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アイドル・シンドローム ~地下アイドル細腕繁盛記~  作者: フミヅキ
第七章 瑠璃は惑いの中で踊る
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第七章 瑠璃は惑いの中で踊る②

 忙しい日々はあっという間に巡り、いよいよ出発の日がやって来る。


「東名阪ツアー出発!」


 運転席に座ったわたしはハンドブレーキを倒し、シフトレバーをドライブに入れてアクセルを踏んだ。レンタカーで借りた最大七人乗車可能のミニバンは軽やかに走り出す。


「長旅だから、覚悟してね」

「おー!」


 ダッシュボードに嵌め込まれたカーナビは、目的地である大阪のビジネスホテルまでの所要時間を六時間以上と予測していた。


 今日はハピプリ☆シンドロームのミニアルバム「突撃プリンセス・ハート!」の発売日でもある。一足先に店頭にCDが並ぶ、いわゆる「フラゲ日」だった昨日から、ファンのみんながミニアルバムの購入報告をツイッターにあげてくれていた。


 予定としては、今日金曜日に出発して大阪着、夜にCDショップでリリースイベント。明日土曜午前には別店舗でリリースイベントで、夜はライブ。明後日の日曜日には名古屋に移動してリリースイベントとライブというスケジュールを組んである。


 そんなツアーの移動手段にはレンタカーを選択した。旅費にかけられる費用は限られているし、衣装や物販グッズの運搬もあるためだ。今日は朝一でわたしが予約した車を取りに行き、もう一度うちに戻ってみんなで荷物を積み込んでの出発となった。


「みんな、お菓子食べる?」


 車内ではさっそくヒスイがビニール袋を漁っている。ヒスイをうちまで送ってくださった彼女のお母さんが「いつも送り迎えでお世話になっているから」と、差し入れを持ってきてくださったのだ。


「おう! 食べようぜー!」


 三列シートの二列目に座ったコハクとヒスイが楽しそうにビニール袋の中を検分する。


「なに聴くナリか?」


 助手席のルチルは車内のスピーカーで携帯プレイヤーを聴けるように設定してくれた。


「そりゃ、新曲に決まってんだろーが!」

「ニャハハ! そうナリね。明日からはオリ曲だけでライブできるからニャ!」


 ルチルは嬉しそうに再生ボタンを押した。ミニアルバムの一曲目でリード曲でもある「プレゼント4U!」が車内に響き渡る。SAYURIさん作のこの曲はアイドルらしさ満載のアッパーなパーティーチューン。みんな自然に口ずさんでは、「キャハハ」と照れたように笑い合った。


「やっぱ、自分らの歌があるって最高だな!」

「そうだね、コハクちゃん!」

「ついでに大昔のラピスちゃんの初ソロ曲も聴いてみるかニャ?」

「やーめーてー!」


 そうやって騒ぐ一列目、二列目シートとは対照的に、一人で三列目シートに座る千沙子は静かだった。


「ちーちゃん、大丈夫? 狭くない?」


 三列目シートの片側座席は倒してトランクルームと地続きにして、遠征用の荷物が積まれている。


「だ、大丈夫……」

「ルビー、オメー、ガム食うか? ベビーカステラもあるぜ?」

「あ、ありがと……」


 コハクに渡されたお菓子をちょこちょこと食べ始めた千沙子をルームミラーで確認しながら、わたしは車をインターから首都高に乗せた。


「うわ、狭。分岐多すぎて怖い……。首都高運転するのなんていつぶりかなあ」

「ナビ補助するニャ! えっと、そろそろ右車線入った方がよさそうナリよ」

「助かるー。ありがとう」

「オイオイ、ラピスちゃん、大丈夫かよー。しっかりしてくれよな」


 コハクのブーイングにわたしは苦笑する。


「コハクは運転得意そうだよね」

「まあな。って言っても、免許取ってから乗ってねーんだけどさ」

『え!』


 わたしとルチルの声がハモった。


「この前、運転なら任せろって言ってたよね?」

「おう」

「なのに、本当はペーパードライバーだったの? 高速走るんだよ!」

「だーいじょぶだって。なんとかなんだろ」


 あっけらかんと笑うコハクに、わたしは顔が引き攣る。遠征はロングドライブになるから、免許を持っているわたしとコハクとルチルで交代して運転する計画だったのだ。わたしの隣でルチルもワナワナと震えていた。


「わかってるナリか、コハク! 運転中はみんなの命を預かるってことだニャ!」

「そういうお前はどうなんだよ!」

「ルチルは東京に出てきてからも、同期と一緒に作品用の資材買い出しで軽トラ運転したりしてるナリ」

「ケッ。そういうんじゃなきゃ、東京なんて車なんてなくても暮らせるじゃんか」

「これだから生まれも育ちも都会っ子はイヤなんだニャ。ルチルの田舎は車ないと暮らせないから、高三で免許とらされて、親とか親戚の足に使われて苦労したニャ」

「お前の都合なんて知らねえよ」

「どう考えたってコハクはステッカー貼りまくりな軽に乗ってる田舎ヤンキーだニャ。なのに港区育ちっておかしくないナリか?」

「いちいち、突っ掛かってくんじゃねえよ、うっとーしー奴だな」


 売り言葉に買い言葉なコハクとルチル。ヒスイが慌てたように隣のコハクを宥める。


「やめなよ、コハクちゃん、ルチルちゃんも! お菓子食べて休戦しよ!」


 最年少のヒスイに言われて二人がしぶしぶ引いたところで、車内のスピーカーがとある曲を奏で始めた。


「あれ、この曲って……? ちょっと、ちょ、待ってよ、この曲はやめてよ!」


 わたしはハンドルを握ったまま叫んだ。この曲は由香里とのハピプリ二人時代、デビュー間もなくのシングルにカップリングとして入れられたわたしのソロ曲だった。


「げ。これマジでラピスちゃんかよ?」

「わ~、味があるっていうか……ぶっちゃけ、素人感丸出しだニャ」

「な、やべーよ。初々し過ぎて、聞いてるこっちが恥ずかしくならね? アハハハ!」

「ウケるニャ! ニャハハハ!」


 腹を抱えて笑い始めるコハクとルチルを見て、ハンドルを握るわたしの手が震えた。


「コハクもルチルも……さっきまでケンカしてたくせに!」


 顔が引き攣るわたしには目もくれず、二人は仲良く笑い続ける。仕方のない子達だ。

 ちなみに、次に立ち寄ったサービスエリアでコハクにハンドルを交代したけれど、運転は普通にうまかった。「教習所のおっちゃんにもセンスがいいって褒められたんだよなー」とドヤ顔のコハクを見て、ルチルが悔しそうに口を尖らせていた。



 何度目かの運転交代を経て、車は名古屋を通過していた。運転席はルチル、助手席はわたし。静岡辺りまで騒がしかった後席は、みんなぐっすりと眠りこけている。


「ルチルも運転うまいよね」


 わたしの言葉に、ルチルは苦い顔をした。


「高三なのに親とか親戚に足として扱き使われたナリ。今時、娘は親とか親戚の手助けに駆り出されて当たり前、大学行きたいなんて生意気っていう田舎社会だったんだニャ」

「そうなんだ」

「髪ちょっとオリジナルに切っただけで家から蹴り出されて一晩ナリ。しゃべり方も強制されそうになったニャ。それが嫌で東京に出ることにしたナリよ」

「そうなんだ……」


 ルチルが実家とあまりうまくいっていないことは、今までも少し聞いていた。


「ラピスちゃんちはどんなナリか? アイドル活動、なんか言われないのかニャ?」

「うちはまあ……自営業だけど兄が継ぐための準備をちゃんとしてるからね。わたしは一応、親の納得する大学を出たし、あとは家族と他人様に迷惑をかけない限り、好きなことしていいって。その代わり、失敗しても面倒はみないからって言われてるけどね」

「うらやましいニャ~。でも、今はルチルも好きなことできて、すっごく楽しいニャ!」

「そっか。よかった」


 わたし達は微笑み合う。


 その後、多少の渋滞はあったものの、ほぼ予定通りに大阪に到着した。大阪の中心部から少し離れた駐車場付きのビジネスホテルにチェックインして、短い休憩をとる。

 夕方には衣装の入ったキャリーケースを引いて、リリースイベントの開催されるCDショップに電車で向かった。店舗スタッフさんに手伝ってもらい、一回目の「突撃プリンセス・ハート!」リリースイベントは無事に終えることができた。


「夕飯どうする?」

「大阪といえばお好み焼きかニャ?」

「あと、串揚げとかじゃね? あ、フロントにここら辺のグルメ案内があんじゃんか」

「あ、たこ焼き屋さんもある!」

「ど、どて煮……?」


 帰り着いたホテルのロビーでわいわい話していると、ルチルがファンシーなカバーをかけたスマートフォンを取り出した。


「あれ、里奈叔母ちゃんからだニャ」


 メッセージが来たのか、何かやりとりをしている。


「みんな、ごめんニャ。大阪で働いてる叔母さんが一緒にご飯食べようって連絡くれたナリ。ルチルはそっち行ってもいいかニャ?」

「あれ、お前、親戚大嫌いって言ってなかったっけ?」


 首を傾げるコハクに、ルチルは満面の笑みで首を横に振る。


「里奈叔母ちゃんだけは別ナリ。ルチルが東京行くのも、美術の大学行くのも、アイドルするのも応援してくれてる人なんだニャ。お世話になってる人ナリ」

「そうなんだ。じゃあ、行ってきなよ」

「ごめんニャ。明日はご飯しようニャ!」


 大きくバイバイしながら離れていくルチルを見送って、わたし達は再びグルメマップに視線を集中させた。

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