第二十話 冷たい関係
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東京駅から戻ってきました
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三郎達が家に入ると信が慌しく夕食の準備を進めていました。
三郎「お袋 ただいま。 悪いな 英さんを駅まで送って来たから少し遅れちまったよ。」
三郎が そう言いながら台所に入って行くと その後を追いかける様に俊と光が付いて行きました。
俊 光「あ婆ちゃん ただいまー。」
信「おお お帰り。そうかい 英男は帰ったのか… まあ正月なんだからもう一日位 泊まって行ければ良かったのにな。」
三郎「何でも… 仕事の都合で今日中に長野に帰らにゃならんみたいでな。」
信「そうかい忙しい奴だね… でも居ない方が色々世話焼かずに済んで良かったか。
なんせアイツは耳が悪いからね… 年寄りには堪えるさな。けけけ」
信はそう言いながら 大皿一杯になるほどの唐揚を作っていました。
【ジュー… カラカラ…】
(てんぷら鍋の中を唐揚げが美味しそうに泳いでいる)
信「もう少しでご飯になるから その前に風呂でも入ってきたらどうだい 沸いている頃だと思うよ。」
信が てんぷら鍋の唐揚げを転がしながら三郎にそう言いました。
三郎「おう そうだな。 よし お前ぇ達! 風呂に入るぞ!!」
俊 光「はーい!」
三郎が俊と光に豪快に言うと二人は嬉しそうな表情で返事をしました。
その後 子供達と三郎は三人でお風呂に入ると 皆で夕食を済ませて お正月番組をゆっくりと見ながら平凡な時間を過ごしました。
そして俊と光は朝が早かった為 この日は早めに床に就きました。
こうして楽しかった四日目の お正月も無事に終わったのです。
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そして 次の日…
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窓から朝日が差し込み 部屋が徐々に明るくなり始めました。
【チュン…チュン…ピピピ…】
(鳥達が囀っている声が聞こえる)
光「ん… はー… もう朝か…」
光は布団に入ったまま伸びをして目を擦りました。
光「ん!? あれ? 誰も居ない…」
ふと隣に寝ていた俊の布団を見て光は その部屋で自分しか寝ていない事に気付きました。
光「お兄ちゃんが自分で起きるなんて珍しい…」
光は そう思いながら祖母の居る隣の部屋に行き そっと覗いて見ました。
【ガラガラ…】
(光は祖母の部屋の引き戸を開けた)
光「おはよう お婆ちゃ… あれ? 居ない。」
部屋には誰も居ませんでした…
そして光は祖母の部屋の時計を見てみました。
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時刻は七時三十分を
過ぎた所でした
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光「皆 下に居るのかな…」
光は仕方なく階段を下りて行きました。
一階に降り 居間に入ってみると台所で祖母が忙しく朝ごはんの支度をしていました。
光「お婆ちゃん おはよう… お兄ちゃんと三ちゃんは?」
信「おお やっと起きたかい 寝坊助。二人なら外に居るよ ほれ顔を洗って来な!」
そう言うと 信は光にタオルを渡しました。
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その頃 外に居た俊と三郎は
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三郎「よーし 鳩と兎の餌もやった事だし じゃあ 俊。 最後にクロベー(犬)を小屋に入れてくれ。」
俊「うん!」
三郎は動物が大好きで 犬、兎、鳩 を家の庭に小屋を自分で作って飼っていました。
その他にも 放し飼いで猫を買っていました。
心の優しい彼は朝早く起きて動物達の世話をするのが一つの生き甲斐でもあったのです。
俊も動物が大好きで特に犬の散歩には大分興味があった為 普段は朝寝坊するのですが祖母の家に来た時だけは 必ず自分から早起きをして三郎を手伝っていました。
俊「クロベー入れて来たよ 三ちゃん。」
三郎「おう ご苦労 ご苦労。 じゃあ 朝飯だ 動物を触ったから家に入ったら手をちゃんと洗うんだぞ。」
俊「うん。」
元気に返事をした俊が洗面所に行くと そこには顔を洗っている光が居ました。
俊「よう光! 今日は遅いなあ 寝坊助か。ははは」
光「全然 遅く無いよ! いつもと同じだよ。 寝坊助は 何時も自分のくせに!」
俊「ははは まあ怒るなって。たま には言って見たかっただけだよ。」
光「べ 別に怒ってないよ… 所で お兄ちゃん達 外で何してたの。」
俊「ああ… クロベエの散歩だよ。」
光「いいなあ… ぼくも行きたかったな…」
俊「残念ながら光君… 本日の散歩は夕方までありませんよ。ご愁傷様です… あははは」
光「何だよ! 自分ばっかり ずるいよ!」
三郎「おっ! 起きたな 光。 何だ 何だ… 大声出して… また喧嘩してたのか。」
光「喧嘩じゃないんだ… ねえ 三ちゃん… ぼくもクロベエと遊んでいい?」
三郎「そうか 光も一緒に行きたかったのか… もう小屋に入れてしまったからなあ…」
俊「ダメだぞ光! 今日はご飯を食べたらプラモデルを買いに行くって約束だろ。」
俊が そう言うと三郎は光が少し可哀相に感じたの一つ提案しました。
三郎「なあ光… 散歩は また夕方にも行くんだよ。 その時じゃ嫌なのか。」
すると光は俯き加減で言いました。
光「うん… でも今日は お父さんが夕方に迎えに来ちゃうから…」
三郎「なあに 心配するなって! お父さんが早く来たら少し待って もらえば良いだろ。」
所がこの三郎の言葉に光が動揺にました。
光「えっ!? 待ってるって家の中で!?」
三郎「ああ… だって家以外に何処で待たせるってんだよ。」
三郎は光の質問に不思議そうに言いました。
すると今度は話を聞いていた俊までが慌てた様子で三郎に言い出しました。
俊「あっ… そうだよ… 今日は お父さんが迎えに来るんだったよね… ははは…
じゃあ 夕方の散歩は諦めろよ ヒ・カ・ル!」
何かに動揺しながら話し出した俊を見て 三郎は また不思議そうに言いました。
三郎「ん? 何だ お前達。 何か様子が変だな…」
三郎は二人の顔をキョロキョロと見ながら首を傾げて言いました。
光「ううん 本当に何でもないよ… ははは 気にしないで… 散歩は また今度で良いから。ははは」
実は 二人が慌てた訳は和夫と祖母の因果関係を気にしていたからなのでした…
八年前に光達の祖父が他界してから信は和夫に対しての態度が急変してしまったのです。
その急変した大きな理由は金銭トラブルによるものでした…
今でも その事にお互いが怨恨し表面では普通に接しているのですが 内面では腸が煮えくり返る程の冷たい関係になっていたのです。
俊と光も その事は宮子から常に聞かされてました。
だから和夫にも信にも気を使って真意を聞く事は出来ません…
ただ子供なりに お互いが距離を置いた付合いをしている事だけは なんとなく雰囲気で悟っていたのです。
三郎「まあ… なんだか知らねえけど… じゃあ また今度で良いんだな。」
光「うっ うん… また何時でも遊べるし… ははは」」
光は三郎の疑いを何とか誤魔化すと冷や汗を掻いて胸を撫で下ろしました。
そうです 例え口が裂けても公平に物事を判断する三郎には言えない事なのです。
その後 三郎が二階の自分の部屋に上がって行くと俊が光にコソコソと話し出しました。
俊「おい 光!」
俊に怒り口調で呼ばれた光は目を閉じて気不味そうな顔になりました。
光「うわっ…」
俊「お前いい加減にしろよ! 三ちゃんは何も知らないんだぞ お父さんと婆ちゃんが喧嘩して俺達もう来れなくなったらお前のせいだからな!
お母さんは もう居ないんだ!! ちゃんと考えて話をしろよ!!」
俊が少し強めに そう言うと 光は とても申し訳なさそうに謝りました。
光「ごめん… これからは気を付けるよ…」
すると!
何と 光の後ろから突然 信が話しかけてきたのです。
信「何を気を付けるってんだい…」
光「うわ―――っ!!」
驚いて大声を出す光を見て 慌てて俊が誤魔化しました。
俊「かっ 顔の洗い方をね… 少し気を付けた方が良いって… 言ってたんだよ… ははは」
俊がそう言うと信は二人の顔をチラチラ見ながら言いました。
信「また悪戯の作戦会議でもしてたんじゃないだろうね…
ほら! お前達ご飯だよ さっさと席に付きな ご飯食べる時は戦争なんだからね!
早くしないと 朝ご飯抜きだよ!!」
俊 光「はい!!」
すると 二人は一目散に居間へ行きました。
それから 俊と光は直ぐに朝食を済ませ 俊の願望でプラモデルを買いに近所の おもちゃ屋さんに連れて行ってもらう事になりました。
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おもちゃ屋に到着…
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三郎「よし着いたぞ。 俺は車で待ってるから 好きなもん買って来い。がははは」
三郎は そう言いながら車の中で二人の買い物を待っていました。
二人が店の中に入ると 俊は車が大好きなので車のプラモデルコーナーに行きました。
光は流行っていた少し値段の高い※ゲームウオッチを買おうか悩んでいました。
※昭和50年代後半頃に小中学生の間で爆発的な流行だった任天堂の携帯型ゲーム機の名称です
その様子を見ていた俊は何か自分に考えがあったのか 突然光を呼んで言いました。
俊「おい光! お前 あまり高い物買うなよ。 お年玉は絶対に残して置けよ解ったか!」
光「え!? うーん… でもなぁ… ゲームウオッチ 友達が皆 持ってるから…」
俊「まあ… 何でもいいけどよ… 最低でも絶対に五千円以上は残して置いてくれよ!」
光「うん… じゃあ お金が足りないから諦めるよ…」
光の方が年下であった為 お年玉は俊の方が少し多めに貰っていました。
そんな俊は和夫の話から家の家計が厳しい事を悟っていたので自分の お年玉が少し生活の足しに出来ればと考えていたのです。
そして 光にも これからの生活で お金を残して置く事が重要だと伝えたかったのです。
俊「じゃあ… お前もプラモデルにしろよ。そんで俺と一緒に作ろう 教えてやるから。」
光「うん… そうする…」
そんな光も俊が何を言いたいのかは解っていました。
今は例え自分達が貰ったお年玉であっても贅沢は していられないのだと気付いていました。
そして二人はプラモデルを お互いに一つずつ買って店を出ました。
光「お兄ちゃん… やっぱり お父さんに少し お年玉を預けるつもりなの。」
俊「いや… 別に預けはしないよ… それに お父さんは母さんと違って俺達のお年玉なんか当てにしてないよ…
ただ ちょっと考えてる事があるんだ…」
光の質問に俊は少し小さめの声でそう言いました。
光「考えてること?」
俊「ああ… でも今その話は止めよう… 三ちゃんが居るから家に帰って ちゃんと話すよ。」
光「うん… 解った…」
そして光は俊に同感し それ以上の話は するのをは止めました。
その後 二人は三郎と一緒に佐藤家の食料や正月の買い物をしながら帰りました。
そして 日は暮れ始め… 帰りの支度を整えながら和夫の迎えを待ちました。
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午後五時を過ぎた頃…
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【ピーンポーン…♪】
(玄関チャイムの音が鳴った)
光「あっ! お父さんが来た!」
俊「俺が出て来るから お前は帰る準備しとけよ。」
光「うん 解った。」
そう言うと俊は足早に玄関に行きました。
【ドタドタ… ガチャ…】
(廊下を急ぎ玄関扉をゆっくり開けた)
俊は扉を開けると玄関から少し離れた所の暗がりで寂しく立つ人物に そっと声を掛けました。
俊「お父さん… だ・よ・ね…?」
暗がりの中 確認しにくかったので 俊は半信半疑で声を掛けて見ました…
すると…
和夫「俊か… お前で良かった… さあ帰ろうか 皆さんに挨拶してきなさい。 俺は車で待っているからね。」
そう言うと和夫は少しほっとした表情で玄関前に来ました。
和夫は信との接触を警戒している様子で少しソワソワしているのが俊には解りました。
俊「ああ… お父さん ちょっと待ってて もう挨拶はしたから 光を呼んで来るよ。」
和夫「そうか じゃあ 急いでな… それから三郎君に宜しく言っておいてくれ。」
俊「うん 解った…」
そして和夫は通りに停めていた車に いそいそと戻って行きました。
俊「おーい ヒカルー!! 帰るぞー!! 荷物 持ってコーイ!」
光「はーい!」
玄関先で光を呼ぶと三郎が光の後から一緒に付いて来ました。
三郎「じゃあな! また休みになったら 何時でも遊びに来いよ!」
少し寂しそうに言う三郎に二人は笑顔で答えました。
俊 光「うん!!」
二人で元気に返事をした後 俊が三郎に言いました。
俊「あっ 三ちゃん… 見送りはここで良いよ。 俺達また寂しくなっちゃうからさ…」
三郎「おお そうか… そうだな! 湿っぽいのは俺も嫌だからな。がははは」
俊「じゃ… 行くね。」
光「三ちゃん また来るね…」
三郎「おう! 待ってるぞ!」
そして二人は玄関先で三郎と別れ和夫の車に乗り佐藤家を後にしました。
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そして二人は車に乗りました
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一日振りに和夫に会った二人は英男の事や遊園地での出来事を楽し そうに話し出しました。
俊「本当に英男おじさんって面白い人だったよ。 なあ 光!」
光 「うん! それに凄く優しい人なんだよ お父さん!」
和夫「そうか それは楽しくて良かったな。でも驚いた… 英さんが来ていたなんてな…
俺が彼に最後に会ったのは確か八年前に宮子の親父さんが無くなった時だったからな…」
俊「えっ!? お父さんも全然会ってなかったんだ。」
和夫「ああ… あまり向うの人間(佐藤の親戚)とは関わりたくないからな…」
和夫の言葉で余計な事を聞いてしまったと思った俊は話を直ぐに変えました。
俊「まあ そうだよね… だって お父さんには関係ない人達だものね… ははは
あっ そうだ! ねね お父さん! 今 何か欲しい物とか必要な物ってある?」
和夫「ん… 何だよ急に…」
俊「えっ いや… ただ ちょっと聞いて見たかった だけだよ… あったら便利だなーって思ってる物とかさ…」
和夫「便利な物ね… いや… 今の所は別に欲しい物なんか無いさ。
お前達が こうして明るく健康で居てくれる事… 俺には それが一番 必要だよ。」
俊「そ そうなんだ…」
すると少し俊の表情が曇りました。
そんな会話を横で聞いていた光には俊が和夫にした質問の意味がよく解りませんでした。
ただ 和夫の言葉に嬉しく思い ほんの少し感動していました。
光『お父さん…』
心の中で小さな感謝の気持ちを思うと 何故か光の脳裏に和夫の笑顔が浮かび出して来たのです。
光『お父さんが笑ってる…』
そして光は会話の途絶えてしまった車内の空気を変える為に少し大き目の声で言ったのです。
光「ぼ ぼくも! お父さんと お兄ちゃんが元気で健康で居てくれれば良いと思うよ!」
俊「あん? …ったく 何を急に調子の良い事と言ってんだよ お前は…」
俊は光の言葉に少し照れ臭そうにしていましたが そんな光の言葉が空気を変えてくれた事に感謝をしていました。
和夫「そうか 光。 ありがとうな…」
そんな親子水入らずで話す車内での姿は道行く人が見れば とても楽しそうに見えました。
でも もし少しでも親子が四人で揃って居たとしたら…
子供達にとってどんなに幸せな正月だったか… 和夫は そう感じざるを得ませんでした…
例え厳しくとも 今は前を見て歩かなければならない…
未だに落ち着かない再就職の当て…
そして母親の居ない厳しい現実…
子供達の成長は少しづつ 少しづつ…
今の和夫にプレッシャーを与えていました。
しかし…
この子達の笑顔は果てしなく未来に希望を抱いている…
その笑顔があるから和夫は前に進む事が出来るでした。
そして和夫は自分自身に
【頑張れ!】とエールを贈り続けるのでした…
つづく