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十方暮  作者: kirin
46/61

第四十五話 ケジメなさい

 真部家では俊が家を飛び出して三日が過ぎていました。


 この日、朝まで仕事だった和夫は何時もの様に居間で横になり仮眠を取っていました。


―――――――――

時刻は午前十一時頃

―――――――――


 【リー―ン リリリ――ン…】


 (電話のベルが鳴った)


 静まり返る部屋に電話のベルが響きました。


和夫「うー…ん…」


 浅い眠りだった和夫は電話の音に目が覚めフラフラと苦い面持ちで電話口に向いました。


 【リ… ガチャッ…】


 (和夫は受話器を取った)


和夫「…はい」


電話口「もしもし 真部さんのお宅でしょうか。」


 電話口の相手は聞いた事の無い男の声でした。


和夫「は はい 真部ですが どちら様でしょうか。」


 和夫は不審そうに様子を伺います。


電話口「あ 失礼しました 私 K工業高校で俊君の担任をしております 川辺と申します。」


和夫「ああ 俊の担任の! コリャどうも失礼しました 私は俊の父親です。

 えっと… 今日は また何か…」


高校の担任「あっ… ええ あの… 多分 その ご様子では お父様も ご存じ無い様に思われますが…

 実は俊君が もう二日も学校に来ていないので どうかされたのかと思いまして お電話させて頂いたのですが…」


 そうなのです 無断欠席が二日も続いている事で担任から状況確認の電話がかかって来たのです。


和夫「あ… これは申し訳ない… 家内からは何も連絡は行ってませんでしたか…

 いや先生… 実を申し上げますと大変お恥ずかしい話なのですが…」


 高校へは宮子の方から連絡しているものだとばかり思い込んでいた和夫は この電話で些か宮子の無責任さに呆れてしまいました。


しかし和夫は今後の事も考え ちょうど良い機会だと思い担任に俊が家に帰って来ない経緯や家庭の状況など全て隠さずに説明する事にしたのです。


和夫「まあ という状況でして… 申し訳ございません…」

 

高校の担任「そうでしたか… 解りました それでは暫く様子を見るしかありませんね。

 しかし なんとか夏休み前迄に登校してくれると良いのですが。」


和夫「お忙しい所 ご心配を お掛け致しましてて申し訳ございません。

 本人と連絡が付次第 直ぐに今後の事を ご連絡申し上げますので もう暫くお時間を下さい…」


高校の担任「いえいえ ご家庭の事情ですので こればかりは仕方ありませんよ。

 でも もし私や学校側で何かお力になれる事が あれば 何でも相談して下さい。

 彼がまた元気な姿で登校してくれる事を願っておりますので、それでは。」


和夫「はい お心遣い感謝いたします 失礼致します…」


 【ガチャッ…】


 (電話を切った)


和夫「そうか… 結局 宮子も学校の事など気にはしてはいないのか。

 全く… 子供の将来も考えないで なんて無責任な親なんだ… 」


 電話を切り終わった後 和夫は 俊が学校を続ける気持ちが無い事や それを宮子が支えてやる気持ちも無いのだと考え込んでしまいました。


和夫「しかし 学校から連絡が来てしまっては仕方ない… 後で宮子に連絡をせんと。」


 和夫は そう呟き眉間に皺を寄せて 玄関先から居間に戻りました。


 そして そのまま考え事をしながら煙草に火を点けると居間の電気傘を見上げながら煙をゆっくり噴出しました。


和夫「フー…」


 煙草の煙は電気傘の明かりをモヤモヤと掠め ゆっくりと部屋に広がり その後 暫く沈黙が続きました。


和夫『…』




 時間だけが空しく過ぎて行きます…



 すると…



 【ガチャ…】


 (玄関扉が開いた)


 沈黙の中 玄関扉が開きました。


光「ただいまー」


 夏休み前で授業が午前中で終わった光が何時もより早く帰宅したのです。


和夫「ふあ~あ~ お帰り。」


 光は苦い顔付きで大欠伸をする和夫を見て 直ぐに何かあったのだと悟りました。


光「あれ? どうしたの。 また浮かない顔してけど… 良く眠れなかった?」


 和夫を見て 光は様子を探るように尋ねました。


和夫「ん? ああ… いや さっき俊の担任から電話があったんだ…」


 和夫は物静かにそう答えました。


光「え 担任が? 何でだろ… 母さん 学校には連絡しなかったのかな。」


 光は和夫の その言葉だけで なんとなく状況の重さを感じました。


和夫「その様だな… それに俊も学校の事は気にしとらん見たいだ…

 まあ 俺が三郎君の家に電話しても俊は電話に出ないだろうが 学校から連絡があった事だけは宮子入れておかなければならんな…」


 和夫は更に目を細めながら苦い表情で光に言いました。


 すると 和夫の心中を察したのか 光が静かに答えました。


光「あ 親父… じゃあ 電話は俺がするよ。」


 そんな和夫は光の些細な気遣いを感じ取ったのか 苦笑いを浮かべながら返答しました。


和夫「ん… そうか 何だか済まんな そうしてくれると俺も気が楽だよ。

 どうせまた奴と話せば くだらん口論になってしまうからな…」


 和夫にそう言われると 光は 肩に掛けていた鞄を自分の部屋の机に置き すたすた と電話のある玄関先に向いながら言いました。


光「うん… じゃあ 今 直ぐに かけて見るよ。」




――――――――――――

 場面変わって三郎家

――――――――――――



 宮子のお陰で とりあえず日曜日も三郎の家へ泊まる事が出来た俊は その夜 改めて三人で同居の話し合いをしていました。


俊「という訳で 三ちゃん… 俺もここに同居させて欲しいんだ。」


 和夫との生活に嫌気の差した俊は泣き縋る様に自分の考えを話しました。


 所が 三郎は意外にも冷静で簡単には承諾せず 俊に条件を一つ出して来たのです。


三郎「おう… お前の言いたい事は解った。

 お前が俺達と一緒に暮らすのも別に俺は構わねえ。

 ただなあ… お前が親父さんに何にも言わずに出て来て そのまま知らん顔ってのはダメだな。」


 そうです 人が良い 大らかな性格の三郎でも人としての礼儀とケジメを見失っている俊を簡単に受け入れる事は出来ませんでした。


俊「…」


宮子「ほら… 三ちゃんだって あたしと同じ事 言っただろう…」


俊「でも お袋の話とは趣旨が違うだろ…」


宮子「まあ そりゃ そうだけどさ…」


三郎「まあよ 話したくねえ気持ちは解るけどな。 男なら こう言う事はケジメつけてから決めねえとダメだ。

 自分の言いたい事も言わずに逃げ出して来たんなら そりゃオメエ… タダの我侭だろ。

 ちゃんと話して納得してケジメつけてから来い!

 それが出来たら俺だって親父さんに話付けてやっからよ! な 解ったな。」


 三郎は そう言うと俊の肩を【ポン!】と叩き ニコッと笑いました。


 しかし この言葉は、実に最もな意見でした…


俊「ん… 解った…」


 こうして 三郎の前では渋々了解した物の 俊は和夫に会って話をする事は依然と拒んではいました。



―――――――――

 そして次の日…

―――――――――



俊「はあ… 嫌だなあ 親父と話するの…」


 卓袱台の横でゴロゴロと転がりながら 煮えきれない様子で愚痴を零す俊を見て 宮子が渇を入れるべく大きな声で言いました。


宮子「だって仕方ないだろ! ちゃんと三ちゃんの言う通りに ケジメつけて来いよ!

 それに あんた 二日も無断で学校休んだんだからね いい加減もう今日が潮時だよ!」


 宮子の声が耳に届いているのか いないのか 俊は床に寝転がり両手で目を覆い隠しながら頭を左右に動かして答えました。


俊「あ~ 別に このままシカトしてても大丈夫だと思うんだけどな~。

 そんなに大事なのかよ ケジメって…」


 そんな 俊の弱気な言葉に宮子は冷たく言い返しました。


宮子「そう… それじゃ三ちゃんは親父の所に話に行ってくれないね…

 残念だけど ここで暮らすのは諦めな。」


 宮子の冷たい言葉に さっきまで寝転がっていた俊が飛び起きました。


俊「えっ!? いやいや 違うよ… ちゃんと話すって。 ケジメ付けりゃ良いんでしょ 付けりゃ…」


 俊はそう言って しぶしぶ 帰る支度を始めました。


宮子「全く… たった一回 自分の考えを きちんと話してくれば良いだけだろ! 何をグズグズやってんだよ…」


 宮子は腕を組んで俊の後ろから 溜め息を一つ吐き そう言いました。


俊「ウルせーな… もう解ったよ… じゃ行って来る…」


 【ガラガラ… ビシャン…】


 (玄関の引戸を強く閉た)


 そして 俊は 少し落込みながら玄関を出て行きました。


宮子「ねえシュン! 自棄を起こして親父と喧嘩したらダメだからね!」


 不貞腐れながら外に出た俊に大声で言う宮子。


俊「あー… お袋とは違うから大丈夫…」


 その声に 尚も ふて腐れながら答える俊…


 その後 俊は自分の原付バイクに乗って帰って行きました。


 【ガタン… ビー― ビー― ビー―ン…】


 (バイクのマフラー音が遠のく)


宮子「何だよ全く!憎たらしい事 言うねぇ!」


 俊のバイクのマフラー音が大通りの先を曲がり 段々と小さく消えて行くと それと入代わる様にタイミングよく電話が鳴りました。


 【リー―ン リリリ――ン…】


 (電話のベルが鳴った)


宮子「はいはい…」


 宮子は玄関先から小走りで電話元まで来ると受話器を取りました。


 【リ… ガチャッ…】


 (受話器を取った)


宮子「はい もしもし佐藤ですが。」


 息を切らせて返答する宮子。


電話口「あっ 母さん…」


 受話器から光の声が聞こえました。


宮子「おお なんだ光か どうしたの こんな時間に 学校は?」


 こんな時間に光るから電話が かかる事は珍しかったので、宮子は少し驚いていました。


光「ああ… 今日から夏休みまで午前中で授業終わりなんだよ。」


宮子「あっ そうか。 そう言えば 夏休みもう直ぐだもんね。 んで… どうした?」


光「いや… あのさ… さっき兄貴の担任から無断で欠席してるって連絡があったみたいで…」


 光は まず和夫から聞いた事を先に伝えました。


宮子「あっ! そうか… 【そりゃもう二日もバックレりゃ連絡もしてくるよな…】」


 宮子は心の中で そう思うと少し体裁が悪くなりました。


光「母さん… 学校には連絡しなかったんだ。」


 光の質問に自分にも少し責任があると感じた宮子は申し訳なさそうに返答しました。


宮子「うん… ごめんね… 一昨日と昨日の晩は色々と俊の事で こっちも話が長引いてさ。

 アイツも学校の事なんか何にも言わないから すっかり連絡するの事も忘れてたよ。」


 光は宮子の言葉を聞いて三郎家で何か話し合いがあったのだと思い自分の一番気になる事を聞いてみたのです。


光「そうだったの… もう兄貴は このまま帰らないって言ってた?」


 光が寂しげな声で言いました。


宮子「え!? んっ いや… 流石に このままってのは 三ちゃんも納得しないよね…

 俊がちゃんと親父と学校の事をケジメ付けてからでないとダメだって三ちゃんに言われたんだよ。」


 そう宮子が言うと 光は少し驚いた表情になりました。


光「え 本当! じゃあ戻ってくるの!?」


宮子「う~ん… と言うよりも… こりゃ一回 仕切り直しって所だね…

 実は 今さっき あたしに渇入れられて嫌々帰っって行ったばかりだよ。」


 宮子は俊が少し前に帰った事を話しました。


光「えー! 今さっき帰ったの!? ん~… 俺ってタイミング悪い…」


 光は ほんの少し早く電話していれば俊と話が出来たと思うとタイミングの悪さにガッカリしてしまいました。


宮子「大丈夫だよ 今日は何処にも逃げずに必ず帰る筈だから。

 まあでも アイツの気持ちは変わらないんだろうから 例え今日帰っても家に居るのは ほんの一瞬だけかも知れないけどね。」


 ガッカリする光に宮子は 俊の心情を淡々と話しました。


光「そうか… でも とりあえず帰って来るなら 俺も話したい事が あるし安心したよ。 じゃあ 親父にも そう伝えておくね。」


宮子「うん悪いね… あたしから話しすると また大喧嘩になるから あんたから あの石頭に上手く伝えてもらった方が助かるよ。」


光「う うん… 【クスクス…】」


 光は宮子の言葉を聞いて返事をすると、何故か急に含み笑いを始めたのです。


宮子「ん? どうした 何が可笑しいの? あたし何か変な事でも言ったか?」


 不思議そうに様子を伺う宮子。


光「ううん… 実はさ 親父も母さんと同じ事 気にしてた。

 この電話も親父に頼まれてかけたんだよ。 だからつい面白くて。」


宮子「なあ~んだ… そうなのかよ あのクソ親父…  しかし あんたも役者だね。 ははは 」


光「へへへ ごめん。 それじゃ母さん また 何かあったら電話するから 色々ありがとう。」


 光は 笑みを浮かべたまま そう宮子に礼を言うと ゆっくりと電話を切ろうとしました。


宮子「あいよ。   あっ そうだ 光。」


 宮子は切り際に何かを思い出した様に光を呼び止めました。


光「何?」


 光が目を見開いて返事をすると 宮子は一呼吸置いて とても弱弱しい声で話しました。


宮子「あのね… 余計な心配かも知れないんだけどさ 俊が家を出たら また少し寂しくなるかもって思ってね。」


光「え!? ははは 何だぁ そんな事。 大丈夫! 俺は全然 平気だから。

 だって俺… 寂しい事には ずっと前から慣れてるの母さん知ってるでしょ。」


 光は 宮子の言葉に気遣いを悟り 心配を させない様に強がってそう言いました。


宮子「あ…」


 宮子は そんな光の一言で複雑な心境になり何も言い返せなくなりました。


光「大丈夫 大丈夫 心配しないでよ。 じゃあ また電話するね。」


 光は言葉を詰らせる宮子に そう一言 告げると電話を切りました。



 【ガチャッ… ツー… ツー…】


 (電話が切れた)



宮子「ヒカ… あぁ 切れちゃったか…」


 宮子は そのまま暫く手に持った受話器を眺めていました。


宮子「ふぅ…」



 【寂しいのには ずっと前から慣れてる…】



宮子「ったく あいつ… 重たい一言だよ。」



 受話器を置き ふと窓の外を見ながら 宮子は光の何気ない一言に自分が選択した別れの重みを また一つ感じてしまいました。


 


 外は緑の生い茂る庭木が


 夏の清清しい日差しを透かしながら


 蜩の鳴声と共に穏やかに揺らいでいました。



 果たして俊は和夫とのケジメを付ける事ができるのでしょうか…

  

  

つづく

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