第三十二話 二つの変化
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あれから
一年が過ぎました…
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俊は あの時 和夫の言った言葉…【十年後の自分】に対して この一年間に様々な事を考え不安を抱いていました。
でも それは将来の選択が差し迫った【受験生だから】 と言う一般的な焦りとかではなく 今まで漠然と好きな事だけをして生活をして来た自分自身が将来と言う現実から
段々と目を背けられなくなるほどに大人に近づいている証でもあったのです。
また 反対に光は 今の自分に養える事や目標を探しながら勉強と部活動に一生懸命に取り組んでいたのです
そんな光の精神力と体力は すっかり安定し 勉強は人並みのレベルに達しており 部活動でも副部長を任されるほど日々練習も意欲的に励んでいました。
そして ある日の事…
受検生の進路を決める三度目の三者面談が行われ様としていたのです。
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場面は中学校…
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担任「…という訳で お父さん。
残念ながら以前から ご提案を頂いている 俊君のY商業高校の志望は いよいよ厳しい状況ではないかと思われて来ました…」
かねてより 理容師の道を提案していた和夫は 俊の担任から この日初めて 決定的な厳しい回答を受けてしまったのです。
それは 二年の考査試験の偏差値が悪かった事が大きな結果とも言えましたが…
最も一番の問題は 三年になってからの俊の成績が全く向上しない事にもありました。
しかし そんな状況は担任から聞くまでも無く 和夫は薄々解っていたのです。
俊「…」
和夫「そうですか… ヤッパリ無理ですよね この偏差値と成績では…」
解っていた事とは言え 改めて決定的に言われると和夫は何故か、空しく寂しい表情になりました。
そんなガックリと肩を落とし落ち込む父親の姿を見て 担任も気を遣いながら一つの提案を持ちかけたのです。
担任「お父さん… 絶対無理とは申し上げません…
もし どうしても受検を希望されると言うのなら 大変失礼なお話なのですが… 私立の予備受検(スベリ止)を考えて頂ければ宜しいかと思います。」
和夫「ほう 私立… ですか…」
担任の心使いに 何故か和夫は眉を顰めて考え込んでしまいました。
そんな和夫の表情を見て俊は直ぐに学費の事を気にしているのだと感じました。
そうです 俊は入学金や学費の高い私立の予備試験など 今の家計では受けられない状況だと言う事は十分に理解していたのです。
そして 思い切って自分から本音を切り出したのです。
俊「あのさ 俺 Y商は諦めるよ。 俺のレベルでも必ず合格が出来る公立高校でいいよ。それでもダメだったら働くし…」
突然の俊の本音に 和夫は自分の計画通りに進路が運べなかった事が悔しく そのまま黙って何も話しませんでした。
和夫「…」
すると その本音を聞いた担任は俊の顔を見ながら 少し気の毒そうに聞き返したのです。
担任「…でも本当にそれで良いのか。」
担任は小さな声で そう確認すると 俊は何食わぬ顔でサラリと答えました。
俊「ああ 家は裕福じゃねえし… それに来年には弟も進学を控えてるから私立なんて贅沢は出来ねえよ…」
担任は そんな俊の言葉を聞き 和夫を見て申し訳なさそうに もう一度確認したのです。
担任「そうか… お父さんも それで宜しいのですか…」
担任に そう聞かれた和夫は力強く組んでいた腕を緩めて 苦笑いをしながら話し出しました。
和夫「いやいや… 先生 実にお恥ずかしい話ですが 全くコイツの言う通りですよ…
今の家の家計では 私立はとても無理です… だから理容師は諦めるしかないかと思います…
まして 本人が それを望むのなら そうするしか無いのかも知れません…
ただ先生… コイツの学力で入れそうな公立高校なんて あるのでしょうかね…」
和夫は そう言うと とても不安そうに担任に聞きました。
担任「ん~ そうですね… これは あくまでも私の見解なんですが…
就職を目標とした考えで進学を希望するのであれば商業とは異なりますが市立のK工業高校なら宜しいのではないかと…
中でも そこの機械科は一番人気ですが 俊君の学力でも頑張れば十分狙える範囲だと思います。」
和夫「ほほう K工業の機械科ですか… なるほど… おい俊 お前はどうなんだ?」
そうです 担任が提案した この市立のK工業高校は卒業後の就職率100%を誇る市内でも有名な高校でした。
その為 入学前の学力よりも入学してからヤル気を求められるので 公立高校でも比較的ハードルは低く設定されていたのです。
俊「工業か… 俺 元々 自動車や機械関係の事に興味があったし 機械科 受けて見るよ。」
なんと俊はアッサリ担任の提案した高校を了承したのです。
和夫「そうか! じゃあ先生… 誠にお手数をお掛け致しますが志望校はK工業一本で行かせてやって下さい。」
藁にも縋る想いだった和夫は とても安心した表情で担任に頭を下げました。
担任「解りました それでは その様に進めて行きましょう。
でも俊… レベルは低くなったが気を抜かずに頑張るんだぞ!」
俊「はい!」
こうして 俊は和夫の提案していたの理容師を諦め まずはK工業高校機械科の合格を目指し受験に取組む事になりました。
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一方その頃 光は…
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部活が早めに終わった光は 和夫と俊よりも先に家に帰っていました。
光「いやー 今日も 疲れた疲れた… やっぱり副部長になると後輩の面倒やら色々と大変だ…」
玄関先でブツブツと愚痴をこぼしながら 何時もの様に鍵を開け玄関扉を開くと タイミング良く電話のベルが鳴りました。
【リリリ――ン…リリリ――ン…】
(電話のベルが鳴る)
光「おっと… タイミングが良いのか悪いのか… はいはい! 今 出ま―す!」
光は陽気に慌てながら玄関の脇にある脱衣所に手に抱えていた柔道着を勢いよく放り投げると直ぐ様 走って電話の受話器を取りました。
【ガチャ…】
(光が受話器を取った)
光「はいはい! 真部です どちら様でしょうか!?」
光が息を上げて電話口に問いかけると 受話器からは どこかで聞いた事のある声がしたのです。
電話口「もしもーし! 俊かー?」
どうやら相手は男性の様です。
光は 自分の名を名乗らない その電話口の男性に恐る恐る尋ねて見ました。
光「はぁ!? いっ いいえ… 僕は光ですが… えーっと… どちら様で…?」
電話口「おう何だ光かー! 三ちゃんだよー! がははは 」
なんと その男は三郎だったのです。
光「ああ三ちゃん! 如何したの突然、驚いたよ。 久しぶり元気!?」
光は電話の男が三郎と解ると安心して笑顔になり大きな声で返事をしました。
三郎「おう! 俺は何時でも元気だぞ! がははは 所で 俊は居るか!?」
どうやら 三郎は俊に用事があった様です。
光「ああ 今日はね 学校の面談で まだ帰って来て無いんだ。 如何かしたの?」
三郎「ああ 俊に引越しを手伝ってもらう予定でな。 日程が決まったから電話したんだ。」
光は三郎の言葉に内容が掴めず少し混乱しました。
光「えっ引越し!? 誰の? 俺 兄貴から何も聞いて無いけど…」
三郎「がはは 俺の引越しだよ! まだ誰にも言うなって言っておいたからな。」
光「ええ―――っ! 三ちゃんが引越し!? 何で急に そんな展開になったのさ!!」
光は三郎の突然の引越宣言に驚きを隠せません。
三郎「まあ 追い出された様なもんだ! がはははは。
詳しい事は今度ゆっくり話すから俊に電話くれる様に伝えといてくれ。 じゃあ頼むな!」
【ガチャ、ツー… ツー…】
(電話が切れた)
光「あっ… ちょっ ちょっ! 三…… はぁ… 切られちゃた…
まてよ…? 今【追い出された】って言ってたよな…
でも一体 誰に追い出されるってんだよ? 婆ちゃんと喧嘩でもしたのかな??」
突然の三郎の電話とその不可解な内容に戸惑いながらも 光は当番の風呂掃除を始めました。
それから暫くして 俊が帰って来ました。
俊「ただいまー。」
光「ああ お帰りー… あれ親父は?」
俊「おお… スーパーで買い物して帰るって。」
光「そう… あっ そうだ そうだ! 今さっき 三ちゃんから電話あったんだ。」
俊「えっマジで! 何だって言ってた?」
光「何か… 引越しの日程が決まったとか言ってたけど… 兄貴に電話くれる様に伝えてくれってさ…」
俊「マジ!? じゃあ本当に引越す事になったんだ ほほーい やったー!
早速 電話しないと! えーっと… 電話番号と…」
光「ちょっ ちょっと兄貴待ってよ… 何でそんなに喜んでるのさ?」
俊「えっ? だって 三ちゃんが引越せば 仁叔父さんの達に気を使わず 何時でも会いに行けるだろうが。」
そうです実は佐藤家には三郎と祖母の他に三郎よりも三つ年上の仁と言う兄がおりました。
彼は祖父が他界した後に この佐藤家を大黒柱としてを支えてきた 所謂 後継ぎ的な中心人物でした。
そんな仁の性格はとても明るく 楽しい事が大好きで陽気な人柄でした。
光達が小学校の高学年位になった頃に お見合いによる結婚をした仁は お嫁さんに嫁いで来てもらってから三郎や祖母との関係が少しづつ悪くなってしまったのです。
まあ何処にでもある 嫁と姑の問題です…
そんな状況が数年続きながらも 仁の子供達は少しずつ大きくなってしまい。 今 三郎は自分の為にも 皆の為にも これ以上 身内が不仲にならない様に兄弟と離れて暮す事を決めたのでした。
光「でも何で急に三ちゃんが越す事になったのさ… 結婚でもするのかな?」
俊「え? そりゃ お前… 今 三ちゃんは婆ちゃんや仁叔父さん夫婦と一緒に暮して居るだろ…
それに従兄弟が段々大きくなってしまって少し肩身が狭くなって来たからじゃねえのかな…
まあ 何れにしても俺は三ちゃんの独立には大賛成だから良いけどね。」
光「へえー 仁 叔父さんの家族とギクシャクしてたんだ…
三ちゃんは心の広い人柄なのにね… これは意外だったね…」
俊「まあ お前は あんまり婆ちゃん家に顔を出さないから解らないだろうけど 結構 二人とも口聞かなかったし 陰湿な関係だったよ… マジでヤバイよ 気まずくてさ…」
光「そうなんだ… あっそうだ! ねえ兄貴 俺も引越し手伝おうかな!」
俊「あ? それは無理だろ… 第一 二人で行ったら逆に迷惑だよ…
それより お前は部活があるから どっちにしろ休めないんじゃないか?」
光「ああっ そうだった… 俺 副部長やらされてるから部活休むと顧問が煩いんだよな…」
俊「まあガッカリすんなって… 落ち着いたら一緒に遊びに行けば良いじゃん。ははは 」
光「まあ そうだね… でも三ちゃん 一体 何処に越すんだろ?」
俊「いや それもまだ 俺も聞いてないんだよ…
あっー! こんな話してる場合じゃない さっさと三ちゃんに電話しないと!」
そう言って俊は佐藤家に電話をかけ始めました。
【ルルルルル…】
(電話の呼び出し音が鳴る)
三郎「はい もしもーし!」
俊「もしもし! 三ちゃん 俊だけど!」
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俊と三郎の会話中…
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その後 俊と三郎の会話は五分ほどで終わりました…
電話の内容で詳細を確認した俊は 三郎が二週間後の日曜日に横浜市に引越すという事を聞きました。
そして 俊は その旨を光に伝えながら自分のカレンダーに予定を書き込んでいました。
引越先と日程を知った光は手を止めてしまった風呂掃除を再び始めながら一人で考え事をしていました。
光『横浜市か… 婆ちゃん家よりも少し遠くかもな。
でも俺は どの道 今年は部活で忙しいから遊びには行けないか…
はぁ… 兄貴は良いなあ… 何か羨ましいし ムカツクな…』
そうです光は自分が部活で身動きが取れない事が歯痒くなり 何時もとは違う不満に心を揺さぶられていたのです。
【突然 決まった 三郎の独立…】
【突然 変わった 俊の進路…】
この日 二つの大きな変化がありました…
そして この二つの変化は今後の俊と光の人生を大きく狂わす序章となっていたのです…
そしてそれは…
あの宮子が姿を消したあの日から…
二年経った 穏やかな秋の日の出来事でした…
つづく