第十五話 歪んだ努力
和夫が煙草を吸いながら落ち着いた表情で話し始めました。
和夫「なあ光… お前のそのズボンにしているベルトこの人から貰ったんだろ。」
和夫は光のベルトを指差し そう言うと光は少し驚いた表情で申し訳なさそうに頷きました。
光「うん…」
すると そのベルトの事を以前に光から聞いていた俊は話が違っていた為に怒りだしたのです。
俊「お前! そのベルト俺が聞いた時、友達から貰ったって言ってただろ! このウソツキ!」
怒る俊の表情も見れず光は俯いて謝りました。
光「ごめん…」
そうなのです…
光のしているベルトはバックルの部分に特殊なマークが施してあったのです。
和夫「まあまあ俊… そんな言い方するな光は別に悪くは無いんだよ。」
二人の様子を黙って見ていた和夫は何故か余裕の表情で少し笑いながら言い出しました。
俊「何でだよ! 光は こうやって何時までも お母さんを庇ってるじゃないか!」
俊は口を尖らせ とても不満そうに和夫に訴えます。
和夫「いや そうじゃないさ… 光は この人の事を宮子に口止めされていたんだよ… なっ そうなんだろ。」
流石に父親です…
和夫は光の心を完全に見透かしていました。
光「はい… そうです…」
光は 和夫の問い掛けに半べそを掻きながら答えました。
俊「なんだよ! 俺には話してくれたっていいじゃないか!」
どうしても納得の行かないと言った表情で怒る俊に 和夫が静かに話しだしました。
和夫「まあまあ… 兎に角もう過ぎてしまった事を言っても始まらんよ…
今は光を責める事より この人に ついて知る事が先決だ。」
和夫の言葉に 興奮気味の俊も仕方なく自分自身を落ち着かせました。
俊「うっ… うん… 解ったよ。」
和夫の言う通りだと感じた俊は仕方なく 一旦 自分の意見を抑えました。
そして すっかり元気を無くしてしまった光に和夫が問い掛けました。
和夫「では この人の事を話そう。 実は光… 俺はこの人の名前を知らんのだよ お前知ってるんだろ 教えてくれないか?」
和夫の意外な言葉に光は少し驚いた表情で答えました。
光「え? あっ… 島田さんって言ってた…」
和夫「ほう… 島田って言うのか… 解った ありがとう。
では話の続きだが… 実は この島田って人は奥さんも お子さんも居る人なんだ。
それと仕事は消防署の所長をしている人なんだよ。」
俊「消防署? 何で消防隊が お母さんと知り合いなんだ? 火事にでも遭ったのかな?」
和夫「宮子が働いていたスーパーの向かいに消防署があっただろ。
この人は 宮子の勤めるスーパーに お弁当を よく買いに来ていた お客さんだったらしいんだよ。」
俊「そうだったのか… でも何で 名前も知らない お父さんが そんな事を知ってるの?」
和夫「ああ… その事は麻ちゃんに聞いたのさ。 光の事で電話した時にな。」
それは 光が食中りで倒れる前の事でした…
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和夫と麻子の電話での会話…
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和夫「あっ 麻ちゃん こんばんは真部です。 こんな夜分に電話してしまって ごめんね。」
麻子「あら お兄さん! どうしたの こんな時間に珍しいわね。 何か急用でも?」
和夫「いや実は… 光がアパートに一人きりで酷い生活をしてまして… さっき強引に家へ連れて来たんです。」
麻子「やっぱり そうだったのね… 俊にも家へ来るように何度も様子見に行ってもらったんだけど 光どうしても お姉ちゃんを待つって聞かなかったらしいの…
私も心配はしていたんですけど ごめんなさいね。」
和夫「いえいえ! それ所か色々と お手数かけまして… あっ… えっと… 俊の方は大丈夫ですか?」
麻子「ええ、毎日元気に楽しく学校行ってますよ。 家が学校の直ぐ目の前だから ゆっくり出来て楽チンだなんて言ってます。ふふふ」
和夫「そうですか… なんだか全部押付けてしまって、ごめんね、助かります。新学期までには、キチンとしますので、もう少しご面倒かけますが、お願い致しますね。」
麻子「いいえ そんな改まらないで下さい… 私は大丈夫ですから。
あっそうだ! もし良かったら お姉ちゃんと子供達と私の家で話し合ったら如何かしら。
私も今回の事は ちゃんと見届けておきたいし…」
和夫「いや それはもちろん第三者に聞いてもらった方が俺も凄く助かりますよ! でも… いいのかな… 麻ちゃんの迷惑になってしまうね…」
麻子「大丈夫です! 少し気になった事もあったから…」
和夫「ん? 気になった事とは… 何の事ですか?」
麻子「真部さん… 今から言う話を聞いても気を悪くしないで下さいね…
実は私… お姉ちゃんの前の勤め先を知っていて たまたま その前を通りかかった時に お姉ちゃんが向かいの消防署から中年の男と一緒に出て来るのを見たんです…」
和夫「はあ… そうだったんですか… っで! その後どうしました?」
麻子「ええ、気になったので後を付けて見たんです… そしたら…
二人で お姉ちゃんのアパートに入って行ったんです…」
和夫「なるほど…」
麻子「それで… その後位からなんですよ お姉ちゃんが夜の仕事に変わったのが…」
和夫「分かりました… 少し驚きましたが だいたい予想はしていた事なので大丈夫。
麻ちゃん 話してくれて ありがとう。 俺も 明日から色々と調べてみます。」
麻子「あっ お兄さん! これは私の予想ですけど 多分 お姉ちゃんは… つまり… その人から援助を受けたんだと思います…
ごめんなさい! 変な事 言っちゃって…」
和夫「いえいえ大丈夫… 俺も そう思ってました。
解りました 取り合えず今日は遅いので この辺で。」
麻子「はい… では また何かあったら連絡しますね。」
和夫「ありがとう。それでは お休みなさい。」
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会話はここで終わりました
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そうして和夫はこの事を確認する為に、光が不慮の入院してしまった後で、光の持っていたアパートの鍵を使って家の中を調べていたのです。
そして この写真と男が書いたと思われる宮子に宛てた手紙が見付かったのです。
手紙の内容には援助に関する事を含め、宮子の詐欺を疑わざる得ない行為が事細かく記されていました。
ただ、残念な事に男の名前は何処にも記されていなかったのです…
和夫は この男の身辺を探る為 まず麻子に勤めていたスーパーの所在を聞いて向かいの消防署の前で待ち伏せし 写真の男を確認しました。
そして次に 消防署に島田の親戚と偽り家族構成などを確認したのです。
ただ…
それでも 残念な事に やはり名前までは確認できなかったのです。
全ての調べを組み立てると、宮子の一連の行動が見えてきたのです。
―― 和夫の調べ ――
宮子はスーパーでの収入が少ない為 実家から生活費の援助を何度も受けていた。
しかし、回数を重ねるうちに、親兄弟から貸し渋りを受けだした。
その時、向かいの消防署に勤務していた島田がよくスーパーに現れ、宮子に声を掛けるようになった。
島田は予てから宮子に好意を示していたので彼女は利用目的で男に近付いた。
そして、島田は直ぐに宮子の口車に唆される。
だが島田は家庭があったので宮子が援助交際を持ちかた時 宮子のアパートで会う事を提案した。
そうなると… 子供達の存在が邪魔になった…
仕方なく俊を実家に行かせ融通の利く光だけを島田と会わせ一緒に遊びに出掛けた。
この時 島田は光を手懐ける為 消防隊員専用のベルトをプレゼントした。
でもこれは島田が宮子の真意を探る為の工作だった…
そして子供達が学校に行っている間 何度かアパートで会っている内に宮子は ようやく島田からの大金援助に成功し本来の目的が果たされた。
島田に用が無くなった彼女は直ぐにスーパーを辞め夜の仕事に変えて家に帰らなくなった。
全ては島田を騙し彼から逃げる為だった…
光に夕飯代だけを置いて隠れる様に生活していた時期が当に この時だ。
島田は それからも何度か家に尋ねて来るが何れも宮子には会えず妻子持ちの彼はまんまと宮子に騙された事に気付く。
訴える事も出来ず… 彼は仕方なく この手紙を光に渡して消え去った。
そして見事に島田を騙し大金を手にした宮子は夜の仕事で収入も増え安定した生活を取戻した。
所が久々に帰ったアパートには子供達はおらず麻子に電話してみると光が入院した事実を聞かされる。
光が和夫を家に入れた事を知り和夫に全てを悟られたと思った宮子は やり場の無い怒りを皆にぶつけてしまった。
―― 調べはここまで ――
宮子は これから不自由なく三人で暮せる筈の努力が一瞬のズレで和夫に取越されてしまったのです。
宮子は彼女なりに正当な方法では無いかも知れませんが… 必死で生活費を稼いで戦っていたのです…
だから全てが悔しかった… 悲しかった…
和夫も宮子が正当な方法で稼いで居たのなら子供達の親権を奪うまでは考えてませんでした。
ただ… この子達の父親として こんなやり方を絶対に許す事は出来ませんでした。
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そして 和夫は この事を
解りやすく説明したのです
――――――――――
和夫「まあ、と言う訳さ… お前達にとっては少し酷な話であったと思うが この人も俺達と同じ被害者だと言う事だよ。」
光「ぼく… お母さんから この人に会う前 島田さんは優しい人だよって聞いたんだ。
でも本当に優しい良い人だったよ、騙していたなんて最低だね… ぼくこのベルト捨てるよ。」
そう言うと、光はベルトを破れた写真と一緒にゴミ袋に捨てました。
それを見ていた和夫も光の行動を止める事はせずに黙って見ていました。
和夫「まあ俺が言うのもなんだが…、最初は宮子も本当に彼を騙すつもりでは無かったんだろうと思うんだ。
宮子も島田には騙されていたんじゃないかな… 現にこうして写真を破るなんて それだけ悲しい事があったんだろうから…
罪を憎んで人を憎むのは止めようじゃないか。」
実は和夫の言う通りでした、宮子も島田には妻子は居ないと騙されていたのです…
事実を知った宮子は島田に復讐する為に騙し返したのかも知れません…
でも本当の事は、何処にも それらしい証拠が無いので和夫にも解りませんでした…
これは彼女自身しか知らない事なのです…
そして、和夫が全てを話し終えると俊が不満そうに話し出しました。
俊「そんな事して ぼく達の生活を支えていたなんて最低だよ!
お父さんの様に真面目に会社に勤めて頑張れば良かったんだ。」
和夫「…」
すると俊の言葉を聞いて何故か和夫は突然、黙ってしまいました。
そんな和夫の様子に光が何かを感じ取りました…
光『アレ? お父さんの後ろに変な影が…』
光が心の中で そう思った その瞬間 和夫の顔色が急に変わりました。
和夫の顔色が変わった事に気付いた俊が心配そうに言いました。
俊「お父さん? どうかした?」
和夫「え!? あっいやいや… 何でもない… ちょっと考え事をしてしまってた。」
様子の変わった和夫に光は何か嫌な感覚を覚えるのでした。
光『今の何だったんだろう…』
すると俊は気遣いながら和夫に声をかけました。
俊「お父さん疲れてんだよ… この所 俺達の事ばかりで動いているから…
少し休んでてよ 後は 俺達で片付るから。」
俊が そう言った後 光は不安の表情で和夫を見つめて言いだしました。
光「お父さんの後ろに影が…」
泣きそうに なりながら呟く光…
すると俊は呆れた表情で光の顔を覗き込み言いました。
俊「何 言ってんの お前? お前 大丈夫か?」
光が何を言い出したのか意味の解らない俊は 首を傾げながら そう言うと 小さく溜息を吐きました。
光「あっ… ごめん… 気のせいかも…」
光が元気なく謝ると和夫が小さな声で呟きました…
和夫「俊… 光… 俺も 今の会社では真面目には働けないかもな…」
なんと そう言った和夫の表情は険しくとても不安そうでした…
和夫の顔を見た俊は動揺しながら言いました。
俊「えっえっ!? 何!? どうしたの? お父さん!?」
所が光は そんな和夫の様子を見て とても冷静でした。
そして心の中で言いました…
光『ぼくの頭の中で お父さんが泣いてる… お母さんの時と同じだ…』
光は この時… 和夫が何かを隠しているのではないかと感じたのです…
光『何で泣いているんだろ…』
和夫の顔を見ながら、そう心の中で叫びました。
俊「お父さん会社で何かあったの? もし何か嫌な事とかあるなら ちゃんと話してよ。」
和夫「…」
光「お父さん… 話して…」
果たして和夫の言葉の意味とは…
つづく