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十方暮  作者: kirin
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第二十四話 暗闇の恐怖

 自宅に帰った光は誰も居ない真っ暗な家の玄関を開け自分の部屋まで手探りで進みました。


光「うわー… ここまで暗いと本当に薄気味が悪いよ…」


 光は真っ暗な中を少しずつ進み自分の部屋に到着すると まず懐中電灯の乾電池を交換しました。


光「くそう… よく見えないし…」


 何とか電池の交換を済ませ懐中電灯を点けると それを一旦 二段ベット下の一階の天井部に紐で吊るして食事が出来る様に小さな卓袱台を設置しました。


光「これで良しっと… えっと… 次は飲み物か…」


 次に光は吊るした懐中電灯を手に持って台所の茶箪笥まで行きました。


光「コップ コップと… うわっ―!?」


 懐中電灯の明かりが茶箪笥のガラス戸へ反射して自分の顔が幽霊のように不気味に写ったのです。


光「ん…? なんだよ… 俺の顔か… 全く気味が悪いな…」


 そしてコップを手にすると次は冷蔵庫に行きました。


光「確か麦茶が入ってたよな… はぁ~ しかし 電気が無いって こんなに不便な事なんだね…」


 確かに今まで光は色々な境遇で生活をして来ました。

 

 お風呂に入れなかった事…


 洗濯された洋服が無い事…


 食べ物が食べれない事…


 灯油が無くて寒かった事…

 

 数え切れない位の辛い経験をして来ました…


 でも どんな時でも常に部屋は明かるくテレビや音楽はあったのです。


 だから光にとって 電気の無い今回の状況は精神的に とても厳しい物がありました…



 電気のある環境…


 それは現代では生きて行く上で最も必要で便利な賜物…


 それが当り前の様にある日常で光は無くなるなど考えた事も無かったのです。


 それが今…


 無いのです…


 そして冷蔵庫が電気で作動しているという事も彼は忘れていたのでした…



 光は何も考えず冷蔵庫の扉を開けました。


光「あれ!? 暗いな… ん!? うわぁー! 何かすごい変な匂いがする!」


 そうです 電気が停まって十時間も経過した冷蔵庫の中は、日中の暑さで全ての物が腐りかけていたのです。


光「そうだよ… 冷蔵庫も電気で作動していたんだ… はあ 麦茶 腐ってるよなきっと… 仕方ない水でもいいか…」


 光は仕方なく水道水を飲む事にしました。


 懐中電灯を流し台の横へ置き 明かりで水道が見える状態にしてコップを蛇口に当てました。


【キュッ… キュッ…】


(光が水道の蛇口を捻った)


光 「あれ?」


 なんと…


 蛇口を捻っても水道からは一滴も水が出ないのです。


光「なっ…」


 悲しい事に… 停められていたのは電気だけでは無かったのです…


光「くっ… くそお!! 水もかよ!!! 何で! 何でだよ!! もう嫌だー!!!!」


 帰ってから水道の蛇口を一度も捻らなかった光は水が止まっている事に気付かなかったのです。


 光は この瞬間 今までに無い絶望感を味わいました。


 【ゴトン…】


(コップが流しの中に落ちた)


 力は抜け… 気力も無くなり…


 手に持っていたコップは流しの中にスルリと落ちました…


 そして光は流しを照らす懐中電灯の明かりの下で 膝からガックリと滑り落ち 唇を噛み締めながら崩れました…


光「ふざけんなよ… こんなの…」


 俊の心遣いで一旦は気力を取り戻した光…


 しかし水道が止まっている事で再びトラウマが脳裏を襲い出しました。

 

光「はぁ… 助けて… 誰か… 暗いよ…」

 

 悔しさと情けなさ…

 

 怖さと不安…


 暗闇は弱い心をどんどん貫いて行きました。


 部屋は一層に静まり… 光は頭を抱えてずっと その場所に半ベソになりながら怯えていました。


光「神様…」


 神にも縋りたいと思う気持ちが自然と口から出て来ました…


 すると その時です!


【カタン… カラン…】


 自分の部屋の方から何かが落ちる小さな物音か聞こえました。


光「えっ何…!?」


 静まり返った部屋に響く奇怪な物音…


 暗闇の恐怖で固まっていた光でしたが何故か その音には恐ろしさを感じていませんでした。


光「何の音だろ…」

 

 彼は その音が気になり自分の部屋に行って辺りを懐中電灯で照らして見ました。


光「何かが落ちた様な音だったな…」


 部屋のあちこちを照らし隅々迄 確認すると 机の上に小さく反射する物が見えました。


光「あっ!」


 なんと 机の上で反射していたは あの日 颯から貰った【水晶の欠片】だったのです。

 

光「何でここに… 上の本棚から落ちたのかな…」


 不思議に思いながら水晶を手に取り 本棚に戻そうとした時 光の脳裏に ある言葉が聞こえて来たのです…


―――――――――――――――


 おい 光…


 今のお前は…


 本当に辛い事ばかりだな…


 だけど生きていれば…


 楽しい事もあるさ…


―――――――――――――――


光「颯の声…」


 それは あの時 病室で光を励ました颯の言葉でした。


 そして光は そのまま水晶を見て ずっと沈黙していました…


光「…」


 暫くして彼は その水晶を大事そうに ゆっくりと本棚に戻しました。

 

光「そうだよ… 俺は負けない… 颯 」


 すると 光に また少し気力が舞い戻りました。


 光は庭に出て一升瓶を探し出すと、それと懐中電灯を持ち何かが思い付いたのか勢いよく玄関を出て行きました。


光「外だ!」


 なんと光はゴミ集積場に向っていたのです。


 光の家は県営の集合住宅なのでゴミ集積所には公共の清掃用水道が設けられていたのです。

 

 光は その事に気付き家にあった一番大きな瓶をもって走ったのです。


 集積場に付くと光は急いで持っていた一升瓶を水道水で濯ぎ その瓶の口元まで水を一杯に入れました。


光「よし! これだけ あれば明日まで大丈夫だ。」


 光は その瓶を抱えて直ぐに家に戻ろうとしました すると その時 後ろから誰かが近付いて背中を軽く叩いたのです。


 【トントン】


光「うわぁ!!」


 暗がりで突然 背中を叩かれた光は驚いて大きな声を出してしまいました。


 そして 恐る恐る振返ると そこには なんと俊が立ってたのです。


俊「おい お前 こんな所で何やってんだ? 一升瓶なんか持って。」


光「あっ 兄ちゃん!」


 光はホッとした表情になり 俊に水道の状況を説明したのです。


俊「水もか! そうか… それは大変だったな… でも こんなゴミ置き場の水なんか飲むなよ…

 また腹を壊して入院するぞ… ほらコーラ買って来たから これを一緒に飲もう。」


 そう言うと 俊は光の持っていた一升瓶を取ってゴミ集積場の排水溝へ全て流しました。


 そして空っぽになった一升瓶をその場に置き軽く微笑んでコーラの入った袋を光に渡しました。


俊「お前 飯まだ食ってないんだろ… 早く戻るぞ。」


光『兄ちゃん…』


 光はこの時 たった一歳しか違わない兄がとても大きく感じたのです。


 湧き出る大きな余裕と決して うろたえない冷静な行動…


 これは きっと 俊が この一年間の部活動で養った武道で得た強靭な精神力だったのかも知れません。


 そして光は この時を境に 今まで嫌々やっていた柔道と真剣に向き合う事を決めたのです。


 自分の情けなさ…


 弱さ…


 自分自身がとても嫌になりました。


光『俺はなんて弱虫なんだ…』


 そう心の中で叫んでいました。


 それから二人は家に戻り光は二段ベッドの下で すっかり冷めてしまった弁当を懐中電灯の明かりを照らしながら食べました。


 俊はベットの二階に寝転がってラジカセで好きな音楽を聞いていました。


 暗闇の中に流れる流行のポップスは何処となく寂しさが増している様でした。


 そして ちょうど光が弁当を食出した頃 玄関先で鍵を回す音が聞こえて来たのです。


【ガチャ ガチャ… コトン…】


(玄関の鍵が開いた)


 和夫が休憩に帰って着たのです。


和夫「はあー… やれやれ… 今日も やっと一段落だな… 疲れた 疲れた…  ん!? 何だ!」


 和夫は電気を点け様としましたが この事態に直ぐ気が付いたのです。


和夫「クソ野郎! 停めやがったか電気屋め! 何で今日停めたんだ… くそう!」


 和夫は何か酷く不満の様子で独り言を言うと玄関先から子供達を呼びました。


和夫「おーい! 俊に光 ちゃんと部屋に居るよなー! 大丈夫かー!」



―――――――――――――


時刻は二十時を過ぎた所でした


―――――――――――――


俊「居るよー 水道も止まってるからねー。」


 俊は淡々と返事をすると あまり感情を出さずに話しました。


和夫「何!? 水道も! コリャ参った… お前達 食事はしたのか?」


 そう言うと和夫は玄関先から手探りで居間まで入って来ました。


 光の弁当を食べる姿がベッドに吊るされた懐中電灯の明かりで確認出来ると 和夫は安心した表情で話しました。


和夫「ほほう… 懐中電灯か… いやいや 世話を掛けるな… 今日一日 済まんが何とか頑張ってくれ… 」


 すると 光は箸を そっと止めて和夫の方を見ると思い詰めたように悔しげな顔で言ったのです。


光「ねえ父さん! 家は電気や水道が止まるほど貧乏なの! 俺はこんな生活をする位なら小遣いなんか要らないよ!

 その代わり電気代と水道代をキチンと払ってくれよ!」


 涙目になりながら何時に無く大声で訴えた光に和夫は言葉を失っていました。


和夫「あ…」


 しかし 和夫の様子を気の毒に感じたのか 俊は冷静に光を宥めました。


俊「おい光… 少し落ち着けよ… 親父だって頑張ってるんだ…」


光「俺は落ち着いてる… 訳を聞いているだけだよ!

 ねえ… 父さん… 俺はさ…

 好きな部活に入れなくてもいいよ…

 家の事も頑張って手伝うし…

 父さんの言う通りにするよ…

 お母さんが居なくても…

 弁当が毎日無くたっていい…

 自転車がボロで友達に笑われても…

 美味しい物が食べられなくてもいいよ…

 だけど…

 うっ…

 だけど…

 うっ…

 電気と… 水道は… 停めないでよ!

 電気と水道が停まったら…

 生きてる事が… 凄く惨めだよ…

 凄く辛いよ…

 今日もし…

 あの時のゴミ屋敷の様に…

 兄ちゃんが居なくて俺一人だったら…

 俺…

 うっ… うっ…

 俺…

 三人で一緒に暮らすようになって…

 今日まで一度だって誰も贅沢なんかしていないのに…

 皆で こんなに必死で生活をしてるのに…

 何故! ねえ何でだよ!!

 何処に そんな お金が掛かっているんだよ!!

 ねえ!父さん!! 教えてよ!!」


 光は涙を流し必死で自分の不満と疑問を和夫に投げかけたのです。


 薄明かりの中に光のすすり泣く声とラジカセから流れるポップスが響き 和夫は その疑問の重たさに ただずっと固まっているだけでした。


和夫「光… 済まない…」


 余程 何かの事情があったのでしょう…


 和夫は光の質問に誤る事しか出来ませんでした。


 そして この状況に息が詰まり 暫くして俊が和夫に声を掛けました。


俊「もういいよ親父… 仕事中だろ。 この事は 明日 俺達が学校から帰ってから 皆で話し合おうよ… なあ光… それでいいよな。」


 すると 和夫は口を一文字に閉じたまま 瞬きを数回して 二度ほど小さく頷いて何も言わず家を出て行きました。


 光も黙ってその様子を見ていました…


 そんな和夫の後姿は 何処か とても寂しげで哀愁が漂っていました…


 光は その後 自分が感情のままに和夫にぶつかってしまった事を少し後悔していたのです…

 

 決して父だけが悪い訳ではない…


 父だけの責任だと思った訳でも無い…


 ただ光は家計がこんな状況にまで追い込まれても自分達に何の相談もしてくれない父の考え方に不満を抱いていただけなのです。


 貧乏…


 それは様々な辛さと悲しみを持って来て止みません…


 今の自分達の生活は貧乏そのもの…


 けれど光は父を信じ今日まで我慢して来たのです。

 

 その父が…


【自分達に内緒で一人でお金を使っているのでは…】


 そんな心配が脳裏を過ぎるのです。

 

【何か良くない隠し事をしているのでは…】


 そんな被害妄想だけが光の心をどんどん膨らませてんで行きました。


 そして今 光は 父を疑い何を信じればいいのか悩んでしまったのです。


光「兄ちゃん… 俺…」


俊「早く弁当食えよ… 何も考えるな 今は親父を信じろ。」


 俊には光の想いが伝わっていたのです…


 多くを言わず そう切り返すと その後ラジカセを停めて一言だけ言って寝てしまいました。


俊「食ったら寝ろよ… オヤスミ…」


光「…」


 静まり返った部屋の中…


 すっかり冷めてしまった弁当を食べる光…


 その弁当は涙が交ざって ほんのりと しょっぱい味がしました…


 

 誰も知らない 貧乏の真実とは…



つづく

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