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十方暮  作者: kirin
35/61

第三十四話 意外な新居

―――――――――

三郎と俊が佐藤家に

到着しました

―――――――――


 三郎は家の中に入るなり 居間でテレビを見ていた仁の前を そのまま無言で横切ると いそいそと二階の自分の部屋へ上がって行きました。


 そして三郎の後から少し遅れながら俊が玄関に入ってきました。


俊「オジャマしまーす…」


 俊は 何時も通りに変わらない様子で挨拶をしながら居間まで入って行きました。 


仁「おー 俊か 元気だったか?」


 居間でテレビを見ていた仁は俊が引越の手伝いに来る事を知っていたので やはり何時もと変わらず優しく声を掛けました。


俊「あっ仁 兄ちゃん 久しぶり! 婆ちゃんはどこ?」


 日中は皆で居間に居る事が多かったので 俊は居間に仁しか居ない状況が不思議に感じて そう尋ねました。


仁「おう… 婆さん なら二階だよ さっき麻子も来たから一緒に上に居るぞ。」


俊「なんだ 麻子お姉ちゃんも来てるんだ。 解った それじゃあ上で 爺ちゃんに お線香あげてくるよ。」


仁「おう そうか 感心だ じゃあ頼むな。」


 そうして 俊は二階へ上がって行きました。


 二階へ上がった俊は 信に声を掛けながらガラスの引戸を ゆっくりと開けてみました。


俊「婆ちゃーん 入るよー…」


 俊がそう言って 中に入ろうとすると部屋の中では信と麻子が何やら小声で内緒話をしてる最中でした。


信「だから… いいんだよ もう放っておきな!」


麻子「だって お母さん! それじゃ お姉ちゃんは…

  【はっ!】 俊! 何時 来たのよ!?」 


俊「えっ… さっきだけど… 何だか今 入ったら不味かった見たいだね… ゴメンね…」


信「そんな事ねえさ… 大人の話に子供の お前が要らねえ気を遣う事はねえさ…

 それはそうと お前さん受検勉強があるのに三郎の引越を手伝いに来てくれたんだってな。

 世話掛けるね… ありがとさんな。」


俊「お袋… いや… 三ちゃんの頼みだからね。へへへ 」


麻子「あの… ゴメンね 俊… 別に今の話は何でもないから気にしないで… 」


俊「ああ どうせ お袋の事でも話してたんでしょ。」


麻子「えっ!? お姉ちゃんの事 聞いたの!?」


俊「ん… ああ… 来る途中に車の中で三ちゃんからね…」


信「何だい もう聞いてたのかい… なら話は早いじゃないか。

  でも… お前に隠すつもりは無かったんだよ それだけは信じとくれな…」


俊「ああ 解ってるよ…」


 俊は そう言うと 無言で仏壇の前に行き線香をあげると リンを一つ鳴らし目を閉じて合掌しました。


【コ―――ン…】


(静まる部屋の隅までリンの音が響いた)


 俊は何時もより長く合掌をした後 目をゆっくりと開いて仏壇の側にある 亡き祖父の写真を目にしました。


 そして暫く 写真を見た後 ゆっくりと信の方に身体の向きを変え 少し微笑みながら言いました。


俊「婆ちゃん… 俺 明日 お袋と会って話して見るからさ。」


 突然の俊の言葉に 驚きながらも少し安心したのか 信は笑みを浮かべ無言で軽く頷きました。


 そして、そんな二人を更に驚いた表情で見ていた麻子が、戸惑いながら俊に話しかけたのです。


麻子「俊… 本当! 大丈夫なの!? お姉ちゃんと喧嘩になったりしないでよね… 」


俊「大丈夫だよ もう そんなガキじゃないから… それにしても麻子姉ちゃんは相変わらず心配性なんだね。 ははは 」


麻子「えっ!?  ちょっと… やだ… 俊たら。」


信「これ! 調子に乗って麻子をからかうんじゃないよ この子の心配性はアタシ譲りなんだから仕方ないのさ。」


俊「え―っ! 婆ちゃんって心配性だったっけ!? 意外なんだけど…」


信「全く… お前さんは可愛くないね… アタシだってね これでも皆を一番心配してんだよ!」


俊「ははは ゴメンゴメン 冗談だよ。」


 すると 俊の笑い声に被る様に 部屋の向こうでガラス戸を叩く音がしました。


【ガンガン】


(ガラス戸が叩かれて振動した)


三郎「おーい お袋。 ちょっと入るぞー…」


信「はいよ。」


 叩いていたのは三郎だった。


 信の返事で戸を開けた三郎は手に荷造り用の紐を持って立っていました。


三郎「おう俊 ここに居たのか… 到着して直ぐで悪いんだけどよ とりあえず俺の部屋の荷物を今から車に積込んで置こうと思うんだ 手伝ってくれ。」


俊「あっ そうだね その方が明日は朝から新居に行けるものね。 了解! じゃあ早速やるよ!」


三郎「到着して早々悪いな じゃあ 部屋に来てくれ。」


 それから俊と三郎は二人で三郎の部屋の家具や荷物を手分けして運び出し 車へ少しずつ積み込んで行きました。


 二階から玄関先まで何度も往復する二人の様子を背中に感じながらも 仁は何も言わずに ただ黙ってテレビを見ているだけでした。


 俊は そんな仁の態度を見ながら 何処となく寂しそうに感じたのです。


 そして心の中で呟くのでした… 


俊『俺や光も何時かこんな風に実家を出る日が来るのかな…』


 そうです 俊は解っていました…


 二人の叔父が無言で自分自身の生活を主張している事を…

 

 そして 部屋から運び出す一つ一つの荷物に大切な重み感じながら ゆっくりと車に積み込むのでした。



――――――――――――――

それから数時間が経ちました…

――――――――――――――


三郎「よーしもう良いだろう! 後は細かい物だけだから俺一人で十分だ サンキュー。

 俺は車を駐車場に置いて来るから お前は部屋に戻ってていいぞ。」


 そう言うと三郎は 荷台が一杯になった車を家の直ぐ隣の駐車場へ移動させに行きました。


俊「ほーい… ふう 疲れた… やっぱ 部活引退すると少し身体鈍るよな…

 あっ… そう言えば 光の奴 今頃 部活終わった頃かな。」



――――――――――――

  その頃 光は… 

――――――――――――


後輩「真部先輩 お疲れ様でしたー!」


光「おう お疲れさ… ふぁっ… ふぁっ… ハクショ――――ンっ!!!

 はぁっ 変だな… 風引いたかな?

 いやー… それにしても三年が引退してから毎日がハードだ 今日も疲れた…。」


 部活の練習で疲れきった光は 今日は俊が佐藤家に行って居ない事もあって 無駄に炊事はせず 帰りに何時もの弁当屋さんで自分の分だけ夕飯を買いながら帰って行きました。


光「今日は親父も仕事だし 久しぶりに俺一人か… でも こういう状況って何だか 随分懐かしい感じだな。」


 光は部屋に入ると何時もの様に脱衣籠に柔道着を放り投げ 買って来た弁当を居間の座卓へ置き 学校のジャージのまま着替えもせずに食べ始めました。


光「一人で夕飯か… 久しぶりだな…」


 光は あの頃の事を思い出しながら この一年間の生活を振返っていました。


光「俺 少しは成長したかな… 自分では よく解らないけど自分を見失って無いかな?」


 そんな独り言を呟きながら 黙々と弁当を食べていると突然、静かな部屋に電話が鳴り響きました。


【リリリリ… リリリリ…】


(電話の飛び出し音が鳴った)


光「おお! びっくり!! 

 あっ 多分 兄貴だ! はいはい 今 出ますよー!」


 光は口の中に ご飯を頬張り 箸をもったまま電話口へと急ぎました。


 すると…


【リ…】


(電話が切れた)


光「アリャ? 何だ…  間違いか。」


 電話が切れてしまったので 光は再び居間に戻り弁当を食べ始めました。


 すると…


【リリリリ… リリリリ…】


(再び電話の呼び出し音が鳴った)


光「何だよ またかよ!! はいはいはい 今 出ま――っす!!」


 光は再び箸をもったまま 今度は居間の座卓を勢い良く飛び越え 電話口へと急ぎました。


【リリ…】


(再び電話が切れた)


光「アリャー!」


 ズッコケそうになる光。


光「くそオ―――っ! どっちだよ ったく!! ふざけんな!!」


 イライラした 光は眉間に皺を寄せて 電話の前で腕を組むと そのまま電話が掛かってくるのを待ち伏せました。


光「きっと これは悪戯だ! コノヤロー!」


 すると 思っていた通り…


【リリリ…】


(再び電話の呼び出し音が鳴った)


 光は ここぞとばかり 勢いよく受話器を取り大声で怒鳴りつけました。


光「ふざけんなコノヤロー!! 何度も何度も 悪戯電話なんかしてんじゃねえぞ!!」


 光の声に翻弄したのか 電話口では か細い女性の声が一瞬 漏れました。


電話口「わっ…」


光「あん!? 誰? えっ? もしもーし?? おーい?」


電話口「あ…」


光「はっ?? 誰!? 悪戯は やめて下さい!」


電話口「いや…」


光「え? ん??  あっ! その声は!!」


【ガチャッ… ツー ツー】


(電話は切れた)


 そうです 光は その声が誰だか気付いたのです。


 しかし その後は いくら待っていても電話は掛かって来ませんでした。


光「今の声… 母さんだ…  間違いないよ!!

 でも どうしたんだろ… 別に切る事無いのになあ。

 ひょっとして俺の声を親父だと思ったのか!?

 あ~あ… 最近 特に似てるって友達にも言われるからな…」


 それから光は 切られた電話の事が気になってしまい 色んな事を考え出してしまったのです。


光「本当に最近は色んな事が起こるよなぁ…

 兄貴の進路の件で何だか親父は毎日ピリピリしてるし…

 三ちゃんから電話あったと思えば 急に引越すなんて言うし…

 それに… なんだよ今の電話は… 多分 母さんだろうけど… 一体 何の用事だったんだよ…

 はぁ… コリャ何だか 騒動が起こりそうな嫌な予感がする…」


 そうです…


 光は直感的に今後の展開に不安を感じていたのです。


 それは多分 幼い頃から頻繁に起こっていた自分の脳裏に浮かぶ不思議な映像や想像であり霊的な勘でもあったのでしょう。


光「あ―――っ!! もう止めよう 止めよう!

 俺が頭で予想したり想像したりすると何時も本当に そうなっちゃうから嫌なんだ!

 はぁ… 風呂でも沸かして入れば 気が紛れるな… 今日は早く寝よう…」


 その後 風呂に入った光は 何時もよりも少し早めに床に着きましたが 色んな事が脳裏に浮かび中々寝付けませんでした。


光「う~ん… 三ちゃんの家って…」

 


―――――――――――――――

そして次の日 <佐藤家にて>

―――――――――――――――


 いよいよ引越 当日になりました。俊と三郎は朝一で車に乗込むと横浜の新居に向いました。


俊「三ちゃん 今度の家って 横浜なんでしょ! お洒落な所だよね!?」


三郎「まあな! きっと お洒落で びっくりするかもな! がははは 」

 

 横浜と言っても 港の見えるような綺麗な都会の地域ではなく 都市開発中の北部地域で 辺りは まだまだ舗装されていない道路や山が広がる閑静な田舎町でした。


 そして そこは佐藤家から然程遠くも無く 車で二十分程度の裏山を越えた辺りに所在していました。 


俊「ホント! んじゃ マンション?」


三郎「マンションだって? がははは! だったら良いけどな。 残念ながらボロの平屋だよ。がははは 」


俊「ひっ 平屋!? あっ アパートか。」


三郎「平屋の借家で一軒家だよ。」


俊「へー… そりゃ ある意味 お洒落だね… ははは 庭とかはあるの?」


三郎「おう 築年数は結構 経っているけど 玄関前には庭のようなチョットした敷地があるんだぞ。

 俺達の仕事柄は使い勝手のいいボロ家だよ。 がははは」


 そうです 三郎達 兄弟は亡き祖父の仕事を次いで建築塗装の職人をしていました。 所謂 一般的には【ペンキ】と呼ばれていました。

 

 だから アパートやマンションを借りるよりは広めの土地があって物置や仕事道具が置ける様な借家は例えボロくても利用しやすかったのです。


三郎「さあ着いたぞ! 降りろ。」


 車から降りて三郎の新居を見た俊は そのボロさと意外性に暫くの間 呆然と眺めていました。


俊「はあー…」


 借家への車道は全て砂利道…


 側面は草の生えた空き地だらけ…

 

 周囲には同じ様な借家が二 三軒 建っているものの…


 向かいに見える掘削工事中の山肌には工事車両が音を立てて作業をしているのが分かる程 それは何も無い場所でした。


 そして その山肌の向こう側にはゴミ焼却施設の煙突がボーっと聳え立ち 薄暗い煙が空高く広がっては流れていました。


俊「何だか… とても寂しい所だね…」


三郎「がははは 本当だなー! これでも横浜だってんだから笑えるよな!! がははは。

 でもな ここは 二十年後には お前が言う お洒落な高級住宅地になるらしいぞ まあ そん時まで 俺が ここに住んでるか解らねえけどな。 がははは 」


俊「高級住宅地… こんな場所がね…」


 三郎の言葉に疑問を感じながらも 俊は そのボロ家の玄関先まで歩いて行きました。 

 

 家の前に立つと玄関は木枠のすりガラスで出来た昔ながらの引戸でした。


 そして その丁度 真ん中の鴨居部分を見上げると そこには木材の表面をニスで仕上げた古風な表札が掛かっていたのです。


 きっと三郎が自分で事前に用意して作ったものだったのでしょう…


【 佐 藤 三 郎 】 


 そしてこの時…


 この家こそが俊の人生にとって とても大きな後ろ舞台になるなどと言う事は誰もが予想もしていませんでした…


 果たして光の脳裏に見えた物とは…


つづく

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