後も ずっと続いて行ったのです…


 そんな毎日を過ごしながら 三ヶ月位が経ったある日の事でした…


 終に あの日の出来事に決着を付けなければならない状況がやって来たのです。


 和夫の本性は また光の心を襲う事になったのです…


――――――――――

 その日 時刻はもう夜中の二時を過ぎていました…

――――――――――


和夫「ヤロー!!ふざけやがってー!!」


【ガターン!! バキバキ!!】


(和夫がタンスを勢いよく蹴った)


 日付も変わり…


 前日の夕方に学校から帰った光は既に家の中で酒に酔い荒れ狂う和夫を呆然と見てました…


 そうでした… 終に この状況を見る日が また来たのだと感じたのです…


 和夫の発する暴言や怒りに障る事なく…


 光は ただ ただ 自分の部屋で酒が抜け和夫の酔いが覚めて正気に戻る事だけを静かに待ち続けたのです。


 しかし その状況は激しさを増し一時も静まる事なく長時間 続いていたのです。


 それはもう… 七時間以上が経過していました…


光『ああ… 眠れない… 頭が痛い… ああ…』


 頭を抱え 耳栓をして… 夕方からずっとベットの上で布団に包まっていた光の心はもうボロボロでした…


和夫「どいつもこいつも ぶっ殺してやる!!」


 


 果たして 光は この状況をどう乗り切ると言うのでしょうか…


 そして 酒乱と記憶の決着はいかに…


つづく

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