第三十七話 受かる者と落ちる者
俊は和夫のツッコミに冷や汗をかきながら戸惑っていましたが終には返す言葉も無く適当に誤魔化し始めたのです。
俊「え!? ゴミ? あっ いやー… 何だか知らないけど じゃあ三ちゃん勘違いしてたのかな… あははは…」
和夫「勘違い…?」
焦りながら笑って誤魔化す俊の姿を見て流石に光も不味いと感じたのでしょう…
すぐに 二人の間に割込み大声で和夫に話し掛けました。
光「あのさ親父! そんな事より外出てたから身体冷えてるでしょ!
もう風呂沸かしてあるから そんな話は後にして先に風呂に入って来なよ。
それに今日は この後 洗濯する予定だから早く順番に入ってくれると助かるんだ。」
光の言葉を聞き和夫もハッとした表情になりチラッと時計を見て答えました。
和夫「おお そうだったな 今日は洗濯の日だったな。 じゃあ お言葉に甘えて先に頂いて来るとするよ。」
一番風呂の大好きな和夫は 光の勧めに躊躇う事無く 俊との会話も ここで終わらせると とても ご機嫌そうに風呂場にへ行ってしまいました。
光の機転で この場は上手く和夫をかわす事が出来ました。
光「はあ… 何とかやり過ごせた…」
光は深く溜め息をすると苦い表情で俊の方を見ました。
俊「悪りぃ 悪りぃ… ヤバかったな。」
申し訳なさそうに 頭を掻いて笑う俊。
光「三ちゃんの事から なるべく話題を逸らして行かないと自分達でボロ出しちゃうよ…」
光が呆れた表情で そう言うと俊も苦笑いしながら答えました。
俊「ほんと悪りぃ…」
その後は 二人が一生懸命に三郎から話題を逸らさせた為 和夫も それ以上 その事には触れずに済みました。
しかし 光は思いました…
事実を隠すという緊張感は 勘のよい和夫に対して精神的にとても辛い事だと言う事を…
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それから数ヶ月が過ぎた…
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気がかりだった俊の高校受験も無事に終わり 合格発表の日は刻々と近付いていました。
幸いな事に 学校の事が一段落し始めた真部家では 三郎の移転の事等 全く話題に出ない程 忘れられていました。
そんな中…
和夫は俊が高校に すんなり合格するとは微塵も期待していなかったせいか落ちた時の事を考え 日々 友人や知人に就職先の相談を根回ししてたのです。
しかし俊も勉強は人並みに進めていたので受検も一応の手応えと自信を持ってはいました。
だから 俊は そんな和夫の行動が自分の為である事は解っていましたが 些か【取越し苦労になってしまうのでは…】と客観的に見て申し訳ないと感じるのでした。
光はと言うと…
俊の受験も終わり辛気臭い日々も無くなりだした家族の会話が すっかり晴れやかになった事に一抹の安心を感じていました。
また同時に今年は自分自身が受験生の立場になる年だと言う事も感じていました…
その上 今まで本当に忙しかった部活動も 今年で引退になるのかと思えば 三年生に進級する事は どこか嬉しい様で寂しい様な…
とても複雑な心境でもあったのです。
そんな平凡で穏やかな日々も あっと言う間に過ぎ…
いよいよ 俊の高校合格発表の日が差し迫った訳なのですが…
果たして 運命の女神は俊と真部家に微笑みを運ぶのでしょうか…
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合格発表 当日の朝
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【カン!カン!カン!カン!】
(和夫が金バケツを擂粉木で叩き出した)
和夫「お前達 起きろー! 起きろー!」
和夫が何時に無く気合を入れ バケツを擂粉木で叩きながら大きな声で二人に起床の声を浴びせると 何事かと思った光が自分の部屋から眠たそうに飛び起きました。
光「わあ!? なんだ なんだ!? あっ… 何だよ 親父か…」
光はブツブツと言い 居間の掛け時計の時間を見て欠伸をすると 苦虫を噛み潰した様な顔で座卓の前にドスンと座りました。
光「ねえ… まだ何時もより三十分も早いじゃん… もう少し寝かせてよ…」
寝ぼけ眼で不貞腐れ気味の光。
和夫「ははは まあ そう言うな! 何てったって今日は俊の合格発表の日だ!
昔から【早起きは三文の徳】って言うだろう 縁起ぐらい担がしてくれよ。」
和夫は光の問い掛けに 笑いながら言いました。
光「あっ… そうか… 【はあ… それで 気合入れてんだ…】
ん? あれ? でも兄貴は起きてるの?」
光は俊が もうとっくに起きていると思って辺りを見回します。
和夫「はは… まあ何時も通りだな…」
和夫は そう言うとバケツを手に持ったまま 苦笑いしてベットの方を擂粉木で差しました。
俊「ガー… zzz… ムニャムニャ… zzz…」
和夫の鳴らすバケツの音など全く気にする事もなく俊はまだ自分の部屋のベットで熟睡中です。
光「はは… 兄貴は合格云々より睡眠が大事なんだよね…」
その後 俊が起きて来るまで相当の時間が掛かったのは言うまでもありませんが…
何時も通りのバタバタした朝は刻々と過ぎ あっという間に家を出る時間になりました。
俊「行ってきま~す… ふぁ~…」
俊が欠伸をしながら寝足りないと言った表情で玄関を出ようとすると和夫は父親として一言だけ重みのある声を掛けて見送りました。
和夫「今日は人生の分かれ目だ その目で確りと結果を見て来なさい。」
俊「おう… 大丈夫だよ 多分 合格だって。 ははは 」
俊は和夫を心配させまいと そう言って軽く笑いながら家を出て行きました。
その後 光も学校へ行き 和夫は二人が出て行った後 仕事が徹夜明けだったので身体を休める為 睡眠を取る事にしました。
それから 何時間かが過ぎた頃…
【リリリリ… リリリリ…】
(電話のベルが鳴った)
和夫『Zzz…』
電話は二回ほど呼び出し音を鳴らすと切れましたが 和夫は熟睡していた為 全く気が付きません。
また暫くして…
【リリリリ… リリリリ…】
(電話のベルが再び鳴る)
和夫「ん… んん…」
和夫が電話の音に気付きました。
すると…
【リリ…】
やはり三回目の呼び出し音が鳴ろうとする時に電話が切れてしまいました。
和夫「ん… 電話か…」
和夫は眠気で朦朧としながら居間の掛け時計で時間を確認しました。
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時刻は丁度 午前十時頃…
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和夫「こんな時間に… 誰だ… 俊かな。」
和夫は一瞬 俊が結果を伝える為に電話して来たのだと考えました…
しかし 俊も和夫が仕事明けで この時間に睡眠を取っている事は解ってるはずです。
和夫「でも何故 直ぐに切れたんだ…」
睡眠不足の寝起きでは頭が上手く働きません…
和夫は暫く布団の上で座ったまま ボサボサな頭を掻いて煙草に火を点けると 大きく煙を吐き出してボンヤリしていました。
すると次の瞬間…
【リリリリ… リリリリ…】
(電話のベルが再び鳴った)
和夫は閉じていた目をパッと開くと、胸騒ぎがしたのか急いで玄関先まで行き受話器を取りました。
和夫「はい… もしもーし…」
電話口「…」
和夫が静かに話しかけると電話口の相手は何も言いませんでした。
和夫「…」
電話口の相手が無言だったので不審に感じた和夫は受話器を手で押さえると相手の様子を探りました。
電話口「…」
電話口の相手は何故か無言のままで こちらの様子を伺っていたのか 切ろうとしません…
そんな中 和夫は向こうから聞こえて来る微かな雑音に集中してみたのです。
電話口「~♪… ~♪…」
和夫『…!』
何か聞いた事のあるような音楽… いや それは音楽と言うよりもテレビから流れている様な雑音でした。
すると こちらの行動に気付いたのか電話口の相手は その後 直ぐに慌てて電話を切ってしまったのです。
【ガチャ… ツー ツー…】
(電話が切れた)
和夫「何だ今のは… 誰かが居るのかを確認している様な感じだったな…
ん… しかしなあ… だとしても普段なら家は この時間 誰もいないのに…
一体 誰が居ると思って掛けて来たんだろうか…」
和夫は手に持っていた受話器を電話に戻し 腕を組み色々と模索しながら居間に戻ると 布団の上に座り目を閉じて回想を始めました。
和夫「…」
それから どれ位の沈黙が続いたでしょう…
気が付くと和夫は睡眠が満たされて居なかったせいか そのまま横になって再び眠ってしまいました…
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時刻は昼過ぎ…
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合格発表を確認してきた俊が 学校から帰ってきました。
俊「ただいま…」
和夫が睡眠しているのを知っていた俊は 様子を伺いながら小さな声で言いました。
和夫『Zzz…』
和夫は午前中の電話で起こされてしまったせいか すっかり熟睡して目覚める様子ではありませんでした。
俊は和夫の疲れきった寝顔を見て軽く笑みを浮かべると 居間の卓袱台に手に持っていた大き目の封筒をそっと置きました。
その封筒には…
【K市立K工業高等学校 入校の案内】 と 記されていました…
そして俊は スヤスヤと眠る和夫を 起こさない様に そっと話しかけました…
俊「親父… 色々ありがとう…」
そうです なんと俊は見事に公立高校の入試を突破したのでした。
その後 俊は羽の伸ばせなかったストレスを発散する為 直ぐに友達の家に遊びに出掛けてしまいました。
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一方 その頃 三郎の家では…
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麻子「はあ… 気になるわ… 俊 受かったかしら… 」
実はこの日 麻子は いつもの心配性で俊の結果が気になって仕方なく
午後から俊が結果を伝える電話をして来る事を知っていたので 朝から三郎の家に来て ソワソワしていました。
宮子「大丈夫だよ なる様になるさ。」
宮子も麻子の言葉に軽く答えていましたが 実は同じくらい気にはなっていたのです。
麻子「だって… 受検て言えば私もつい最近の事だったし あの合格発表の時の緊張感て言ったら本当に嫌な物よ…
考えただけでも お腹が痛くなって来ちゃう…」
そう言うと 麻子は時計を見て またソワソワしながら に落ち着かない様子でした。
宮子「ははは あんたの事じゃないのに ホント大げさだね。 そろそろ電話が掛かって来る頃だよ。」
【リリリリ…】
(電話の鳴った)
宮子が笑いながら そう言うと タイミング良く電話が鳴りました。
麻子「来たぁ!」
麻子が電話に勢い良く反応すると 宮子も急いで受話器を取りました。
【ガチャ…】
(受話器を取った)
宮子「あっ はいはい! 俊かぁ!」
慌てながら伺う宮子。
電話口「もしもーし! 宮子か! おっ俺だ!!」
宮子「あん!? 兄貴??」
なんと 電話口の相手は俊ではなく三郎でした。
三郎「おお そうだ!!」
宮子「あのさぁ それが… まだ俊から電話が来なくて… 結果が…」
宮子は三郎が俊の結果が知りたくて電話をして来たのだと思い その旨を説明しようとしました が その時…
三郎「大変なんだよ!! 仁 兄貴が 現場の足場から落っこちたんだ!!」
宮子「えっ!! 兄貴が…」
【ゴトン…】
(受話器が宮子の手から落ちた)
三郎「おい もしもーし! おい 聞いてるのか! 宮子!!」
驚きのあまり 手から受話器を落としてしまった宮子…
麻子「やだぁ どうしたのよ! 電話 お兄ちゃんからなの!?」
宮子の様子を見て驚いた麻子は 動揺しながら 落ちた受話器を手に取り三郎の話を聞きました。
麻子「もしもし! お兄ちゃん!? 麻子だけど!」
そして 仁の状況と経緯を把握しました。
麻子「うん 解った! じゃあ兎に角 今から急いで お姉ちゃんと病院に向かうから!!」
その後 二人は 直ぐに車で仁が運ばれた病院に向う事にしました。
宮子「ダメだよ… あたし… 兄貴と会えないよ…」
宮子は仁の事を案じながらも 自分との蟠りを気にしている様でした…
麻子「もう何 言ってんのよ! 今は そんな事言ってる場合じゃないでしょ! シッカリしてよ…」
宮子「…」
果たして 仁の怪我は…
容態は無事なのでしょうか…
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誰も居なくなった三郎の家…
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数分後…
【リリリリ… リリリリ… リリリリ…】
(電話の鳴っている…)
【リリ… ガチャ… 只今 留守にしております…】
(留守番電話が作動した)
俊「おかしいな… 何で留守なんだろう? 今日 電話するって言ったのになぁ…」
つづく