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十方暮  作者: kirin
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第二十三話 貧乏という名の線路

 俊と光が父親と暮らす様になってから一年半の月日が流れました。


 あの日のサプライズから三人の絆は一層深まり 今日までお互いに協力しながら貧乏生活でも明るく前向きに生活していました。


 和夫もタクシー会社に就職が決まり仮採用という容ではあった物の ようやく収入は安定を辿り始めました。

 

 俊は去年中学生になりそこから一年遅れて光も今年で中学生になりました。


 そして子供達は心も身体も少し成長し自分達の将来を気にする様になっていました。


 和夫はそんな成長した二人の息子に礼儀と精神を養わす為に部活動は柔道部に入部させようと考えました。


 俊は既に去年の入学と同時に入部をしており外交的で明るい性格の彼は武道を始める事に躊躇は全くしませんでした。


 しかし… 正反対の内向的で穏やかな性格の光は和夫の提案に躊躇して悩んでいました。


 彼は兄弟で同じ部に入る事が窮屈だと思っていたのです…


 また 自分の興味の無い世界に入り それを三年間も続けていかなければならない拘束感に全く納得が出来ませんでした。


 所が和夫は光の芯の弱い性壁を武の道を通じて開花させてやりたく思っていたのか 今回ばかりは全く光の考えに耳を傾けませんでした。


 そして親子の葛藤は平行線を辿ったまま入部申請日まで後 三日と迫っていたのです…


 そんな中 和夫は依然と納得をしない光に柔道部への入部を半ば強制的に合意させ様と考えていました。

 

和夫「おい光! お前は一体 何時まで悩み続ける気だ!

 これだけは言っておくぞ お前が如何 考えようが知らんが俺は柔道部意外の部では同意書に署名はしないからな。」


光「…」


 そうなのです…


 中学校で部活を始めるには入部申請書という書類があり この書類は親が同意した旨の署名する欄がありました。


 もちろん この署名が無い場合は どの部活動にも入部が出来ない訳で…


 和夫も光の希望する部活には署名の拒否をしていたのです…


和夫「別に お前がどうしても柔道部へ入部したく無いなら これ以上無理には進めんよ…

 その代わり 俊は部活をしていて帰りが遅いのだから家事は全てお前一人でやってもらう事になるからな。」


 親として尤もな厳しい意見を叩きつける和夫に光は悔しそうな顔で唇を噛み締めながら言いました。


光「わ 解ったよ… 部活に入らないと進学に響くし… だから もう柔道部でも何でも良いよ…」


和夫「そうか! やっと解ったか!! ははは。 じゃあ 直ぐにでも書類を持って来なさい。」


 この時 光は和夫が自分の考えを一切受入てくれない強引さに強く心を折られてしまいました…

 

 しかし 俊には父親の真意が別にある事をなんとなく悟っていました。


 和夫が書類を書いている間 俊は小声で光を部屋に呼ぶと和夫に聞こえない様に そっと話を出しました。


俊「ヒ・カ・ル… ちょっと来い…」


 俊に言われトボトボと部屋に来る光…


俊「なあ… 俺も兄弟で同じ部活はちょっと嫌なんだ… でも お前 知ってるか?

 文化部や他の運動部はユニホームや備品で色々と金銭的な負担が多いんだよ… 残念だけど家は経済的に無理だ。

 納得行かないのは解るけど… お前だって それ位の事は解ってるだろ… だから今回は諦めろよ…」


 俊は落込む光に 和夫の真意を代弁するつもりで そう言いました。


光「別に… もうドウでもいいよ… 全部 貧乏が悪いんだよ…」


 光は投げやりな感情を出しながら ガタンっと自分の椅子に座ると机に上半身を持たれ掛けるように倒れました。

 

 すると暫くして書類に署名を書き終えた和夫が部屋にやって来ました…


和夫「ほら光 これ渡しておくぞ。 じゃあ俊 そう言う事で少し世話を掛けるが後は お前が光をサポートをしてやってくれ 頼んだぞ!」


俊「はいはい…【やれやれ…】」


 しかし…


 この和夫の強引な決定がキッカケで 三人の親子関係は微妙に すれ違い始めたのです…


 晴れやかな中学校生活を夢見てた光…


 でも現実は親に敷かれた貧乏という名の線路の上を嫌々歩く荒んだ出発となってしまったのでした。

 

 そして この頃から 彼の中には徐々に貧乏に対する憎悪と苛立ちが芽生え始めていました。


 でも今は このやり場の無い苛立ちは何処にも発散させる対象が無いのです。


 そして そんなストレスと窮屈な日が続いた 七月の ある日の事でした…



――――――――――


部活を終えて

学校から光が帰宅した…


――――――――――


 時刻は午後六時過ぎ… 部屋にはまだ夕日が差し込んでいました。


【カチッ…】


(光が玄関照明のスイッチを入れた)


光「ん!? アレ??」


 何故か電気が点きません…


【カチッ カチッ…】


(光はスイッチを何度も入れた)


 やはり… 電気は点きません…


光「アレ~? 電球切れかな? はぁ 全く… 面倒臭いな…」


 光は そのまま夕日の差す自分の部屋に行くと肩掛け鞄と柔道着を机の上に置き 居間に戻ってテレビを点けました。


【パチッ…】


(テレビのスイッチを入れた)


光「えッ えッ!? 何で??」


 なんと テレビも点かないのです。


 光は慌ててテレビの裏側に回りコンセントを確認しました。


 が しかし… コンセントは何の問題もなく普通に差し込まれていたのです…


光「えー!! 壊れてるよ! 本当 腹立つなぁ!!」


 光はイライラして頭を掻きながら そう言うと薄暗かった居間の電気を点け様として電気傘の紐を引張りました。


【カチッ…】


(電気傘の紐を引く音)


光「へっ… マジ…?」


 何と… 驚いた事に居間の電気も点かないのです。


 光はブレーカーが落ちている物だと思い直ぐ様 玄関の上の配電盤を確認しに行きました。


 しかし玄関は薄暗く配電盤のメイン電源のスイッチが中々確認できません。


光「よく解らないな… あっそうだ! 懐中電灯を使おう!」


 光は押入れの道具箱から懐中電灯を手探りで探し電池が無くなりかけている錆びた懐中電灯を手にしました。


 手にした その懐中電灯を点けて見ると 明りは弱々しく ぼんやりと周囲を照らしました…


 そして光は もう一度 懐中電灯で配電盤を照らしてブレーカーを確認してみました。


光「えーっと… 確か お父さんは何時も このスイッチを上げていた様な気がするな…」


 ぼんやりと点く電灯の明かりで ようやくメイン電源のスイッチを確認した彼は一瞬 自分の目を疑いました。


光「えっ何で!? スイッチが… スイッチが入っている…」


 そうなのです…


 配電盤のスイッチは正常に作動していたのです。


 光は訳が解らず 徐々に暗くなる部屋で少し頭が混乱してしまいました。


光「何で!? 何で!? どうしよう… 何も見えなくなるよ! ヤバイよ! 困ったな!」


 光は窓から外を見たり玄関先に行って配電盤を見たりしては部屋中をウロウロと歩き回りながら この状況を頭の中で整理していました。


光「そうか! 解った!! 電気を停められたんだ… くそっ! 全く! 家は何処まで貧乏なんだよ!!」


 そうだったのです…


 家の電気は三ヶ月以上も料金を滞納した為に 酷くも電気は停められてしまっていたのでした…


 しかし 無情にも光の不安と苛立つ心を嘲笑うかの様に 辺りは徐々に暗闇に包まれて行きました…


光「クソ! こんなんじゃ宿題も出来ねえじゃねえかよ!」


 真っ暗になるに連れ 光の苛立ちと不安もは激しくなり彼は平常心を奪われて行きました。


光「まさか… 宿題を忘れた言い訳が【電気が停められてしまい出来ませんでした…】なんて… 口が裂けたって言えないよ!!」


【ガンッ! ガンッ!】


(光が自分の勉強机を蹴った)


 大人しい性格の光が自分の机を蹴ってイライラしていました…


 エスカレートする妄想と取越し苦労…


 真っ暗になった部屋の中で彼の苛立ちが頂点に達した時…


 あの時の事が脳裏を掠め出しました…


 小学校の頃の…


 あのゴミ屋敷の事を…


光「あうっ… 痛い… 頭が痛い…」


 光の脳裏に あの散乱したゴミ屋敷と腐敗臭の映像が映りだしました…


光「嫌だよ… もうこんな生活は嫌だよ… 怖いよ… 怖いよ…」


 恐怖に怯えた光は頭を抱え泣きながら自分のベットに転がると そのまま布団に包まって大人しくなってしまいました。

 

 これは あの時の生活で心に深く刻まれてしまったトラウマでした…


 光は冷静さを失い不安で気が狂ってしまったのです。


光「助けて…」


 それから暫く布団に包まって居ると 玄関が開く音がしました。


【ガチャ…】


(玄関扉が開いた)


俊「ただいまー… あれ?! おーい ヒカルー… 居ないのかよー。」


 何とタイミング良く俊が帰って来たのです。


光「はっ! 兄ちゃんだ!」


 光は俊の声で我に返り慌てて布団から飛び出すと机の上に置いてあった懐中電灯を手に取りサッと玄関へ明かりを照らし声を掛けました。


光「兄ちゃん! で、電気が停まってるんだよ!」


 光が震わせた声で そう言うと何故か俊は笑い出しました。


俊「えっ何言ってんだ? ははは! おい光 お前くだらない悪戯なんかやってネエで早く電気つけろよ そんな子供騙しに俺が引っ掛かるわけネエだろ。」


 俊は この状況を光の悪戯だと思っていました…


光「本当なんだよ… 信じてよ… テレビも点かないし時計も止まってるんだ! 家中の電気が点かないんだよ!」


俊「何…」


 俊は光の言葉を聞くと真剣な顔付になり自分の部屋まで手探りで行きました。


俊「時計 時計…」


 俊は まずコンセント式の時計を手にして光の照らす電灯の明かりで時間を確かめたのです。


―――――――――――――

時計の時刻は午前九時二十二分

で止まっていました…

―――――――――――――


俊「朝だな… おい お前! ブレーカーは ちゃんと見たか!」


 俊が少し強めの声で冷静に そう言うと光は弱々しく答えました。


光「さっき確認したんだけど… 多分ブレーカーは落ちて無かったから関係ないと思う…」


俊「そうか… 隣の家の明かりが点いてたから地域的な停電では無さそうだし…」


 険しい表情で話す俊に光は自分が帰ってからの経緯を落ち着いて全て話しました。


光「と言う訳なんだよ…」

 

俊「そうか… 解った… 仕方ないな 俺は夕飯を食ったら友達の家に行こうと思ってたから家の電気が止まってても別に大した事はないけど… お前は この後どうするんだ。」


 俊は何時も家に帰ると近所の同級生の家に遊びに行ってました。


 そして この日も夕食を済ませたら友人の家に行く予定でした。


光「俺は… 何処も行く所は無いから…」


俊「はぁ… まあ そうだろうな… んー じゃあまず ※ホカ弁を買いに行きながら自動販売機で乾電池を何本か買って来いよ 乾電池代は俺が出してやるから。」


※ホカ弁…ほっかほっか亭(現在のホットモット)の お弁当屋さんです

 また当時はナショナルの乾電池が自動販売機で売られていました。


 俊は そう言うと光に夕食代と電池を買える お金を手渡しました。


俊「ほら 親父から預かってる飯代と電池代だ…」


光「電池… 何で?」


俊「ラジカセと懐中電灯に入れて使うんだよ…

 懐中電灯はベットの上に紐で吊るせば自分の居場所だけは明るくなるし そこでラジオを聞けば俺が帰るまで一人で居ても寂しく無いだろ。」


 俊は光に気の利いたアイデアを提案すると光も少し安心した表情で納得しました。


光「そうか… それなら大丈夫そうだね。でも兄ちゃんは ご飯どうすんの…」


俊「俺は友達と外で適当に済ますよ。それに今日は親父が居ないから どの道 夕飯は買いに行く予定だったしな。」


光「あっ そうだ! この事 お父さんに知らせた方が良いのかな。」


俊「んー… そうだな… 何時も仕事中に一度は 顔を洗いに帰って来るから その時に状況は解るだろ。

 まあ余計な事は言わない方が良いかもな… それに最近の親父は何か少しイライラしてるからな…」


光「あ… 兄ちゃんも気付いてたのか… 実は俺もそう思ってたんだ。 またお金の事かな…

 うん解ったよ じゃあ お父さんには連絡はしないから。 俺 夕飯と電池を買いに行って来るね。」


俊「おお… ちょっと待てよ… 俺もお前と一緒に出るから。」


 そして二人は一緒に家を出ると大通りまで来た所で お互いは別々の方向に別れました。


俊「じゃあな 気を付けて行けよ。」


 別れ際に俊が光を気遣って声を掛けました。


光「うん 大丈夫! 近くだし じゃあね!」 


 そして光は弁当屋に行き自分の弁当を買うと反対方向に ある電気屋へと急ぎました。


 電気屋は閉店時間でシャッターが閉まっていました…


 仕方がないので光は店の前の自動販売機に小銭を入れ懐中電灯用の単一乾電池を二個とラジカセ用の単二乾電池を八個の計十個を買いました。


 通りがかりの人が自動販売機から多量の乾電池を取り出す光の様子を物珍しそうに見ていました。


 全ての乾電池を取り出した後 ふと自動販売機のボタンを見ると売切ランプが点灯している事に気付きました。


 そして光は それを見て思ったのです…


光「こんな時間に乾電池を十個も買った人って… きっと俺が初めてなんだろうな…」


 そして光は小学生の頃から使っているサビだらけのオンボロ自転車に跨り家路へと帰って行きました…


つづく



 

 

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