表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十方暮  作者: kirin
31/61

第三十話 柔よく剛を制す‐前編‐

―――――――――

光がタオルを持って

やって来ました

―――――――――


和夫「では… タオルを この中華鍋の中に入れなさい。」


 光は恐る恐る和夫の言う通りに 鍋の中へタオルを入れました。


光「こっ これでいいの?」


 和夫はタオルの入った中華鍋を左手で持ち上げながら光の方を見て薄らと笑っていました。


 そして その状況は俊から見て少し不思議な光景でした。


俊『何が始まるんだ…』


 俊が心の中で そう思うと和夫が動き出しました。


和夫「良いか これが鍋返しの練習だ 良く見とけよ。」


 そう言いながら和夫は中華鍋を大きくリズミカルに揺らし始めたのです。


和夫「ほい! ほいの! ほーい! はい! 1 2 3 っと!! ははは 」


 なんと鍋の中のタオルは和夫の掛け声と同時に鍋の少し上でテンポ良くクルクルと回転しながら まるで踊っている様な しなやかさで宙を舞ったのです。


 そして その手捌きは料理を心から楽しんでいる様に華麗な動作に さえ見えたのです。


光「す 凄い… それに 何だか とても楽しそう…」


俊「へー 上手いね! 俺もやってみたいな。 ははは 」


 和夫は何度か その動作を繰り返すと 一旦 動きを止めて中華鍋をガス台の上に置き 二人の顔を見て笑いながら言いました。


和夫「ははは… 面白そうだろ。 でもな、そう簡単に行かないのが この鍋振りなんだぞ。

 俊 お前やってみないか。」


俊「えっ!? 俺?」


光「何で兄貴が やるの?」


 和夫は俊が鍋振りに興味を示したので 俊の運動神経を試そうと考えたのです。


和夫「まあまあ まず お前よりも俊は腕力がある…

 それに こういう剣玉のような遊びは俊の方が光より得意だろう。

 まあゲーム感覚で一度やってみなさい。 俊の お手並み拝見と行こうじゃないか ははは 」


 俊は和夫にそう言われると、ニヤリとしながらガス台の中華鍋を手にしました。


俊「よーし! 料理には全然興味は無いけど こういう事は得意だぜ 任せとけって!」


 すると、俊は和夫のやっていた様に中華鍋を左手で持ち上げて ゆっくりと揺らし始めました。


 が… しかし…


俊「ん!? おおっ! 結構 重いんだな… よっ! あれ?? 左手じゃ思い通りにならない… 」


 そうなのです…


 鉄製の大きな中華鍋はとても重く片手で簡単に振り回せる様な代物ではありませんでした。


 まして それを利き手では無い 左手で持たなければならいのですから安定させるのは結構 難しいのです。


光「兄貴…? 如何したんだよ… そんなに重いの?」


 俊は中学二年生の割には腕力には自信があり 力は普通の大人と同じ位の域には達していたのですが 何故か和夫と同じ様には出来なかったのです。


俊「なんだクソっ! せーの!! ほっ!! ほれ… ああっ…」


 そのまま 力任せに持ち上げる俊…


 しかし 鍋を強引に持ち上げても全く中のタオルは浮き上がる事はありません。


俊「うわっ… もうダメだ!」


 俊は腕が痛くなり 鍋を落としそうになりながら よたよたと 両手で中華鍋を支えてガス台の上に戻しました。


俊「ヤバイ… 腕が攣りそうだよ… スゲエ重いし難しい! くそっ!」


 俊が そう言って悔しそうに左手を擦ると 和夫は それを解っていたかの様に陽気に笑って話し出しました。


和夫「ははははは! 如何した俊 全く お前らしくないな。」


 和夫は勝ち誇ったかの様にとても大きな声で笑いました。


俊「くそっ! 悔しいな… 親父とは同じ位のパワーはあるのに!

 おい光! 俺よりパワーが無いお前には こんな事 絶対出来ねえぞ!!」


光「えっ… 兄貴がダメなら 俺も そんな気がして来たよ…」


 光は改めて料理に対する現実の厳しさを実感したのです。


和夫「ほう… では料理の事は もうこれで諦める事だな。 ははは 」


光「えっ!? まだ諦めた訳じゃ無いよ!」


和夫「なら つべこべ言わずに さっさとやれ!」


光「は はい…」


 和夫に そう言われると 光は困惑した表情でガス台の前に行き ゆっくりと中華鍋を持ち上げました。


俊「大丈夫かよ…」


 俊は小声で そう呟きながら何時に無く真剣な眼差しで光の様子を見ました…


光「…!? あれっ…」


 すると 中華鍋を持ち上げた瞬間 光は何か腕に違和感を覚えたのです。


光 『そんなに重くない… 何でだ?』


 そうなのです…


 光は自分が考えていたよりも中華鍋が重く感じなかったのです。

 

 そして そのまま中華鍋を持って ぼんやりとしていると 動きの止まった光に和夫が急かして言いました。


和夫「ほら 如何したんだ! 早くやれ。」


 俊も心配そうに声を掛けます。


俊「気を付けろよ! 下に落とすなよ!!」


 光は二人の言葉に軽く頷いて 困惑した表情のまま鍋を前後に揺らし始めました。


光「せーの… ほいっ! ほいの ほいっ! 1 2 3 っと!」


 なんと 驚いた事に光は中華鍋を見事に振り始めたのです。


 そして中のタオルは光の掛け声と同時に鍋の少し上で不器用に小さく回転しようとしていました。


 それは和夫の様に しなやかな動きでは ありませんでしたが 明らかに見込みある動きでした。


俊「え――っ!? マジ――っ!!」


 自分よりも腕力の弱い光が簡単に出来た事で俊は驚きを隠せません。


和夫「ほお――! これは驚いた!!」


 和夫も自分の予想とは裏腹に光がここまでアッサリと出来るとは思ってもいませんでした。


 それから 光は その動作を何度か繰り返すと流石に腕に限界を感じたのでしょう 辛そうな顔付きになり力尽きてガス台の上に中華鍋を戻してしまいました。


【ガンッ ガタン!!】


(中華鍋をガス台に置いた)


光「はあ… はあ… 十回位だったけど 何とか出来たかな…」


 光は息を上げ額に汗をかいていました。


 和夫が感心した表情で光に言いました。


和夫「いや驚いた…  初めて やってここまで出来るとは…

 しかし まだまだ動きにはムラが有る これからも包丁と一緒に毎日少しづつ練習するといいさ。

 そうすれば もっと上達して上手く振れる様になるぞ。 よくやった光!」


光「ほ 本当に!? やったー!!」


 光は和夫に褒められて上機嫌になりました。


 所が この一連の様子を驚きながら見ていた俊は不満そうに興奮しながら言ったのです。


俊「おい光! お前の左手 凄い力じゃねえか!

 ちょっと試しに俺と腕相撲して力比べしてみようぜ!!」


 俊は納得が行かない様子です。


光「えっ!? いや… そんな… 俺なんかが力で兄貴に敵う訳ないじゃん…

 た 多分… 何かコツがあったんだよ… まぐれで出来ただけだよ…

 それに少し休憩させて、もう腕が痛くて… ははは」


 光は兄貴の立場を弁え 少し気を遣いながら苦笑いして誤魔化しました。


俊「おお… そ そうだよな…  悪い悪い… つい驚いちゃって…」


 光に そう言われ 興奮していた俊は 一旦 冷静になって考えてみました。


俊『腕力だけじゃないのか… 何かコツか方法があったんだな…』


 俊は心の中で そう思うと 黙って座る和夫の方をチラッと見て興味深く聞いたのです。


俊「親父 光 何で出来たんだろ…」


和夫「ああ ん… まあ何とも言えんが 利き手の問題ではないかな。

 確か… 光は元々は左利きだった様な気がしたな…」


光「えっ!? 俺って 左利きだったの?」


 突然の事実に驚きながら聞く光。


和夫「ああ 大分 昔の話だけどな…」 


 和夫は淡々と答えると自分の左手首を右手で擦りながら二人に話し出しました。


和夫「まあ鍋振りは ある程度は腕力が必要なんだが 肝心なのは手首の強さと手前に返す時のタイミングなんだ。

 だから闇雲に振り上げても 腕に負担がかかるだけで上手く振る事が出来ないんだよ。」


 俊は和夫の話でなんとなく自分が出来なかった事が解って来ました。


俊「手首の強さとタイミングか… なるほど 俺の場合は ただ力任せだったって訳か…」


 手首を前後左右に回しながら感心する俊 その様子を見ながら和夫も自分の手首を回して言いました。


和夫「そうだ… 俺は左手の腕力は人並みだが 手首の強さとタイミングは長年の経験で自然と鍛えられたんだ。」


 光は そんな和夫の言葉で またしても料理の奥深さに感心を抱き 鼻の穴を膨らませながら言いました。


光「やっぱり 何でも経験なんだ。」


和夫「ああ その通りだ…」


俊「じゃあ 何で経験の無い光が出来たんだろ…」


和夫「あっ… 元は左利きだったって事が関係してるのかもな…

 まだ もっと小さい頃の事だが 光は何時も ご飯を食べたり絵を描いたりするが左だったんだよ。

 だから恐らく… 今も その時の名残で左手首の方が右よりも扱いやすいのではないかな。」


俊「えっ? でも可笑しいよね… 何で光 今は右利きなんだろ?」


 そうです 俊の言う通り 光は右利きでした。


光「何時 何処で左から右に変わったのかな… 自分では覚えて無いんだけど…」


和夫「ははは そりゃそうだよ。 だって お前がまだ三歳位の頃の話だからな。

 宮子の奴がギッチョでは集団社会で孤立してしまうと思って 不憫に感じてな…

 物心付く前に一生懸命に右に直させていたんだよ。宮子の お陰で お前は右利きになれたんだ 感謝しろよ。」


光「えっ… 母さんが…」


 光は また ふと宮子の顔を脳裏に思い浮かべました…


 そうです…


 その頃の宮子は子育てに必死だったのです…


 和夫も その時の事は ちゃんと心の中で認めていました。


俊「何だよ…  そういう仕掛けか…」


光「でも今まで気にもしなかったよ…

 そう言えば確かに 左では誰とも力比べをした事 無かったからね…」 


 光が そう言うと 和夫がなにやら思い付いた様子でニコニコしながら言い出しました。


和夫「そうか よし! では 本当に俊と勝負してみてはどうだ。はははは 」


光「えっー!? 勝てる訳が無いじゃん!!」


俊「おお――っ 面白そう! 光 やろうぜ やろうぜ! ひょっとして いい勝負になるかもな! へへへへ 」


 そう言うと俊は居間の卓袱台の上に座布団を載せて光の正面に座りました。


光「本当にやるの…? 俺 嫌だなあ… 親父 変な事 言うなよ… もう…」


 光は困りながら眉を顰めて口を尖らせると溜め息を付きながら首を下に倒しました。


俊「何言ってんだ! ほら始めるぞ! 気合だ  き・あ・い!!」


 とても楽しそうに はしゃぎ出した俊に釣られて 和夫が真ん中に入りレフリーの準備をして言いました。


和夫「ようし じゃあこうしよう! 俊は兄貴だから 負けたら罰ゲームで今日の洗濯当番だ!

 どうだ 光 はははは コリャ面白そうだな。」


 和夫の提案で 今日が洗濯当番だった光の気持ちが少し揺らぎました。


光「へっ 本当に?」


俊「え――っ! マジで――!」


和夫「何だ? 負けが決まったみたいな言い方だな? なら止めても良いんだぞ。 はははは 」


 和夫は益々 面白がって笑いながら俊を あおりました。


俊「えっ!? そんな事ねえよ 勝てば良いんだろ 勝てば!!」


和夫「そうだ そう言う事だ。 よーし光!  準備は言いな!」


光「ああ… なんか悪いね兄貴… こんな事になっちゃって…」


 光は自分が負けても罰ゲームが無い事に少し遠慮しながら俊に そう言いました。


俊「何言ってんだ お前!? 本気で俺に勝つ気でいるのか!? ほらサッサとしろ!」


 そんな俊は光の気遣いの言葉など気にもせず やる気まんまんで腕を組む体制です。


 そして 二人は ようやく卓袱台の上で手を組みました。


 和夫が二人の手をガッチリと組んで抑えると俊は薄ら笑みを浮かべて言いました。


俊「じゃマジで行くからな… ヒ・カ・ル!」


 そんな俊の挑発的な言葉で 今までやる気がなさそうにしていた光も終には気合が入って来ました。


光「よし! じゃあ 俺もマジで行くからな!!」


 そして 和夫がニヤリと笑い 掛け声を掛ける準備をしました。


和夫「おお お互い中々いい気迫だぞ…  ようい………」


光「…」


俊「…」


和夫「ハジメ!!」


俊 光「ウオリャ――――ッ!!」


 果たして この勝負の行方はいかに!?



つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ