第二十八話 新しい挑戦
―――――――――
そして次の日…
―――――――――
夕べの出来事から心を入れ替えた俊は 今日は柔道着を片手に意気揚々と学校へ行きました。
放課後は新井達と一緒に久しぶりに部活に参加すると何処となく楽しそうに練習に励んでいました。
光は俊が以前の様な兄に戻ってくれた事で心の悩みもすっかり晴れて 今日は一段と元気に練習に取組んでいました。
練習が終わり何時も通り二人が帰宅すると 和夫が厳しい表情で居間に座って待っていました。
そうです…
昨日 二人が喧嘩をした事など全く知らない和夫は 俊が今日も部活をサボり友達と遊び歩いているものだと思い込んでいたのでした。
――――――――――――
今日の昼過ぎ頃の事…
――――――――――――
和夫は部活の顧問に電話を掛けて子供達の最近の状況を伺おうとしていました。
和夫「あっ もしもし 柔道部の顧問の先生でいらっしゃいますか? あ… 初めまして 何時もお世話になっております… 私 二年と一年の真部の父です。」
顧問「あー 真部君の お父様ですか これは これは 初めまして 私 顧問の田中と申します 今日は如何なさいました。」
和夫「あのう… 先生… 実は二年の俊の事なんですが…」
和夫は恐縮しながら昨日 光に聞いた事が本当なのかを聞いてみました。
すると顧問の先生は俊と仲の良い友人数名が最近サボりがちである事を話したのです。
顧問「最近では 俊君を含む数名が良くサボる様になりました。私の方からも注意はしているんですが… 」
和夫「ヤッパリそうでしたか… 解りました ありがとうございます先生。俊には家庭の方でも良く言い聞かせるので 今日この件で私が学校に電話した事は本人には伏せておいて頂きたいのですが…」
そう告げると 和夫は丁寧に挨拶をして電話を切りました。
その後 俊が今日は珍しく部活に参加していたので田中は和夫からさっき電話があった事が少し不思議に感じていたのでした。
田中「今日に限って練習に来たな… こいつ如何したんだ?」
田中は余りにも気になったので 光を小さな声で呼ぶと 昨日 家で何かあったのか尋ねました。
田中「おい 光ちょっと…」
光「はい? 何ですか。」
光は顧問に呼ばれて何か指導されるのではとオドオドと近付いて来ました。
田中「お前ん家で昨日 何かあったか?」
光「へ!? 別に何もありませんよ… でも如何してそんな事を聞くんですか?」
突然に立ち入った事を聞かれた光は 躊躇しながらも普通に答えました。
田中「ん? いや… 俊が珍しく部活に来たからさ。」
率直に疑問を投げ掛ける田中。
光「あ… ああ 兄貴… 多分 目標が出来たんですよ きっと。 ははは 」
光は まさか 殴り合いがあったなどとは言える筈も無く 笑って そう言うと適当に誤魔化して練習に戻りました。
田中「あいつが目標をね…」
――――――――――――
場面は元へ…
――――――――――――
そして今日 和夫は昨日の光との約束通り 俊に ビシッと注意するつもりで意気込んで居たのでした。
和夫「お帰り… おい俊! ちょっと話があるから ここに座りなさい!」
和夫は俊を叱ろうと今にも怒鳴出し そうな様子で腕を組んでいます。
俊「ん? 如何したの親父 おっかない顔して… 機嫌悪いのか?」
和夫は俊の言葉を聞いても全く反応せず そのまま冷静に座っています。
そんな和夫の態度を見て光は昨日の話を思い出しました。
光「あっ! ヤバイ… そうだったよ… えっと… 如何しよう… 早く説明しないと!」
光が昨日 起こった事を和夫に説明しようとオロオロとしていると つかさず和夫は俊に質問を始めました。
和夫「俊! 一体 今まで何処に行って来たんだ!! 答えてみなさい!!」
かなりの勢いで大声を上げる和夫。
俊「えっ!? はぁ… 学校と部活だけど? それ以外に何処に行くんだ?」
俊は何故 和夫が怒っているのかサッパリ状況が掴めず困惑した表情で答えました。
光はそんな 二人の会話を横で見ながら どうやって昨日の状況を説明したら良いか頭の中がゴチャゴチャしていました。
光「ヤバ… えっと… あっ あの! 親父 あの!!」
光は兎に角 和夫に自分の話を聞いて貰おうと 必死で気遣いながら仲裁すると…
和夫「光 お前は黙ってなさい 今から俺がキチンと話すんだから…」
和夫は全く聞く耳を持ちません。
俊「何???」
和夫「まあいい! じゃあ 新井君は何処に居たんだ!」
中々正直に答えない俊に和夫はイライラしたのか 今度は友達の新井の事を聞いて様子を探りました。
俊「はぁ… 部活… 一緒に居たけどね… 新井に何かあったのか??」
それもその筈です 新井は今日は俊に誘われ渋々部活動に参加したのですから…
光『ああ本当に… どうしよう…』
お互いが勘違いしたまま 話がこじれたのを感じた光は 何とか早くこの状況を まとめ様と必死に会話に入り込もうとしていました。
和夫「ほほう… そう来たか! この卑怯者めが!!」
和夫は俊の答えが嘘だと感じ いよいよ本題に入る勢いです。
俊「へ 卑怯者?? なぁ光… 親父どうしたんだ 酔ってるのかね?」
和夫の言動に 終に俊は呆れてしまいました。
光「あっ 兄貴… あのね… 実は昨日…」
今がチャンスと思いきや説明しようと 光が話し出すと。
和夫「光!! お前は黙ってろと言ってるんだよ!!!」
怒りが抑えられなくなった和夫が光の話を止めます。
和夫の勢いが余りにも大きいので 光も上手く話が出来ません。
光「はっ はい…」
俊「何だよ親父… 何があったのか知らないけど。 如何したんだよ そんなに怒って… 」
依然と呆れ顔で言う俊に ついに和夫は 怒鳴りつけました。
和夫「お前は恥ずかしいとは思わんのか!! 嘘をついてまでシラを切るだなんて!! それでも男か!!!」
すると俊は何か和夫から誤解をされていると思い込み 光の方を見て溜め息を付きながら言いました。
俊「だから… 説明しろよ光… 親父 サッパリ意味解らん…」
和夫の怒鳴り声で 一瞬 静まり返った時 光はタイミングよく声を出しました。
光「違うんだよ! 親父!! ちょっと俺の話を聞いてよ!!」
俊の落ち着きぶりと光の大声で 和夫は何か様子がおかしい事に気が付きました。
和夫「あら? ん? なんか様子が変だね… 如何したんだ光 俺はお前の為に言ってるんじゃなかったっけ?」
俊「お前の為???」
俊はこの発言に更に混乱し 不思議そうに光の顔を見ました。
すると光は和夫に俊との喧嘩の事と宮子との会話の事などを説明し 俊には和夫に対して自分が言った愚痴の全てを説明し始めました…
光「…と言う訳で 親父が仕事に行った後で 兄貴とは昨日キチンと話したんだ。」
俊「なんだ… そう言う事だったのかよ… まあでも確かに昨日までは頻繁にサボってたし新井なんかと屯ってたのも事実だし… お前や親父に責められても仕方ないか。
悪かった 迷惑掛けて… 親父もごめん 心配掛けて…」
和夫「なんだよ… そうだったのか… いや スマンスマン もう和解していたとは…
実は 今日のお昼過ぎ頃 その件で顧問の先生にも電話してしまったんだ…」
光「あっ! それで先生 俺に昨日の事聞いて来たのか… そう言えば、親父 今日 電話するって言ってたもんね。」
和夫「まあ… でも何だ… 俺が居ない時に殴り合いをしていたってのは良くないな…
万が一の事があったら こんな風に話なんかして居られなかったかも知れないんだぞ!
これからは 今の気持ちを忘れずに お互い助け合って仲良く頑張らないと。」
俊「うん悪かった… もう暴力は封印する…」
光「俺も… 兄貴に対する言葉使いは気を付けるよ…」
和夫の意見に共感する二人…
そして暫く沈黙した後 思い出したかの様に光は言いました。
光「あっそうだった! 夕食の支度! 早く米を研がないと!」
慌てて台所に行こうとする光に和夫が言いました。
和夫「いや… 米は もう俺が研いだんだ。」
光「へ!?」
すると 今度は俊が風呂場に行きました。
俊「さ~てと~ んじゃ 俺は光に借りがあるから風呂掃除でも始めっかな~」
和夫「いやいや… それも俺がやったんだ。」
俊「マジで!? やったーラッキー! ははは 俺ってツイテル~」
俊は得したと思い満足な笑顔で言いました。
光「えっ…本当に? じゃあ買い物は?」
昨日までとは一変して 今日は まるでやる事が無い光は 嬉しい様な複雑な心境でした。
和夫「うん… それもさっき俺が行って来た…」
なんと今日は家事を全て和夫が片付けていたのです。
和夫は明け番の日は睡眠を取らないといけないのに 今日は ほとんど寝ていない様子でした。
俊「何で全部やっちゃってるの… 寝なくて大丈夫なのかよ?」
和夫「いや… 光がここの所 毎日一人でやってた みたいだからな… 今日は俺が代わりに全部やってやら無いと可哀相だなって思ってな…
でも お前と和解してたのなら取り越し苦労だったかな… ははは 」
光「親父…」
和夫が睡眠時間を削ってでも 自分を心配して家事を片付けてくれた事が嬉しかった光は 何か和夫の助けになる様な事を考えました。
そして 一つ 思い切った提案を出したのです。
光「そうだ! じゃあ親父 俺に料理を教えてよ!! 今日から毎日 作るのを手伝うよ!!」
和夫「えっ? お前が料理を?? ははは 止めておけ 止めておけ! 皆が腹壊すよ はははは」
俊「そうだぞ 光! お前は米だって手を洗わないで研ぐでそうだしな。 ははは 」
光の突拍子も無い発言に和夫も俊も冗談かと思って笑い出しました。
光「何だよ馬鹿にして! ちゃんと手は洗ってるよ! 俺マジだよ ねえ教えて!!
俺が作れる様になれば 親父が帰ってきた時 少しは楽だろ!」
和夫「ははは… 本気か? 結構 大変なんだぞ…」
光が真剣に言ったのを聞いて 笑っていた和夫も少し真面目な顔で言いました。
光「本気だよ!」
口をへの字に曲げて言い切る光をじっと見つめると 和夫は ただ衝動的に言ってるのでは無いかと思い 少し光を試して見ました。
和夫「でもまあ そんな事 言っても どうせ三日坊主だろ… 本当に難しいんだぞ それに つまらないしな。」
光「いや! ちゃんとやる! きっと楽しいよ!」
キッパリと言い切った光を見て 俊も本当に言ってるのだと感じました。
俊「マジかよ…」
そして光は 自分が料理は楽しいと感じた根拠を和夫に言って見たのです。
光「俺さ… 親父が料理している所見て何時も思ってたんだよ… 【凄い!】って。
あんなに素早く 手際良く包丁を使えたらカッコいいなあって思ったんだ…
それに毎日 作って食べれば家計だって少しは節約できると思うし…
俺 自分の為にも頑張りたいんだ!」
光の意見を聞き 和夫は真剣だと言う事が解りました そして教える決意を固めたのです。
和夫「そうか… よし解った! お前が そこまで言うんなら本気なんだろ。
じゃあまず その心意気が何処まで続くかどうかを試させてもらうぞ!!
料理の道のりは厳しく長いからな 修行は一生だと思え 解ったな。」
光「一生… わっ… 解った! 一生 頑張るよ!」
和夫の厳しい言葉にも堂々と返事をする光。
そして光は 今日これから和夫がどんな料理を教えてくれるのか期待に胸をが膨らませました。
和夫「よし じゃあ早速始めるか! じゃあまず… … … 」
真剣な眼差しで光を睨み付ける和夫…
光「うん… … …」
期待に胸が膨らみ 生唾をのむ光…
俊「… … …」
二人の様子を黙って見る俊…
和夫「お前 リンゴ買って来い。」
俊「はぁ!? なんだそりゃ。」
俊は予想もしていなかった和夫の言葉にズッコケそうになりました。
光「へ!? リンゴを??」
光は自分の耳を疑いました。
俊「あはははは… 親父ウケル。 くくく…」
俊は笑いが止まりません。
和夫「さあ何してるんだ 早くリンゴ買って来い。 最初は五個もあれば良いな… ほれ 五百円で足りるな。」
光は心の中で【料理の基本は買い物なんだ…】だと勝手に思い込み そのままお金を貰うと渋々リンゴを買いに行く準備をしました。
光「じゃ じゃあ… 早速 リンゴ買って来まーす… 」
とぼとぼ と行こうとする光を後ろから少し面白がって俊が冷やかしました。
俊「なんだよ ただの買い物じゃねえか。 あははは 行ってらっしゃーい! ははは 」
和夫「おい俊! 何を笑ってんだ お前も行ってやれ!! お前は光に借りが あるんだろう。」
俊「えっ!? マジで! はいはい… やれやれ… 俺リンゴなんか食いたくねえよ…」
そして 二人はリンゴを買いに出掛けていきました。
光「兄貴ゴメン… 俺のせいで…」
俊「あ? いいよ… どうせ暇だったから… でも急にリンゴ五個って 親父リンゴ好きなのかな?」
光「えっ? ああ… 東北出身だからね そうかも…
あっ! でも もしかして料理に使うのかな よくカレーとかに入ってるじゃん!」
そんな二人は和夫が一体 何の為にリンゴを買って来いと言ったのか検討も付きませんでした。
俊「えっ? それってバーモントカレーの事か? でも あれは確か最初から入ってんだよな…」
光「あ… そうだったね… ははは…」
つづく