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十方暮  作者: kirin
27/61

第二十六話 大粒の涙

――――――――――――

離婚成立から

一ヵ月が過ぎました

――――――――――――

 

 あの日の暗闇生活がきっかけとなり自分自身の心の弱さを知った光は その後 熱心に部活動に取組む様になりました。


 そして そんな光は精神的にも肉体的にも少し頼もしくなり始めていました。


 一方…


 俊は和夫に聞かされた母親との裁判を知った時から 徐々に心が乱れ始め 最近では部活をサボる様になっていたのです。


 そんな俊は不真面目な友人達の家に入り浸り 家の事も勉強も全く手を付けなくなってしまったのです…


 そして俊は別人の様に変わってしまいました。


 光は 変わり始めた俊に何も言えず いつか元の兄に戻ってくれると信じて 文句一つ言わずに 毎日 一人で家事を片付ていました。


 しかし そんな光の心にも やはり疲労と不満は日々積み重なって行きました…

 

 ある日の夕方の事 部活を終えた光が学校から戻ると俊の友人でもある部活の先輩達が自分の家に集まっていたのです。


光「ただいま… ん? あっ! 先輩達がいるよ… ヤバイな…」


 そうです 実は家に来ていた先輩は部活にも ほとんど顔を出さない不真面目な者達だったのです。


 そして 当然の事ながら 光は この先輩達が苦手だったので この状況は とても窮屈でした…


俊「おい 光! 山田と新井が来てるから ちゃんと挨拶しろよ。」


 俊は帰って来た 玄関先にいる光に 自分の部屋から大声で言いました。


光「あっ… 山田先輩… 新井先輩… ご無沙汰してます… こんにちは…」


山田「おう弟! 頑張ってるか。 俺はもう部を辞めるから そう恐縮すんなって はははは 」


新井「ジュニア! 相変わらず真面目に行ってるんだねー。 エライよ~ 関心関心! 頑張れよ。はははは 」


 この二人の先輩は毎日 部活をサボっては 真部家にたむろっていたのです…


 しかも 俊は家に和夫が居ない時を狙って友達を呼んでいたので 部活をサボっている状況は光しかは知りませんでした。


 しかし 俊の弟である故 先輩達から一応可愛がられていた光は、兄の立場も考えると現状を把握していながらも黙って見過ごすしか他なかったのです。


光「はい… ゆっくりして行って下さい… じゃあ失礼します…」


 光は二人の先輩に頭を下げると自分の居場所にシドロモドロしながら なるべく邪魔にならない居間の隅でじっとしていました。


 そして それから一時間位が経過した頃…


  俊 達は外に出掛けて行きました。


山田「じゃあね 弟!」


新井「ジュニアも一緒に行くか?」


光「は… 俺は… 迷惑になりますので…」


俊「冗談だよ! ばーか。本気にすんなっ!」


新井 山田「はははは! じゃな!」


光「…」


 二人の先輩は軽いノリでそう言うと 俊と一緒に家を出て行きました。

 

 光は そんな先輩達が出て行く姿を挨拶しながら玄関先で見送りました。


光「お疲れ様でした…」


 光は三人が出て行った後 気疲れしてしまったのでしょう…


 何とも言えない脱力感でその場に座り込んでしまいました。


光「はあー… 家に居るのにくつろげ無いなんて… あっ!! ヤバイ 洗濯しなきゃ!」


 それから 光は慌てて 風呂掃除 洗濯 朝の食器の洗物を全て片付けると 夕食のホカ弁を買いに何時ものお弁当屋さんに出掛けて行きました。


―――――――――――――――

時刻は八時を過ぎていました

―――――――――――――――


 光が ようやく弁当を買って帰ると和夫が休憩の為に家に戻っていました。


【ガチャッ…】


(光が玄関扉を開けた)


光「ふう…」


 光は無言のまま 居間の卓袱台にホカ弁を置くと 不満そうな顔で溜息を一つ吐きました…


和夫「ん…今 弁当買いに行って来たのか? 随分遅いな 今日は部活遅くまでやってのか。」


 和夫がタオルで顔を拭きながら そう光に聞きましたが 何故か光は ふて腐れた表情のまま何も答えませんでした。


光「…」


 光の何も答えないので変に感じた和夫は 光の方を じっと見て 不思議そうに また声を掛けました。


和夫「如何したんだ… むくれて… お前らしくないな… 俊と喧嘩でもしたのか。」


光「べっ 別に!」


 依然と ふて腐れた態度で言い返す光に 和夫は何かあったのだと思い 穏やかな口調で言いました。


和夫「光… 辛い時は辛抱するしかないんだよ… 一生懸命に努力すれば必ず見てる人は居るから… めげずに頑張れ。」


 部活の事で落込んでいると思い労いの言葉を掛ける和夫に対して なんと光は突然大声で怒鳴ったのです。


光「家事や片付を誰が見てるってんだよ!! 俺は皆の奴隷かよ!!」


和夫「!」


 突然の事に 驚く和夫…


 暫く沈黙して 顔を拭いていたタオルを そっと洗濯籠へ掛けると 困惑した表情で居間に戻り 卓袱台の前に静かに座りました。


 そして煙草に火を点けながら もう一度 光に聞きました。


和夫「一体 何があったんだ… そんなに怒って… 言ってみなさい。」


 すると 光は和夫の正面に座って 涙目になりながら話はじめました。


光「掃除… 洗濯… 風呂… 食器洗い… 最近ずっと俺一人で全部やってるんだ…

 毎日だよ… 家事を全部片付けたら弁当も俺が買いに行くんだ…

 父さんは知らないと思うけど… 兄貴は ずっと何もしてないんだよ!!」


 想像もしてなかった光の言葉に和夫は 驚きと動揺で煙草を落としそうになりました。


和夫「なっ!! 何だって!! 俺が居ない時は 分担してるんじゃなかったのか!?

 じゃあ あいつは毎日何をやってるんだ!?」


 光は涙目を擦っては 鼻をすすり 小さな声で答えます。


光「部活をサボってる… 新井先輩達と夜 毎日遊び歩いてる…

 親父が居ない時は夕方になると先輩が来てて皆で屯ってる…」


和夫「本当か!? 新井君達まで部活に行ってないのか!

 あいつ… 通りで最近 夜 家に居ない事が多いと思ってたら そんな馬鹿な事を…

 お前も何でもっと早く俺に知らせなかったんだ!!」


光「俺だって! 言いたかったさ! でも… 本当は今だって言いたくなかったんだ…

 言ったら俺 多分 兄貴に怒られるし… 先輩達に嫌われる… だから辛くて…」


和夫「それで我慢して 全てを隠してたのかよ… なんて不憫な性格なんだ…

 よし解った! この事は お前から聞いた事にはしないから。

 顧問の先生に直接 俺から聞いた事にする!

 明日 実際に俺から顧問の先生に聞いてみるよ お前は何も言うな 解ったな。」


光「俺もう嫌だよ… あんな兄貴…」


 ガッカリと落込む光を見つめながら 和夫は自分を誤魔化し続けていた俊に深い憤りを感じていました。

 

 そして 依然と すすり泣く光に溜め息を吐きながら言いました…


和夫「分かったから… もう泣くな… 兎に角 食事をしなさい 弁当が冷めてしまうぞ。」


 すると 光は和夫に言われた通り買ってきた弁当の蓋を開けて静かに食べ始めました。


光「これからも 親父がいない時は ずっと先輩達が来るのかな…」


 食べながら 元気のなさそうな細い声で光が言うと 和夫は眉間にしわを寄せ煙草の煙を溜め息と一緒に噴出しながら答えました。


和夫「部活を休んで屯ってるのは良くない… 俺は新井を信頼していたのになあ…

 彼は確りした子だったから残念だよ…

 んー… でも なんとか対策は考えるさ 明日からは仕事の時でも当分 夕食を作りに戻るかな…」


 光は和夫の提案に少し安心し俯いたまま頷きました。


光「そうしてくれた方が… 良いかも…」

 

 突然の騒動発覚で気を揉もんだ和夫でしたが 光が落ち着きを取戻した様なので取合えず仕事に戻る事にしました。


和夫「じゃあ 時間が無いから もう仕事に戻るぞ。 俊が帰っても お前は余計な事を言わない様にな じゃあ行って来る。」


 そして 玄関から和夫が出ようとした その時 なんとタイミング悪く電話が鳴ったのです。


【リリン… リリリリン…】


(電話のベルが鳴った)


 今度は何だと言わんばかりの表情で和夫が電話を出ました。


和夫「はい もしもし! ん!? あっ ああ… んん… そう…

 解った… チョット待ってくれ… 聞いてみるから…」


 和夫は受話器を手で抑えながら 浮かない顔で光を呼びました。


和夫「光… こんなタイミングで済まないんだが 宮子からなんだよ…

 如何する 出れるか?」


 なんと 電話は宮子からだったのです。


 和夫が少し困惑しながら伺いを立てると 光は慌てて玄関先にある電話口まで来ました。


光「えっ 母さん!? 如何したんだろ急に…」


 突然の事に驚いた光は 目を大きく見開いたまま 口をポカーンと開けています。


和夫「ほら… この間 言ったろう… 最後に声が聞きたいって… 最後だから出てやれ…」


 光は依然と困惑した表情のまま小声で話す和夫に 少し迷いながらも電話に出る事を決めました。


光「あっ ん… じゃ代わるよ。」


 そう言うと光は和夫から受話器を受取りました。


和夫「じゃあ 後は頼んだぞ…」

 

 光に受話器を渡し小声でそう言うと和夫は そのまま玄関の方を指差しながら仕事に出掛ける事を伝えて そっと出て行きました。


 光は気を遣って和夫が行ったのを確認し話し出しました。


光「もしもし… 光だけど…」


宮子「ああ ヒカル… うっ… 元気だった… 声変わったね…」


 電話口の宮子はあの日 麻子の家を飛び出して行った態度とは全く異なり 小さな声で寂しそうに泣いていました。


光「う… うん…」


宮子「ゴメンね… うっ… ゴメンね…」


光「母さん 泣いてるの… 何だか らしくないね… 謝るなんて…」


 光は一年半ぶりに聞く宮子の声が まるで別人の様に感じていました。


宮子「そうだよね… 今まで あたし… 謝った事なんて一度も無かったもんね…

 あたしは母ちゃん失格だ… うっ…」


光「もう… いいよ…」


 今更 何の言葉も掛ける事が出来ない光は 宮子の変わり果てた態度に ただ 気の毒な思いを感じるだけでした。

 

 きっと 心の何処かで もう母親と言う存在を客観視していたのかも知れません…


宮子「許してね… あたしのせいで… もう他人になったんだよ… うっ…」


光「…」


宮子「許して…」


光「許すとか 誰かのせいとか… 止めようよ… 母さんは… 母さんだよ…」


 光は 今の自分の気持ちを そのまま宮子に言いました。


宮子「光… うっ… 大人になったね…」


光「もう… 中学生になったよ…」


宮子「そうだったね… 少し男らしくなった… あたし安心したよ。」


光「親父のお陰だよ… 前の俺は弱虫だった…」


宮子「そう… 皆で仲良くやってるの…?」


光「はは… 最近はバラバラかな… 母さんとの裁判の事 聞いたら なんか皆ギクシャクしてるよ…

 何か寂しいよね… 元は一つの家族だったのにね…」


宮子「ゴメンね…」


光「別に いいよ謝らなくても… だって もう離婚しちゃったんでしょ…

 でもさ 母さん… 俺 離婚が決まるまで 少し夢見てた事があったんだよ…」


宮子「夢…」


光「母さん 覚えてるかな… まだ俺達が凄く小さかった時なんだけど…

 皆でお正月に家の前の広場で凧上げした事…」


宮子「そんな 事もあったね…」


光「また あの時の様に四人で楽しく過ごせたら どんなに幸かなって…

 誰にでも ある普通の事なんだけど…

 俺にとっては もう二度と叶わない夢になっちゃたんだね…」


宮子「…」


光「でもね 母さん… 俺 最近 思うんだよ…

 もし家族がバラバラでも… 皆がこの先一人一人幸せになれるなら…

 きっと それは それで 良いんじゃないかって…

 だから母さん… この先 一人になっても 幸せになってね…

 何か上手く言えないけど… 今の俺じゃ その位の言葉しかけられないからさ…」


 この時 宮子は光の家族に対する真っ直ぐな思いを真に受止めました。

 

 今更 後戻りは出来ない…

 

 光の優しい言葉…


 子供達の想い…


 何も考えなかった自分の軽率な行動の重さに 今はただ後悔しか残りませんでした。


 堪えても… 堪えても… 流れる涙…


 悔やんでも… 悔やんでも… 止まらない涙…


 そして 宮子は自分の出した結果に覚悟を据えて光に言ったのです。


宮子「ヒカル… あんたは優しい子だ…

 ゴメン… 泣いちゃって… その気持ち あたしの心に響いたよ… 本当に ありがとう… 

 最後にね ヒカル… あたしは もうこれで…

 もうこれで 電話はしないつもりで掛けたんだ…

 今日 あんたと こんな素晴らしい会話が出来た事 本当に良かったと思う…

 だから 俊とも話をしておきたい… 俊に代わってくれないかな…」


 光は 宮子の切実な言葉を聞き 母の最期の我が侭を叶えてあげたいと思いました。

 

 しかし 今は俊は居ません…


 光は俊の宮子に対する思いが今は恨みでしかない事を話すべきか迷いました。


 【もう最後…】


 そんな宮子の言葉が光の心を更に迷わせました…


 しかし 本当の事を告げるべきだと踏み切ったのです。


光「ごめん…  兄貴は居ないんだ… 嘘じゃないよ…

 さっき少し話したけど…

 兄貴は裁判の事を知った時から変わってしまった…

 今は別人の様で俺にも如何する事も出来ない位 荒れてるよ…

 きっと… 母さんをまだ恨んでいると思う…

 だから もし居たとしても電話には出ないと思う…」


 不思議な事に 宮子は この事実を聞かされても全く動揺しませんでした。


宮子「ははは… そ そりゃそうだよね…

 バカだったよね あたしって… ははは… つい調子に乗っちゃってさ…

 あたしは恨まれても仕方ない事 言ったんだもん…

 はははっ………

 … … …

 うん… 解った…

 でも これで吹っ切れたよ!

 今更 遅いけど… ただ最後に 【ゴメン】って 言いたかっただけなんだ!

 …

 ありがとね… 光… 本当の事を教えてくれて… それじゃ これで切るね…」


光「母さん! 身体に気を付けて… 元気で…」


宮子「… バカだね… この子は…

 身体に気を付けるのは あんたの方だよ…

 あんた… 身体が弱いんだからさ…

 あたしが偉そうな事 言うのも変だけど…

 光…

 これから先… どんな時も…

 決して… 自分を見失うんじゃないよ…

 何時でも… あんたらしく… 笑顔を忘れずに前を見て生きるんだ…

 頑張ってね光… じゃあ… 切るね… 」


光「さよう…な…ら…!」


宮子「…」


【ガチャ… ツ―― ツ――…】 


(電話が切れた)


 

 静まり返る部屋…


 光は受話器を切ったまま動きません…

 

 その目からは大粒の涙がボロボロと流れていたのでした…



光「うっ… うっ…」


 

つづく

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