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十方暮  作者: kirin
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第三話 忘れられた絵本

――――――――――――


場面は元に戻ります


――――――――――――


 電話が終わった宮子が光の顔を見ながらニコッと笑うと、とても楽しそうな表情で光に呼びかけました。


宮子「よっしゃ、じゃーとっとと自分の部屋を片付けてきな。

 俊はね さっき学校から帰って来た時に聞いたら三ちゃんが好きだから あたしと一緒に行くって言ってたよ。」


光「うん、解った… じゃあ ぼくも 三ちゃん好きだし そうするよ、でも学校はどうするの。」


 宮子の実家は和夫の家から然程、遠くない所には所在していましたが二十キロ程は離れていたので、実家から今の学校に通う事は出来ません。


宮子「もちろん転校だよ、もう担任の先生には話してあるし手続きは済んでるから安心しな。

 三学期からはあっちの小学校だ。 はははは」


 そう言うと宮子は勝ち誇ったかの様に笑いました。

 そんな光は何が可笑しいのか意味がさっぱり解らないまま 仕方なく一緒に苦笑いするのでした。


光「そ、そうだったんだ、ははは…」


 その後 光は宮子に言われた通り自分の部屋を片付けていると、ようやく俊が遊びから帰ってきました。


俊「ただいま…」


 がっくりと肩を落とし、元気の無い俊の様子に、宮子は後ろから背中を【ドン】と叩きました。


宮子「ほれ! シャキッっとしろよシャキッと! 友達なんて またいくらでも出来んだろ!」


 そうです、友達が一番大切な俊は友達との別れを惜しんでいたのです。


 でも、そんな俊が何故 宮子と一緒に暮らす事を選んだのかと言うと、それは宮子の兄に当たる『三ちゃん』と呼ばれていた叔父の存在にありました。


 俊も光もこの叔父の事が大好きだったのです。



―――――――――――――――


 それから三日後…


―――――――――――――――



 ついに宮子達が家を出る日になりました。


 当然ながら家を出る日に和夫は居ません。


 と言うよりも、宮子がわざわざ居ない日を選んだのですから 当り前な話ですが…



 光と俊が二学期の終業式から帰宅をすると、いつも光が道草をしている隣の公園に叔父が車を止めて待っていました。



俊 光「あっ! 三ちゃーん!!」


 光と俊が同時に呼びかけました。


 叔父の名は三郎サブロウ、宮子より三歳年上で叔父でありながら、俊や光にとっては父親の様な心強い存在でした。


 そんな三郎は とても優しくて 時間さえあれば必ず遊んでくれる 二人のお兄ちゃん と言った所でした。


三郎「おう、光、俊、元気だったか」


 三郎はニコニコしながら、車の運転席から子供達に手を振りました。

 嬉しそうに自動車から降りてきた三郎の元に、二人は走って飛び着きました。


 三郎は飛び付いてきた二人の勢いに少しもよろめく事も無く、和夫の家の玄関先まで笑いながら歩いて行きました。


三郎「おう、宮子、荷物はまだ有るのかー。」


 三郎の横で子供達は嬉しそうに手を引っ張っています。


俊 光「早く早く、こっち」


 家の中に入ろううと落ち着きがありません。


宮子「ああ兄貴、待たせてごめんね、あとこの箱一つで終わるから、もう少しまってて。」


三郎「おう、そうか。じゃあ俺は子供達と公園で待ってるな。」


 すると、二人のあまりの騒がしさに、宮子が注意しました。


宮子「こら、あんた達 いい加減にしろ! 三ちゃんは仕事終わって来てるんだよ、疲れてるんだから、あんまり纏わり付くんじゃないよ!」


三郎「大丈夫だよ宮子、俺は こいつ等が好きなんだ、気にすんな。 がははは」


 そう言うと三郎は二人の甥っ子と一緒に公園の方に笑いながら向って行きました。


 そんな三郎の笑い声は人柄そのものを現すほど遠くまで聞こえ、とても痛快でした。


 

 それから、間もなく宮子達は三郎の運転する車で出発する事になりました。


 実家に着き宮子は子供達を一旦、祖母に預けて新しく生活をするアパートに兄弟達と荷物を運びに向かいました。


 到着してある程度、片付けが進むと、宮子はまるで人が変わってしまったかの様な明るい表情で引越祝の宴会準備を始めるのでした。


 そして夕方には、片付けもほぼ終わり 宮子の身内一同が全員集まりると まるで海賊の宴の様に朝まで宴会が続きました。


――――――――――――――


新居は親戚達の声で賑わいます


――――――――――――――


 しかし光は、その光景を見て異様な感覚になりました。


光『なぜ、お婆ちゃん達はお父さんとお母さんが別れた事をこんなに喜んでるのかな…』


 そう思うと、また和夫の事を思い出しては少し切なくなるのでした。




 一方この夜、和夫は誰も居なくなった薄暗い四畳半の部屋に残された、一通の置き手紙を読んでいました。




――― 宮子の置手紙 ―――


『今日から子供達を連れて、実家で暮らします。私はもう貴方と一緒に暮らす事は出来ません。離婚を前提に別居を希望します、私の考えに不満や意見があるのなら私の実家、佐藤家で母を交えて話しましょう。俊と光は、私と一緒に暮らしたいそうです。それから実家に来る時は必ず母に電話をして来て下さい。          宮子』


――――――――――――――



 和夫は手紙を読み終えると、その下になにやら本がある事に気が付きました。


 きっと宮子が手紙を書く為に、下に敷いていたのでしょう。


 本を手に取って見ると、それは光があの時、ソファーで見ていた絵本でした。


 絵本の角はすっかり丸みをおび、表紙は大分汚れていました。


 よく見てみると、表紙の題名が血で滲んでいるのが解りました。

 きっと和夫が光に飛び掛った時に付いたのです。


 和夫は、この本が光のお気に入りだった事をふと思い出しました。


 そして、この本は自分が買ってあげた物だと言う事も同時に思い出したのです…



和夫「…」



 和夫の目から小さな涙が一粒 溢れ出しました…


 涙が絵本の表紙に落ちて弾けると表紙の題名が微かに滲みました…



 暗い部屋で背を丸めて、すすり泣く和夫のその姿は、灰皿から流れ出す煙草の煙に何時までも揺らぎ続けていました。



つづく


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