第四十四話 十中八九の推測
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場面 変わり真部家…
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時刻は夕方の六時過ぎ 光と和夫は今朝の約束通り 二人で駅前の店に買い物に行った帰り道でした。
俊の事で すっかり話題が暗くなってしまった二人は お互いの言葉も少なく買い物袋をぶら下げながらトボトボと家路を歩いていました。
そして 家の前の路地を曲がった所で光がボソッと話し出したのです。
光「ねえ親父…」
虫の鳴く程の小さな声で 光は 自分より一歩 先を歩く和夫を呼びかけました。
和夫「ん… どうした?」
和夫は暗く疲れきった表情で 首を軽く斜め後ろに向けて返事をしました。
光「あのさ さっきの話だけど… 兄貴は家を出て三ちゃんの所に行くつもりだよね…」
光は今朝 俊の財布の中に入っていたガソリンスタンドのレシートの事を和夫が知っているのか ずっと気になっていたのです。
しかし その事に和夫は全く触れ様としないので 正直 光は息が詰まっていました。
和夫「はは… 恐らくな。 何だ… お前 そんなに気になるのか。」
何の感情も揺らさず 和夫は そのまま ただ 真っ直ぐ歩きながら答えました。
光「いや 気になるって言うか… 今朝の事なんだけど一つだけ未だ話してない事があるんだ。」
光は申し訳 無さそうにそう言いました。
和夫「話してない事…? 何だ 大事な事だったのか?」
しかし それを聞いても 和夫は何の動揺もなく とても穏やかに返答しました。
光「大事な事なのかは 何とも言えないんだけどさ…
今朝 親父が風呂に入った後 俺 どうしても兄貴の事が気になって 様子を見に もう一度 部屋に入ったんだよ。
そうしたら机の上に置いてあった財布からレシートの様な紙が食み出ている事に気が付いて…」
光は 困ったような苦い表情で 今朝 俊の部屋に入って確認した事を話し出しました。
和夫「ほう…」
まるで 無関心… と言った感じで光の話に相槌を打ち 流す様に聞く和夫。
光「兄弟でも人の財布を勝手に触るのは すごく悪い気がしたんだけど…
何だか どうしても その紙切れの事が気になっちゃって…」
光は更に苦い表情になり話を続けました。
和夫「それで 黙って財布から出して確認して見た… って訳か。」
和夫は 依然と穏やかな表情で そう返答しました。
光「あ… うん… ごめん…」
光は和夫に 自分の取った行動を謝りました。
すると 和夫は少し黙って何かを考えた後に普通に答えました。
和夫「そうか解った… 続きは家に入ってから ゆっくり聞こうか。」
光「あっ… はい…」
そして家の前に着いた二人は 玄関を開けて部屋の中に入りました。
【ガチャッ…】
(玄関扉を開けた)
家の中に入ると二人は先ず 買って来た食料品を冷蔵庫に手分けして片付け 食事の支度を進めながら話の続きを始めました。
和夫「で… その紙は 何処かの店のレシートだったか?」
和夫は話の続きを繰り出すと 光は少し声を上げて答えました。
光「あ… うん… ガソリンスタンドのレシートだったんだ。」
和夫「なるほど… しかし まあ それは別に不思議な事ではないよな。
バイクを乗っているのだから燃料は入れるだろうし…
あッそうか… もしかして お前が言いたい事は そのスタンドの場所ではないのか?」
すると光は 話の真髄を突いて来た 和夫に慌てながら答えました。
光「えっ!? 良く解ったね。 そうなんだ 実は その場所がさ…」
そして 光が当に その場所の事を言おうとした時 何とタイミングが悪い事に電話のベルが鳴ったのです。
【リー―ン リリリ――ン…】
(電話のベルが鳴った)
和夫「ん…!? 今 手が離せないな。」
和夫は電話に出様としましたが 料理の途中で手が離せなかった為 面倒臭そうな表情になり そう呟きました。
すると 冷蔵庫に食材を終いおえた光が急いで電話に向いました。
光「あっ… 大丈夫 俺が出るよ。」
【リ… ガチャッ…】
(光が受話器を取った)
光「はい もしもし 真部です。」
電話口「光 あたしだよ…」
電話口の相手は聞き覚えのある声で光は直ぐに相手が誰だか解りました。
光「かっ 母さん…!?」
何と電話の相手は宮子だったのです。
和夫「ん…!」
光の大声に和夫が些か反応しました。
光「どっ どうしたの?」
光は 声の大きさを調整し宮子に問いかけます。
宮子「ちょっと 伝えておきたい話があって 掛けたんだ。 親父は近くに居るのか?」
光は宮子の言葉に 一抹の気不味さを感じ受話器に手を被せながら小声で答えました。
光「え… うん 居るケド… 何か不味い?」
所が 驚いた事に宮子は意外な一言を話したのです。
宮子「いや 親父に話が あるんだよ。 ちょっと代わって貰いたいんだ。」
光「へ!? なっ 何だぁ… そうなんだ 珍しいね。 ははは…
でも今 丁度 夕食の支度してるから ちょっと待ってて。」
光は自分の取越し苦労に呆れ笑いをしながら受話器をその場に置くと 和夫の後ろに行き話し掛けました。
光「あの… 電話 出れる?」
和夫は光の呼び掛けに 振り向く訳でもなく 忙しそうに答えました。
和夫「何だ 電話は宮子なのか!?」
呼び掛けに答えた和夫の声は 流しの水道から流れる水の音に混ざって聞こえたせいか 少し苛立っている様にも感じ取れました。
光「うん… 何だか 話があるから 親父に代わってくれって言ってるんだ…」
光は そんな些細な威圧感に 少し気を遣いながら小さくゆっくりと答えました。
和夫「何の用だよ 全く… どうせまた つまらん話だろ。」
和夫は そう言うと 一旦 流しの水道を止め 流し台に掛けてあるタオルで手を拭いYシャツのボタンを片手で一つ外しながら もう一方の手で受話器を握りました。
和夫「もしもーし! 何だ 何の用だ!」
和夫は さぞ【鬱陶しい】と言わんばかりの強い口調で通話口から宮子に話しかけました。
宮子「何だよ! その話し方は! 相変わらず愛想がない親父だね!!」
宮子も そんな和夫の口調に苛つきながら 対抗する様に切り返します。
和夫「だから何だよ! 今 忙しいんだ 手短にしてくれよ!」
宮子「あー はいはい! じゃあ お言葉通りに手短に言いますので!!
俊は今日 家に泊まるそうですので 家には帰りません! では そう言う事で!」
宮子は和夫の態度に腹が立ち 伝えたい用件だけ言うと乱雑に電話を切ろうとしました。
和夫「おい ちょっと待て! 何を言ってるんだ お前は!! 今日は日曜日だぞ! 明日の学校はどうするんだ!!」
しかし 和夫も電話を切ろうとする宮子に対して そうはさせ時と大声で切り返します。
宮子「あん!? 知らないわよ! あたしにそんな事 言われても!!」
宮子の苛立ちは募ります…
和夫「知らないじゃないだろうが! お前も少し位 親の心が あるなら 甘やかすだけじゃなく 厳しく家に帰らせたら如何なんだよ!!」
和夫の苛立ちも募ります…
宮子「へ~… 甘やかすねえ…!?
子供達を奴隷の様に束縛している あんたはさ~ さぞ あたしの愛情が気に食わないんだろうね!」
和夫の言葉が気に触った宮子は 何時もの様に思っていた感情を荒々しくぶつけました。
和夫「何だとっ!? 俺が何時 子供達を奴隷の様に束縛したって言うんだ!!」
和夫は宮子の言葉に 一瞬 翻弄しながらも 落ち着いた表情で返答しました。
宮子「何よ! 十分してるじゃないのよ!! 現に今だって光に夕食作るの手伝わせて束縛してるじゃない!!」
宮子は何時も俊から光の事を聞いていたのですが 光は炊事を嫌々 手伝っていると思っていたのです。
和夫「何を言うかと思えば 全く下らん! いいか 光はな 自分の為に自主的にやってるんだよ!
お前は親として その位の事も解からんのか 馬鹿馬鹿しい女だな!」
和夫は宮子の勘違いに呆れながら まるで その鼻っぱしをへし折る様に言い返しました。
宮子「ふん!! 随分と能天気な講釈を並べるじゃないか!
だいたい あんたは何も解っちゃいないのさ!!
光だって あんたが口煩いから仕方なく我慢して家事やってんだよ!
親として 何も解ってないのは あんたの方なんだよ! この狸 親父が!」
宮子は自身満々でした。
しかし この言葉で和夫の苛立ちは頂点に達し 物凄い大声で怒鳴ったのです。
和夫「何だと貴様!! だったら そうさせた最大の原因が誰にあるのかを良く考えてから物を言うるんだな!! ふざけやがって!!!」
激しく怒る和夫の声に 宮子は頭を貫かれ 受話器を耳から放して目を強く閉じましました。
そして 通話口を縦に持ち変えると 今度は逆に自分が慢心の大声で怒鳴り返したのです。
宮子「あーっ! うるせー!! もういい 何も聞きたくない!! 切るよ!!」
【ガチャッ… ツー… ツー…】
(電話が切れた)
和夫「ちっ… 切りやがった あの くそ女が…」
和夫は一方的に切られたので 怒りが収まらない様子です。
その一部始終を後ろから見ていた光は 和夫に気を遣いながら控えめに声を掛けます。
光「大丈夫…?」
光に声を掛けられた和夫は 呆れながら受話器を電話機に置くと口をへの字に曲げ とても不満な表情で答えました。
和夫「ああ… 何時もの事だ… あいつとは まともに話なんて出来んからな。 腹が立って敵わんよ。」
光「母さん… 何だって…?」
光は和夫と宮子の会話が気になっていました。
和夫「ん… ああ… 俊がな… 今日は宮子の所に泊まるって言ってるそうだ。」
和夫は そう言うと 光と目も合わさず流しに戻り 再び寂しそうに夕食の準備を始めました。
光「そう…」
その後 沈黙が続き 流しから水の流れる音は 何故か一層 重たい空気を強めました。
そして暫くして 準備も 一段落した頃 和夫がさっき途中で終わってしまった話を思い出したのです。
和夫「あっ… そうだ。 話の続きだったな 済まん 済まん。」
和夫は そう言って さっきの続きを聞こうとしましたが 光は何やら もうその必要は無いと感じてしまっていたのです。
光「あっ… うん… でも 今の母さんからの電話で もう何となく解ったよね…」
和夫「お… ああ… まあ そうだな…」
和夫は光の言葉に 何故か認めたくないと言ったとても寂しい表情を浮かべ答えました。
光「多分 兄貴は昨日も母さんの所に居たんだよ…
そして 今日も親父と揉めて また母さんの所に行った…」
光は そう言いながらも誰の肩を持つ事も出来ませんでした。
でも ただ一つ…
自分が和夫の息子でありながら 何故かとても この状況に父親が不憫に見えて仕方なく思えました。
そして 和夫はそんな光の言葉に愚痴とも取れる自分の本音を洩らしたのです。
和夫「ああ… 少なくとも それは確信 出来たな。
しかし… 予想はしていた事だが改めて本当に そうだと解ると腹立たしい物だな。」
悔しそうに俯く和夫。
しかし 光は俊の今後の事が気になっていました。
光「でも兄貴は これから如何するんだろう。
明日だって 学校あるし制服も部屋の鴨居に掛けっぱなし…」
そんな 光の疑問に和夫が冷静に推測をたてました。
和夫「まあ この様子では 暫く学校へは行くつもりは無いのだろうな…」
和夫の推測に些か驚く光。
光「えっー!? じゃあ このまま退学しちゃうのかな?」
和夫「いやいや… それは解らんが… 暫くは家に帰ら無いと思うよ。
それに もう直ぐ夏休みだ。 奴にとっては色々と好都合だろう。」
光は思いました。 和夫の この推測は大方間違いないのではないかと…
光「そうだよね… 俺 今後の事 母さんに聞いてみるよ。」
しかし 仮に推測通りになったとしても光は あくまで中立の立場を築こうと思っていたのです。
和夫「いや… 余計な事は しなくて良い… このまま黙って様子を見よう…
奴は必ず一度は身の回りの荷物を取りに帰って来なければ成らんから筈だからな。
ただ… 多分 その時が最後になるかも知れんが 無理やりでも会って もう一度 話はして見るさ。」
和夫が そう言うと 光は少々不安に感じている自分の考えを言いました。
光「でも 上手く会えるかな… 兄貴は親父を避けて帰って来ると思うんだけど。」
和夫「ああ… 解ってる… 十中八九 そうであろう… でも俺にだって作戦や考えはあるさ。」
そうなのです… 実は光の不安は和夫も同じ様に感じていました。
しかし 果たして…
本当に俊と和夫は お互いの心のすれ違いを修復する事が出来るのでしょうか…
光「兄貴…」
そして 成り行きを ただ見守る事しか出来ない光は 俊が この家から本当に出て行ってしまう事の寂しさと その後の不安だけしか考える事が出来なくなっていたのです。
それは 三人んで暮らすようになってから四年が経過した夏休みから少し前の出来事でした。
つづく