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十方暮  作者: kirin
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第四話 孤独な朝

―――――――――――――

宮子達が家を出てから、早いものでもう三年の月日が流れました。

―――――――――――――


 光は小学五年に、俊は六年になっていました。


 平凡な母子家庭は、平凡な貧乏生活を送っていましたが、宮子の親兄弟の援助もあって、光達はなんとか人並みの生活は出来ていました。


 和夫との離婚問題は平行線のままで、現在も別居と言う容では有りますが、宮子の頑張りは少し戻っている様にも感じられました。

 そんな、穏やかな生活にまたも大きな転機が起ころうとしているのでした。


―――――――――――――

 ある日の午後の事…

―――――――――――――


光「ただいまー」


宮子「おー、お帰り。光 ちょうど良かった話があるんだよ。」


俊「光! 話なんか聞かなくて良いぞ!」


 宮子と俊の間で何やら小競り合いがあった様子です。


光「どうしたの? 喧嘩でもしたの?」


 光はそう言って、心配そうに二人の顔を見回しました。


宮子 「違うんだよ、俊がさ、あたしの考えに納得してくれないんだよ。」


 宮子が少し呆れ顔で光にそう言うと、つかさず声を張り上げて俊が答えました。


俊「納得!?、何でだよ! これは 最初から お婆ちゃんとの約束だっただろ!」


 光には二人の話の意味が何の事だかサッパリ理解できません。


光「あのぅ… 一体、どうしたの? 最初から話してよ。」


 光は二人の機嫌を伺う様に、恐る恐る尋ねてみました。


宮子「実はさ、あんた達に言うのも嫌なんだけどね、今の仕事じゃ生活費が足りないんだよ。

だから、仕事を変えようと思ってね…」


 宮子は、和夫と別居した後、近所のスーパーでレジ打ちの仕事をしていましたが離婚が

正式に決定していない状況であった事と自分で勝手に家を出て行った為に和夫からは養育費を貰っていませんでした。


光「仕事を変えるって、今度は何をやるの?」


 光は少し驚いた様子で宮子に尋ねました。


 すると、光の言葉にかぶさる様に、俊が横から声を張って言いました。


俊「夜の仕事だってよ!!」


 怒りながら言う俊に、宮子はまた少し困惑した表情になりました。


宮子「ううん… もうあんまりお婆ちゃんや、三ちゃんに迷惑掛けられないからさ…

この間も、また少しお金を融通して貰っちゃったんだ…」


 宮子はそう言うと情けない表情になり苦笑いをするのでした。


光「そんなに生活が大変だったんだ… でも夜の仕事って一体 何をやるの?」


 光は宮子の言葉で家計が大変だという事を初めて知り、同時に新しい仕事の内容も気になりました。


宮子「お酒を飲むお店で働くんだけどね、夜中には帰って来れるからあんた達には迷惑掛けないよ…

 朝は何時も通り家に帰って来ているから。」


 宮子は子供達の手前、少し言葉を濁しながらそう言いましたが、やはり表情はいつもより強張っていました。

 

 でも光は そんな宮子の心の中を見透かしていたかの様に ごく自然な感情で意見を言いました。


光「ぼくは家に誰も居ないのは慣れてるから大丈夫だけど… お兄ちゃんは寂しいのは嫌なんじゃないかな…

 それに、晩ご飯の支度はどうするれば良いの?」


 そうです、光は自分達ではどうする事も出来ない【食べる事】だけを気にしていたのです。


宮子「ヒカルぅー、お前は本当に物分かりがいい子だよねー。

 晩ご飯はちゃんと毎日 用意して行くから大丈夫! 心配するなって。」


 光の言葉に宮子はご機嫌になりました。


光「なら、別に今までとあまり変わらないよね…」


 光は宮子の言葉に苦笑いしながら そう言いました。


 所が、それを聞いていた俊が急に怒鳴ったのです。


俊「おい光! お前 飯の事なんかどうでもいいだろ!

 夜から働くって事が問題なんだよ!

 母さんは最初だけそう言って その内 絶対に朝になったって帰って来なくなるんだ!

 いつも、そうやって俺達との約束を破るんだ! もう俺は信用なんか出来ねえよ!!」


 俊は、とても不満そうに文句を言いました。


光「あっ、まあ そうだけど…」


 そんな俊の意見にも一理あると感じた光は困惑しながら、俯き下限で呟きました。


 所がここで宮子も負けじと話を切り返します。


宮子「俊!あんたは、ただ寂しいだけなんだろ! お兄ちゃんの癖に情けない!

 あたしが何時、あんた達の約束を破ったってんだよ。いい加減にしなよ!」


 この宮子の言葉に、俊は目を白黒させ更に怒り出しました。


俊「何だと!じゃーもう勝手にしろよ! 三ちゃんに言いつけてやるからな!!」


【ガチャッ、バタン!】(俊が玄関扉を開け出て行った)


 俊は家を勢い良く家を飛び出し、自転車に乗って祖母の家へ行ってしまいました。


――――――――――

俊が出た後、部屋は沈黙が走りました

――――――――――


 暫くして、宮子が開き直りながら話し出しました。


宮子「あー、うるさいのが出て行ったねぇ…

 ホント、俊は ああなると親父そっくりだよね…

 さぁてと、 じゃあ光 私は ボチボチ出掛けるからね、後は頼んだよ」


 なんと宮子は 急に せいせいした表情になり態度は一変して冷たくなりました。


光「えっ、これから出掛けるの!? じゃあ、お兄ちゃん出て行っちゃったから ぼく一人か…」


宮子「何! あんた さっき一人は慣れているって言っただろ!

 じゃあ、あんたも 今から俊を追って お婆ちゃん所に行って来い!

 全く、ドイツもコイツも邪魔しやがって! とにかく私は時間が無いからもう行くんだよ!」


光「あっ、ぼくは行かないよ。 でも、あの…、お母さん、ご飯は?

 ぼく お腹減っちゃったんだけど…」


宮子「はぁ? 飯ぃ!? 全く、面倒くさい子だね…

 ほら、じゃあ 今日はコレで好きなもんでも食いな。」


 そう言うと宮子は財布から千円札を一枚取り出して 光に投げつけると、とてもイライラしながら足早に出掛けていきました。


宮子「じゃあね!」


【バタンッ!】(玄関扉が閉まった)


 その後、光はその千円札を手に持ったまま、誰も居なくなった玄関先を見て冷静に考えていました。


光「ぼくの晩ご飯に千円も使っていいなら、家って貧乏じゃないんじゃないかな…」



 夕方になり辺りもすっかり暗くなる頃、掃除も洗濯も何も片付いていない散乱した部屋で

光は、自分で注文した店屋物を食べながらテレビを見て過していました。


 俊は結局、この日は夜になっても祖母の家からは帰ってきませんでした。


 そして窓から星を眺めて光は思いました。


光「明日も、学校があるのに お兄ちゃん大丈夫なのかな…」


 心配しながらも、祖母の家に電話をすれば返って宮子を怒らせる事になると思った光は

そのまま風呂にも入れずに寝てしまいました。


 部屋の電気とテレビは寂しさを紛らわす為、そのままの状況でした。


――――――――――

そして夜が明けました

――――――――――


 朝日が光の顔を静かに照らすと、光は日差しに起こされる様に目が覚めました。

 ふと隣の部屋に人の気配を感じ、気になって覗いて見ると そこには宮子が寝ていました。


 時計は七時三十分を差していました。


 宮子は酔っていたのか、出掛けた時の服装のまま着替えもせずに ぐっすりと眠っていました。

 

 光は同時に辺りを見渡しましたが、俊はやはり帰っていませんでした。


 俊が祖母の家から直接学校に行く事にしたのだと思いました。


光「あーあ、お兄ちゃんはいいな…、ぼくも行けば良かった… お腹減ったな… お母さん、朝に帰ってきても、結局 寝ているんじゃ 居ないのと同じ事だよ…」


 溜め息交じりの小さな声で、そう呟くと光は朝食も食べれないまま、 自分の支度を済ませ、一人で学校に出掛けて行きました。

 

 学校に行く途中で光は今までになく落ち込んでいました。


 何故なら洋服も給食袋も靴下も全て前の日と同じ物を持って行かなければならなかったからです。

 今までも、こう言う事は何度か経験して来ましたが、何故かこの日は酷く惨めに感じたのでした。


 それもきっと、初めて一人で朝を迎えたからだったのかも知れません。

 どんなに落ち込んでも、考えても、何も出来ない自分には、どうする事も出来ないのです。

 この日は、どんなに楽天的だった光も、こんな自分の境遇に少し不満を感じていました。


 道行く同級生たちの笑顔が羨ましい…


 昨日までは別に普通の事だったのに…


 今日は何故かとても回りが幸せそうに見えたのです…


 光は心の中で思いました…


『ぼくだって、みんなと同じ小学生じゃないか… ぼくだって、笑いたいよ…』


 すると、何故か勝手に涙が流れて来たのです…


 それを周りに知られたくなかったのでしょう…


 光は帽子を深く被り必死に涙を誤魔化しました。


 


 それは 十歳の子供にとって、とても切ない孤独な朝の出来事でした。



つづく

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