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十方暮  作者: kirin
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第十六話 理由と訳

和夫「解った話そう… でもその前に ここを片付てからにしよう。

 今日中に三郎くんに車を返さなければならないからな。」


俊「あっ、そうだね。  おい光 兎に角 片付が先だ。」


光「うん… 解った。」


 そうして三人はアパートの荷物を全て片付 終わらすと急いで自宅に向いました。


 自宅までは一時間ほど掛かるので和夫は この移動中に話の続きを始めました。


――――――

車中での会話

――――――


和夫「お前達には話難い事なんだが… 実は今の職場を移動させられる事が決まったんだ。」


俊「移動? 何処に?」


和夫「移動場所は 今いる病院の中での事だが業務内容と部署が変わるんだよ。」


俊「業務内容?」


光「じゃあメッセンジャーを辞めるって事だ…」


和夫「ああ、そう言う事だ。」


光「お父さんは その新しい仕事が嫌なの?」


和夫「嫌と言うか… 雑用みたいな仕事でな そこに配属された人は年寄りばかりの役立たずが行かされるんだよ。」


光「えっ!? お父さん まだ爺ちゃんじゃないのに酷いね!」


俊「バカだなお前は… そう言う事じゃなくて会社の嫌がらせなんだよ…」


光「えっ、そうだったの!? でも やっぱり酷いよ!」


和夫「嫌がらせか… はは… そうかも知れんな。」


 ガッカリして下を向いている和夫に俊が声を掛けました。


俊「ね ね お父さん そんな会社辞めちゃいなよ! またタクシー運転手をやればいいじゃん!」


和夫「ああ、俺もそれを考えては いたんだが… でも そうなると また以前の様に家には一日置きにしか帰れなくなるからな…」


光「ぼくは 大丈夫だよ 一人は慣れてるから。」


俊「俺は もう中学生になるから心配ないよ。

 それに元々俺達を見守る為に病院で働き出したんでしょ… だったら もう そこで働く必要は無いじゃん。

 そんな 意地の悪い会社んなんか直ぐに辞めなよ。」


 確かに俊の言う通りでした、しかし和夫は どうしても子供達に話せない事があったのです。


 彼は宮子達が出て行ってしまった後、暫くの間、我を失い仕事もせず酒に溺れていました。


 毎日、二日酔いで仕事にも行けず、連絡もしなかったのでタクシー会社からは自然に解雇にされてしまったのです。


 それから二、三ヶ月で蓄えの お金も尽きてしまい すっかり酒も飲めなくなった頃…


 ようやく我に返った和夫は子供達を見守って行きたい一身で宮子の実家の近くに職場を見付けたのでした。


 だから俊の提案通りに元のタクシー会社に戻る事は とうてい無理な話なのです。


和夫「ああ、そうだな… お前の言う通りかも知れん。

 もうお前達は大きくなったし例えメッセンジャーを続けていたとしても この安月給では三人で生活して行く事も儘なら無いしな。」


光「メッセンジャーって お給料 良くないんだね…。」


和夫「いや 悪くは無いんだが これからお前達が順番に中学生になる事を考えたら 色々と出費は嵩むからな…

 このままでは貯蓄すら出来ない状況になって行くと思うんだよ。」


俊「お父さん… 今って貯金あるの?」


和夫「ん…」


 和夫は、迷っていたが、意を決して 申し訳なさそうに答えた。


和夫「一円も無いな… むしろマイナスだよ… すまんな 訳は今は答えられない…」


 和夫はやはり子供達に酒に溺れていた事を言い出せませんでした…


 もし今ここで その話をすれば また余計な心配をさせる事になると思ったからです…


光「きっと ぼくだよ… ぼくの入院費で全部使っちゃったんだ… ごめんなさい…」


 和夫の顔を見て光が悲しそうに言いました。


和夫「いやいや それだけでは無いさ…

 それに お前は病気だったんだ 命は金に代えられない。

 誤る事は無いよ そんな事は気にしなくていいから。」


俊「解ったよ お父さん お金の事は これ以上 聞かないよ。でも訳は何時か必ず教えてね。」


光「…」


 俊は和夫の話しぶりで、なんとなく今は聞いてはいけない事だと察しました。


 しかし 光は不安で何も答えられませんでした。


和夫「済まないな… 何れにしても訳は生活している内に気が付く思う…

 その時は心配を掛けてしまうかも知れないが また前向きに皆で話し合おう。」


俊「大丈夫! その時は また三人で話し合おう。

 でも… 貯金が無いなら なおさら今の仕事を早く辞めないといけないね。」


和夫「そうだな こんな状況では直ぐにでもタクシー運転手に戻った方が良いのは承知してるのだが社会の常識として退職願は最低でも一、二ヶ月前に出すものだし…

 部署が変わって直ぐだから暫くは この会社に勤めなければならないよ。」


 和夫は子供達の前では口実で その様に話しをしましたが 実際には以前に勤めていたタクシー会社には体裁が悪くて戻る事が出来なかった為

 新しいタクシー会社を探す猶予を自分なりに作った考えだったのです。


俊「そうか… じゃあ 俺達は この 一、二ヶ月の間は なるべく贅沢をしない様に頑張るよ。」


光「そうだね… 今までも別に贅沢は出来なかったから何も変わらないけどね。」


和夫「済まないが暫くの間 辛抱してくれ。」


 そんな子供達の会話を聞いて、和夫は自分の酒癖の悪さに溜め息が出る思いでした。



―――――――――

自宅に到着しました 

―――――――――


 三人は家に荷物を手際よく運び入れると直ぐに また三郎の元へ車を返しに向いました。


 片道 一時間の道のりを走り無事に宮子の実家に到着すると辺りはすっかり日が暮れて夕方になってしまいました。


【ガチャッ…】


(俊が佐藤家の玄関扉を開いた)


俊「三ちゃーん!」


 朝と同じ様に俊が玄関から呼ぶと三郎はいつものように中からニコニコして現れました。


三郎「おう俊 お疲れさん! 全部片付いたか。」


俊「うん… 三ちゃんが車を貸してくれたお陰だよ ありがとう。」


三郎「なーに 気にすんな。がははは!」


 少し遅れて、俊の後から和夫がお礼の挨拶をしました。


和夫「三郎君 今日は本当に助かりました ありがとうございます。

 あっ… これアパートの鍵 お返して置きますね。」


 そう言って和夫は鍵を三郎に手渡すと軽く会釈して俊の後ろに下がりました。


三郎「はい確かに。 真部さんも本当に ご苦労様でした。

 後は俺の方で大家さんにアパートを引き渡して全て終わりですね。

 また何時でも子供達を連れて遊びに来て下さいよ。」


和夫「そう言ってくれて ありがとう… 心から感謝します。」


 人柄の良い三郎は決して社交辞令などでは無く真意で そう和夫に言っていました。


 でも、三郎は思っていました…


 これで和夫とは二度と会う事が無くなってしまうのかと…


 そして俊や光も父に そんな優しい言葉を掛けてくれた三郎に心から感謝をしていました。


俊「三ちゃん… お正月に遊びに来ても良い?」


三郎「おお いいとも! 来なけりゃ お年玉は やらねえぞー。 がははは!」


 三郎は そう言うと いつもの様に痛快に笑い ポケットから財布を取り出しました。


三郎「ほら! クリスマスやって やれなかったから お前達に小遣いだ。」


 なんと 三郎は俊と光に五千円づつ渡したのです。


俊 光「…!」


 突然の事に驚く子供達。


和夫「そんな! 三郎君やめてよ。申し訳ないから!」


 そして和夫も三郎の突然の行動に驚き 恐縮しながら言いました。


三郎「いやいや 良いんです良いんです! そんな気にしないで下さいよ。」


和夫「でも… 大分 迷惑を掛けちゃってるし… こりゃ弱ったな…」


 すると三郎は暫く躊躇った後で和夫に小さな声で言いました…


三郎「真部さん… こいつら今年 サンタ来なかったでしょ…

 今年は俺がサンタの代わりじゃダメですかね。」


 この時 何時に無く三郎は真剣な表情でした…


和夫「ありがとう…」


 和夫は三郎の言葉に心を打たれ納得しました。


 俊と光はお金を手にしたまま躊躇していましたが和夫が お礼の言葉を言ったのを見るとニッコリ笑って三郎に言いました。


俊「三ちゃん ありがとう!」


光「ありがとう!」


三郎「おう! 無駄遣いするなよ。 そんじゃ元気でな!」


 そう言うと三郎は少し力を込めて二人の頭をいつも以上に撫で回ました。


俊「ひゃっ…」


光「あはは」


 二人は自分たちの頭がグルグルと回るので眼を半分閉じながら愉快に笑いました。


三郎「よし!」


 そう言うと三郎は頭を撫でるのを止め 二人を和夫の方に向かせて背中を『ドン!』と叩いて押しました。


三郎「さあ行け! また正月待ってるぞ!」


 子供達は三郎の方を振り返り大きく頷くと和夫の車に乗り込みました。


和夫「それじゃ、失礼しますね。」


 そして和夫も深く頭を下げて車に乗り込みました。


【ブロロロロ…】


(車のエンジンがかかった)


 車の窓を開け子供達が三郎に手を振ると和夫もそれに合わせる様にクラクションを軽く一度ほど鳴らして出発しました。



 夕日に映った車から手を振る子供達の姿を…


 真っ直ぐな通りから消えていくまで三郎は見送り続けました…


 そして車が見えなくなった後 三郎は一つ溜め息を吐いて呟きました…



三郎「絶対に来いよ… 待ってるからな…」



―――――――――

帰宅途中の車内…

―――――――――



和夫「よし後は帰るだけだな お前達も今日は よく頑張ったな ご苦労様。」


 和夫が子供達に労いの言葉を掛けると俊が笑顔で言いました。


俊「一番 頑張ったのは お父さんだよ ご苦労様!」


 すると光も続いて言いました。


光「お父さん ご苦労様!」


 和夫は照れ臭そうに頭を掻きながら笑って言いました。


和夫「こら 揚げ足を取るんじゃないよ。ははは」



 そして これで本当に宮子との生活に終止符を打った三人は車の中で楽しく会話をしながら自宅に帰って行くのでした。



 街はクリスマスも終り…


 新年に向けて お正月の飾り付けで賑わいだした頃…


 暦も残り僅かなとなった冬休みの出来事でした…


つづく

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