第十八話 もう一人の叔父さん
笑い続ける三郎に俊が切り出しました。
俊「三ちゃん 俺達 お婆ちゃんの部屋で お線香を あげて来るよ。」
三郎「おっ… おう そうだな。 仏様も お前達が来たから喜ぶぞ 婆ちゃんに よく聞いてな。」
俊「うん。」
すると二人は謎の叔父さんを気にしながら二階の祖母の部屋に上がって行きました。
【ドタドタ… ガラガラ…】
(階段を上がり部屋の引戸を開けた)
俊「婆ちゃーん! おはよ… じゃなくて… おめでとーう!」
俊は何時もの調子で祖母の部屋に入と元気良く大声で そう言いました。
祖母「おー 来たな この くそ坊主ども!」
宮子の母である祖母は厳しい人でしたが孫達には とても優しく俊も光も三郎と同じ位とても親っていました。
祖母の名は信年令は六十二歳…
ノブは とても健康で お酒と食べる事が大好きな元気な お婆ちゃんでした。
特に俊は幼い頃 光が病弱で何度も入院してので祖母の家に預けられる事が多かった事から祖母の存在は母親 以上だったのです。
俊「お爺ちゃんに、線香をあげるよ。」
信「おおそうか お前さんは感心だな… 仏様を大事にするのは良い事だ。じゃあ やってくれ。」
宮子の父である祖父は俊と光がまだ小さい頃に胃ガンを患って他界していました。
仏壇には亡き祖父の遺影が置かれており 光は何故か この写真を見る度に不思議と心が落ち着くのでした。
光『お爺ちゃん…』
【コ―――ン…】
(凛の音が響く)
俊と光が行儀良く線香をあげ合掌しながら眼を閉じると…
二人の鼻には和室独特の畳の香りと線香の安らぐ軟らかな香りが重りました。
その匂いは静かに仏壇の前を取り囲み 耳には凛の音色が諸行無常の響きを奏でるのです…
そして凛の音が徐々に部屋の空気の中に解けて消えると その瞬間を待っていたかの様に信が話しだしました。
信「はい お利口さんだ。じゃあ これは婆ちゃんからの お年玉だよ。」
線香を あげ終わった二人に信は仏壇の引き出しから お年玉袋を二つ出し それぞれに手渡しました。
俊「婆ちゃん ありがとう。」
光「お婆ちゃん… あっ ありがと…」
光は久しぶりに祖母に会ったせいか少し照れていました。
信「おや… 光子さーん! 久しぶりだね。今日は大人しいね元気になったのかい お母さん居なくなって寂しくないのかい?」
信は光が昔から泣き虫な子だったので何時も呼ぶ時は女の子扱いをして『ヒカルコさーん』と言っていました。
でも光は そんな言い方をされていても 心温かい祖母の事は大好きでした。
光「あっ… もう六年生になるから大丈夫だよ…」
光は照れ臭そうに答えます。
信「そうかい そうかい… それでこそ男の子だ! 悪い母ちゃんは あたしが少し懲らしめといたからね。けけけ」
実は信は宮子が夜の仕事を始めた時 孫の為に猛反対をしていたのです。
その後 孫達二人が和夫と暮す様になった訳を麻子に聞いてから怒りが収まらず 宮子が弁解の為に信の元へ来た時は頭から水を ぶっ掛けて追っ払いたのでした。
そして信は その話を俊と光にすると尚も痛快に笑いだしたのです。
信「…と言う訳さ。けけけけけ」
光「あはは… お婆ちゃん相変わらず元気だね…」
信「そうかい お前も少しは男らしくなった様だね。じゃ これは出世祝いだ。」
信は そう言うと陽気に微笑み ながら光の大好きな天津甘栗を差し出しました。
光「わぁー! ありがとう お婆ちゃん!」
慢心の笑みを浮かべて受取ると信も孫達の顔をみてニッコリと笑いました。
信「いいかい あんまり食べ過ぎると屁が止まらなくなるからな。けけけ」
何時も自分達の事を気に掛けてくれる祖母… 二人はそんな信の存在が大好きでした。
その後 天津甘栗を食べながら二人は信に聞きました。
俊「そうだ! あのさ 婆ちゃん 下に居たラジオ聞いてる変な叔父さん… あの人 誰なの?」
光「そうそう ずーっとラジオ聞いてんだよ。」
俊の後に続けて目を丸くしながら光が言いました。
信「ラジオ…? !! はーはっははは! いや面白い子達だねー! 傑作だよ!」
信は二人のが話で 可笑しくて仕方がない様子です。
俊 光「???」
二人は祖母が何故 笑っているのか全く理解できません。
光「あのー… お婆ちゃん…?」
笑い続ける祖母に光が心配そうに言いました。
信「ははは いやー 笑ったねー! いいかい お前達 ありゃね 【補聴器】って言ってな 耳の悪い人が付ける機械なんだ。」
俊「えっ! あの人耳が悪いんだ? へー… どんな仕掛けなんだろ。」
機械物が大好きな俊は驚いた表情で興味深そうに祖母に聞きました。
光「ほ・ちょう・き? 耳が悪い…?」
光は まだ補聴器を理解出来ていない無い様子です。
信「あたしゃ機械物は お手上げだ 仕掛けは解らねえさ… 本人に聞いて見な。でも お前達 あいつを全く覚えていない様だね。」
俊「覚えて無いって… 会った事なんか一度も無いよ… なあ光。」
光「うーん… ぼく何処かで見た事あるんだよ… 思い出せないけどね…」
俊「えっ 本当に?」
信「でも… 無理も無いね 今から八年以上も前の事だからね… あれから もう そんなに経ったかい…」
俊「はっ 八年!? じゃあ俺 四歳の時じゃん! おい光 お前なんて三歳じゃないか! 本当に覚えてるのかよ。」
光「ううん… その時の記憶か分らないんだけど… 何かの写真で見た気がするんだよ。」
すると信が立ち上がり箪笥の引き出しを開けて光に一枚の写真を取り出し見せました。
信「お前さんの言ってるのは この写真だろ。この写真は宮子も持ってると思うからね。」
その写真は祖父の墓の前で大勢の親戚が集合して映っている物でした。
俊と光が よく見ると確かに その人の姿は そこに映っていました。
光「あっ これだよ! お婆ちゃん この人 親戚なの!?」
信「ああ そうだよ… あんた達の お母さんの従兄弟さ。英男って言うんだ。」
俊「お母さんのイトコ!? …って事は ぼく達と血の繋がった叔父さん じゃないか!」
信「あー そう言う事だね… お前達 ちゃんと挨拶したんだろうね?」
祖母に そう言われると二人は顔を見合わせて気まずそうになりました。
俊「はは 一応ね…」
すると下から三郎が大きな声で子供達を呼びました。
三郎「おーい 俊 光 降りてこーい! 遊園地に行くぞー。 がははは 」
信「ほれ! 痺れ(しびれ)を切らして呼んでるよ 行って来な!」
俊「うん… じゃあ 婆ちゃん また後でね… 行って来まーす!」
信に そう言われ俊は先に下りて行きました。
光「お婆ちゃんは行かないの…?」
しかし 光は信と一緒に行きたい様で名残惜しそうに そう言いました。
信「あたしゃ昔 遊園地の お化け屋敷に入って 驚いて大口開けて騒いだら入れ歯が外れて大恥を掻いた事があるんだよ。
だから遊園地はもうコリゴリだね… 止めて置くよ。けけけ 」
光「あっ… そうなんだ はは… じゃあ ぼくも行って来るね。」
信「光! ちゃんと大人の言う事を聞いて気を付けて行くんだよ。」
光「は、はい!」
そう言うと光も足早に階段を下りて行きました。
それから二人は三郎と英男の叔父に連れられ近所の遊園地に車で向いました。
車に乗り込むと俊は隣に座った英男の補聴器が気になりチラチラと見ていました。
光は 借りてきた猫の様に黙って大人しくしていました。
英男「オカサン…どした?」
俊が自分の事を気にしていると思った英男は少し訛った感じの話し方で そう問い掛けて来ました。
俊「あっ… お父さんと別れたから今は何処へ行ったか知らないんです…」
英男「別れた!? そか… ごめな…」
三郎から状況を何も聞いていなかった英男は子供達が気の毒に思ったのか とても悲しそうな顔で答えました。
俊「いえ 大丈夫です。 あのう… 叔父さんは 耳が悪いんですか。」
俊は英男の優しさを感じ安心したのか自分の疑問を質問して見ました。
英男「…ん」
英男は俊の質問に軽く頷くと彼は自分の耳にしていた補聴器とイヤホンを外し俊に渡して見せました。
俊「えっ???」
恐る恐る受け取り驚きながら英男の顔を見る俊…
英男「みみに… してみ…」
英男にそう言われると俊は そっとイヤホンを右耳に入れてみたのです。
【ザ――! ガ――ッ! キ―――ン!】
(大きな雑音がイヤホンから響いた)
俊「うわあー!!」
イヤホンから物凄い大きな雑音がしたので俊は驚いて大声を出しました。
すると今度は それを見ていた光が俊の耳からイヤホンを取って耳に入れて見ました。
光「お兄ちゃん ぼくにも聞かせて!」
【ガ――ッ!キ―――ン!】
(またも大きな雑音がイヤホンから響く)
光「わあー!!」
二人は目を皿のように丸くして とても不思議な顔で英男を見ました。
英男は光からイヤホンを返してもらうとニコッと笑って言いました。
英男「これでも… おっちゃん… きこえ にくい… 」
それを聞いた光は英男の障害の大きさを始めて理解したのです。
光「ねえ 叔父さん… それを付けないと ぼく達の声は全然 聞こえないの?」
光は とても不安そうに英男に尋ねました…
英男「そだよ でも… こえ なくても カオでもわかる。
たのしとか… かなしとか… こころと目で わかる… たいじょぶ!」
光「心と目… 顔…」
光は英男の言葉に生きて行く上で何かとても大事な事を教えられた気がしました。
すると 今度は俊が英男に尋ねました。
俊「ねえ 叔父さん! 耳元でスゴイ大きな声を出しても聞こえないの!?」
すると英男は もう一度 補聴器を外して自分の耳を指差しながら俊に言いました。
英男「いってみ… いってみ…」
すると俊は 何か嬉しそうな表情になり英男の耳に向って慢心の大声を出しました。
俊「うわ――――っ!!」
光「あー!」
俊の声が あまりに大きくて光が耳を塞ぐと 英男は首を少し左右に振りながら目を閉じました。
そのままだまって目を閉じてる英男を見て二人は少し不安な表情で待っていました。
暫くすると英男は俊の頭の上に軽く手を置きパッチリ目を明けて言いました。
英男「ん!? きこえた? 」
それを聞いた二人は お互いに顔を見合わせながらニッコリ笑ってハシャギました。
俊 光「イェ――い!」
しかし… 本当は英男に声は聞こえていませんでした…
英男は俊と光が障害のある自分を受け入れてくれないかと思っていたのです…
でも この子達は こんなにも親しく接してくれたのです…
彼は それが何より嬉しかった…
その後 子供達は英男に すっかり馴れて車の中で大はしゃぎです。
そんな子供達と英男の姿を三郎はバックミラー越しに眺めて笑いながら言いました。
三郎「英さん! こいつら騒ぎ出すと止まらないから 今日は もう覚悟しなよ。がははは 」
英男「お!?」
辛く悲しい事ばかりだった二人に…
少し風変わりな この叔父さんの登場は…
寂しかった俊と光の心に 束の間の和みを与えてくれました…
そして光は思うのでした…
何時までも こんな楽しい日が続いてくれます様にと…
俊 光「あははは!」
つづく