第十九話 優しい心
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一行は遊園地に着きました
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入園ゲートから中に入ると子供達は今までのストレスを発散する様に大はしゃぎです。
光は大人しい性格の割りにはジェットコースターや絶叫系の乗り物が大好きな様で嬉しそうに何度も乗っていました。
車好きな俊は ここでもゴーカートが一番気に入った様で何回も楽しそうに乗っていました。
そんな二人に引張り回さられながら三郎と英男も子供達と一日中 童心に返って遊びました。
そして楽しい時間は あっと言う間に過ぎてしまうもの…
日も段々と沈んで来る頃 そろそろ一行は 帰る事になりました。
遊園地の入園ゲートを出ると駐車場に停めてある車の前で三郎が英男に聞きました。
三郎「おう英さん 今日は泊らねえで帰るんだろ。 このまま駅まで送ってやろうか。」
英男「ん…」
所が英男は三郎の声がよく聞こえて無かったのか ただ俊と光の顔を見て笑っていました。
光「なんだ… 英男 叔父さん今日帰るんだ… 次は何時会えるの。」
寂しそうな顔で聞く光に三郎が言いました。
三郎「英さんは仕事の都合で年末から東京に出張に来てたんだ。その ついでに昨日の夕方 家に顔を出してくれたんだよ。
正月で今日までが休みだから また仕事が一段落したら直ぐに戻らなければいけねえからな…」
光「戻るって 何処に?」
三郎「おお 長野だよ… 英さんも婆ちゃんの実家と同じ信州さ お前達も知ってんだろ。」
俊と光は最近まで毎年夏休みになると三郎や麻子と一緒に祖母の実家へ遊びで泊まりに連れて行ってもらっていました。
光「うそ!? 英男 叔父さん長野の人なの?」
俊「ありゃ… 長野か… それじゃ直ぐには会えないか…」
光「信州か…」
光は言葉を失いました…
この短い時間で光は優しい英男の事が好きになってしまったのです…
光『皆… 優しい人は遠い所へ行ってしまうんだね…』
光は心の中で呟きました…
そして ふと遠くへ行ってしまった颯の事を思い出しました。
光『…』
英男は悲しそうに下を向く光を見て自分も切なくなってしまいました。
そして光の頭を軽く触ると少し鼻声で言ったのです。
英男「ヒカウ… また… あえるからゲンキだして。」
優しい言葉を掛けてくれた英男に光は泣きたい気持ちを堪えて返事をしました。
光「んっ… おじさんも元気でね… また一緒に遊んでね…」
すると英男はニコっと笑って頷きました。
そんな英男の目には薄らと嬉し涙が滲んでいました。
そして二人を見ていた三郎が突然 大きな声で言いました。
三郎「湿っぽくってイケねえな… そりゃ寂しくなるけど会えなくなる訳じゃないんだ。
元気に笑顔で送ってやろう! な光!」
そう言うと三郎は皆に車に乗る様に言いました。
三郎「日が暮れそうだ早く行くぞ。乗れ乗れ!」
光「うん行こう!」
そんな三郎の掛け声に光は英男を気遣って元気に車に乗り言いました。
三郎の掛け声で湿っぽい空気が一変すると皆に少し笑顔が戻りました。
すると俊がソワソワした様子で英男に尋ねたのです。
俊「ねえ英男 叔父さん。 帰るって… 今から長野に帰るの?」
英男「…」
英男は俊の問い掛けが聞こえなかったのか無反応で黙ったままです。
三郎「それもそうだよな… おい英さん! 聞こえてるのか! 何処に帰るんだ?」
三郎は英男の肩を叩きながら少し大きめの声で言いました。
英男「!? なに!?」
驚いた様子の英男… やはり聞えていなかった様です。
三郎「ダメだコリャ… おい俊 お前この紙に書いて聞いて見てくれ。」
三郎に言われ俊は手渡された紙に今 自分が尋ねた内容を書いて英男に見せました。
すると 英男は その紙に書かれた文章をじっと見つめて答えました。
英男「トウキョ駅ヘ… おくて トウキョ!」
三郎「えっ何 東京駅か!? 今日 長野に帰るつもりかよ!」
英男は三郎の驚いた様子に少し申し訳なさそうに頷くと両手を合わせ『ごめんなさい』という態度を見せました。
英男「おこらなで… もスコシ早く言えばヨカタ… ゴメね…」
三郎「いやいや… 俺は別に構わねぇけどよ こんな時間から帰ったんじゃ英さんが大変だろうよ。」
遊園地から東京駅までは高速道路を使っても一時間はかかる距離でした。
しかし三郎は仕方なく英男の言う通りに東京駅に向う事にしました。
俊「叔父さん… 俺らに付き合ってくれたから遅くなっちゃったんだね… ごめん。」
そんな二人の言葉が聞えていたのか いないのか… 英男はハンドルを握る真似をしながら笑顔で言いました。
英男「よしドライブ! ドライブ! はは」
光はこの時 とても楽しそうに笑う英男を見ながら ある事に気付いたのです。
光『あれっ 英男叔父さん… そう言えば補聴器をしていない。』
そうです、英男は遊園地を出てからずっと補聴器を外していたのです。
そして その事に何故か誰も気付かなかったのです。
恐らく していない方が自然なので誰も気付かなかったのでしょう。
光「でも… さっきの ぼくの話 たぶん聞こえて無かったのに何で答たんだろ。」
そして光は何故 英男が補聴器をしていないのかを考えてみました。
すると光の脳裏に遊園地で歩く英男の姿が浮かびました…
光『あっ! そういえば さっきイヤホンを着けたり外したりしていたな。』
すると俊が光に話し掛けて来ました。
俊「おい光 どうした? さっきから 浮かない顔をしてるけど… 具合でも悪いのか。」
光は小さめの声で俊に言いました。
光「あのさ お兄ちゃん… 三ちゃんと英男おじさん気付かれ無いように聞いてね。
英男叔父さん補聴器して無いと思うんだけど… 気付いてた?」
俊「うそ!?」
光に そう言われ俊は慌てて英男の方を見てみました。
俊「あっ…! 本当だ だから さっきから聞こえてなかったんだ!
そう言えば遊園地を出てからイヤホンを外してた様な気がするな… 言われるまで気付かなかったよ。」
光「でも さっきは ぼくの話が通じたんだよ… 不思議なんだ それ以外は聞こえてないのに…」
そのまま英男の顔を見ていると 英男は光が自分を気にしている事に気付きました。
英男「ん? どした ヒカウ。」
光「へ!? えっと… あの… っと…」
英男に声を掛けられた光は、何を言っていいのか解らず動揺していました。
すると俊が英男の肩を叩きながら言いました。
俊「ねえ おじさん! 補聴器しないと何も聞こえないんでしょ!」
そう言いながら、英男の耳を指差しました。
すると英男は俊が何を言っているのか解ったようでポケットからイヤホンを取出し それを見せながら言いました。
英男「さき…コワれた。 イアホン…コード… ゆえんちで 切れた… はは ダメ…」
それを横で聞いていた三郎は困った顔で言いました。
三郎「何!? それで話が通じてなかったのか。 まずいな… これじゃ帰る迄が大変じゃねえか?
んー… とは言っても聞こえネエか。 おい俊 英さんに紙に書いて今からイヤホン買いに行くか聞いてくれ。」
俊「うん、解った。」
俊が三郎の用件を紙に書いて英男に見せると彼は余裕な顔で答えました。
英男「ううん たいじょぶ… 今みたく紙とエンピチあば… もんだない。 はは たいじょぶ!」
三郎「本当にいいのか… 心配だな。」
それを聞いて光は俊から紙と鉛筆を急いで取りました。
光「お兄ちゃん ごめん! ちょっと紙 貸して!」
俊「おお… 何だよ 慌てて…」
――― 光の書いた内容 ―――
おじさんは さっき何で ぼくの言った事に返事したの? 聞こえたの?
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光は自分の書いた紙を英男に見せました…
すると英男は その手紙を見て自分も光に文章を書いて見せたのです。
――― 英男の書いた内容 ―――
顔を見て解ったんだ 心と目で解るんだ… 優しい心の人からは気持ちが直ぐに伝わるんだよ。
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英男はその紙を光に渡してニコっと笑いました。
英男「はい ヒカウ」
光はその手紙を受取り読むと なんと下を向いたままシクシクと泣き出したのです。
光「うっ…」
英男「え!? どしたの ヒカウ!?」
英男は突然に泣き出した光に驚き気遣って声を掛けました。
光「あのね… ぼくは優しくなんか無いんだよ…
だって… ぼくは 叔父さんの事を馬鹿にしたんだよ!
話をしてる時にラジオなんか聞いてバカみたいだって…
変なしゃべり方してるって面白がってたし… なのに… うっ…うっ…ごめんなさい…」
光は英男の手紙に書かれた文を見て 障害者の心の寛大さと懐の深さに気付いたのです…
そして その純真な心は光の心の奥へと響きました…
しかし英男は話が聞こえて無いので急に下を向て泣き出した光に困惑していました。
英男「ヒカウ… なかない… だいじょぶ… ドライブ ドライブ! たのしよ ははは」
英男は 光が自分との さよならが辛いのだと勘違いして ただ必死に光を慰めていました。
そして そんな光の言葉を聞いていた俊も自分も同じだったと思いながら黙って見ていました。
三郎もバックミラー越しに見て その会話を聞いていましたが そのまま黙って車を走らせました。
それから、車の中は再び寂しい空気が漂ったまま数分で東京駅に到着してしまいました。
見た事のある景色に英男が気が付き少し大きめの声で泣き続ける光を励ますのです。
英男「ついた――! トウキョ! やったー! ついたよヒカウ! わらて わらてよ!」
英男は車の扉を開けても まだ下を向き泣く光に最後まで笑顔を絶やす事無く慰め続けました。
その後 どうしても笑ってくれない光の頭を軽く二度ほど撫でると寂しそうな顔をしながら英男はゆっくり車から降りて言いました。
英男「ゴメ… ヒカウ… みなも! ありがと! ババイね!」
そして英男は振り返る事無く改札口に歩いて行きました。
一歩 一歩と小さくなる姿に俊と三郎が車の窓を開けて声を掛けました。
俊「おじさーん! 元気でねー!」
三郎「英さーん! また来いなー!」
二人はそう言うと英男が聞こえていないと思い車の中から大きく手を振りました。
そして光も… 込上げてくる涙を手でふき取ると だいぶ離れてしまった英男に手を振り始めたのです。
光『…!…!…!』
光は何も声には出さずただひたすら英男に手を振り続けました。
光『…!…!…!』
心の中で…
何度も何度も…
『ありがとう!』と繰り返して言いました。
拭っても 拭っても 溢れ出す涙…
光『…!…!…!』
すると どうでしょう
光の想いが通じたのか英男は 立ち止まって こちらに振り向いたのです。
そして 最後に とても大きな声で言ったのです。
英男「ヒカウ――! シュ――! サンちゃ――! バイバ――い!」
英男「ヒカウ――! ほんとに アリガト――!」
その英男の最後の言葉に自分の思いが英男に届いたのだと感じた光は満面の笑みで言いました。
光「おじさーん! また遊んでねー!!」
そして彼は改札の人混みに消えて見えなくなりました…
その場所から、暫く英男の消えた方向を車の中から見ている三人…
光の脳裏には英男の目に涙が浮かんでる姿が映りました…
光『ごめんね… おじさん…』
わずか一日の小さな思い出…
光は英男を通じて障害を背負う人の心の温かさを学んだのです…
聴覚障害…
『聞こえる』と言う恵みは…
私達 健常者にとって当り前の様に与えられた日常…
こうして耳を塞いで… ゆっくりと目を閉じる…
もし この状態が永遠に続いたとしたら… 誰もが途轍もない恐怖を心に抱く事でしょう。
そんな寂しく孤独な心をもっているから 英男には光の純な想いが伝わったのです。
そして光は英男という叔父から学びました。
光『寂しい人なのに… 強く負けていない…
ぼくも 頑張る! どんなに辛くたって! 頑張る!
頑張って生きる。そして いつか叔父さんの様な本当に暖かい心の人になるよ。
ありがとう… 英男叔父さん… 勇気をありがとう。』
人混みに消え行った英男を見ながら光は心の中で そう言いました。
三郎「行っちゃったな… よし! そろそろ俺達も帰るぞ。 なあ俊! 光! がははは」
そして三郎が痛快に笑い出すと 何故か寂しい空気が吹き飛んで行きました。
そうです… 忘れては いけません。
ここにも彼らに決して明かりを絶やさない心の暖かい人間がいた事を…
車の窓から初めて見る東京駅…
光にとって綺麗なネオンは少し滲んだ銀世界に見えました…
突然に現れた優しい叔父… 英男…
彼は お正月に素晴らしいお年玉を子供達に残して行きました…
希望と言う大きなお年玉を…
つづく