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十方暮  作者: kirin
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第十二話 無言のさようなら…

宮子に翻弄していた和夫は その態度に怒りが込み上げて来ました


和夫「何、じゃ無いだろう! お前だって解ってるだろうが そんな事は!!」


 怒りをあらわにした和夫が宮子を怒鳴りつけました。


宮子「あー あー あー あー 解ってるわよ! んで!? あたしに どうしろって言うの!?」


 宮子は呆れた口調で、和夫を馬鹿にする様に切り返しました。


和夫「だから それを これから話す為に集まっているんだろうが… お前は 話しに来たんじゃないのかよ。」


 すると宮子は顎を上に向け口を尖らす様に煙草の煙を勢いよく吐き出し 右手で頭を掻きながら答えました。


宮子「別にぃ… あたしは ただ呼ばれたから来ただけよ。 つか、来てやったの!」


 和夫は、顔色が変わり 益々 激しい口調で怒鳴りつけました。


和夫「お前は! 子供達の前で なんて言い方をするんだ!!」


 和夫の怒鳴り声に目を閉じて不貞腐れた宮子…


宮子「…」


 そして 一旦、煙草を灰皿に揉み消すと今度は宮子が逆に大声で和夫を怒鳴り付けました。


宮子「あ―――っホントっ!うるさいわねー!!

 あたしは こいつらを三年間 面倒見たんだ!! 今度は あんたが三年見ればいい話でしょ!!」


 この宮子の言葉に 沈黙が走りました…


 すると次の瞬間! 俊が突然 玄関に向って走ったのです!


光「!」


 【ダダダダッ!!】


(俊が光の前を通過した)


麻子「シュ――ン!!まって!!」


 慌てて呼び止める麻子の言葉が、辺りに響きました。


 真っ直ぐ前を見て振り向く事の無い俊が 勢いよく和夫の前を通り過ぎようとした その時…


【ガシッ…】


(和夫が俊の右腕を掴んだ…)


 和夫は必死で俊を押さえてい言いました。


和夫「俊… 頼む… 待ってくれ!!」


 和夫の脇から覗かせた下向き加減の俊の横顔は悔しさと怒りで真っ赤になっているのが解りました。


俊「…!!」


 俊は声も出さずに号泣していたのです…


 そんな俊の姿を見て、冷静で温厚な麻子が思わず叫びました。


麻子「お姉ちゃん! なんて酷い事 言うのよ!! これじゃ あまりにも この子達が可哀相じゃない!!」


宮子「!」


 宮子は麻子の叫び声に少し驚いた様子でしたが、翻る事 無く切り返したのです。


宮子「何! だいたい、あんたにゃ関係ない事でしょ!! そんなに こいつが出て行きたきゃ 行かせりゃいいのよ!!」


 宮子の言葉に驚愕する麻子…


麻子「酷いよ… なんで… そんな事 言うの…」


 今日まで、必死で俊を支えてきた麻子、そんな彼女に宮子は何の労いの言葉も掛けませんでした。


 そして麻子は、宮子の暴言に、ついに涙を流してしまいました。


麻子「あ――っ…」


 麻子は無き崩れました…


 すると、その状況を見ていた和夫が物凄い勢いで怒鳴ったのです。


和夫「お… ま… え! 正気で物を言ってんのか!!  麻ちゃんに、今まで どれだけ迷惑を掛けたと思ってんだー!!」


 怒りが頂点に達した和夫は俊を必死で抱えながら言いました。

 


【バン バン バン!】


(テーブルを叩く音) 



宮子「じゃあ! あんたはどうなの… あんたは全然 悪くないって言うの!!

 ふざけんじゃねえよ… バカにしやがって…

 いつかね… いつか あんたの本性を知ったら! 皆だって私の気持ちが解るんだよ!!

 あーあーあー! どうせ あたしゃ今は悪者だよね!!

 こんな 話し合いなんか… 最初から来なけりゃ良かったよ!! バカ野郎!!!」


 宮子は そう言いながらテーブルを平手で何度もき 勢いよく椅子から立ちました。


 そして 煙草の空箱を手で捻り潰し和夫の顔に投げつけたのです。


【バチンッ…】


(空箱が和夫の頬に当たりました)


 空箱は和夫の胸元から横に転がり落ちると光の足元の前に止まりました。


光「…」


 光は その空箱を見ながら 母の言葉が少し気になり 心の中で考えました。


光『あんたの本性…』


 そして 光の脳裏に和夫の姿が一瞬 浮かび上がると何故か少し頭が痛くなりました…


光「…!」 


 そして ふと気付くと 宮子は 玄関に立っていました。


宮子「あー… ったく馬鹿馬鹿しい!  もう話は終わったよ!! じゃあな!!」


【バダン!!】 (玄関を閉める音)


 そう言うと宮子は外れてしまう程の勢いで玄関扉を閉め アパートを足早に去って行きました。


【カツ コツ カツ コツ…】


(アパートの石廊下にハイヒールの音が響いた)


 嵐の後の様な静けさとなった部屋は俊と麻子のすすり泣く声と リビングの窓から隙間風が吹く音が微かに聞こえていました。


 そして ずっと俊を抱えていた和夫は、一旦 俊を椅子に座らせ落ち着かせました。



 しかし、そんな中でも 光はとても冷静に この一連の光景を見て考えていたのです。


光『お母さん… ぼくの頭の中で泣いてた…』


 光は心の中で そう呟きました…



 そして光は この先 きっと計り知れない苦労や悲しみが待っているのだと感じていました。


 

 親子の愛情…


 誰が本当で…


 何を求めて争うのか…


 そして…


 何で こうまでバラバラに崩れて行くのか…



 しかし その答えを知ったとしても もう この家族は戻らない…



 彼は真剣に、この状況を見据えていたのです…


 自分の生涯で、今日起きた事はきっと重要な糧になるのだと思っていたのです…


 

 そして、誰も口を開こうとしない静まり返った部屋で、光は静かに話し出したのです。



光「さよならを… 言えなかったね…」



和夫「ん!?」


麻子「…!」



 この意外な言葉で和夫と麻子は我に返りました。



和夫「ははは、そうだな… まあ なんだ… そろそろ 俺達も失礼しようか。」


 そう言うと和夫は 椅子の横にしゃがんでいた麻子を気遣いながら深々と頭を下げました。


和夫「今日は済まなかったね麻ちゃん…」


麻子「あっ…」


 すると 麻子は直ぐに立ち上がり申し訳なさそうに軽く会釈しました。


和夫「今まで こいつらを支えて頂いた事… 親として心から感謝します ありがとう。」


 和夫は そう言って麻子に深々と頭を下げました。


麻子「いえ、そんな…」


 麻子は その和夫の言葉に小さく首を振り答えました。


光「麻子お姉ちゃん、ぼく また遊びに来ても良いよね。」


 そんな麻子の顔を見て光が心配 そうに尋ねると、ずっと下を向いていた麻子が光の頭を撫でながらニッコリ笑って言いました。


麻子「バカねぇ… 当たり前じゃない。」


 光は その言葉を聞くと安心したのか とても嬉しそうに玄関へ行き靴を履きました。


光「じゃあ またね!」


 すると それに つられる様に和夫と俊も玄関に行きました。


和夫「本当にお世話になりました。」


 靴を履き終えた和夫が そう言って もう一度 麻子に 頭を下げると、俊も重たい口をやっと開いたのです。


俊「お姉ちゃん… また来る…」


 そんな 元気のない俊の言葉に 麻子は とても優しい表情で答えました。 


麻子「俊… 元気でね… 頑張るのよ…」


 麻子の励ましの言葉に 俊は軽く頷くと もう一度 頭を深く下げて 最後の お別れを言いました。


俊「お世話になりました!」


 その姿を見て 麻子は俊が少し元気になってくれたと思い 照れ臭そうに答えました。


麻子「バカ… やめてよ…」


 そして和夫の掛け声で三人は麻子の家を後にしました。


和夫「じゃあ…」



――――――――――――――――

三人は車に乗り込んだ

――――――――――――――――


麻子「気を付けて!」


 三人を窓から見送ながら声を掛けた麻子には彼らの姿が何処となく希望に満ち溢れている様に見えました。



【ブウン… ブロロロロ…】


(和夫の車が走り出した)



 和夫の車がアパートの路地を左へ曲がると赤いテールランプがカーブミラーに映り少しづつ見えなくなりました。



 僅か一ヵ月足らずの短い期間…


 俊と暮した麻子の胸中は【ポッカリ】と大きな穴が開いていました…


 その後、彼女は車の姿が見えなくなったミラーを暫く眺め その場にボンヤリと佇んでいました…



 そして 冷たい風を頬に感じながら そっと一言 呟いたのです…



麻子「負けないでね… 俊… 光…」




――――――――――――

その頃 車中での三人は

――――――――――――



 車が暫く走ると、助手席に乗っていた俊が小さな声で和夫に尋ねました。


俊「お父さん… 少し聞きたい事があるんだけど いいかな…」


和夫「ん? なんだ急に改まって…」


 和夫は運転しながら、俊を横眼で見て答えました。


俊「お母さんとは 離婚するの…」


 俊は 宮子の事を気にしていました…


和夫「ああ… 宮子は親権を放棄したからな… 奴だって もう結婚している意味も無いと思ってるだろう。」


 和夫は俊の質問に 落ち着いた表情で淡々と答えました。


俊「親権って 何?」


 俊が聞き返すと車は赤信号で停車しました。


和夫「おお… 親権ってのはな お前達の親としての権利の事だよ。」


 そう言うと和夫は胸元から煙草一本取り出し、両手で覆うように火を点けて吸いました。


俊「えっ!? じゃあ離婚したら ぼく達とは もう他人になるって事…」


 俊が驚いた様子で そう尋ねると 和夫は煙をゆっくりと吐き出しながら 運転席の窓を少し下げて答えました。


和夫「ああ… 法律上はそうなるな、しかし 決して忘れてはいけない…

 例え親権を失ったとしても… お前達の母親は… 【宮子】ただ一人だけ…

 どこまで行っても 奴とお前達は実の親子だ。」


 信号機が赤から青に変わり車が動き出すと、和夫の吐き出した煙は窓の上から流れる様に車外へと広がりました。


 和夫の言葉に黙り込む俊…


俊「…」


 和夫は複雑な表情の俊を横目に見ながら、俊の心中を考えると とても可哀想でなりませんでした…


 それと同時に 麻子の家を出てから 後ろの席で何も話しをしない光の事が気になっていました。


和夫「…」


 和夫は気になって次の信号待ちで後ろの様子を確認して見てみました。


光「…」


すると、光は顔を腕で隠す様な体勢で眠っていたのです。


 しかし よく見ると、何かが腕の下からキラキラと反射しているのが分かりました。


光「クッ…」


和夫「!」


 それは涙でした…


 そうだったのです 光は麻子の家を出た時から、ずっと、ずっと泣いていたのです…


 この時 和夫は この決着で皆に希望を持たせてくれた光の優しい心に改めて感謝をしました…



 本当は光が一番 泣きたかったのです…


 母親に裏切られた事は、誰よりも光が一番辛かったのです…



 和夫は このまま気付かぬ振りをして黙って見過ごそうと思いました…


 しかし、必死で我慢をして 悲しみを誤魔化す光が とても気の毒でなりませんでした…

 

和夫『可哀相に… あんなに信用していた母親からここまで裏切られてしまったのだからな…』


 和夫は そう心の中で思うと、どうしても 光を放っておけず 励まそうと声を掛けたのです。


和夫「なあ光! これからは俺達の三人だ! お前も今年は六年生に なるんだぞ!

 何時までも甘えてられないからな! 皆で協力し合って助け合って行こうな!」


 和夫は 気の無い光にあえて厳しい言葉を父親として言いました。


光「…」


 光には ちゃんと和夫の聞がこえていました…


 【強く生きなければ】そう心の中で思っていました…


 しかし今は、寝た振りをして泣く事しか出来なかったのです…


 堪えど… 堪えど… 溢れ出る涙…


 光の袖はとめどなく悲しみの涙で濡れて行きました…



 そんな和夫も、光にもう それ以上の言葉は掛けませんでした。


和夫「…」


 すると、光が話をしない事に気付いた俊が後ろを見て和夫に言いました。


俊「お父さん… 光 寝てるけど…」


 俊が小さな声で呟きました。


和夫「あっ、そっそうだったか。 ははは…」


 しかし そんな俊も実は光が寝た振りである事は解っていたのです。


 俊も光を そっとして置いてあげたいと思ったから、あえて和夫に そう言ったのです…


 そうです…


 これは お互いを気遣う心…


 気が付けば 知らぬ間に 三人の絆が ここには育っていたのです…


 そして それは…


 十二月の寒い夜を ほんの少し温ためる 家族の小さな思やりでした…

 

つづく

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