第四十九話 親しき仲にも礼儀あり
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夏休みになりました
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光は宮子達との約束通り佐藤家の家業を手伝う為 暫くの間 三郎の家に泊る事になりました。
そして 出発前日の夕食時、光は和夫にもう一度 今回の事を確認していました。
光「じゃあ親父… 俺 明日から暫くの間 三ちゃんの家に行くからね。」
和夫「ああ そうだったな… 建設業のアルバイトは危険だからくれぐれも注意するんだぞ。」
光「大丈夫だよ… あまり危険な事はやらされないと思うし気を付けて手伝って来る。」
和夫「うむ… あっ それから言い忘れたが 三郎君の家に ずっと行きっぱなしと言う訳にはいかんから週末に一度 帰って来なさい。」
光「えっ? 週末に一度って… 俺 二週間しか行かないんだけど…」
和夫「ああ 知ってる… それでも週末に一度 帰って来いと言ってるんだ。」
光「マジで…? 何か面倒だよ… 別に行きっぱなしでも 三ちゃんは何も気にしないよ。」
和夫「三郎君がどうのこうのではないさ… 俺と お前の礼儀の問題だろ。」
光「礼儀…」
和夫「親しき仲にも礼儀ありだ… それに ずっと行きっぱなしだと お前の心も乱れる。」
光「心が乱れる? どういう意味…」
和夫「あっちの甘やかされた暮らしに浸かってしまうと お前も遊び呆けて俊と同じ様に学校に行きたくなくなるかも知れんからな… 親としては心配だ。」
光「そんな事ないよ…」
和夫「まあ とにかく! 絶対に帰ってくるんだ!」
光「はぁ… 面倒くさ…」
光が小さな声でぼやきました…
和夫「何か言ったか!?」
光「いや別に…」
和夫「…」
こうして光は三郎の家に二週間程 滞在する間 一週間経った週末に一度自宅に帰る事を条件とされ和夫から了解を得たのでした。
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そして翌日…
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宮子「おーい ヒカル―! こっちこっちー!」
何時もの公園の脇に車を停めて宮子が運転席から光に向かって笑って手を振っていました。
実は宮子は三郎と一緒に生活するようになってから利便性を求めて自動車の運転免許を取得していたのです。
元々運動神経の良い宮子は食料品の買い物や母親の信を お墓参りに連れて行ったりと中々運転が上手でした。
そして この日も三郎の家から三十キロ以上も運転して光を迎えに来てくれていたのです。
光「あっ お袋~!」
宮子の掛け声に気付いた光も手を振って近づいて行きました。
宮子「よう久しぶり! 元気だったか。」
宮子は運転席の窓を開け片腕を窓枠に掛けながら意気揚々と格好を付け 近づいて来た光に言いました
光「ははは 何言ってんの? この間 会ったばかりじゃん…
それは そうと早かったね 運転上手くなったんじゃないの?」
光が少し笑みを浮かべな上がら そう言うと宮子は満足そうに顎を上にあげて言いました。
宮子「へへん もう余裕の よっちゃんイカだ! 今日はアンタを迎えに来がてら夕食の買い物して帰ろうと思ってんだ。
今晩は旨いもん食わせてやるからな。 よし乗れい!」
宮子が そう言って左手で合図すると 光は とても嬉しそうに車の助手席に飛び乗って答えました。
光「マジで!! やったー サンキューお袋!」
【キュルル ブロロロ…】
(宮子が車のエンジンをかけた)
宮子「育ち盛りなんだから たまには栄養を付けないと! よし シュッパーツ!」
そう言いながら宮子は車を痛快に走らせました。
光「ははは…【随分と気合が入ってるな…】」
光は宮子が元気で明るく運転する姿を見て少し照れ臭くなりました。
宮子「いや光~ でも車ってのは本当に便利だよね~ もっと早くから免許取っておけば良かったよ。」
宮子が楽しそうに運転しながら そう言うと 光は不思議そうに尋ねました。
光「確かに そうだね… でも何で お袋 今まで免許取らなかったの?」
宮子「え? そ そりゃ あんた… お腹に俊が居たからね…」
宮子は少し気まず そうに答えました…
光「あ…」
宮子「それに 俊が出てたと思ったら 次直ぐに あんたが入ったし…
子育ての毎日で取る暇なんて なかったからな~。 ははは」
光「そ そうだよね 何かゴメン…」
余計な事を聞いてしまったと思った光は宮子を気遣って謝りました。
宮子「は? 何であんたが謝ってんのよ。 ははは」
宮子は そんな光の言葉を聞いて笑って誤魔化しましたが 実は嬉しかったのです…
光「…」
光が黙り込んでしまったので 宮子は雰囲気を変える為に 突然大声で話だしました。
宮子「ねえ光! そんな事より 今晩 何が食いたい? ハンバーグか?」
光「へ? ハンバーグ!?」
宮子「おお? だって あんたハンバーグ大好き だったじゃん。」
宮子は そう言うと満面の笑みで光の方を見ました。
光「あのう お袋… 俺もう高校生なんだけど…」
光が少し照れながら申し訳なさそうに そう言うと 宮子は驚いた表情で質問したのです。
宮子「えー!? 最近の高校生はハンバーグ食わねえのか!?」
光「ははは… いや そうじゃなくてさ… お袋 俺の小学生の頃のイメージのまま言ってるからさ…」
光は宮子の天然ボケに些か呆れ笑いをしながら そう答えると 宮子も光の言いたい意味が伝わったのか大笑いしました。
宮子「あっ… あははは!」
光「でも良いよ… 俺 お袋の作るハンバーグ食べた事ないから。」
宮子の笑い声に被る様に光が気遣って そう話すと宮子は急に真顔になって答えたのです。
宮子「え? ダメだよ だってあたしはハンバーグは作れないよ。 面倒くさいし 多分作ったら不味いかもね… ははは」
光「ありゃ… 【何だよ作れなかったんだ…】」
宮子「へへへ ハンバーグならファミレスで食った方が美味いよ!」
光「ううん… 良いよ何でも…」
宮子「そうか! じゃあ 今晩はステーキにしような! ステーキなら肉を焼くだからな! ははは」
ようし! 早速 肉 買いに行くぞー。」
光「あはは…【このテンション疲れるね…】」
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その頃 和夫は…
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和夫「はぁ…」
光が行った後 和夫は溜め息を吐くとフラフラと台所に行き 戸棚から日本酒の入った一升瓶を持って来ました。
【ガタンッ…】
(一升瓶を卓袱台に置いた)
そして豪快に酒をコップへ注ぎ 勢い良くゴクゴクと飲み始めてしまいました。
【グビッ…グビッ…グビッ…】
(和夫がコップの酒を一気に飲んだ)
その後も その飲み方は数回続き 直ぐに酒が回り出した和夫は静かに独り言を話しはじめたのです…
和夫「あぁ…」
酔って溜息を吐く和夫の声は悲しみに震えていました…
和夫「当に【親の心子知らず】だ… 本当に己が情け無い…
はぁ… 何時から俺は子供達とすれ違いだしたんだろうなぁ…
親ってのは無力なものだぁ…
いくら将来を心配してやっても…
いくら後ろから支えてやろうとしても…
それを他人は親の勝手な期待と見栄にしか見てくれないだからなぁ…
自分の子供だけには自分と同じ様な苦労はさせたく無い…
そう思って常に厳しく指導して来た事は…
ははははは… 笑っちまうよなぁ…」
独り言を言い続けては飲み…
言い続けては飲み…
和夫は何時しか自分の酒の規定量を超えてしまっていたのです…
和夫「あぁ…
俺は 息子達の心を重く縛り付けているんだな…
俺はぁ! ばがだー!! ばがだよぉ…
あいつらは… ただ辛抱してただけで 意味など何もなかったんだ…
あいつらの心に【寂しい】と刻んでしまった事に…
俺は…
俺は… もう…
ずっと気付いてなかったんだ…」
薄暗い部屋で和夫は電気も付けないまま俯き… 和夫は嘆き続けていました…
肩をガックリと落とし その背景は まるで人生の敗北者の様に悲しみの色に霞んでいたのです…
和夫「無念だ… 失われた時間は もう二度と元に戻す事が出来ない…
全部 あいつらが… 全て奴らが… 俺から幸せを奪って行きやがるんだ!!
くそーう!! クッ… くそぅ…」
和夫は悔しさで泣いていました…
その寂しさと呟きは もう誰かのせいにする事しか考えられなくなっていたのです。
それは何時しか宮子や佐藤家に対する膨大な憎悪となって膨らんでしまっていたのです…
和夫「今に見ていろ! あいつら… 今に… みて… Zzz…」
そして 騒ぎ疲れた和夫は そのまま酔い潰れ寝てしまいました…
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その晩 三郎家では…
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光が遊びに来た事で華やかになった食卓はステーキの香ばしい香りが漂っていました。
三郎「おう! 今日はステーキか じゃあ光 明日から確りと手伝いを頼んだぞ! 今日は前夜祭だな がははは」
そう言って三郎はキンキンに冷やしたビールを自分専用のジョッキに注ぐと 何時もの様にとても上機嫌で痛快に笑いました。
そして三郎は高々とビールの注がれたジョッキーを持ち上げ豪快に言いました。
三郎「カンパーイ!」
【グビッ… グビッ…】
(三郎が豪快にビールを飲んだ)
三郎「ひゃーっ! うめぇ!」
光はそんな三郎の楽しそうな顔を見ながら元気に明るく返事をしました。
光「うん! 宜しくお願いします!」
すると 俊が少し心配そうに光に尋ねたのです。
俊「でも光… お前 高校行ってから部活とかやってねえし 体力は大丈夫か?」
そんな俊の言葉に光は苦い面持ちで答えます。
光「はは… 多分 鈍ってるかも…」
光が そう言うと三郎は一際大きな声で また話しだしました。
三郎「なあに! あんまり無理な事はさせねえから安心しろ!! でも弁当と怪我は自分持ちだからな 気い付けてやんだぞ!! がははは」
三郎は余程 光が来た事にご機嫌だったのでしょう 声は益々大きくなり痛快に笑い続けました。
光「うん!」
光も三郎に歓迎されている事を実感しながら嬉しそうに大きな声で返事をしました。
俊「あっ それから日曜日も仕事で二週間休み無しだけど大丈夫か?」
光「あ… 兄貴 その事なんだけど… 実は週末に一度帰って来いって親父に言われちゃってさ…」
俊の言葉に光は体裁が悪そうに答えました。
俊「え 帰る!? 何で…」
俊は そんな光の言った意味が理解出来ず不思議そうな顔で聞き返しました。
すると 側で話を聞いていた宮子も話し出したのです。
宮子「はあ~? 何の為に!?」
宮子が不満そうな表情で光に尋ねます。
光「うん… 何か解らないけど礼儀だって…」
光は小さな声で自信なさそうにボソっと呟きました。
宮子「何?? 礼儀って!?」
俊「礼儀… 何の事だ??」
宮子も俊も理解出来ないと言った表情のまま首を傾げました。
光「【親しき仲にも礼儀あり…】甘やかしに馴れ合うなって言ってた…」
宮子「何だと!! あのくそ ジジー!! また そんな下らねえ束縛しやがったのか!!」
俊「あ~ 嫌だ 嫌だ… もうウンザリだよ… 親父の そう言う所。」
三郎「…」
光「あっ でも三ちゃん… 俺は 甘やかされに来たとは思ってないよ。
それに 俺はバイトで仕事を手伝いに来た訳だから…
つまりその… 社会勉強って言うか 何て言うか…」
宮子「大丈夫だよ光 心配 す・ん・な!」
俊「そんなの シカトで良いんじゃね…」
宮子も俊も光を気の毒に思ったのか気遣って そう言うと 突然 三郎が話し出しました。
三郎「ようし解った 光! 週末に一度 帰って家の事やって来い!!」
宮子 俊「え…?」
光「あっ… でもそれじゃ…」
三郎「良いんだ! 俺も礼儀だ!!」
宮子「ったく…」
俊「はぁ…」
光「迷惑掛けて ごめん…」
俊「お前が謝る事ねえよ… でもまあ面倒だろうけど その方が後々良いのかもな…」
宮子「ホント… そう言う所が俊から嫌われたって気付いてないんだよね… あの狸オヤジは…」
三郎「まあ宮子も俊も そう言うな… 光は まだ未成年だし保護者に従うの当然だ…
悪く思うなよ光…」
光「ううん… 三ちゃんや皆にも迷惑かけちゃうし俺の事は気にしないで大丈夫だから。」
宮子「全く… 光にまで嫌われて出て行かれたら寂しい思いをするのは自分だろうに…」
俊「なあ 光… お前 親父と揉めて変な気だけは起こすなよな…」
光「変な気って…?」
宮子「家を出ようとかって事だよ…」
光「あ… うん… 確かに三ちゃんの家に遊びに来ると楽しくて帰りたくなくなるんだけど…
でも 今 親父の家を出たら 俺 高校は通えなくなるし… 卒業までは嫌でも我慢するしかないよ。」
俊「光… 高校は絶対に卒業してくれな。」
光「えっ!? あっ… うん…」
宮子「…」
三郎「…」
そして光は次の日から始まったアルバイトに専念し一週間はあっという間に過ぎて行きました。
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そして週末…
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三郎の家から宮子に送って貰った光は夕方に頃に家に到着しました。
宮子「じゃあ光… 明日の夕方また ここに迎えに来るからな。」
宮子は光を家の前の公園で下ろすと少し寂しげに光に声を掛けました。
光「うん ありがと お袋… 何か面倒かけてゴメンね。」
宮子「あたしの事は気にすんな… じゃあな。」
宮子は そう言うと運転席の窓から光に軽く二 三回手を振って走り去って行きました。
光は宮子が通りから見えなくなるのを確認すると溜息を一つ吐いて家の方に歩いて行きました。
そして家の玄関前に着いた光は思い表情で溜息を吐き ゆっくりと扉を開けました。
【ガチャ…】
(光が玄関扉を開けた)
光「ただいまー… あれ…? 真っ暗だ 親父仕事か…」
玄関を開けた光が玄関先の電気を点け次に台所の電気を点けて中に入って行き居間まで来た時…
何と居間の暗闇に呆然と座りながらタバコを吸っている和夫の姿が目に入りました。
和夫「…」
光「うわぁ!!」
光は暗闇に座る和夫があまりにも不気味に見えて怯みながら大声で驚いてしまいました。
光「何だよ… びっくりしたな… 電気も点けないで何やってんの? 寝てたの?」
光が呆れながら そう言うと俯いていた和夫は突然 肩を揺らしながら不気味に笑い始めたのです。
和夫「くくくく…」
光「え??? 何…? どうした…??」
光は不気味に笑う和夫の声に戸惑いながら訳が分からず不安そうに尋ねました。
すると和夫はゆっくりと顔を起こし光に大声で話し出したのです…
和夫「やっぱり お前だったのか!!」
光「はっ…!?」
光は驚きました それは単に和夫の大声に驚いただけでなく…
何と和夫は酒に酔い眼は人格を失ってしまった程 酷く窶れ狂っていたからでした。
そして その姿は光が今までに見た事のなかった程 末恐ろしい顔だったのです。
和夫「ヒ・カ・ル… テメぇ…」
光「親父!?」
果たして留守中の和夫に一体 何があったと言うのでしょうか…
つづく