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十方暮  作者: kirin
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第二十七話 たった一つの目標

 号泣していた目は まだ少し赤く腫れ上がっているのが解る程でした。


 そんな中 俊が家に帰って来たのです…


【ガチャ…】


(玄関が開いた)


 俊は やる気が無なさそうに 足を引きずりながら居間まで入って来ると光の顔も見る事もなく背伸びと欠伸をしながら言いました。


俊「ふぁーあーッ… だりぃ―… おお光 俺の飯はー?」


 俊にそう言われ 光は さっきまで泣いていた事を気付かれない様に下を向いたまま答えました。


光「ここにある…」


 すると俊は光の買って来た弁当を見て 少し顰めた顔をして言いました。


俊「何だよ~ またハンバーグ弁当か… たまには唐揚弁当でも買って来いよ ったく…」


 そんな俊の言いぐさに少しムッとした表情になりながらも 光は無言で弁当を食べ続けました。


光「…」


 すると俊は下を向いたままの光が不自然に感じたのか 下から顔を覗き込む様にして からかったのです。


俊「ん? おい… 何だ お前 泣いてたのか? 随分と目が真っ赤だよなー 寂しかったのか? ははは ダせえ!」


光「!」


 乱暴に からかう俊に対して 何時もは絶対に気にしない光が 何故か今日は段々と腹が立ってしまったのでした。


 そして ついイライラして生意気な態度を取ってしまったのです。


光「はぁ? 別に… 泣いてねえし…」


 何時もと違う光の言葉遣いに 俊が少し戸惑いました。


俊「おっ… おい 何だテメエ! その口の利き方… 弟の分際で!!」


 すると光は 今までに無い反抗的な目つきで俊を睨み 大きな声で怒鳴りました。


光「ふざけんな! 兄貴らしい事も! 家の事も何もしねえ癖によ!!」


俊「!」


 そして この言葉で俊は ついに切れてしまいました。

 

 弁当を食べている光の胸倉をいきなり掴むと 強引に立ち上がり上へ引張り上げて右手拳を大きく振り上げたのです。


俊「何だ… テメエ! ぶっとばされてえのか!? アー!?」


 光は胸倉を掴まれたまま何も抵抗せず ふて腐れた表情で俊を睨み付け黙っています。


光「…」


 俊は何も抵抗しない光を見て やる気が薄れたのか 棄て台詞を吐いて手を乱暴に手を放しました。


俊「けっ! 喧嘩もできねえくせに いきがってんじゃねえぞ! どうせママの事でも思い出して泣いてたんだろ! この泣き虫ヤロウが!!」


 この言葉に流石の光も切れました。 なんと沈黙していた光は突然 俊に掴みかかって行ったのです。


【ガタ ガタ ガターン!】


(光が俊を掴み押し倒そうとした)


光「お前に! お前に何が解るってんだ!! ア―――っ!!」


 俊は 突然 押し迫って来た光を正面から受け止めると そのまま左から横に身体をかわし足払いを掛けました。


光「!」


 光は俊の足払いで身体が右側に よろめきました。


俊「くそっ テメエ!!」


 その瞬間 俊は体制を崩した光の右顔面に勢い良く拳をブチ込んだのです。


【バチンッ!!】


(光の顔に俊の拳が当たった)


 すると 光は そのまま勢い良く襖に倒れました。


【ガタンッ! バキッバキッ!】


(襖が倒れて壊れた)


 襖は真ん中から折れて居間の外側に外れました。


 光は そのまま襖と一緒に床に崩れ落ち 殴られた顔を手で押さえていました。


光「…」


俊「ふざけた事やってんじゃねえぞ! この野郎!! はぁ… はぁ…」


 俊は息を上げて光の様子を見ます。


光「ヴっ… ボヘッ…」


 床に倒れた光は蹲りながら、苦しそうに咽せかえしていました。


 なんと光は俊のパンチが右頬に激しく命中した勢いで口の中を切ってしまい大量の血を口元から流していたのです。


俊「!」


 俊は その血を見て驚きました。


俊「あっ血… ヤベっ… おい! 大丈夫か…」


 床に多量に落ちる血…


 流石に俊も この状況には動揺を隠せず 光を気遣い後ろから抱えて傷口を確認しようとしました。


俊「ちょっ… ちょっと見せて見ろ…」

 

 すると…


光「ヴッ… ヴッ… 触んじゃねえ!!」


 光は口を手で押さえながら 心配する俊をもう片方の手で跳ね除け 興奮が治まらない様子です。


俊「…」


 しかし それでも 俊は必死で光に弁解をしました。


俊「わっ…悪かった… つい力が入っちゃってさ… マジで悪気は無いんだ… 兎に角 傷口を見せてみろ。」


 俊は光を落着かせ様と必死で謝罪し宥めました…


 しかし光の目は依然 俊を激しく睨み付けているのです…

 

 そして 光は息を上げながら 淡々と訴えたのです。


光「そうやって… そうやって この先も 何でも暴力で片付て生きていけば良いだろう…

 今の お前なんかに… お前なんかに… 家族の何が解るってんだ! チクショウ!!

 お前なんか… ただ現実から逃げてるだけのダメな弱虫人間じゃねえか…

 本当の泣き虫は… お前なんだよ!!

 お前なんか!! 俺の兄貴でも何でもねえんだよ!!

 俺の兄貴は… もっと強くて優しい奴なんだよ―!! あっ… あっ…」


 光は泣きながら そう言うと 精一杯 今の俊に対する不満をぶつけたのです。


 そして この言葉を聞いた俊は 何も言えなくなりました。


俊「…」


 その後 俊は無言のままタオルを一枚 用意すると口を押さえて しゃがみ込む光を強引に起こして引き上げ タオルを光の口元に当てがいました。


光「やめろー!!」


 尚も手を払い除け様とする光に 黙っていた俊が言いました。


俊「もう何でも良いから! 血を拭けよ!!」


光「…」


 そして俊は光を前に向かせて顔を見ました。


俊「おい… 口の中を見せてみろ。」


 ふて腐れた顔のまま 光は俊の言う通りに口を開けました。


俊「ああ… 良かった… 少し切れてるだけだ… 取り合えず水で口を濯いで来いよ。」


 そう言うと俊は光を流しの方に導き 自分は壊れてしまった襖を元の位置に立てかけて血だらけのタオルを洗いに風呂場に行きました。


 そして、再び そのタオルで血の付いた床を拭いて 無言のまま散乱してしまった弁当を片付けました。


 俊は その後 光の買ってきた弁当を静かに食べ始め 何事も無かったかの様にテレビを見ていました。


光「…」


 光は 俊の様子を感じながらも 黙ったまま水で口を濯ぎ 血の付いた手を洗っていました。


 何度か口を濯いで 水の色が血で染まらなくなるのを確認すると 光は居間に戻り溜め息を付きながら大の字になって寝転がりました。



―――――――――

それから暫くの間

 

二人に会話は無く…


テレビの音だけが


流れていました…


―――――――――



 寝転がって 腕を目に当てたまま 全く動かない光…

 

光「…」


 俊は そんな光を気にする事無く 黙々と弁当を食べ 黙ってテレビを見ています。


俊「…」


 そして 弁当を食べ終わった俊が ようやく 光に声を掛けました。


俊「お前… 今日… 何かあったのか…」


 落ち着いた様子で話し掛ける俊に 光は目に右腕を当てたまま とても小さな声で答えました。


光「謝りたかったんだって…」


 俊は 光の答えの意味が解らず 首を傾げて聞き返します。


俊「あ? 何が? 誰が?」


 光は 俊の質問に依然と目を腕で覆ったまま モジモジと答え難そうに身体を揺らしています。


光「さっき 親父が帰って来た時… 母さんから電話があったんだ…」


俊「えっ!? 電話して来たのか!?」


 俊は この事を聞いて一瞬 戸惑いましたが この間の和夫の話を思い出し 宮子が最後の電話をして来たのだと解りました。


光「そうだよ…」

 

俊「本当に電話してきたのかよ…」


光「…」


俊「じゃ… じゃあ俺 居なくて良かったよな もし電話に出てたら大喧嘩になる所だったよな。 ははは ヤバイ ヤバイ…」


 そう言うと俊は不自然な笑い方をして少し動揺していました。


 光は そんな俊の様子を覆っている腕の隙間からチラッと見ながら笑い声に被る様にして大きな声で言ったのです。


光「だから! 謝りたかったんだって!!」


俊「はは…」


 俊の笑い声が止まりました。


 そして 俊は とても体裁が悪そうな顔で光に言いました。


俊「光… 一つだけ弁解させてくれよ…」


光「…」


俊「お前さっき俺に 【家族の何が解るんだ!】って 言ったよな… 」


光「…」


俊「お前は どう思うか知らねえケド…

 俺は お前の事も… 家族の事も一番 解ってたつもりなんだ…

 だから 家族をバラバラにさせた母さんが許せなかったんだ…

 自分勝手に居なくなって勝手に俺達を捨てて…

 勝手に裁判を起こして…」


光「…」


俊「正直… もう混乱した… もう何も考えたくなくなった…

 だから 全てが嫌になった… 親に従う事も…」


 淡々と話す俊に 光がようやく答えました。


光「じゃあ! 俺は一体 何なんだよ! 親に従うって何だよ…

 俺達は 自分の生活の為に頑張ってるじゃねえのかよ!」


 すると俊が更に大きな声になって言いました。


俊「ああ そうだよ! 全部 自分の為だよ!!

 だから お前が一人で家事をしてる事だって お前は自分の為なんだよな!」


光「うっ…」


俊「本当は違うだろ!? お前だって嫌々親に従ってる だけじゃねえか!?

 もし母さんが居たら もっと遊べたり 楽が出来るって思ってんじゃねえのか!?

 不貞腐れながら家の事やってる癖に! いちいちキレイ事 言ってんじゃねえよ!!」


光「…」


 俊の言葉は最もな意見でした…


 そして光は俊に図星をつかれ黙り込んでしまいました。


 そうです 光は俊の言う通り親に嫌々従っていた事を黙っていたからです。

 

 光は表現が違っていただけで内面では俊と同じ様に心が乱れていたのです…


 兄貴である 俊は 光の表情や行動をみて そんな事はとっくに解っていたのです…


 

 誰にも当たる事の出来ない不満…


 それは お互いが何時も抱えていたのです…


 そして 黙り込む光に追い討ちを掛ける様に俊が言いました。



俊「謝った? それで何が変わるんだよ… 今の俺達の何が救われるってんだよ!」


 俊は 黙ってしまった光に更に自分の本音を言い続けました…


光「…」


 光は考えていました 今 俊に自分が一番伝えなければいけない事は何なのかを…

 

 そして とっさに自分の脳裏に浮かんだ映像を口にして見たのです。 


光「でも… 母さんは泣いてたんだ…」


 浮かんだ事はさっきまで 受話器の向こう側から聞こえていた 宮子が悲しみに泣く姿と声でした…


俊「それが 何…」


 そんな事を聞いても 俊の心には何も響きません… ただ苛立ちが募るばかりでした。


 しかし 宮子の本心を その涙に感じた光は その事だけでも俊に伝えたかったのです。


 そして 自分なりの考えで涙の訳を説明したのです。


光「もう… 何も変える事が出来ない…

 もう… 誰も救う事が出来ない…

 だから母さんは…

 だから母さんは 泣いて謝ったんだよ…

 心から泣いて謝ったんだよ…

 俺には それが伝わったんだ…

 その涙の重さが… 痛いほど伝わったよ…

 母さんは言ってた…

 俺に自分を見失うなって…

 でも今の兄貴どうなの…

 もう自分を見失ってる所か… 全てを失いかけてるよね…」


俊「…」


光「そりゃ 母さんは勝手な人だよ… メチャ クチャな人だよ…

 でも 俺達には親として最後の自分の想いを伝えたかったんだよ…」


 光は どうしても宮子の精一杯の謝罪を俊に解ってもらいたかったのです。


 それは光が宮子と俊の二人の心の痛みを深く感じていたからなのでしょう…




 もう元に戻る事の出来ない家族… 


 もう修復できない心の傷…


 でも 二人の絆だけは繋げてあげたい…



 それは 少々おせっかいな光の優しさだったのかも知れません…


 でも 光は必死でした…


 それは二人が…


 いや家族が大好きだったからです…



 俊は その光の切実な言葉を黙って聞いていました。


 そして 大きな深呼吸を一つすると 不思議と少し微笑んで話し出したのです。



俊「参ったな… 本当に家族の事を解っていたのは… お前だったのかもな…」



 そうです 光の言葉は俊の心に届いたのです。


光「!」



 その後 俊は部屋に行ってガサゴソと箪笥を漁ると なんと自分の柔道着を用意し始めたのです。


光「兄貴…」


 そして 俊は光の顔を見て少し照れ臭そうに言いました。


俊「まあその… なんつか… さっきは殴って悪かった…

 この借りは… 風呂掃除一週間でチャラにしろよな。 ははは 」


光「兄貴…」


俊「…」


光「何 言ってんだよ…  洗い物もだよね。 へへへ 」


俊「あっ お前… 調子にノンな!」


光「冗談 冗談! ははは 」



 気付けば二人の会話には何時しか笑顔が戻っていました…



 そして俊は 光を通じて知った宮子の切実な想いを理解しようと考えました。


 例え時間が必要でも 宮子の伝えた言葉通りに決して自分を見失わずに進もうと思ったのです。



 それは 今の自分達に出来る…


 母親から残された たった一つの目標だったから…



つづく

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