第五十一話 酒乱の記憶… ‐後編‐
終電ギリギリで何とか駅に到着した光は早速 構内の公衆電話から俊に電話を掛けました。
光「あー… 兄貴 今 駅に着いた。」
光は 未成年であった為 こんな時間に駅にいる事が誤解を受けないかと周囲の人を気にした様子で 話していました。
俊「おお… じゃあ 今から直ぐ行くよ。」
光の電話に俊は眠たそうな声でそう答えると 直ぐに電話を切って駅に向かいました。
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それから十分ほどで
俊は駅に着いた
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【ボボボボボボ…】
(俊の乗ったバイクが駅のターミナルに入ってきた)
光「あ 来た…!」
光は俊に気付き 声を出さずに大きくバイクに向かって手を振りました。
俊『あ 居た 居た…』
気付いた俊は 光のそばまで来てバイクを止めました。
俊「おう… ヘルメット後ろの席に付けてあるから外してかぶれ。 もう遅いから直ぐ行くぞ。」
光は俊に そう言われると忙々と後ろの座席に跨り手にしていたスポーツバックを肩から背中に背負いました。
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時刻はすっかり
十一時三十分を過ぎていた
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そして二人は そのまま三郎の家に向かいました。
実は俊は原付の免許を取得した後 高校を退学したのですが…
佐藤家の家業を手伝うようになってから直ぐに 自分の稼ぎで自動二輪車の中型免許を取得していたのです。
そして俊の この自慢の単車も もちろん自分の稼ぎで新車を購入したものでした。
【ブォ――――――ン… ボボボボボ…】
(バイクのエンジン音とマフラー音が光の耳に反響する)
光「ひゃーっ! やっぱり単車は原チャリと違って 良いよね! 二人乗りも出来るしさー!」
風を切り痛快に夜の街を走るバイクに乗った光は すっかり さっきまでの嫌な思いが飛んでしまった様で とても楽しそうに そう言いました。
しかしエンジン音と風切り音で俊には光の声は聞こえませんでした。
俊「あん!? 何言ってるか聞こえねえよ… おい ちゃんと掴まってろよ! 飛ばすぞ!!」
夜の道は車通りも無く たったの五分ほどで三郎の家に到着したのです。
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そして三郎家に到着した…
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【ガラガラ…】
(俊が静かに玄関の引戸を開けた)
俊「ただいま…」
俊が既に寝ている三郎に気遣いながら小さな声で そう言うと 奥の部屋から宮子が心配そうに出て来ました。
宮子「お帰り… ご苦労だったね。 光は?」
風呂を出た後 俊から光の事を聞いていた宮子が心配して待っていました。
俊「ああ ちゃんと居るよ。」
俊が そう言うと少し遅れて申し訳なさそうに光が入って来ました。
光「はは… こんばんは… 戻って来ちゃったよ…」
光が苦笑いで そう言うと宮子は溜息を吐きながら聞き返しました。
宮子「ったく… 一体 何があったんだよ…」
宮子の言葉に暫くの間 躊躇していた光が小さな声で答えました。
光「うん… 俺 親父の本性 見たよ…」
宮子「えっ…!?」
光の言葉に一瞬 自分の耳を疑った宮子は驚きのあまり そのまま黙り込んでしまいました。
すると 場の状況を察したのか俊が話し出しました。
俊「じゃあ… もう遅いから 俺は詳しい事 明日に聞くよ…
光は明日は休みだから 少し お袋と話せばいいじゃん…」
光「うん…」
俊「じゃ お袋。 悪りぃけど 俺は先に寝るわ お休み…」
そう言うと俊は隣の三郎の寝ている部屋に入って行きました。
宮子「ああ はいはい… ご苦労様 お休み…」
光「ありがとう兄貴…」
俊が部屋に入った後 宮子は特に光に話しかける事もなく ただコーヒーを飲みながら煙草を吸っていました。
と その時…
【グッルルルルッルル~】
(光のお腹の虫が鳴いた)
光「お…」
すると光は とっさに お腹に手を 当てて誤魔化しました。
宮子「何… あんた食事してないの…?」
宮子に そう言われると光は照れながら答えました。
光「ははは… 帰ってから何も食べて無いんだ でも大丈夫…」
光がそう言うと宮子は心配そうな顔で答えました。
宮子「腹減ってんだろ… 良いよ おにぎりでも作るよ ちょっと待ってな。」
光「ああ うん…」
光が宮子に そう言うと台所に行った宮子は夕食の残りご飯で おにぎりを作りながら話を始めました。
宮子「それにしても驚いた… いくら何でも子供達には絶対に自分の本性は見せないと思ってたんだけど…」
溜息を吐くかの様に呆れた口調で そう話し始めた宮子に光も自分が聞いてみたかった事を尋ねてみました。
光「ねえ お袋… お袋は もうずっと前から親父が酒飲むと あの状態になるって事を知ってたんだよね…」
宮子を気遣い重い表情で話しだした光でしたが 宮子は そんな光の質問を あしらうかの様に軽く笑って答えました。
宮子「あははは… まあね。 でも もう大分昔の事だからもう忘れたよ… それより あんたは驚いただろうね。」
宮子は そう言いながら右手の指に着いたご飯粒を食べ 皿に乗せた 二個の おにぎりを居間に持って来ました。
宮子「ほら 食いな…」
光「あ… ありがと…」
そして光は卓袱台に用意された おにぎり一つ食べ始めると もごもごと口を動かしながら答えました。
光「俺 親父が あんなに風に変わるとは思わなかった… お袋は 初めて知った時どう思ったの…」
光が さっきまでの事を思い出しながら 宮子にそう尋ねると。
宮子「うん… 【結婚して失敗したー!】と思ったかな ははは…」
宮子は光の質問に冗談っぽく そう答えました。
しかし そんな宮子の姿を見て光は気の毒に思い気遣う様に言いました。
光「でも 沢山… 泣いてたよね…」
光が寂しげに聞きます…
宮子「えっ!? 何よ… 嫌だな… 何で そんな事解るの…」
宮子が一瞬 躊躇いながら苦い表情で そう聞き返すと 光は顔を下に向けて申し訳なさそうに自分の感じた事を話しました。
光「視えたんだ… 俺の頭の中で お袋が泣いてる姿が…」
光が そう言うと宮子は そのまま 暫く光の横顔を見つめながら悲しい表情で答えました。
宮子「そう… あんた気にして くれたんだね… ありがとう。」
二人の間に 暫く沈黙が走った…
【リーン… リーン…】
(外から鈴虫の鳴き声が聞こえてくる)
光「つか… 今までゴメン…」
光が話し出しました…
宮子「何が…」
宮子が優しく 小さく答えました。
光「俺… お袋の事 ずっと誤解していたと思う…」
光は頭を手で覆いながら申し訳なさそうに そう呟くと 宮子も その言葉をただ黙って聞いていました。
宮子「…」
光「俺も兄貴も もっと早く親父の事を解ってたら家族がバラバラにならなかったかも知れない…」
光の切実な思いが零れ始めました…
宮子「そんな事ないよ…」
宮子は少し涙目になりながら光の思いに必死で答えました。
光「だから俺… 俺はお袋に…」
そう言いながら 光の目から少しずつ涙が滲み出て来るのを見た宮子は鼻を大きくすすって少し大きめ声で光の言葉に被るように言いました。
宮子「あー! ヤメヤメ! もう過ぎた事さ。 そんな事 何も考えなくても良いよ。」
宮子の言葉で光が話を止めました。
光「…」
宮子「あんた達は何も悪くない! あたしも あいつも… もっと あんた達の為に 先の事キチンと話し合うべきだったんだ。
だから… バラバラになったのも仕方ないんだ… そんな事より 今は これからの事を考えなきゃ光!」
宮子は決して二人の息子達の誤解を気にせず 母親として今の状況から光を救う事を口にしたのです。
そして この時 光は宮子に対して自分が和夫から逃げて来た行動を とても申し訳なく思うのでした。
光「お袋…」
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それから宮子は和夫の本性や
昔の出来事について光に一切
隠す事なく話しを始めたのです
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その いくつかの話の中で光が最も興味を持った内容は和夫の【記憶】の部分に ありました。
宮子が言うには 和夫は酒乱中の記憶が全く無く 酔いが覚めるのと同時に酔っていた間の全ての記憶が失われてしまうと言う事でした。
しかし…
それが嘘なのか…
本当なのか…
はたまた それが和夫自身の芝居であって 体裁を飾っているだけなのかと言う事も宮子自身はハッキリと解らなかったと言うのです…
だから 宮子に言わせると それだけに自分達は随分とお酒の事では喧嘩が絶えなかったのだとか…
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そして宮子の話は終わった
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宮子「…とまあ こんな所だよ。」
宮子は一通り話を終えると左手で煙草を挟みながら 光の食べ終わった皿を右手に取り 流し台に行き片付けに行きました。
光「じゃあ今日の事も 親父は覚えていないんだね…」
光が悲しげにポツリと言いました。
宮子「それは どうだかね… でも きっと あんたに言った暴言は【記憶にない】ってトボケると思うよ。」
宮子が口に煙草を咥え 皿を洗いながら答えました。
光「あんなに暴れてるのに記憶が無いなんて…」
光は その宮子の言葉で さっきまで見ていた和夫の暴れている行動を頭の中で思い出しては考え込んでしまいました。
宮子「あのね光… あたしは そんなアイツの言い草を今でも ずっと【嘘】って思ってるからそう言ってるけど。 百歩譲って… もし本当にアイツに【記憶】がなかったとしたら… あんたは どう接してやれる?」
宮子が そう言うと 暫く頭を抱えて考え込んでいた 光の脳裏に和夫が歩いている姿が映りました。
その姿は 晴れやかで… そして何処か悲しげで… 何故か寂しそうで…
そんな 姿が頭の中に映った光は その宮子の言葉に まるで吸い込まれる様に自然と答えたのです。
光「もし本当なら… 無かった事にしてあげたい…」
すると宮子は少し安心した表情で小さく頷いて言いました。
宮子「…そうか。 やっぱり あんたは 優しいな…」
光「…」
その後 光は黙ったまま目から一粒の涙を流しました。
宮子「…」
その姿を見て宮子は光の事を不憫に感じたのか急に元気な声になって勇気づける為 光に一つの提案を話し始めました。
宮子「ねえ ねえヒカルー? あんたが あの狸親父の本性を知っても一緒に暮らすって言うなら…
この先は絶対に自分自身に負けない覚悟が必要だと思うよ。
あの本性と戦うか… 嫌になって逃げ出すか… 決めるのは全部あんた自身…
あたしや俊は 皆に迷惑を掛けて 結局は逃げ出した…
だから それによって後悔も沢山した…
あたしは あんた達の事… 俊は高校の事…」
光「…」
宮子「だからね… 出来る事なら 私は あんたに高校を辞めずに我慢して親父と暮らして欲しいと思ってる…
きっと俊も 三ちゃんも考えは同じだと思うのよ…
それでもね… もし あんたが どうしてもダメだって言うんなら 仕方ない… ここに逃げて来な…
そこから 先の事は あんたが決めるのよ あんたの人生なんだもん。」
宮子の言葉が寂しく落ち込んだ光の心に優しく届いたのでしょう…
光は俯かせていた顔をゆっくりと起こしました。
光「ありがと…」
光は下唇を噛みしめて小さな声で そう呟きました
宮子は そんな光の言葉に優しく語りかけます。
宮子「光… 最後に一つだけ 言わせてほしい…
逃げる事って その時は楽になるんだけど…
逃げた事は何年も ずっとずっと 嫌なシコリしか残らないんだ…
もしどうしても辛くて逃げる道を選んだなら 今の言葉を忘れないでほしい…」
宮子の この言葉で光は心の中に何かを感じていました…
自分は ひょっとしたら宮子の言う通り 逃げ出してしまうのではないかと言うとてつもない不安でした。
そして何となくその考えや思いを もう既に宮子は気付いているのではないかと感じていたのです。
そんな光は ただ ただ 今の宮子の言葉に気持ちの入らない足元が浮いてしまった様な返事しか出来ませんでした。
光「うん…」
その後 また会話の止まってしまった居間の時計は日付も変わり もうすっかり午前零時回っていました。
再び俯いて黙る光に 宮子が話かけました…
宮子「よし… じゃあ 今日は もう遅いから寝よう…」
宮子が そう言うと光は顔を再び起こし とても眠たそうな顔で答えました。
光「色々と心配かけてゴメン… 明日また ゆっくり考えてみる。」
宮子「そうだね じゃあ 歯磨いて寝なさい もう布団は俊の隣に敷いておいたから お休み…」
光「ありがとう お休みなさい…」
そして 光は寝る準備をして三郎と俊が寝ている部屋を そっと開けて静かに床に着きました。
和夫の本性…
【酒乱…】と【その記憶…】
果たして光は この試練と戦って行けるのでしょうか…
そして和夫の【記憶】は 本当に失ってしまっているのでしょうか…
【リーン… リーン…】
鈴虫の鳴き声が深く寂しく響く夏の夜の出来事でした…
つづく