第四十八話 嫌気と閃き
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あれから、半年が過ぎました…
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光は和夫との二人の生活になってから勉強にも集中する事ができ、どうにか公立の普通高校に合格する事が出来ました。
家計が厳しい状況にあった為、光が滑り止め無しでの公立高校を突破してくれた事は和夫にとって とても喜ばしい結果となりました。
しかし、喜びも束の間…
光は高校生活が始まると 今まで親や友達の意見にばかり流されていた消極的な考え方を改め、将来に向けて自分の意思を強く表現するように変化して来たのです。
そんな中 和夫と光は将来の事を話し合うと、度々 その考え方の違いで口論する事が増えるようになりました。
そして光はそんな一方的な押し付けで自分の前に線路を敷こうとする和夫の行動や考え方に段々と嫌気が注す様になってしまったのです
それも そのはず…
あれは、中学生の時… 自分がやりたくてもさせてもらう事が出来なかった部活動…
あの時に とても よく似た状況だと光は感じていたからなのです。
しかし、今は あの時 陰で支えてくれた兄… 俊の姿は ありません…
幾度となく繰り返す考え方の食い違い…
光は知らぬ間に この和夫の強制を思わせる押し付け こそが宮子や俊をダメにして来たのではないかと敵意するようにまでなっていたのです…
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そして そんなつまらない日が
繰り返されていたある日の事でした…
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光「親父… 俺 バイトしたいんだ。」
和夫「おお… バイト? 何の為にするんだ?」
光「うん… もう少し小遣い欲しいし、自分の好きな物も買いたいし…」
和夫「そうか… でも学校はバイト禁止だったよな。 この辺で働けば学校に知れてしまうだろ 一体何処で働くつもりなんだ?」
光「日曜とか祝日に 三ちゃんの所で働かせてもらおうと思って…」
和夫「塗装屋の手伝いか…」
光「うん… 【夏休みには仕事が忙しくなって人手がいるから、お前バイトに来いよ】って兄貴が言ってたんだ…」
和夫「俊がか… 三郎君は了解してるのか?」
光「うん… ちゃんと仁兄ちゃんにも話してあるって。」
和夫「そうか… まあ、俺は あんまり気は進まんが…
お前の小遣いも増やしてやれんし… 他にアルバイトを世話してやる事も出来んから仕方あるまい…」
光「じゃあ… 夏休みが始まったら暫くの間 三ちゃん家に行くから覚えておいて…」
和夫「ああ… 解った。 くれぐれも怪我をしない様に気を付けるんだぞ。」
こうして 光は夏休みに三郎の家に長期で泊まりながら佐藤家の家業である塗装業のアルバイトを始める事になりました。
しかし、本心を言えば和夫はこの事は気に入りませんでした…
最近、光は自分の思い通りに動いてくれない…
もしかしたら自分が知らない所で宮子達と何か談合が進んでいるのではないかと被害妄想を起こしては止まなかったのです。
でも、この和夫の被害妄想と思われる考えは強ち検討外れでもありましんでした…
そうです、もう光は この頃から徐々に和夫の事を拒絶し始めていたのです。
そして光は週末になると、たびたび三郎の家に泊りに行っては その事を宮子や俊に愚痴っていました。
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それは一週間前の事でした…
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土曜日の午後から三郎の家に遊びに来ていた光は、和夫との生活の不満を宮子に漏らしていました…
光「お袋… 俺、何の為に高校に行ってるのか分からなくなってきたよ…」
光は居間の座イスに寄りかかりながら 猫を膝の上に置き撫でながら話し出しました。
宮子「え~… ったく… 分からないなら辞めりゃいいだろ…」
台所に居る宮子は夕食の支度をしながら 光に そう答えました。
光「じゃあ… 辞めようかな…」
光がボソッと零しました…
宮子「あん!? あんた マジで言ってんの?」
宮子は一瞬 驚いた表情で居間の光を見つめました。
光「…」
しかし、光は何も答えませんでした…
宮子「ったく… 辞めてどうするのよー!?」
溜息を一つ吐いて 呆れながら大声を出す宮子…
光「どうすりゃいいのか… 分かってたら苦労しないよ…」
光は両手を顔に当て その手を上下に擦りながら言うと、膝の上に寝ていた猫は驚いて宮子の方に逃げて行きました。
宮子「は~… その辛気臭さ、猫にまで嫌われたもんだね…」
宮子は そう言うと一旦 ガス台の火を止め光の前に座りました。
光「嫌なんだ…」
光が小さな声で呟くと宮子は心配そうに尋ねました。
宮子「どうしたんだよ、何があったの?」
光「親父のいい成りに将来を歩くのが、嫌なんだ…」
宮子の問い掛けに、光は両目を強く閉じて答えました。
宮子「親父に 何か言われてたのか?」
そう言うと宮子は一旦 台所に戻りインスタントコーヒーを入れ始めました。
光「警察… 警察官になれって言うんだよ…」
光が強いさな声でそう呟くと、宮子はコーヒーを持って再び居間に戻って来ました。
宮子「おお! いいじゃない、正義の味方! 嫌なの?」
宮子は そう言ってコーヒーを一口飲みました。
光「先々週は美容師になれって言われて…」
しかし 光は まるで感情のないロボットの様に淡々と話し続けます…
宮子「おお! 美容師も良いじゃん! ね、ね 光 美容師になったら あたしの髪切ってよ。
…でも 先々週って何?」
宮子は何故かとても楽しそうに話しますが 光は已然と淡々と話し続けます…
光「この間は自衛隊になれって…」
宮子「はあ自衛隊!? まあ自衛隊も安定してて悪くはないか。 …って 毎週 違うのかい!!」
暗い光の表情を緩和させようと宮子は若干の乗り突っ込みで返答しましたが、光はそのまま変化のない顔つきで尚も話し続けました。
光「色々と人から聞いて来た事を話して、少し酒に酔い始めると その話がずっと始まるんだ…」
すると、宮子は元気のない光を励まそうと優しく返答しました。
宮子「別にいいんじゃ無い何言われたって… だって決めるのは あんた なんだから。
んで、肝心な あんた自身は何になりたいのよ?」
宮子が俯いた光の顔を覗き込みます…
光「それが、分からないんだよ…」
両手で頭を押さえる光…
宮子「え~ なりたいものとか 将来の夢ないの!?」
宮子は そう言いながら光の頭を鷲掴みにして左右に揺すりました。
すると、光は顔を上げて言いました。
光「そりゃ… あるよ…」
宮子「じゃあ、それに向かって頑張れば良い事じゃん。」
そう言って宮子は光の肩を【ポンッ!】と叩きました。
光「親父にも それ聞かれた…」
宮子「じゃあ ちゃんと伝えればいいでしょ。」
光「伝えた… でも全部、否定された…」
宮子「否定!?」
少し驚いた口調でそう聞き返すと宮子は卓袱台の煙草を一本 箱から取りだし口に咥えました。
光「最初に俺、動物が好きだから獣医になりたいって言ったんだ…」
光が真剣な表情で宮子に訴えます…
宮子「獣医! こりゃ難関だね… しかも今、猫に逃げて行かれたのに… んで親父なんだって?」
宮子は光の顔を見て煙草に火を付けると、少し呆れながら返答しました。
光「家は貧乏だから そんなに なりたいなら自分で働いて大学に行けって言うんだよ…
俺は将来性の ある事にしか金は一切出さないからなって…」
そう言って再び俯く光…
宮子は煙を吐き出しながら頭を掻き答えました。
宮子「う~ん… まあ確かに お金の面も勉強の面も大変な職業だよな…
でも獣医になっちまえば将来性はあるよね… まあ、やる前から そりゃ少し言い過ぎだよな。」
すると光は再び真剣な表情で宮子の顔を見て言いました。
光「んで、他には無いのかって聞かれたから… 小学校の先生になりたいって答えたんだ…」
宮子「え!? 先生に?? あんたが?? また これも難関だね… んで何だって?」
宮子は光の意外な意見に少し驚いた表情で聞き返します。
光「言うまでもなく、獣医の時と同じ事 言われて…」
そう言うと光はまたまた俯いてしまいました…
宮子「ははは、まあ そうだろうね… 話のオチとしては良かったんだけどね…」
宮子は呆れて笑ってしまいました。
光「それで、それ以外に 何かあるか自分で考えたんだよ…」
すると、また光は真剣な表情で宮子の顔を見ました。
宮子「うん… 何かあった?」
そう言って 宮子も興味深そうに光の顔を見ます…
光「特に無かった…」
宮子「あらら…」
光の言葉にズッコケそうになる宮子…
そして、気を持ち直し煙草を大きく吸い、煙を吐き出しながら答えました。
宮子「そうか… でも 警官や自衛隊はともかく… あたしは女だから美容師には憧れるけどなあ~」
宮子がそう言うと、光は苦い面持ちで話し出しました。
光「別に嫌では無いんだよ… ただ… なんで俺の将来を何で親父に決められなきゃならないのかが納得できないって言うか…」
宮子は そんな冴え無い光の表情を見ながら ある事に気が付いたのです。
宮子「あっ、そうか… そう言う事か…
こりゃ どうやら、あんたも あたしと俊と同じ事を思い始めて来たようだね…」
そうです、宮子には光が何を悩んでいるのか掴めたのです。
光「えっ… お袋と兄貴と同じ!?」
光にとって、この宮子の言葉は意外でした、そして興味深くその事を聞いたのです。
宮子「いやね、あの親父ってのはさ、自分の考えに絶対的な自信を持っていてね、それを人にとことん押し付けて来る所があるんだよ…」
そう言うと 宮子は煙草を灰皿に揉み消し、コーヒーを また一口 飲みました。
光「あっ… そう言えば 俺、中学の部活を決める時 それ感じた… 」
光は、ハッとしながら宮子に自分が感じた事を伝えました。
宮子「あたしも あいつ とは それが原因で だいぶ衝突したしね…
でもまあ、今となっちゃ昔の事だから 何とも言えないけど…
それに あたしも悪い所あったし、あんた達にも迷惑かけちまったし、偉そうな事は言えないんだけどね…」
宮子は そう言いながら少し苦い表情になりました。
光「でも結局、お袋は それが原因で親父と別れたんだものね…」
光の質問に宮子が考えます…
宮子「え!? う~ん… それだけではないけど… キッカケはやっぱしそうかな。
だって話し合うと何時も揉めてたし、言い合いが何日も喧嘩が続くと、酷い時は円形脱毛症になった事もあったからね…」
光「円形脱毛症!? 何それ??」
光は初めて聞くその奇怪な病名に、興味を持ちました。
宮子「ああ… 過度のストレスで毛が抜けちゃうんだよ…
ちょうど 十円玉位の禿が頭のてっぺんに出来たんだ。」
光「えー!! マジで!?」
宮子「マジだよ。」
光「だって お袋って そんなにストレス溜まる性格なの?」
光は そう言うと不思議そうに宮子の顔を覗き込みました。
宮子「あー? あんた 随分と失礼なこと言うね! 人を無神経みたいに!!」
光「ごめん ごめん… でもさ、お袋って楽天家だから、喧嘩しても気にしないと思ってたし…」
光は苦笑いしながら宮子に謝ると 宮子は笑いながら答えました。
宮子「ああ、確かに少しの事なら気にしないね。
でも 本性を出したあいつと一緒にいたら どんな楽天家でも きっと気が狂うだろうね。はははは」
すると この時、何故か光は何かを思い出したかの様な表情で考え込んでしまったのです…
光「えっ、本性…!? 【何だろ…遠い昔に聞いたような響きだ…】」
それは 頭の中に何かが聞こえて来そうな不思議な感覚でした…
しかし、宮子は そんな光の表情など気にもせず 笑いながら話を続けました。
宮子「ははは… まあ 光、あんまり そんな事 気にしないでさ あんたもストレス溜めない様に たまには ここに遊び来て泊って行けば良いんだよ。
そうすりゃ、嫌な事なんか すぐに忘れちまうさ。
まあ、早く原チャリの免許でも取って 何時でも遊び来れる様になると良いんだけどねえ。」
宮子の笑い声と話に圧倒されてしまった光の頭の中は、その後 何かを思い出せそうで思い出せない状況のまま過ぎて行きました。
そして 光は それを気にする事無く返答しました。
光「そうだね… でも免許を取るにはバイトしてお金を貯めないと…
あっ! でもダメか… うちの高校はバイト禁止 だから無理だよ…」
光がそう言うと宮子は何かが閃いた様に突然大声で言い出しました。
宮子「そうだ 光! あんた夏休み ここに来なよ!」
宮子は はしゃぎながら言いました。
光「え? そのつもりだったけど… どうしたの?」
光は宮子の はしゃぐ意味がよく分からないまま普通にそう答えました。
宮子「バイトだよ、バイト! 夏休みに塗装屋の手伝いして免許代を稼ぐんだよ!!」
光「えっ! バイトさせてくれるの!?」
光が驚いた表情で聞くと、宮子はとても嬉しそうな表情で答えました。
宮子「思い出したんだよ! この間、俊と三ちゃんが言ってたんだ。
夏休みに大きな現場に入るから人手が欲しいって。
他人を使うより あんたなら身内だから皆 気も遣わないし きっと賛成するよ!
後で二人が帰って来たら早速 聞いてみようか。」
光「本当! ありがとう お袋! これで免許とバイク代 稼げるじゃん! 身内の手伝いなら学校にも何も言われないしね。」
宮子「そうだろ 良い考えだろ!!
でもね光さん… 喜ぶのも束の間… あなた肝心な事を忘れてるね…」
光「ん… 何だろ… 肝心なん事って? 何か気味悪いね…」
宮子「はあ~ 親父の了解…」
光「あっ そうか…」
宮子「まあ… 怒らせない様に話をして来ないと後が厄介だよ。」
光「うん… でも大丈夫だと思う。 親父はそんな事では怒らないから。」
宮子「なら 良いんだけどね…」
【ガラガラ…】
(玄関の引戸が開いた)
三郎 俊「ただいまー…」
宮子「お帰り~!」
その後、宮子は三郎と俊に光の事を話し、光は佐藤家でバイトをする事になりました…
しかし このバイトが原因で光と和夫は 後に更に大きな溝を作る結果となってしまうのでした…
つづく