第十一話 希望の別れ ‐後編‐
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そして 退院の日になりました
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朝一番で和夫が病室にやって来ました。
和夫「光、今日は退院する日だが、お父さんは夕方まで仕事があるから、それまで身の回りの物を片付けて準備しといてくれ。」
和夫は そう言うと荷物を入れる為、大きなスポーツバックを光のベットの脇に置きました。
光「うん、準備して三時前には下の待合室で待ってるよ。」
和夫「俺も今日は なるべく早く仕事を済ませるから。 じゃあ頼んだぞ。」
和夫は仕事に戻りました。
その後、光は午前中の間 颯といつもの様に病室で遊んでいましたが、午後からは颯がアメリカの病院に転院する前の事前検査がある為、
一旦 病室から出て行く事になりました。
そして、颯は光にお別れの言葉を言う為に近づいてきました。
颯「光… 今日でお別れだな…」
光「あっ、うん…」
二人は また少し悲しそうな表情になりました。
颯「俺が検査から戻ったら、もう お前は退院してると思うから… さよならを 今 言っておく… じゃあな。」
光「うん… 元気で、そして必ず また合おう!」
颯「ああ、必ずな… お前も元気で!」
そう言うと颯は手を振って病室から出て行きました。
そうです、もう二人には涙など必要ありませんでした、お互いの心は【友情…】ただ一つで繋がっていました。
そして、光は颯がナースセンターの角を曲がって姿が見えなくなるまで病室の入口で見送っていました。
光「ありがとう…」
光は小さな声で呟きました…
颯が見えなくなった後、光は病室へ戻り 自分のベッドの回りを片付け始めました。
すると…
ベットの枕元に何か小さな入れ物がある事に気付きました。
光「ん? 何だろう…」
光は その入れ物を手に取って見てみました。
なんと そこには小さな文字でメッセージが書かれていたのです。
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光は入れ物に書かれた
メッセージを読んでみた…
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【ヒカルへ 中は家に帰ってから見ろよ。 絶対に約束だぞ! ハヤテより】
光「あっ、ハヤテからだ…」
そうだったのです…
颯は光に お別れのプレゼントを用意していたのです。
光は それを手に取ると大事に自分のスポーツバックにしまいました。
そして 今度は彼のベッドにメモを残したのです。
【ハヤテへ 一週間、本当に楽しかった。 プレゼント ありがとう。 ヒカル】
そして、光は他の友達と時間になるまで遊び、皆に お別れの挨拶をして病室を出て行きました。
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約束の午後三時を過ぎました
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一階の待合室で光が待っていると、和夫が ようやく仕事を終わらせてやって来ました。
和夫「すまん、すまん スッカリ三時を過ぎてしまった… 少し仕事が長引いた。」
和夫は そう言って 手に持っていた汗拭き用のタオルで顔の汗を拭いました。
光「忙しそうだね メッセンジャーって…」
和夫「ああ、院内は広いから時間内に薬やカルテを届けるのは結構大変なんだ。」
和夫は汗を拭いながら答えました。
光「そう… でも お父さんが 病院で働いているって知った時は本当に驚いたよ。」
和夫「すまんな、直ぐに話そうと思ったんだが… 家の事も会社の事もこんなに慌ただしくバタバタしてたら ゆっくり話も出来ないよな。」
そう言うと、和夫は光のスポーツバックをヒョイと持ち上げ肩に掛けました。
光「あっ、いいよ カバンぼく持つから…」
光が気を遣って和夫に そう言うと、和夫は軽く笑いながら 歩き出しました。
和夫「ははは、病み上りの息子に荷物を持たせてる 姿を見られたら病院の人間として看護士達に顔が立たんだろ…」
光「ごめん… 疲れているのに。」
申し訳なさそうに謝る光…
和夫「なあに、気にするな。」
和夫は そう言うと笑顔のままスタスタと病院を出て行きました。
そして、光は そんな元気な和夫の後をトボトボとついて行きました。
暫く歩くと 和夫は自分がこの病院で働いている訳を光に話し出しました。
和夫「この病院で働いてる訳だがな… 実は三年前、お前達が家を出て行ってから、どうしても心配になってしまってなあ…
佐藤家の近くに働き場所が無いか探してたんだよ。そうしたら ちょうど この病院がメッセンジャーの仕事を募集していたんだ。それで 直ぐに応募したって訳だよ。」
光「そう言う事だったんだ…」
光は納得した表情で返答しました。
和夫「幸いタクシーの経験もかられて 採用は直ぐに決まったんだが… 収入の方は少し減ってしまったかな。」
光「え!? それじゃあ生活が大変だね。」
和夫「いやいや、俺は結局一人に なってしまったから生活費は変わらんよ。」
少し苦笑いしながら話す和夫。
光「あっ、そうだったね…」
光は 余計な事を言ってしまったと思い、苦い表情になりました。
それから、暫く会話が止まってしまいました…
そして、病院から少し離れた所の従業員用駐車場に停めてある車が目に入ると、光は 突然 何かを思い出したかの様に和夫に尋ねました。
光「あっ、そうだ! 今日って これからどうするの?」
和夫が早めに仕事を終わらせた訳を まだ光は聞いて無かったのです。
和夫「おお、そうだったな まだ話しを してなかったな…
今日は これから麻ちゃんの家に行って 今後の事を皆で話し合う事になってるんだよ。 もちろん俊もな…
麻ちゃんに頼んで、宮子にも来る様に伝えてもらってるんだが… あんまり 期待は出来んよな…」
和夫は そう言うと右手で自分の頭の後ろを撫でる様に触りました。
光「えーっ!? お母さんも呼んだの!?」
和夫の言葉に少し大きな声で驚く光…
和夫「ん? 何だ嫌か…」
和夫も光の声に驚き 立ち止まって聞き返しました。
光「いや… そうじゃないけどさ… お母さんは来たくないんじゃないかな…」
光は少し困惑した表情で答えます…
和夫「うん、まあ確かに こんな状況では宮子だって来たくは無いだろうな。
しかし、麻ちゃんの家に俊を預かってもらってる以上、宮子も含めて話をしないとなあ…
何時までも麻ちゃんに迷惑は掛けられんからな。」
和夫は そう言うと再びゆっくりと歩き出しました。
そんな 光も再び和夫の後ろをトボトボと歩きながらついて行きました。
そして 何か考え事をしていました…
光「お母さん、来るのか…」
光は、とても心配でした。
宮子が来たら この話し合いは絶対に皆が嫌な思いをする事になるだろうと…
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そして二人は車に乗り込み
病院を後にしました…
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病院から麻子の家までは割と近く、車で二十分程 走り 夕方の四時頃には到着しました。
和夫「よし、着いたぞ。」
【ピーンポーン…】
(和夫が玄関チャイムを押した)
和夫「こんにちは、麻ちゃんいるかね。」
和夫は玄関扉の前で大きく声を掛けました。
麻子「ハーイ!」
中から元気よく麻子の声が聞こえると、光が少し微笑みました。
【ガチャッ…】
(扉が開いた)
麻子「ああ、お兄さん! 早かったわね 上がって下さい。
あら、光!? 良かった… すっかり元気になったみたいね。さあ入って…」
和夫と光は麻子に案内されて部屋に入るとリビングのテーブル席で お茶を入れてもらいました。
麻子「どうぞ…」
【コトン…】
(お茶をテーブルの上に置いた)
和夫は麻子に軽く会釈すると お茶を飲みながら、話しを始めました。
和夫「済まなかったね麻ちゃん。今回は色々と世話ばかりかけて… でも本当に助かりました。」
申し訳なさそうに話し出す和夫に麻子は笑顔で答えました。
麻子「いいの いいの、私にとって この子達は可愛い甥っ子だもの… それに、お姉ちゃんが問題を起こしてる訳だし…」
麻子は そう言って光の頭を軽く撫でました。
和夫「いやいや、とは言っても これは真部家の問題ですからねえ… 本当に申し訳ない…
あっ、それはそうと… 俊は また遊びに行ってるのかな。」
麻子「うん、いつも夕方の五時頃迄には帰って来るんだけど。今日は学校の友達と自転車で遊びに行ったわよ、少し遅くなるかもね。」
和夫「はは… 相変わらずだな俊は…」
そう言うと和夫は壁に掛っている時計を見ました。
時刻は まだ五時前です。
そして和夫は少しソワソワしながら辺りを見回すと とても聞きづらそうな顔で話しました。
和夫「麻ちゃん… 宮子は何か言ってましたか…」
和夫が申し訳なさそうに そう尋ねると、麻子も急に表情が強張りました…
麻子「うん… 多分来るとは思います。でも電話では すごい勢いで怒ってたんです…
実際は お姉ちゃん 気まぐれな所があるから 本当に来るか なんとも言えませんけどね…」
和夫「済まないね… 何時も嫌な思いばかり させてしまって…」
和夫は俯きながら話す麻子に 気を遣いながら軽く頭を下げて謝罪をしました。
麻子「いえ! 私は妹だから大丈夫です、慣れてるし… でも やっぱり このままだと俊と光は可哀相ですよね…」
それから麻子と和夫の世間話しが暫く続きました。
光は何もする事が無いのでテレビを見ながら俊と宮子が現れるのを待ちました。
時計は午後五時を少し回った所…
辺りは段々と薄暗くなり始めていました。
【ガチャンッ…】
(玄関扉が開いた)
俊「ただいまー!! あえっ!? お父さん何で居るの!? あっ、光も居る…」
驚いた俊に麻子が苦笑いしながら言いました。
麻子「俊… 黙っててごめんね、今日はね お父さん達と皆で これからの事を話し合おうと思って集まってもらったんだ。
光も今日 病院を退院して来たから この機会にどうかなって思ってね…
先に言うと帰って来ないんじゃないかと思って、お姉ちゃん黙ってたんだけど… ごめんね、怒らないでね。」
麻子に そう言われると俊は上着を脱ぎながら、とても つまらなそうな顔をして黙って椅子に座りました。
そんな、俊の態度を見た和夫は麻子に気遣い俊を宥めました…
和夫「なあ俊… 面白く無いのは解るが、このまま何時までも麻ちゃんの家に居るわけには行かないんだ…
今日は お前達の考えも聞きたいから、キチンと自分の考えを言って欲しいんだよ。」
俊「…」
已然と不満そうな顔をしながら、何も話そうとしない俊…
すると、光が突然 俊に話し掛けたのです。
光「この後、お母さんも来るかも知れないんだ…」
この光の言葉で俊の表情が一変し、大声で怒鳴り出したのです。
俊「いい加減にしてくれよ! 俺は転校なんかしたくないんだよ!! 友達と別れるのは もう嫌なんだよ!!!」
俊の声が部屋に響いて静かに消えました…
麻子「俊…」
和夫「…」
静まり返る部屋…
麻子が、やり切れない表情で俊を見ていました…
和夫も何も返す言葉がありません…
すると、何故か光だけが普通に話をし始めたのです。
光「遠く離れていたって、学校が変わったって… 友達は終わらないよ… ぼっ、ぼくは そう思う。」
光は今日 別れた颯の事を思い出していたのです…
そして、その光の言葉を聞いて今まで下を向いていた俊がゆっくりと顔を上げました。
光「また元の学校に帰るんだよ、だから前の友達とも会えるし、良い事も たくさん あるよ!」
光の問い掛けに、俊は三年前に別れた、以前の小学校の友達の事を思い出しました。
俊「そうか… 俺達 転校して あちこちに友達が増えたんだよな…」
光「そうだよ! また向うの友達に会えるんだよ!」
すると、俊の曇った顔は少し晴れやかになり 和夫に話し始めたのです。
俊「お父さん… お願いがあるんだ。」
和夫「ん、お願い!?」
和夫は俊の言葉に不思議そうな表情で返答しました。
俊「俺、お母さんとお父さんが喧嘩をしていても 三ちゃんや麻子お姉ちゃんと会えなくなるのは絶対に嫌なんだよ…
だから 三年前に お母さんと一緒に暮す事を選んだんだ。」
俊の この言葉に麻子の表情は騒然となりました。
麻子「!」
俊「三年前、俺 お母さんに言われたんだ…
【もし お父さんと暮す事を選んだら もう佐藤家に関わらせない】って…
だから仕方なく お母さんに着いて行く事にしたんだ…」
この時 麻子は初めて自分の置かれていた立場が知らない間に俊を苦しめていた事に気付いたのです。
麻子「そうだったの…」
麻子は俊の顔を見て少し目に涙が滲んでいました。
そして、和夫は唇を噛みしめながら とても苦い表情で呟きました。
和夫「そうだったのか… なんて卑怯な事を…」
光も俊の話を聞いて驚きました…
光「お母さん、そんな事言ってたんだ、知らなかった…」
すると和夫は悔しそうな表情で子供達に自分の考え方を説明したのです。
和夫「大丈夫だ… お前達が俺と暮しても俺は そんな馬鹿げた事は言わないさ、安心しなさい…」
俊「何でさ! だって 三ちゃんも麻子お姉ちゃんも お母さんの身内なんだよ、それでいいの!」
俊の重たい疑問に和夫は目を閉じて静かに答えました。
和夫「いいんだよ… だって お前達は俺の道具ではないから…」
光「!」
和夫「お前達も俺と同じ自分という感覚を持った人間なんだ… 例え親であっても、俺にお前達の人生で出会うべき人間を決める権利など何処にもない…」
俊「お父さん…」
この和夫の言葉に俊の心は揺らぎました。
本当に自分達の事を考えていた人が誰なのかを思い知らされました…
今 信じなければいけない者… 頼らなければならない者…
それは紛れもなく この大きな器をもつ父親なのではないかと…
そして この時 バラバラだった三人の心は一つに繋がった様な気がしたのです。
そして、俊が今 当に自分の考えを和夫に伝えようとした その時!!
【ピーンポーン!】
(チャイムが鳴った)
皆の会話は止まり、一斉に玄関に注目が集まりました。
麻子「ハイ…」
麻子が少し慌てながら玄関を開けると…
【ガチャッ…】
(玄関の扉が開いた)
宮子「忙しいけど、着てやったよ!!」
なんと それは宮子でした。
宮子は玄関を空けるや否や この上ない豪快な表情と威圧感で登場したのです。
そして、荒々しく椅子に座ると、和夫達の事など知らぬ素振りで鞄から煙草を取り出しました。
【ジュボッ…】
(煙草に火を付けた)
宮子は煙草の煙を思い切り吸い込むと、気合いを入れるかの様な大声で麻子に呼びかけました。
宮子「麻子! コーヒー入れてブラックでね。」
そして宮子は和夫の方をチラッと見て、怒鳴り口調で話し出しました。
宮子「なんだよ! あたしに用って!!」
和夫「…」
麻子「…」
和夫も麻子も、宮子があまりにも態度のでかい事に翻弄され、そのまま 躊躇していました。
何かに吹っ切れて、開き直ったかの様な顔で…
薄ら笑みを浮かべながら煙草を吹かす姿は、余裕さえ感じられる正当な振る舞いでした…
そして、今ハッキリと… その姿を俊は鋭い目つきで睨んでいるのでした。
俊『…!』
つづく