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アイドル・シンドローム ~地下アイドル細腕繁盛記~  作者: フミヅキ
第一章 宝石箱の中で瑠璃は踊る
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第一章 宝石箱の中で瑠璃は踊る②

 今日のライブイベントには五組のアイドルグループが出演していて、お客さんは二百人くらいの規模感だ。

 ハッピープリンセスとしては、以前脱退した人気メンバーが在籍していた時代には、ここより広い会場でワンマンライブをしたこともあったし、その頃には事務所からスタッフさんが何人もついてくれていた。


 地下アイドル界は次々と新しいグループが生まれては、その分古いグループが消えていく世界だ。でも、そんな中でもずっとわたし達を応援し続けてくれるファンの方がいて、何かのきっかけでわたし達を知って応援を始めてくれる人もいる。そんな方達に支えられて、わたし達はアイドルを続けている。


「こんにちは、ハッピープリンセスです!」


 わたし達はフロアのみんなに笑顔を振り撒きながらステージに上がり、スピーカーから流れ出す音に合わせて歌って踊る。


 ステージは四曲目に入り、その間奏では、わたし達五人はグループのエースであるルビーをセンターに横一列に並び立つ。


「みんなぁ、もっと声出せるよね~?」


 ルビーがフロアを煽り、わたし達も先導するように拳を振りながらピョンピョン飛び跳ねた。サイリウムやペンライトでカラフルに輝くフロアに、拳の動きと共に「オイ! オイ! オイ! オイ!」という雄々しい声が広がっていった。この曲はロックバンドの方に提供してもらったロックチューンで、毎回フロアのテンションを上げてくれるのだ。


「よくできました~! ありがと!」


 アウトロと共に曲が終わり、わたし達は曲間のMCを始める。


「ルビーね、この曲、大好き! 歌ってても踊ってても気持ちいいんだもん」


 ルビーの言葉に、ヒスイがショートヘアを手で整えながら嬉しそうに頷く。


「ロックバンドの人に曲を提供してもらうのって初めてだもんね。レイニー・デイズさんっていう、すっごく素敵なバンドさん!」


 ヒスイはわたし達の中では一番音楽シーンに詳しい。わたしは彼女の言葉に頷きつつ、フロアにも声をかける。


「そういえば、この前、レイニー・デイズさんの主催ライブに呼んで頂いたんだよね。来てくれた人いますか?」


 何人かのファンが手を上げてくれたのを見て、ルビーが笑顔でピョンピョン飛び跳ねた。


「わ~、ありがと! みんなが来てくれて、ルビーはすっごく心強かったよ!」

「でもやっぱさ、普段のアイドルのイベントとは雰囲気違ったよな。さすがに緊張したぜ」


 コハクの発言に、ルチルがわざとらしく驚いたふりをする。


「え~? コハクでも緊張なんてするナリか~?」

「『コハクでも』ってなんだよ!」

「大雑把なコハクにも、緊張なんていう繊細な感情があったことに驚いたんだニャ」

「ル~チ~ル~! なんだよ、それ!」

「こらこら。その辺にしなさい。ところで今日の特典会なんですけど……」


 わたしはいがみ合う二人の間に割って入りつつ、今日の物販や次のライブについて告知した。


「さすが、ラピスちゃんはしっかり者だね」

「だね!」


 年下組のルビーとヒスイの方が冷静にしているのは、うちにとってはいつもの光景だ。


「じゃ、ルビー、次の曲紹介してくれる?」

「はーい。えーっと、次が最後の曲なんだけど――」


 フロアから「えー!」という残念そうな声が上がると、ルビーが笑顔を浮かべる。


「今の『えー!』って声、嬉しいな! もっと聞かせて?」


 手を添えた耳をフロア側に向けたルビーは、前より大きい「え~!」の声にご満悦の表情で頷いてみせる。


「ありがとう! でもごめんね。次がやっぱり最後なの。また今度のライブで絶対会おうね! 最後の曲は、みんなのことが大好きって気持ちを込めて歌うよ。聞いてください。『幸福の宝石をあなたに』」


 フロアから歓喜の悲鳴が上がった。これはわたし達がグループ結成初期、現体制の前から歌い続けている曲で、ライブでは絶対に盛り上がる、いわゆる鉄板曲なのだ。


 イントロが鳴った瞬間、フロアが動き出す。前奏から歌に入る直前には、みんながリズムに合わせてMIXを入れてくれる。


『タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!』


 それぞれのソロパートでは、メンバーカラー――ルビーだったら赤、ルチルだったら黄色、わたしだったら青など各自の担当色――のサイリウムやペンライトを振ってくれる。メンバーみんなで合唱するサビでは、サイリウムやペンライトを振る他、わたし達の踊りを真似して踊ってくれる人もいる。


 圧巻は落ちサビでのルビーのソロパートだ。フロアのみんなが彼女に向かって手やペンライトを掲げ、祈りを捧げるように、手を叩いては彼女に向かって広げる動作がひたすらに繰り返される。いわゆる「ケチャ」と呼ばれるものだ。ペンライトの赤い光とみんなの手に囲まれたルビーは、いつも以上に現実感がなくて、「アイドル」としか言いようのない存在になる。


 最後のフレーズを踊り終え、わたし達五人は息を整えながら横一列に並んだ。わたしの「せーの!」の掛け声に合わせて、フロアに向かって最後の挨拶をする。


『みんなに幸福のジュエリーをお裾分け! わたし達、ハッピープリンセスの~』

「御園ルビー」

「月岡ラピス」

「桐生コハク」

「穂積ルチル」

「綾原ヒスイ」

『でした~! またね~!』


 わたし達は手を振りながらステージから捌けていく。わたし達を送ってくれるフロアのみんなの歓声や拍手は暖かくて、本当にありがたいものだといつも思う。


「お疲れさま」


 わたしが声を掛けると、メンバーから「お疲れさま!」「お疲れー」「お疲れナリ~」「お疲れさま」の声が笑顔と一緒に返ってきた。そんな当たり前の光景に、わたしはいつもほっとするのだ。



 今回のイベントではライブ終演後に特典会が行われた。マネージャーの鈴本さんに助けてもらいながら、ファンの皆さんとのチェキ撮影や握手をしていく。もちろんチェキ券の販売など売上げ面も大事だけれど、ここではファンのみんなとコミュニケーションをとることも重要だ。みんなの応援に感謝を伝える。当たり前のことだけれど、だからこそ疎かにしてはいけないことだと思っている。


 そんな特典会の現場に、わたし達が所属するマネージメント事務所・エンジェルハートの仙崎社長がふらりとやって来た。


「みんな、お疲れさま! ステージよかったよ。あの衣装いいよね。バンドの人に曲を作ってもらったのも正解だったなあ。ハードな感じとアイドル感が混ざって新鮮だよね」


 社長との遭遇に、わたし達だけでなくファンのみんなも「仙崎Pだ!」と笑顔になる。


「みんな、楽しんでいってね」


 ファンの方達に柔らかく微笑みながら去っていく初老の社長は、ハッピープリンセス結成時から面倒を見てくれている人だった。


 すべての始まりは仙崎社長が開催したハッピープリンセスのオーディションだった。社長も本格的なアイドル運営の経験はなく、わたしともう一人のメンバーも手探りで活動を開始したが、その頃はほとんどの現場に仙崎社長が立ち合ってくれていた。


 いつからかアイドルファンの方達の中でわたし達の知名度が上がってきて、エンジェルハートが設立され、所属グループも増えていった。ただ、社長は元々あまり体が丈夫ではないため、今は仕事量をセーブしている。それもあって、わたし達アイドルもファンも仙崎社長を「レアキャラ」扱いしていた。

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