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十方暮  作者: kirin
42/61

第四十一話 煙草の煙と吸殻と… ‐後編‐

―――――――――

そして次の日の朝…

―――――――――


 この日は日曜日で光は学校も部活も休みでした。


 夕べ光は居間で寝てしまい そのまま朝を迎えました。


 窓から朝日がゆっくりと差し込むと 卓袱台に凭れる様に寝ていた光の横顔を日差しが徐々に照らし初めました。


光「スー… ん… うーん…  はっ! ヤベ!  昨日 あのまま寝ちゃった!

 ん!? あれっ? テレビが消えてる… それに毛布も… 何でだろ?」


 光は夕べ確かにテレビや電気を付けっぱなしで寝てしまったのですが 不思議な事に起きた時はテレビも部屋の電気も消えていたのです。


光「兄貴が消してくれたのかな… んっ!? あれっ? 何だよ… 結局 飯食ってないじゃん! 本当に帰って来てるのかな?」


 光は卓袱台の上に置かれたままの 全く手の付けられていない夕食を見て 心配になり直ぐに俊の部屋に様子を覗きに行きました。


光「そ~っと…」


【カラカラ…】


(光が ゆっくりと俊の部屋の襖を引いた)


俊「ぐか~ ぐか~ ムニャムニャ…」


 光が部屋の中を確認するとベットには熟睡中の俊の姿がありました。


 恐らく俊は夜中から明け方頃に帰って来たのでしょう…


 自分の部屋の電気は つけっぱなしのまま豪快に鼾をかいて寝ていました。


光「ほっ… 帰って来てたか… ん? 何だ兄貴 自分の部屋は電気が点けっぱなしだ…  夕飯 ちゃんと食ったのかな…」


 光は そう思いながらも まずは俊が帰っている事に一安心をし 俊の部屋の電気を消すと そのまま そっと襖を閉め部屋から出ようとしました。


 が… その時です。 光は部屋の異変に気付いたのです。


光「あれ… 何だろう? この息苦しい霞んだ様な部屋の空気…」


 光は俊の部屋の中が白く霞んで見えたので 寝起きで自分の目が霞んでいるのかと思い 何度も自分の目を擦って見ました。


光「う~ん… やっぱ おかしい… 俺の目じゃないな…

  いつもと部屋の雰囲気が違う感じ…  あれっ!!」


 光は驚きました。 何と俊の枕元には煙草と吸殻が山ほど溜まった灰皿が置いてあったからです。


 そうなのです…


 光が感じた この白く霞んだ空気は今朝方まで俊が部屋で吸っていた煙草の残り香と煙だったのです。


光「煙草だ… マジかよ… 兄貴 何で煙草なんか吸ってんだよ…」


 驚いた光は 部屋の周囲を見渡し他に変わった様子は無いか改めて確認して見ました。


 すると…


 俊の勉強机に真新しい煙草のパッケージとライターが揃えて置いてあるのを見付けました。


光「あ…! この煙草は!」


 そうです その煙草の銘柄は紛れも無く光の見覚えの ある物でした。


【セブン☆スター】


 それは… 宮子の吸っている銘柄と同じ物でした…


光「母さんと同じ煙草だ… 本当に兄貴が吸っていたのかな… 

 ん~ それにしても 何で よりにもよって このまま寝ちゃうんだよ!

 親父に喧嘩売ってるのかよ… 見られたらヤバいな… 」


 事の重大さを知った光は とっさに俊の部屋の時計に目を向け その吸殻が山盛りになった灰皿を急いで手に取ると

 

 今度は机の上に置かれた煙草とライターを机の引出に無造作に入れて隠しました。


 その後 窓と入口の襖を開け部屋の喚起をしました。


光「これで良し! っと でも外の音で起こしちゃうかな…」


 窓から新鮮な空気が入り込むと部屋の白く濁った霞みは晴れて一気に爽やかになりました。


 同時に外を通る車の騒音が聞こえる…


 しかし それでも俊は熟睡から覚める様子は ありませんでした。


俊「ぐか~ ぐか~ ムニャムニャ…」


 光は そんな俊の寝顔を見て一息吐くと呆れた表情で呟きました。


光「はぁ… やっぱ窓を開けた位じゃ起きる筈はないか…」


【時刻は六時十五分…】


光「あと一時間もしない内に親父が仕事から帰ってくるな…

 早く この吸殻を処分しないと昨日の荒れ具合じゃ親父また大騒ぎだよ!」


 そうなのです。 光は俊を起こして状況を聞くよりも先に 和夫が仕事から帰って来る前にこの状況を一時的に隠蔽するのが先決である事を悟ったのです。


 光は慌てながらゴミ袋用に取って置いたスーパーのビニール袋を茶箪笥の扉から取り出すと その吸殻を灰皿毎 突っ込み口を何重にも縛って外に持ち出ました。


 玄関先から左右を確認し人の気配を気にしながら向かいのゴミ集積場まで走ると その場所へ目立たぬ様に静かに捨て置きました。


光「取り合えず これで証拠は無くなったか…」


 光は【ホッ】とした表情で再び周囲の人の気配を気にしながら家に戻りました。


 幸いな事に 今日は日曜日…


 早朝から外をウロついている人等 誰も居ません。

 

 しかし そんな静まり返った朝だからこそ 返って自分の行動やゴミが目立つ物です。


 光は そのゴミと自分の行動が誰にも見られていない事を祈りながら 静かに そっと自宅の玄関を開け家の中に入りました。


 部屋に戻った光は 俊の部屋が喚起された事を確認し窓と襖を閉めると 次に俊の為に用意をしておいた卓袱台の夕食に目を向けました。


光「あとはこの夕食か… これじゃ 明ら様に兄貴が夕べ帰ってこなかった事を親父に教えてる様だし…

  でも捨てる訳にも行かないしなあ… 一旦 冷蔵庫にでも片付けておこう。」


 そして 光は手の付けられなかった夕食を冷蔵庫に片付け 再び時計を確認しました。


【時刻は六時四十五分…】


光「よし そろそろ 親父が戻る頃だ 後は何事も無かったかの様に俺も自分の部屋で寝ていればいいや…」


 光は自分の部屋に入ると襖を そっと閉めベットで狸寝入りをして和夫の帰りを待ちました。



――――――――――――

 それから数分後…

――――――――――――



【ガチャ…】


(玄関の扉が開いた)


和夫「…」


 無言のまま部屋の入ると 和夫は何時も通り仕事の汗を流す為 風呂の支度を始めました。


光『親父 何時も通りに風呂に入るみたいだ…』


 光がベットで狸寝入りをしながら様子を探っていると風呂の支度を終わらせた和夫が脱衣所から部屋着に着替え終えて居間にやって来ました。


 和夫の手には仕事中に食べるつもりで買った菓子パンの入った袋を持っていました。


和夫「はぁ… よっこらしょっと…」


 和夫は一つ溜め息を付きながら座布団にゆっくり胡坐をかき 菓子パンの入った袋を卓袱台へ置くと疲れきった表情で胸元のポケットから煙草を一本出しライターで火を点けました。


【シュッ ポッ…】


(ライターを点けた)


 煙草の煙をモワモワと吹かすと今度は卓袱台の上に置かれた茶筒を開け お茶を急須に入れ始めました。


 光は直ぐ隣の部屋で和夫が急須からお茶を注ぐ音を耳にしながら和夫の昨日の事を思い出しベットの中ででゴロゴロと落ち着かない様子でした。 


光『はぁ… 狸寝入りも楽じゃないな… 親父 多分まだ昨日みたいにイライラしているだろうから このまま静かに漫画本でも読んでるかな…』 


 光は そう思いベット脇に重ねておいた少年漫画の単行本を音を立てない様に ゆっくり手に取ると布団の中で小さく開いて読み始めました。


 すると…


和夫「おい光… 起きてるなら コッチへ出て来たらいいじゃないか…」


光「へ!?」


 何と!? 驚いた事に 和夫は光が起きている事を既に悟っていて普通に話しかけて来たのです。


光『…』


 光は和夫の問い掛けに暫く躊躇していましたが 段々息苦しくなったのかベットから起きて部屋から出て来ました。


【カラカラ…】


(光が襖を開けた)


光「お帰り…」


 光は昨日の和夫の言葉が頭から離れず 何時もより少し暗い面持ちで登場しました。


和夫「ああ ただいま… ほれ 腹減ってるなら このパンでも食べなさい。」


 和夫は昨日とは違い落ち着いた様子で普通に そう言うと 卓袱台に置かれた菓子パンを光の前に差出しました。


光「あ… うん… 後で食べる…」


 不思議な事に和夫は昨日あんなに俊の事で苛立っていたのに 光に俊の状況を聞く様子も無く とても穏やかな表情で煙草を吸っていました。


和夫「おい そう言えば 今日は部活は遅いのか? もう七時になるぞ。」


 光は何時も日曜の朝に部活の練習をしていたので 和夫は この時間にまだ光が家に居るのが気になって そう尋ねました。


光「あ… もう先週に三年の引退試合が終わったから 今月から練習は終わりなんだ。

 だから今は部に名前を在籍してるだけで実質もう三年は引退なんだよ。」


 和夫は もう光が そんな時期になってた事すら忘れていたのか 清清しい表情に変わりました。


和夫「そうか… もう引退したか… それは 三年間ご苦労だったな。

 いや しかし… 本当に最後まで良く辛抱して頑張ったぞ。」


 光は笑みを浮かべて労いの言葉を掛ける和夫を見て 何だか少し照れ臭くなりました。


光「えっ!? あっ… まぁ… 何とか今日まで続いたって感じだけどね… ははは」


 光が照れ臭そうに そう言って俯いていると 和夫が意外な事を言い出しました。


和夫「どうだ もう部活も無いなら今日の夕方は久しぶりに一緒に買い物でも出てみるか。」


 和夫は そう言うと煙草の煙をモワモワと吐き出しながら爽快な表情で笑っていました。


光「えっ!? ん ん… っと… 」


 光は和夫の この突然の誘いに少々戸惑ってしまいました。


 それは昨日 あんなに荒れていた和夫が何故 今朝になってココまで落ち着いているのが理解できなかったからでした。


和夫「ん? 何だ 何か他に用事でもあるのか?」


 そんな和夫は まるで昨日の事など覚えていない様な素振りで 尚も普通に理由を尋ねてきました。


光「い いや… そうだね。 暇だから 一緒に行くよ。」


 光は 普通に振舞う和夫の誘いを断る術もなく 取合えず返事をしました。


和夫「そうか じゃあ俺は この後 風呂に入って少し仮眠を取るから 済まんが午前中は静かに頼むな。

 昼頃には起きるから 夕方前に出掛けるとしよう。」


 和夫は そう言って煙草を揉み消すと脱衣所の方へ向いました。


光「じゃあ俺も 本屋に用があるから 親父が寝てる間に行って来るよ。」


 光は 本屋に受験勉強の為の参考書を買いに行こうと思っていたので 丁度 良いと思い和夫に そう言いました。


和夫「本屋? 何だ漫画でも買いに行くのか。」


光「漫画!? あはは そう言いたい所だけどね。そろそろ受検だし参考書を買って 学習して おかないと。」


和夫「あ… そうか参考書か… 金は… あるのか?」


 和夫は教材は なるべく自分が買ってあげるべきだと思っていたので 光に そう聞きかえしました。


光「ん? あ 大丈夫だよ… まだ小遣い少し残ってるし… それに自分が欲しい物だから自分で買おうと思ってたから。」


和夫「済まんな… そう言ってくれると俺も助かる。」


光「良いよ… 別に… 早く風呂入って来なよ。」


和夫「ああ… じゃあ 済まんが頼むな。」


 そして和夫は風呂に入りました。


 その後 居間で一人になった光は考え事をしていました。


光「どうしたんだろ親父…  昨日とは全然 雰囲気が変わっちゃって…

 何か 思い詰めてるような暗い笑顔だし…

 それに 今日は全く兄貴の事 聞いて来ないし…

 今朝だって何で俺が起きてる事が解ったのかな… 

 あっ! もしかして朝 ゴミ捨てた所 見られてたかな!? ん~ コリャヤバいな…

 昨日の晩は俺にも凄く怒ってたからな… あの穏やかさ… 逆に何だか気味が悪いよ…」


 光は和夫の様子が おかしい事をアレコレと詮索しながらも ある一つの仮説を考えて見たのです。


光「でもまてよ… もしかして親父 夕べの兄貴の行動を知って あの後 何か調べたのかも…

 そして 何かに気付いたんじゃ無いか… だとしたら… もう既に煙草の事も知ってるのかな… だとすると もっとヤバイなぁ…

 俺も兄貴が何やってたのか少し探って置いた方がいいな!  よし… 今の内に…」


 光は和夫の様子から どうしても夕べの俊の行動が気になり 和夫が風呂場に入ったのを見計らって 色んな疑問を錯綜させながら再び俊の部屋の様子を探り始めたのです。


光「そ―…っと… 度々失礼しますね~…」


【カラカラ】


(光が俊の部屋の襖を開けた)


俊「ぐか~ ぐか~ ムニャムニャ…」


 依然と変わらず俊は熟睡中です。


光「アリャりゃ… これじゃ兄貴を起こして話を聞くには時間が掛かりそうだからな… それに簡単に起きる訳も無いので…」


 光は すっかり熟睡しきっている俊を見て苦笑いをすると もう一度 机の周りに目を配り 何か変わった事は無いか探り始めました。


光「何か手がかりは… ん~っと… ん!? アレ財布が…」


 そうです…


 さっき煙草を確認した時には気付かなかった俊の財布が机の隅に半分開いた状態になって置いてあったのです。


光『はあ… 人の財布の中身を勝手に見るのって 兄弟でも何だか心地は良くは無いけど…

 仕方ない これも争い事を避ける為だ!! 兄貴スマン!』


 光は俊に心の中で誤りながら 気付かれない様に そっと財布の中身を確認して見ました。

 

 すると…


 中から少し飛び出ていた ある一枚の小さな紙を見つけたのです。


 光は それを引張って ゆっくり抜き取り更に何が書いてあるのか確認して見ました。


光「これ レシートだな… えっと… 7月○○日 丸山石油 ガソリン 350円…

 そっか! 昨日バイクに燃料入れたんだ!」


 光は その紙がガソリンスタンドのレシートだと解ると 同時に ある事に気付いたのです。


光「あれ? これって横浜市の○×区… あ… このスタンドって 三ちゃん家の近くだ。

 まあ予想はしていたけど やっぱ 昨日は三ちゃんの家に行ってたんだね…

 ひょっとして煙草は母さんのを…」


 光は一旦 そのレシートを元通りに財布の中へ戻すと、何事も無かったかの様に襖を閉めて部屋を出ました。


光「ふぅ… じゃあ 親父は昨日 兄貴がバイクで三ちゃんの家に行ってた事を知ったのかね…

 それか 部屋の中にあった煙草の事を知ったのか どちらかだな…」


 すると そうこう している間に和夫が風呂から上がって来ました。


 光は 取合えず障り無い様に今現在 和夫が俊の存在を把握しているのか恐る恐る聞いて見たのです。


光「あのさ親父… 実は兄貴は まだ部屋で寝ているだけど… 俺 出かけちゃたら気不味いかな。」


和夫「ん… いや… 別に構わん… 奴は俺が寝てから 起きて来るつもりだろう…

 それに また勝手に出かけるだろうし 一々 気にする事は無いさ。」


光「あっ そう… じゃあ 行ってくるね。」


『あれ?親父 兄貴が部屋に居る事を解かってる見たいだ…

 帰ってから兄貴の部屋は見て無かったと思うんだけどな…

 何故解ったんだろ?? 玄関の靴で気付いたのかな…』


 光は心の中でそう思うと 取合えず和夫が俊の存在を把握している事を理解しました。


和夫「お前 自転車で行くんだろ 車に気を付けて行くんだぞ。」


光「うん… じゃあ後でね… 行ってきます。」 


 光は最後まで和夫が俊の何を知ってしまったのか…


 何故 急に様子が穏やかになってしまったのかがハッキリと解からないまま一先ず本屋に出掛けて行きました。


 光が出掛けた後 和夫は電気の消えた薄暗い居間の卓袱台の前で 再び煙草に火を点けモワモワと煙を吐き出していました。


和夫「…」


 しかし 何と驚いた事に 和夫の座る その卓袱台の前には 光が今朝方 ゴミ集積場に捨てた あのゴミ袋が置いてあったのです。

 

 そして和夫は その袋を見ながら とても険しい表情に変わっていました。



和夫「全く… 何を考えてるのやら…」



 モヤモヤと揺らぐその煙草の煙は…


 静まり返った薄暗い部屋を…


 まるで霧の様に包み込み ゆっくりと漂っていました…



つづく


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