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十方暮  作者: kirin
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第四十七話 意地と意地

 俊が家を出てから直ぐに学校は夏休みに入りました。


 和夫は俊の通う高校に退学を進める話をしに行き俊の事はもう諦めていました。



――――――――――――――――――

そして一週間が過ぎようとしていた頃

――――――――――――――――――



 【リリリリン… リリリリン…】


 (玄関先で電話が鳴った)


光「はい もしもし真部です どちら様でしょうか。」


 光が いつもの様に電話に出ました。


三郎「おお… 光か? 三ちゃんだけどよ…」


 電話の相手は三郎でした。しかし三郎は何時に無く暗い声で話していました。


光「ああ、三ちゃん… 久しぶりだね… 元気?」


 光は三郎の声に何かを感じ気を遣って様子を伺いました。


三郎「おっ… ま、まあな… 所で今日は お父さんは居るのか?」


 三郎は少し口を濁しながら そう答えました。


光「う うん… 居るよ 兄貴の事?」


 光は少し気になって三郎に俊の事を聞いてしまいました。


三郎「ああ… 光、悪りぃけど お父さんに代わってくれねぇか その事で ちょっと話があるんだ。」


光「うん分かった… 少し待ってて…」


 光は 三郎の口調で もう既に結果を感じ取っていました。

 

 そして受話器を置き 居間に居る和夫に電話が三郎からである事を告げると 光は自分の部屋に戻って静かに耳を傾けていました。


 和夫は電話口まで行き 意を徹して受話器を手に取るといつもと変わらぬ口調で話し出しました。


和夫「あー もしもし… こんにちは。 すっかりご無沙汰をしてしまって…」


 和夫が電話口に出てそう言い出だすと 三郎は俊の事を申し訳無さそうに話し始めたのでした。


三郎「ご無沙汰してます真部さん… 実は一週間ほど前から俊君を預かっておりまして…」


和夫「ああ… 大丈夫です分かっていますから… それに 奴も三郎君の所くらいしか行く場所なんてないでしょうからね…」


三郎「済みませんでした、何の連絡もせずに…」


和夫「いやいや 連絡をしなければいけないのは こちらの方ですから 返って迷惑を掛けてしまった様で…」


三郎「いいえそんな事はないですよ。 それで真部さん… 今日は俊の事で頼みもあってお電話したんですが…」


和夫「ほお 頼み… ですか…」



――――――――――――――――――

そして二人の会話は本題へと入りました

――――――――――――――――――



 三郎の話の内容と頼みと言うのは もちろん俊の今後の事でした…


 俊は和夫の家を飛び出した後 三郎の家に戻って 宮子と三郎と三人で話し合い 今後の身の振り方を考えさせられていたのでした。


 三郎は今回の同居の件はキチンととケジメを付けさせてから約束する考えを持っていたので こうして和夫と喧嘩別れになって逃込んで来た俊の行動には憤りを感じていたのです。


 三郎も俊の説得を続け様と粘りましたが 頑固として和夫との話し合いを拒み続ける俊を見かね終には和夫に直接電話を掛けてしまったのです。


 俊と一緒に三郎が決めた事は二つありました。

 

 【高校を辞めるなら佐藤家の家業(建築塗装業の見習い)を手伝う事】


 【和夫の家には二度と戻らないと言うなら佐藤家の養子となる事】

 

 三郎は和夫にこの二つの要点だけ伝えると 後日に改めて 直接 話し合いに来る事を告げました。


三郎「…と言う訳で 真部さん 後日に改めて伺いますので宜しくお願いします。」


和夫「解りました… ご足労を掛けますが お待ちしてます。」


 【ガチャッ…】


 (和夫は電話を切った)



―――――――――――――――

そして数日後 三郎は和夫の家を

訪れて来ました

―――――――――――――――



 【ピンポーン…】


 (玄関のチャイムがなった)


光「はーい!」


 光は三郎が訪れて来る時間を知っていたので 訪問者が三郎だと分かり すぐ様 玄関先に出迎えました。


 【ガチャッ…】

 

 (光が玄関扉を開けた)


 光が扉を開けると そこには普段とは少し雰囲気の違った三郎が手に菓子折りの手提げ袋を持って佇んでいました。


光「いらっしゃい…」


 ぎこちない口調で光が挨拶をすると 三郎は薄ら笑みを浮かべ言いました。


三郎「おう光… 元気か。」


 そう言うと 三郎は光の頭を手で軽く撫で家の中へと入りました。


光「上がって下さい…」


 光は何時になく三郎に敬語を使いながら、和夫の待つ居間へと案内しました。



―――――――――――――

居間に光と三郎が入って来た

―――――――――――――



 居間で三郎を待っていた和夫は一旦 立ち上がって深々と一礼すると三郎に座ってもらう様に促しました。


和夫「ささ どうぞ お座り下さい…」


 三郎は和夫に そう言われ 座蒲団の上にゆっくり正座をして座り 手に持っていた菓子折を卓袱台の上に差し出すと一礼して話し出しました。


三郎「今日は済みません… お忙しいのに お邪魔しまして…」


和夫「いやいや… 済まないのは私の方ですよ…」


 それから 二人の話し合いが始まり本題へと入りました。


 そして 光は話の邪魔にならない様に気を遣って自分の部屋に下がりました。



―――――――――――

それから一時間程で

話し合いは終わりました

―――――――――――



 和夫は一連の話を聞き終わると 三郎に深々と頭を下げて言ったのです。


和夫「三郎君… 長らくご迷惑をお掛けする事になると思いますが奴の事をどうか宜しくお願い致します。」


 そんな和夫の言葉に三郎も暗い表情のまま無言で一礼するとポロシャツの胸ポケットから自分の住所と電話番号の書かれた紙を卓袱台の上にそっと差し出し静かに席を立ちました。


光「…」


 光はその光景をただ黙って自分の部屋から見ていましたが あまりの空気の重たさに三郎が帰る瞬間も何時もの様には声を掛ける事が出来ませんでした。


 玄関先まで行くと三郎は和夫に別れの挨拶を言いました。


三郎「じゃあ、真部さん… これで失礼します。」


和夫「すまんね、三郎君… こんな遠くまでご足労かけてしまって。」


三郎「いえ… では…」


 【ガチャ… バタン…】


 (三郎が玄関扉を閉め帰って行った)


 三郎が帰り 家の中は一層 静まり返りましたが 光は和夫に何も声を掛けませんでした。


 そして 暫くそのまま沈黙は続きました…


 すると 和夫は三郎との話し合いで決めた事を伝える為に光の部屋の前に来たのです。


和夫「おい 光… ちょっと入るぞ…」


 【カラカラ…】 


 (和夫が光の部屋の襖を開けた)


光「何…」


 光は全てを聞かずとも もう大凡の事は何故か解っていたました…


和夫「俊の事なんだが… 三郎君との話し合いで、奴は もうここへは帰って来ないと決まった。」


 和夫がそう話しだすと光は特に驚く様子もなく静かに首を縦に振り言いました。


光「うん… 分かった…」


 そして 光は それ以上の内容を聞こうとはしませんでした。


和夫「でも安心しなさい… 俺や お前との縁を切った訳ではないから…」


 和夫が そう言うと光は意外な表情になり聞き返しました。


光「えっ… だってこの間の話では 佐藤家の養子になるって言ってたじゃん。」


 そうです 光は もう俊は佐藤家の養子になるものだとばかり思っていたのです。


和夫「ああ… でも俺にだって親としての意地があるさ それだけは認めんよ。」


光「でも それで 三ちゃんは納得した?」


和夫「その件は 三郎君が提案した事ではなく宮子の提案だそうだ…

 俊は三郎君の養子になりたいと言っていたそうだが… 三郎君は俺に任せると言って帰って行ったよ。」


 和夫は暗い表情で そう光に伝えると 部屋の襖も閉めずに居間に戻って行きました。


光「…」


 光は和夫の言葉に何の返答もしませんでした。


 そして 和夫の様子を見て 後を追うように居間について来ました。


和夫「ん? 何だ… どうした?」


 和夫は居間に入って来た光を気に掛けそう言うと、再び卓袱台の前に腰をゆっくりと下ろしました。


光「聞きたいんだけど…」


 光は真剣な表情で和夫の前に座りました。


和夫「聞きたい? 何をだ?」


 眉間にしわを寄せて煙草の箱を手に取る和夫…


光「本当に兄貴は これで良かったのかなって…」


 光が そう言うと 和夫は 箱の中から一本の煙草を取り出し答えました。


和夫「まあ 今はこれが奴の答え… いや と言うよりも奴の意地なんだろう… でも何れ解る時が来るさ。」


 和夫は そう言って煙草を咥えライターを手に取りました。


 【ジュポッ…】


 (和夫が煙草に火を点けた)


光「解る時…」


 光には和夫が何を考えているのか分かりませんでした。


 ただ… 光は宮子に対する和夫の憎悪だけは感じ取れていました。


和夫「ああ… 俺は その時が来るまでずっと辛抱する。」


 和夫は そう言って大きく煙を吸い込むと苦い表情で窓の外を見つめました。


光「じゃあ 兄貴は また ここに戻ってくるって事…」


和夫「いや 戻ってくるかは解らんよ… それに気付くのに何年かかるかも解らん…」


光「そんなに先の事なんだ…」


 光がそう聞くと 和夫はゆっくりと息を吐き出し顔の前にモヤモヤと煙を充満させて答えました。


和夫「光… これから話す事は お前にとって少々酷な話かも知れないが、勘違いせずに聞いてくれ。」


光「うん…」


 光は和夫に そう言われると少し口をへの字に曲げて軽くうなずきました。


和夫「宮子は必ずまた 皆を裏切る時がある… 三郎君の事も俊の事も 絶対に…

 今回の養子の話も あの女が入れ知恵した作だよ… 自分の欲望の為にな。

 しかし 俺は絶対に奴の思い通りにはさせない!」


 和夫の言葉に光の心は揺らぎました。


 そして つい大声で否定してしまったのです。


光「え!? まさか… もうお母さんは そんな事しないよ!」


 しかし和夫は その光の言葉に薄ら笑みさえ浮かべて話を続けたのです。


和夫「そうだよ… その【まさか】 が俺には 解るんだよ 光…

 でも今は俺が何を言っても あの連中も お前も俺の話など聞く耳を持たんだろう…」


光「何言ってんだよ そんな事… ある訳ない…

 親父 きっと兄貴の事で色々疲れてるんだよ… 少し休んだ方がいいよ… ね…」


 光が そう言うと和夫は急に黙ってしまいました。


和夫「…」 


光「親父?」


 光は和夫に声を掛けましたが 何も答えてくれません…


 そして 光は その様子を ただ見ている事しか出来ませんでした。



―――――――――――――――――

二人の間に再び沈黙が続きました…

―――――――――――――――――


  

 和夫は 何本も何本も煙草を吸い続けました…

 

 そして 灰皿が吸殻でいっぱいになる頃 ようやく重い口を開き話し始めたのです。


和夫「光… 受験生のお前に こんな くだらん話で気分を不安定にさせてしまって申し訳なかった。

 さっきの話は忘れてくれ… とにかく今の お前には高校受験を頑張ってもらわないとな。」


 和夫は そう言って最後の煙草を灰皿に揉み消しました…


光「大丈夫… もし本当に お母さんが そうなってしまったとしても…

 俺には関係ない… 俺は親父を信じて ここで頑張るつもりだよ。」


和夫「そうか ありがとう… これからも苦労かけるが頼むな…」


 和夫は光の言葉に感謝をしました…


 しかし 本当は 光の言葉に複雑な思いでいたのです。


 光も高校に入ったら 俊の様に厳しい自分を拒絶して行くのだろうか…


 俊と同じ様に また宮子の策略に乗せられしまうのではないだろうかと不安は募るばかりでした…


 

 そして この日を境に和夫の精神状態は乱れ始めたのです…


 

 徐々に徐々にと病魔に心を蝕まれてしまっている事にも気付かずに…



つづく


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