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十方暮  作者: kirin
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第二十二話 サプライズ‐後編‐

光光「もしもし…」


 光は受話器 越しに恐る恐る尋ねてました。


電話「あ~っ 光か~ 俺だよ~」


 電話口の向こうからは酔っぱらい男の声が聞こえました。


光「ええ…!?」


 光は気味が悪くなり直ぐに俊に変わりました。


光 「お兄ちゃん! 何か変な人なんだけど… ちょっとヤバイから出てよ… 」


 光は そう言って俊に受話器を押し渡すと俊の背中から受話器の話し声を聞こうと耳だけを近付けました。


俊「も もしもし… あのう… どちら様でしょうか? 」


電話「どちら様~って? はははは! バカだねぇ~俺だよ~ お父しゃんですだよ~。はははは 」


 なんと! 酔っぱらい男は和夫だったのです。


俊「え! お父さん!? どうしたの? 何処の居るの!?」


光「えっ!? お父さんだったの!?」


和夫「今ね… つかさに居るからね~。 お前達も来なさいね… はははは 」


 和夫は すっかり出来上がっている様子です。


 【司】とは家と駐車場の中間地点位に位置する小料理屋さんの名前で和夫が単身になった三年前から行き付けていたカウンター席だけの小さな店でした。


 店の女将さんは年配の優しい人で子供達が前に一度 和夫に連れられて来た時 夕飯代わりに品書には無い定食を出してくれた事がありました。

 

 この日… 和夫は会社で少しムシャクシャする事があったせいか家で子供達の食事を作るのが億劫になってしまい ついついフラフラと司に寄っていたのです。


俊「うん 解ったよ… じゃあ今から光と一緒に行くから待ってて… 」


 俊は和夫が酔っているので話にならないと思い 取合えず そう告げると暗い表情で電話を切りました。


光「お父さん… 何だって?」


 驚きと戸惑いで光が聞きました。


俊「今から司に来いってさ…」


 少しガッカリした表情で俊が答えました。


光「ええーっ!! じゃあ誕生会は!? こんなに準備したのに どうすんのさ!」


 意外な展開に光はとても不満な様子です。


俊「酔ってて まともに話が出来ないよ… 俺達も お腹が減ったから取合えず司に行こう。 誕生会の事は それから考えよう。」


 俊が冷静に そう言うと光はガックリと肩を落として落ち込んでしまいました。


光「せっかく楽しみにしてたのにな…」


俊「でもさ 光… 今日は お父さんの誕生日だろ 今日位は お父さんを自由に楽しませてあげようよ。」


 俊は光を納得させる為 和夫を気遣って そう言うとストーブを消して自分の部屋から上着を持って来ました。


俊「なあ 光… お前の気持ちも解るけど… 早く行こう。」


光「うん… そうだよね… 今日は お父さんの誕生日だもんね。」


 少し考えた後 光も俊の言う通りだと思い仕方なく出掛ける準備をしました。

 

 そして寒空の中 二人は俊の自転車に二人乗りをして司に向いました。



――――――――――――

 小料理【司】に到着…

――――――――――――



【ガラガラ…】


(俊が お店の引戸を開けた)


俊「 こんばんは… 」


女将さん「あら こんばんは! ほらナベさん 息子さん来たわよ!」


 和夫は一番手前のカウンター席で隣の客人と話に夢中になってました。


和夫「お~! 来たね~ 家のボンズ達。はははは 」


 益々 上機嫌な父を見て俊は苦笑いしか出来ませんでした。


俊「おい光… お前も早く入れよ…」


 俊が小声で外にいる光を呼ぶと大きな声で店の中から和夫が言いました。


和夫「アッレ~! ヒカルはヒカルは? どした~ 早く来い! ははは ホントに恥ずかしがり屋だからね~ ヒカルは~! はははは 」


 外にまで聞こえて来る和夫の大声で光は不安になりながら店の中に入りました。


光『うわぁ… お父さん 今日は随分酔ってるな… この間 来た時は全然 酔っ払ってなかったけど 本当に酔っぱらちゃうとこんなに変わっちゃうんだ。

 楽しそうだけど… ここまでなると ちょっと嫌だな… 』


 初めて和夫の本当に酔った姿を見た光は心の中でそう感じていました。


 それから二人は お女将さんに定食を作ってもらい夕食を済ませると酔っぱらい達の席で借りてきた猫の様に大人しくしていました。


 暫くして店は段々と客足が増え満席状態になり出したので 和夫が他の客に気を遣って子供達に先に帰ってる様に言いました。


和夫「ようし お前達~! お客さんが増えてきたから もう先に帰ってなさ~い。俺は もうちょっと飲んで帰るから~。 はははは 」


 和夫に そう言われ二人は余程 窮屈だったのか何も言わずに直ぐ店を出て行きました。


俊「あーっ 息が詰る思いだったよ! やっと帰れるな… 」


光「うん… この前 来た時も こんな感じだったよね… 嫌だよ お酒飲む所って…」


 二人はブツブツ言いながら家に戻りました。


 家に着くと俊は正月に買ったプラモデルを作り 光はベッドで寝転がりながら本を読んで和夫の帰りを待っていました。

 


 そして主役の居ない居間は静まり返り…


 何故か派手な飾り付けは寂しさを一層増している様に見えました…



――――――――――――

そして時刻は

 午後九時三十分を過ぎた…

――――――――――――



俊「光… 俺 お父さんが そろそろ帰ってくる様な気がするから ちょっと外を見て来るよ。」


光「そうだね この間も この位の時間だったから もう直ぐかもね。」


俊「じゃあ お前は準備しといてくれよ 頼んだぞ。」


光「うん!」


 光にそう言うと俊は通りまで出て和夫の帰りを待ちました。


 それから俊が十分程 通りを見張っていると予想通りに向こうの方から千鳥足で和夫が帰ってきました。


和夫「オラは死んじまっただ~♪ オラは死んじまっただ~♪ っと~」


 ベロベロに泥酔した和夫が鼻歌を歌いながらヨロヨロと此方に近付いて来ました。


俊「来た来た… かなり酔ってるけど大丈夫かな… あっ 早く光に知らせないと。」


 俊は慌てて家に戻り光に指示しました。


俊「おい光! 今 お父さん帰って来るぞ! 早く電気を消せ! クラッカーを手に持って置けよ!」


光「オッケー 解った! じゃあ消すからね!」


【パチッ…】


(光が電気のスイッチを押し家中は真っ暗になった)


 息を殺してクラッカーを片手に居間で待ち構える二人…


 そして和夫の鼻歌が直ぐ側まで聞こえて来ると もう二人は笑いたくて仕方なくなりました。


和夫「ふふんっふふん~っと~♪」


 和夫はフラフラしながら家の鍵を探しています…


 そして鍵を取り出すと おぼつか無い手で鍵を開けました。


【ガチャ…ガチャ…】


(和夫が家の鍵を開ける音がした)


 鼻歌と同時に玄関の扉が開きました。


【カチャ… ギー…】


(玄関が開いた)


和夫「ん…? あれれ~ 寝ちゃったのかな。 ボンズ達 寝ちゃったのかな~ ひひひひ 」


 尚も和夫はフラフラしながら電気も点けずに部屋の中に入ってきます。

 

 そして居間の前まで来た当に その瞬間 俊が光に合図をしました。


俊「今だ光! 電気を点けろ!!」


【パッ!】


(居間の電気が点いた)


 部屋が一瞬にして明るくなると二人は一斉に和夫に向けてクラッカーの紐を引きました。


【パ―――ン!! パ―――ン!!】


(クラッカーが勢いよく鳴った)


和夫「!!」


 突然の大きな音に驚いた和夫は今までの酔いが一気に覚めてしまったのか動きが止まってしまいました。


 両手は頭を庇う様に包み その腕の隙間から恐る恐る俊と光の方を見ています…


和夫「…」

 

 そして 二人は驚いて固まっている和夫を見て大きな声で揃って言いました。


俊 光「お父さん! 誕生日おめでとう!! イェ―イ!!」


 そして二人は盛大に拍手をしました。


【パチパチパチパチ】


 満面の笑顔で和夫の前に立つ二人…


 辺りを見回すと自分の為に派手に飾り付けられた部屋…


 そして正面の壁には大きな字で書かれた自分宛の心温まるメッセージ…


 和夫は この日が自分の誕生日であった事を ようやく思い出し 今 全てを把握したのです。


和夫「俺の… 誕生日…」

 

 小さな声でボソっと呟くと 暫く放心状態のまま佇んでいた和夫は突然 膝から崩れ落る様に 子供達の前に座り込んでしまったのです。


 なんと和夫は腕を目に当て号泣していました…


和夫「お… お前達… 俺の為に… うっ… うっ…」


 泣き出してしまった和夫に俊と光は戸惑いながらも優しく声を掛けました。


俊「泣いちゃダメだよ… お父さん! 笑ってよ… ははは 」


光「そ そうだよ! お父さん… ほら 何時もの場所に座って… 笑って… ははは 」


 そう言うと光は和夫を何時もの席まで引っ張って座らせてあげました。


和夫「俺は… 俺は… お前達の親である事を… 今日ほど幸せに思った事は無いよ… 済まなかった…」


 和夫の涙は止まりません…


俊「何でさ 何で済まないのさ… お父さんは何も悪くないんだよ! ほら笑ってよ… そんなに泣くと何か俺も… 泣きそうだよ… 」


光「ぼくもだよ… お父さん… ねえ笑ってよ… 」


 気が付けば三人は皆 泣いていました…


 でもこの涙は悲しい涙じゃありません 親子の絆が本物だと言う大切な涙でした。

 

 そして和夫は 子供達の言葉に意を決して話し出したのです。


和夫「いや… 俺は悪いんだ…

 今日 もし ここに お前達の母親が居たとしら…

 お前達は どんなに幸せだっただろうか…

 こんな事になってしまって本当に切ないと思う…

 もし四人で こんな素晴らしい誕生会が出来たなら…

 お前達も どんなに楽しかっただろうか…

 なのに俺は… 俺は… お前達の温かい心にも気付かず…

 ただ自分勝手に酒を飲んで酔い潰れて居るだけの…

 ダメな親父じゃないか…

 うっ… うっ…

 申し訳ない… 本当に申し訳ない… 」


俊「お父さん…」


 下を向いたまま寂しく泣き続ける和夫に俊は掛ける言葉が見付かりませんでした。


 すると光が涙を流しながら笑顔で言ったのです。


光「そうだ! ねえ お父さん! ケーキが ケーキが あるんだよ! お父さんも一緒に食べよう!」


和夫「えっ ケーキ…」


 和夫が俯いた顔を上げ子供達の方を見ると俊が思い出したかの様に自分の部屋へ行きプレゼントを持ってきました。


俊「ねえ お父さん これプレゼント! 開けて見てよ!」


 俊は自分の用意したプレゼントを和夫の座る座卓の前に起きました。


 それを見て光もプレゼントを持ってきました。


光「ぼ ぼくもあるんだよ!」


和夫「プレゼントまで買っていたのか…」


 和夫は自分の前に置かれた二個のプレゼントを手に取って口が開いたまま子供達の顔を見ていました。


 そして目を真っ赤にしながら二人に そっと尋ねたのです。


和夫「いいのか… 開けて…」


 子供達はニッコリ笑って頷きました。


俊 光「うん!」


 和夫は まず俊のプレゼントの包装紙をゆっくり剥がし中身を開けて見ました。


 中身を確認した和夫は若草色でシンプルなデザインのネクタイを見て嬉しさのあまり顔が微笑んでいました。


 そして、一緒に入っていたメッセージを読みました。 


―――――――――――――

【俊の手紙】


お誕生日おめでとう!


早く運転手に戻って


このネクタイを付けてね。


これからも身体に気を付けて


頑張って下さい。 俊

―――――――――――――


 俊の優しい言葉が和夫の胸に響き また涙が滲んで来ました。


和夫「ありがとうな 俊… 早く付けれる様になるからな! 大事に使わせてもらう。」


 和夫は泣きながら、俊の顔を見て お礼を言うと次に光のプレゼントを開けて見ました。


 光のプレゼントは何の飾り気も無い普通の紙袋の中に無造作に傘とハンカチが入っていました。


 そしてメッセージには こう書かれていたのです。


―――――――――――――


【光の手紙】


雨に濡れながら会社に行く


お父さん…


ぼく達のために一生懸命働く


お父さん…


もうこの傘で濡れないから


大丈夫!


もし濡れても このハンカチで


拭けば大丈夫!


元気で長生きして下さい。


お誕生日おめでとう! 光


―――――――――――――


 地味なプレゼントのその陰で 光の書いた手紙には普段の和夫に対する感謝の想いが沢山込められていました。


 和夫はその手紙とプレゼントを見て 微笑みながら光に言いました。


和夫「ありがとう 光… 本当に お前らしい素晴らしいプレゼントだ! 大事に使うからな。」


 そして和夫は二人を自分の側に座らせて感無量の笑顔で子供達の頭を撫でました。


俊「じゃあ ケーキを食べようよ。」


 そう言うと俊は買ってきたケーキとジュースを出して座卓の上に置きました。


和夫「本当に ありがとう… でもケーキは お前達で食べなさい 俺は気持ちだけで十分だ。

 その代わり… もう一度 飲み直したい気分だよ… 良いかな? ははは 」


俊「もちろんだよ! だって今日は お父さんの誕生日だもん!

 でもね… 実は そう言うと思って お酒も 買っといたんだ。へっへっへ~」


和夫「何 本当か! 全く… お前って奴は… コリャ参った。ははは 」


光「じゃあ お先に いただきま~す!」


俊「あっ こら光!」


和夫「こらこら、はははは」


 その後 俊と光はケーキを食べながら和夫と沢山の思い出話をしました…

 

 親子四人で出掛けた日の事…


 遊園地に遊びに行ったときの事…


 田舎へ行ったときの事…


 楽しかった想いで話は夜遅くまで続きました。


 そして和夫は大好きなお酒を飲みながら思うのでした…


 こんな幸せな日が何時までも ずっと続いて欲しいと…


 サプライズ…


 俊の考えた内緒の大イベントは見事に大成功で幕を下ろし…


 三人の幸せな笑い声は何時までも心温かく冬の夜に響き渡って行きました… 



つづく

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