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アイドル・シンドローム ~地下アイドル細腕繁盛記~  作者: フミヅキ
第二章 紅玉の原石は夢に覚める
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第二章 紅玉の原石は夢に覚める④

 初めてのライブハウスは居心地の悪いものだった。重たい防音扉の向こうは、ステージとフロアを合わせても教室くらいの広さ。天井には配管や空調がむき出しで、フロアを照らす照明も薄暗くて、全体的に古びて小汚い印象の施設だった。


 ライブ開始前、小さな音で知らない曲が流れるフロアにいるのは男の人がほとんどだった。アイドルのグッズTシャツを着込んだ、いわゆるオタクらしい外見の人達の他に、普通に渋谷あたりで遊んでいそうな人や会社帰りらしきスーツ姿の人もいた。みんな楽しそうにテンション高くしゃべっている。


 泉ちゃんと由香里ちゃんは準備があるし、仙崎社長はスタッフの人達と話さなければいけないとかで、わたしはフロアに一人取り残されていた。後ろの方の壁にひっついて、とにかく小さくしているしかなかった。


 来るまでの道で泉ちゃんから聞いた話によると、今日はハッピープリンセスの主催ライブなのだという。でも、この時のわたしは主催ライブの意味も、ライブハウスに出された花に「主催おめでとう! ハピプリファン一同」とメッセージが掲げられていることの特別さも、まだ知らなかった。


 しばらくそのまま耐えていると、急にフロアが暗くなった。それとは逆にステージには煌びやかな照明が灯り、アイドルグループが登場する。スピーカーからの音も急に大きくなって、鼓膜がおかしくなるかと思った。


 この日は何組ものアイドルのステージが披露されたけど、名前を知っているグループはいなかった。目まぐるしく明滅するカラフルな光に照らされる彼女達は、可愛い衣装を着て、歌って踊り、人形のような愛くるしさを振り撒いていく。グループごとに曲調は色々だけど、女の子らしい甘くて明るい歌声は共通で、耳を惹きつけた。


 アイドル達が歌って踊ると、フロアの人達も負けじと動き出す。ファンの人達はびっくりするくらいの機敏さで体を動かし、合いの手みたいな歓声を上げて、派手にペンライトを振り回した。


 アイドルの振りまく甘い空気と、空間を満たす音の洪水と、ファンの人達のエネルギーとで、ライブハウスの中は別世界になっていた。背の低いわたしは最初、ファンの人達の頭の隙間からステージを恐る恐る覗いていたけれど、気が付けばアイドルの人達の動きを必死に目で追っていた。



 そして、この日、出演グループのトリを飾ったのは、由香里ちゃんと泉ちゃんのハッピープリンセスだった。


 今でもたまにネット上でこんな風に書く人がいる。


「ハピプリ初期メンの幾松ダイアの華は桁が違ったよな」


 幾松ダイアというのは由香里ちゃんのステージ上の名前だ。仙崎社長もこんな風に言ったことがある。


「ダイアのパフォーマンスはすごいんだ。本当はダイアとラピスでシンメトリーな双子っぽいステージングを考えていたんだけど、完全にラピスが引き立て役になっちゃってて。だから、センターをダイアにすればバランスとれるかなって思って、追加メンバーを募集することにしたんだ」


 その会話の場には泉ちゃんも一緒にいたんだけど、泉ちゃんはいつもと変わらない顔でにっこり笑って言った。


「うん。由香里は本当にすごいからね。社長の言うとおり、わたしと二人だけだとバランスが悪く見えちゃってたと思うから、ちーちゃんが入ってくれてよかったよ」


 仙崎社長はそれを聞いて優しく微笑む。


「泉は本当に物事をよく見渡せているね。それはすごいことだよ。それに、最近はパフォーマンスもぐっと良くなってきたし」


 仙崎社長に褒められて、泉ちゃんははにかんで笑った。そんな記憶。


 この日、初めて見たハッピープリンセスのステージもその言葉そのままだった。二人が出てくる前から、フロアはダイアちゃんのメンバーカラーである白と、ラピスちゃんの青と、二色のサイリウムやペンライトが点灯していたけど、数えるまでもなく白の輝きが圧倒的だった。


 登場用のSEの音と共に二人が出てくると、フロアがファンの歓声で震えた。


 フリルのついた白のミニドレスを纏ったダイアちゃんと、同型の青の衣装のラピスちゃんは歓声に突き動かされるように歌い、踊り始める。MIXやケチャ、拳の振り上げ、掛け声に煽られるように、二人の動きは熱を帯びていった。


 だけど、やっぱりダイアちゃんのパフォーマンスは圧倒的だった。左右対称になるように二人は同じ振付けを踊り、歌割の量もそんなには変わらないのに、どうしてもダイアちゃんの方に目が行ってしまう。


「それじゃあ次の曲行きます。『マイ・フレンド』!」


 ダイアちゃんの甘やかな歌声はみんなの頭を撃ち抜いた。ステップや体の動きの一つ一つがみんなをステージの世界に引き摺り込んだ。フロアを見渡す視線がみんなを痺れさせた。これがオーラというものなのかもしれない。ステージのダイアちゃんは自ら光を放っているみたいに見えた。


 そして、そんなダイアちゃんに向かってフロアのみんなは熱烈に声を上げ、体を動かす。まるで、自分のエネルギーすべてをダイアちゃんに捧げるように。ダイアちゃんはその様子を嬉しそうに、満足そうに見つめる。

 ダイアちゃんは熱烈に愛されていた。そして、ダイアちゃんはその愛情を当然のものとして受け取っているんだ。


 わたしは体が震えた。涙が出そうだった。

 この感情は感動なのかな。でも、純粋な感動とは違う気がする。


 憧憬? 羨望?


 そうだ。わたしはダイアちゃんが羨ましかった。あんな風に愛されるダイアちゃんが、あんな風な生き方があることが衝撃で、心の中に強い風が吹き抜けた気がした。


 あんな風になれたら。あんな風なアイドルになれたら……。


 わたしの中に初めて夢らしい夢が芽生えた瞬間だった。


【第二章 紅玉の原石は夢に覚める 完】

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