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十方暮  作者: kirin
43/61

第四十二話 それぞれの思い…

―――――――――

 午後十二時頃…

―――――――――

 

 書店で用を済ませた光は丁度 帰宅をしている途中でした。


 光が家の近くの大通りまで来ると信号が赤になりました。


 自転車を ゆっくりと停車させ日差しと同じ方向の信号機を眩しそうに眺め光は暑そうな表情で信号待ちをしていました。


光「暑い~ もう直ぐ昼か 腹減った~ 今朝 親父のパン食べておけば良かったよ…」


 光は そんな暑さと空腹感で だらだらと自転車に跨っていると 突然 脇道から見た事のあるバイクが飛び出して来たのです。


 【ビー―――ン!!】


 (バイクのエンジン音が聞こえてくる)


光 「あっ あのバイク! 兄貴だ!」


 そのバイクが俊の物である事に気付いた光は乗っている人も直ぐに俊である事が解りました。


光「おーい! アニキ―――!!」


 とっさに大声で呼び止めましたが 光の声は煩いマフラー音にカキ消され俊は気付かないまま走り過ぎて行きました。


光「なんだ? 聞こえてないのかよ! マフラー音が煩さ過ぎ!!」


 光は俊が気付かないまま去ってしまった事に少々イライラして そう言いました。


光「でも変だぞ… 兄貴 あんなに慌てて何処に行ったんだろう…

 はっ! まさか家で親父と何かあったのかな!? 急ごう!!」


 光は胸騒ぎがして信号が青になる前に飛び出すと 大急ぎで家に走りました。


 【キキ――ッ! ガタガタ…】


 (自転車を勢いよく停めた)


 光は自宅に着くや否や自転車を放り投げる様に乗り捨てると 急いで玄関の扉を開けました。


 【ガチャ!】


 (玄関扉も勢いよく開けた)


光「ただいまー! オヤジー!? 起きてるのー!?」


 光は部屋の様子を伺いながら 大きな声を抑える様に遠慮しながら和夫へ声を掛けると玄関から居間に急ぎ足で入って行きました。


和夫「おお お帰り… 良い参考書は見つかったのか?」


 和夫は 何事もなさそうに真っ暗な部屋で煙草を吸いながら 小さく座っていました。


 光は そんな和夫の様子を見ながら 不安そうに居間の電気を付けると 卓袱台の上に置かれた灰皿に気付いたのです。


光「あのさ! 今 兄貴がっ… あーっ!」


 光は驚きながらも この状況に嫌な予感を覚え 言葉を失い固まってしまいました。


光「…」


 所が和夫は そんな 光の様子に少しも動じず むしろ逆に今朝よりも更に落ち着いて淡々と話し出しました。


和夫「ん…? ああ これか。 これは俊の物だよ…

 全く馬鹿な奴だな… 今度は煙草にまで手を出してしまった…」


 和夫は肩を落とし細い声で そう呟くと手に持っていた吸いかけの煙草を その灰皿に強く揉消して光の顔を見ながら言いました。


和夫「何だ… お前 俊が煙草を吸ってた事 知ってたのか…」


 和夫は特に興奮する事も無く 依然と穏やかな口調で そう聞いてきました。


 しかし この問い掛けに 光は自分の行動を何も指摘しない和夫の事を不思議に感じ 今朝 自分が取った行動を語りだしたのです。


光「知ってるも何も… 見てたんでしょ 俺が今朝 ゴミ集積場に これを捨ててた所…」


 光は そう言うと手に持っていた買ったばかりの参考書を卓袱台の上に そっと置き 静かに和夫の正面に座りました。


和夫「ん? ほお…!? 何だって これは お前が捨てたのか!?

 そうか… それで… んー… でもまあ仕方が無いか 事実は変わらん事だしな…」


 和夫は光の言葉を聞くと とても体裁が悪そうに頭を掻いて なにやらブツブツと独り言を言い出しました。


 光は 和夫の言っている意味も解らず 更に慌てながら質問しました。


光「えっ? だって親父 俺が捨てた所を見てて これ拾って来たんじゃないの?

 じゃあ… 何で これ拾って来たのさ?」


 光は経緯の不思議さに顔を顰めると更に動揺しながら そう言いました。


和夫「いやぁ… 今朝 玄関に入る前 ゴミ集積場の前を通りかかったら日曜なのに このゴミが一つだけ出してある事に気付いたんだよ。

 もしや不審物ではないかと思って中を そっと確認したんだ… そうしたら これだった。

 俊が捨てた物だと思って 直ぐに持ち帰ったんだ。

 しかしなあ… まさか お前が これを捨てたとは思わなかったよ。」


 和夫は朝の出来事を淡々と語り依然と困った表情で湯飲みにお茶を入れ始めました。


光「でも 何で これが兄貴の物だって知ってるの…」


 光は お茶を飲む和夫の顔を上目遣いで見ながら 様子を伺う様に質問しました。


和夫「えっ? ははは そうだよな… 

 いや… 実は 今さっき その事で俊と口論になってしまったんだが…

 奴は途中で怒って出て行った… いや参った参った…」


 和夫は そう言うと苦笑いを浮かべ 胸元のポケットから煙草を出して口に銜えました。


光「もしかして… 親父 証拠も無しに兄貴の物だって決め付けたんじゃないの!?」


 光は 何故か ある程度の事実を知っていた筈なのに必死で この事を誤魔化そうとしていました。


和夫「ん?  ははは 何を言うんだよ 証拠なんて要らんだろうに。」


 和夫は光の質問に少し笑いながら 余裕の表情でそう答えました。


光「何が可笑しいのさ!? だって親父は これを今朝 拾って来たんだよね!?

 じゃあ 兄貴が煙草を吸ってる所を見た訳じゃ無いじゃんか!」


 光は和夫の曖昧返答に益々意味が解らなくなり激しい口調で興奮し始めました。


和夫「おいおい… 随分とムキになってる様だが… 何か俊に口止めでもされていたのか?」


 和夫は光が段々と激しい口調に変わって行く様子を見て とても困惑した表情になりました。


光「え…!? いや… 別にムキになって無いよ…」


 光は和夫に そう指摘された事で 一旦 興奮気味になっていた自分を落ち着かせました。


 しかし そんな様子を見てた和夫は 深呼吸する様に大きく煙草の煙を吐き出し 慰める様な声で光に言いました。



和夫「奴を庇うな…」



 光は この言葉で 一瞬 自分の心の真髄を貫かれ 再び動揺してしまいました。


光「べっ 別に俺は!!」


 光は動揺を隠すように 大きな声で弁解しましたが 和夫もその光の声に被る様に言い返したのです。


和夫「良いんだよ… もう…」


 その和夫のガッカリとした表情と気力の外れた呟きを感じた光は 頭の中が真っ白になり 無我夢中で次の言葉を探していました。


 そして 終に 苦し紛れの大嘘を付いたのです。


光「だ だって! それは 俺が吸ってたものだから!!」


 光が大声を上げてそう言うと部屋の中は一瞬で静まり返りました。


 そして 光の目には薄っすらと涙が溜まっていたのです。



和夫「…」


 和夫は ちらりと その目を見たまま 黙りました。



光「…」


 暫く二人の沈黙が続くと 和夫が 再び ゆっくりと語り始めました。



和夫「良いんだって 光…」


 光は黙ったまま俯き顔を上げません…


光「…」


 和夫は そんな光の心中を察したのか とても穏やかな口調で静かに声を掛けました。


和夫「解ってるんだ… お前の気持ちは… でもな これは事実だから受入れないといかん…」


 そうです 光は俊から本当の事を聞くまでは この状況を受け入れたくなかったのです。

 

 それは… 光が心の片隅で本当に俊を信頼していたからなのかも知れません… 


光「…」


 依然と黙って俯く光に和夫は その根拠たる出来事を語り始めました。


和夫「可哀相にな… お前は夕べ 俊の帰りを ずっと待っていたんだろう…」


 何と驚いた事に和夫は夕べから今朝までの出来事をまるで知っていたかの様に話し出したのです。


光「何で それを…!?」


 この言葉を聞いて 光の顔は一瞬に凍りつきました。


和夫「待ちくたびれて お前は ぐっすりと眠ってしまっていた…」


光『!?』



――――――――

 今朝方の事…

――――――――


 時刻は午前四時過ぎ…



 【ガチャ…】


 (玄関扉が開いた)


和夫「はぁ~ 今日は客が少ないね… 酷いもんだ…」


 客足が伸びない状況であった為 近くまで来た和夫は一旦 家の様子を見に帰って来たのでした。


和夫「何だ光は… テレビも電気も点けっぱなしで… 仕方のない奴だな。

 それに こんな所で寝たら風邪を引いてしまうじゃないか… 全く…」


 そのまま居間で寝てしまった光の姿を見て 和夫は背中から毛布を掛けてやると卓袱台の夕食が手を付けられていない事に気が付きました。


和夫「食事が… そうか 俊を待ってたのか… 奴は帰ってなかったんだな…」


 不審に感じた和夫は居間の電気とテレビを消し 今度は俊の部屋をそっと覗きに行きました。


 【カラカラ…】


(俊の部屋の襖を開けた)


 部屋は真っ暗でしたが 俊は帰ってはいませんでした。


和夫「やはり居ないか…」


 和夫は電気を点け 溜め息を一つ付くと 久しく入っていなかった俊の部屋の様子をぐるりと一周 眺めて見ました。


和夫「しかし酷く散らかっているな… この不精さは 母親に そっくりだ…」


 ベットの脇に山積みになった雑誌と衣類…


 部屋の匂いは とてもホコリっぽくむさ苦しい空気が漂っていました。


 そして和夫は そんな散乱した雑誌の下に何か黄色の物を見つけたのです。


和夫「ん? なんだ この薄汚い器は…」


 和夫が その黄色い器に手をかけ 引張って取出してみると 何とそれは煙草の灰で真っ黒に汚れた小さな灰皿だったのです。


 しかも その灰皿には見覚えのある銘柄の吸殻が数本入っていました。


和夫「!! あの馬鹿… 今度は煙草か…」


 和夫は呆れた表情になり 無言の戒めとして わざと その灰皿をベット脇の目立つ場所に置きました。


和夫「しかし… 吸ってる煙草が宮子と同じだって事が 益々気に入らん…」


 その後 和夫は深い憤りを感じながらも部屋を出て仕事に戻りました。




――――――――――――

 場面は元に戻ります

――――――――――――



 光は今朝の出来事を和夫から聞いてなんとなく不思議だった全ての謎が解けたのです。


光「そうか それで… 電気が消えてて 俺に毛布が掛かっていたのか…

 だから親父 俺が起きてる事が解ったんだ…」


 そうです 和夫は別に光が狸寝入りをしていたのを見抜いた訳では無かったのです。


和夫「それに 俊の為に用意しておいた夕食も 今朝 卓袱台からお前が片付けたんだろう…」


光「あ…」


 光はこの時 迷ったのです…


 それは夕べ 和夫の本当の素顔を知り 今まで尊敬していた父を敵視してしまった瞬間…

 

 【自分はもう何も語るまい…】と心に決めた筈でした。


 【収まらない話し合い… 身勝手な被害妄想…】全ては どうせ無駄に空回る…


 でも今 この状況で自分は和夫に一体何を話せば良いのか…


 そして それを話した所で 一体 和夫に何が伝えられるのか…


 とても迷いました…


 しかし 迷えば、迷うほど… 何も話す事が出来ません…


 光は 暫く考えました。


 もう誰かを庇い嘘を重ねて取繕う事では何も解決しないのではないかと…


 自分が思ってる事をキチンと伝え その間違いを指摘する事が欠けていたのではないかと…


 何時も 父親の指示だけで行動し… 自分達の思いや考えを抑制して来た日常…


 気付けば父を怒らせまいと 些細な事実を隠して来た積み重ねが こうして父を怒らせる結果となった事を…


 それらは 自分達が和夫の事を少しも理解出来ずに取って来た行動そのものなのでは無いかと思ったのです。


 【自分は違う 自分はココから何かを変えよう!!】 光は 瞬時に そう思いました。


 もうこれからは自分の言動を抑える考えを止め 例え それが元に俊や和夫と言い争いが起こっても 逃げ出さずに考えを貫こうと決めました。


 光は それらを受止め まずは和夫に俊の部屋に入った時の事を行き違いが無いように全て説明しようと踏み切ったのです。


光「今朝 俺が兄貴の様子を見に部屋に入ったら この灰皿の上に大量の吸殻が枕元にあったんだ。

 起きてから訳を聞こうと思ったんだけど 兄貴 多分 直ぐには起きないから 時間も無いし正直 俺 焦った…

 【親父が帰ってくる前に何とかしなきゃ】って思って…

 だから証拠を隠す為に 俺が勝手に灰皿と吸殻をゴミ袋に入れてゴミ集積場に捨てたんだよ…」


和夫「そうだったのか なるほどな… こうして改めて お前の話を聞くと色々と辻も褄も合ってくるもんだな。」


 光の説明を一通り聞いた和夫は 次に灰皿の中に揉消してある煙草の銘柄の事を話そうとしました。


和夫「この煙草の銘柄の事なんだが…」


 すると 光も その事に興味が有ったのか直ぐに返答したのです。


光「あっそれ 確か母さんと同じ銘柄の物だよね。」


和夫「そうか 知ってたか… つまらん妄想だが 俺は やはり 宮子が俊に与えた物なのかと考えてしまうんだが…」


光「ん~ でも… それは どうだろうね…

 だって もし そうだとしたら 何故 兄貴は吸殻を隠そうとしなかったのかな…」


 光は俊の取った行動の意味が解らず考え込みました。


 すると… 和夫の口から意外な言葉が飛び出て来たのです。


和夫「まあ それは わざと だな…」 

 

光「えっ わざと!?」


 突然の和夫の言葉に度肝を抜かれた光は目を丸くして言いました。


和夫「ああ なあに… 俺を本当に怒らせたかった… ただ それだけだろ…」


 和夫は光の質問に何故か笑みを浮かべて答えたのです。


光「怒らせたかったって… 何の為に!?」


 光は 和夫の その意味深な笑みと答えに より一層の疑問を抱きながら困惑しました。


 そして 和夫は そんな困惑した表情の光を見ながら 面白そうに軽く笑って答えたのです。


和夫「ははは… 理由などないさ。」


 光は 和夫の余裕に満ちた その表情を見ては 何処と無く何か深い考えがある様にも感じました。


 しかし 俊が何を目的とし 何を考え行動しているのかは全く理解出来ず 依然と困惑が募るばかりでした。



光『きっと俺が居ない午前中の間に何かがあったんだ…』


 光は そう心の中で思い 黙って和夫の表情を見ていました。


 すると和夫は静かに答えたのです…


和夫「奴は この家を出て行く気なんだよ…」


光「え-っ!!」


 和夫の言葉に 更に驚く光。


 一体 光の留守中 二人に どんな口論があったと言うのでしょうか…



つづく


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