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アイドル・シンドローム ~地下アイドル細腕繁盛記~  作者: フミヅキ
第五章 弾かれた瑠璃は新路を選ぶ
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第五章 弾かれた瑠璃は新路を選ぶ②

 熱も下がり、体調も大丈夫になったことをルチルに伝えると、彼女は「ハピプリ緊急会議だニャ!」と言ってメンバーを招集した。みんなが集合したファミリーファミレスのテーブル上には、パフェやプリンアラモード、パスタにハンバーグ、グラタン、メロンソーダにカフェラテと、思い思いのメニューが並んでいる。


「ということで、ラピスちゃん。一体何がどーなっちゃってるのか、ちゃんとお話ししてほしいんだニャ」

「うん……」


 わたしは思い切って口を開いた。副社長の考え方、鈴本さんの立場、社長の気持ちをぽつぽつと話していく。その中でも副社長に言われたことをメンバーに伝えるのが辛かった。自分が言ったわけではないのに、自分が悪いことをしたような気分になって、何度か言葉に詰まってしまった。


 わたしの報告を聞いて、一番最初に口を開いたのはコハクだった。


「なんなんだよ、それ! 超ムカつく。舐めてんのか、如月の野郎は!」


 イライラと、牙を剥くような顔でコハクは言った。千沙子は口を噤み、ルチルは口をへの字にし、ヒスイは不安な表情をしている。


「ごめんね、みんな……」

「なんでラピスちゃんが謝るんだよ!」

「だって……ハピプリを守りたいって思ってるのに、わたしは全然役に立たないし……」

「なんだよ、それ!」

「ごめん」

「だからさ、うちはラピスちゃんに怒ってるんじゃねえんだって! うちがムカついてんのは、事務所、特に副社長の如月!」


 イライラの頂点に達したように、コハクは乱暴に自分の茶色の髪を掻き上げた。その隣でルチルも大きく頷く。


「コハクの言うとおりだニャ。ラピスちゃんは悪くないナリ。でも、今のラピスちゃんは、パワハラ受けすぎて萎縮しちゃった会社員みたいで、見てると辛いニャ」

「う……」

 

なんだか痛いところを突かれたような気がして、呻き声が漏れた。


「ちょっときつい言い方でごめんナリ。ラピスちゃんを責めてるわけじゃないんだニャ。というか、ラピスちゃんに責める部分なんてないナリよ。いっつもいつもメンバーのこと考えてくれてるの、みんな知ってるニャ」


 ルチルの言葉にコハクが「おう!」と応え、千沙子とヒスイもコクコクと頷いた。


「みんな……」

「だから、遠慮しないで、ラピスちゃんの思ってること、ぜ~んぶ吐き出してほしいんだニャ。たまにはルチル達のことも頼ってほしいナリよ」


 四人とも優しい顔をしていた。わたしはなんだか堪らない気持ちになって、目頭が熱くなるのを感じた。


「みんな、ありがとう……」


 わたしはそのままの勢いで、事務所に感じた不安や不満を口にすることができた。


「如月さんと話してたら悲しくなっちゃった。わたし達は全然必要とされてないんだなって。ヒスイのこと守ってもくれないし。そんな事務所に所属してる意味あるのかなって……」


 わたしの言葉を聞いて、四人はふーむと溜息のような返事をした。ヒスイがポツリと言葉をこぼす。


「鈴本さんはすごく優しいのに、副社長さんがそんな風に思ってるなんてショックだな」

「そうナリねぇ……。ラピスちゃんの言うとおり、事務所に所属してる意味があるのか考えちゃうナリ。っていうか、そうだニャ!」


 ルチルはガタリと大きな音を立てながら、勢いよく椅子から立ち上がった。


「ラピスちゃんのこといじめる事務所になんか、所属してる意味ないナリよ!」

「え?」

「事務所辞めてもいいんじゃないかニャ?」

「え……」

「独立、独立ぅ! ニャ!」


 わたしは絶句してしまったけれど、ルチルの隣でコハクがニヤリと笑った。


「確かにな。そんな事務所、うちらの方から捨ててやってもいいかもな!」

「で、でも! デビューからずっとお世話になってる事務所なのに……」

「んなこと言ったってよぉ」

「事務所がないと仕事が回ってこないよ。グループの存続には事務所にプロデュースしてもらって、いろいろ準備してもらってっていうケアがどうしても必要だし」

「そーかあ?」


 コハクは不満顔だ。わたしの隣でホットのカフェラテを啜っていた千沙子がおずおずと口を開いた。


「仕事の、ブッキング、とか、いろいろ……い、今、泉ちゃん、全部、してる……けど」

「そうナリよ! ラピスちゃん、事務所の代わりに仕事ゲットしてるし、いろんな手配も完璧ニャ。ホントなら事務所がやらなきゃな仕事までしてるのに、ラピスちゃんのお給料はマネジメント経費差っ引かれたいつもの金額ナリ。そっちの方がおかしいニャ」


 確かにそこはルチルの言うとおりで、わたしもその辺りの不整合に思うところはある。


「運営さんが会社組織じゃないところも結構あるナリ。アイドルさんによっては事務所に入らないで自己プロデュースで個人活動してる人もいるニャ」

「うーん。それはそうだけど……」


 ルチルの言葉に頷きつつも、わたしは不安を拭いきれない。


「でも、わたし達にできるかな?」

「だからさ、それを今、ラピスちゃんがやってんじゃんか! 問題ねえだろ」


 口を尖らせるコハクに、わたしは出来るだけ冷静に言葉を返す。


「わたしがやってるのはライブについてのマネジメントだけだよ。アイドルを続けるには、新曲をどうするとか、CDの製作から流通をどう手配するとか、衣装とかダンスとか、諸々のプロデュース含めたお仕事があるんだよ。もちろん、事務的な作業も。ファンの対応も……特に今は大変だし」


 わたしの言葉にコハクだけでなく、みんなが黙ってしまった。でも、全員が「でも!」と訴えたいように口元をむずむずさせていた。

「でも!」か――。


 メンバーの様子を見ているうちに、わたしの口からつるりと言葉が漏れ出した。


「でも、それをわたし達だけでも出来るなら、挑戦してみたい気はするかな」


 口にしてみると、その言葉はストンとわたしの心に収まった気がした。


『ラピスちゃん!』


 テーブルを見渡せば、みんなが目をキラキラさせ始めていた。

 そうか。これがわたしの今の望みなのか。自分の気持ちに鈍感なわたしに、メンバーが気づかせてくれたのかもしれない。


「これからはみんなで分担してハピプリを支えるニャ」

「当然! うちらだって結構やれるんだぜってとこ、見せてやんねえとな」

「うん。わたしもがんばる」

「わたし……も……!」


 やる気をみなぎらせるメンバーに、わたしはもう一度真剣に問いかける。


「みんなエンジェルハートから独立するってことでいいの?」


 四人は黙って頷いた。わたしは深く息を吐き出す。


「よーし。それじゃあ、これから予想される課題を考えてみよう。その解決方法を検討して、一つ一つクリアしていかないとね」


 四人が一斉に頷いた。


 わたしはホワイトボード代わりに、スマートフォンのタスク管理アプリを開いて、みんなから出される課題を書き出していく。議論は白熱して、ファミレスに居づらくなるほど時間がたっても終わらなかったので、場所をファストフード店に変えて続けた。



 わたし達の「フリーになる」という意思は纏まったけれど、それを正式に訴える前に相談すべき相手がいた。仙崎社長だ。独立に向かって動き出す前に、まずは社長に意志を認めてもらうことが大前提だということは、わたし達五人とも共通した思いだった。


 再び病院を訪れたわたしを、社長はベッドで上半身を起こして出迎えてくれた。前よりも顔色がよくなっていてわたしは一安心する。ひととおりわたしの話を聞いた社長は、眉間に皺を寄せながら苦しそうに息を吐いた。


「独立……。そうか。そうだね、それがいいのかもしれないね。守れなくてごめんね」

「社長……」

「僕も君達の新しい活動をサポートしたいけど……」

「まずは社長には自分の健康回復に努めてもらわないと。それに、事務所にはたくさんのアイドルがいるんですから、彼女達をしっかり守ってもらわないとだめです」

「泉……ありがとう。君はいつの間にかこんなに大きくなってしまったんだねえ」


 仙崎社長は目を細めてわたしを見たけれど、わたしは首を横に振る。


「そんなことないです。そう見えたとしたら、メンバーに助けてもらっているからです」

「そういうところは変わらないね、泉は」


 社長はくすくすと笑ってから、少し寂しそうに微笑んだ。


「僕には娘はいないんだけど、娘を嫁にやる父親ってこんな気持ちなのかな。君達が僕の元を離れてしまうのはとても寂しい。でも、僕は君達には幸せな道を歩いてもらいたいという気持ちが一番にあるんだ」


 社長は視線を外して窓の外を眺める。


「願わくば、その道は僕が描いていたかったんだけどな。でも、君達が自分達で進む道を決められるようになったんだって思うと、とても誇らしい気持ちにもなるね」


 ふうとゆっくり息を吐き出した社長は、わたしに視線を戻した。


「話したことがあるかもしれないけど、ハッピープリンセスの名づけの元は、オスカーワイルドの『ハッピープリンス』――『幸福の王子』なんだ。豪華な宝石が埋め込まれた銅像の王子様が、貧しい人達に自分の宝石を届けていくっていうお話。僕はファンのみんなに幸福の宝石を届けるっていうイメージで名付けたんだけど」

「はい」

「けど、もしかしたら、それは浅い考えだったかもしれないね」


 社長は掛け布団の上に置いた手を組み直して、わたしをじっと見つめる。


「宝石を配りつくしてみすぼらしくなった王子様は、やがて廃棄されてしまうんだ。泉は優しいから、同じように自分の幸せを周りに配り続けて疲れちゃうんじゃないかって、僕はちょっと心配だよ」


 わたしは少し驚いて目を見開いた。でも、すぐににっこり笑ってみせる。


「大丈夫です。メンバーとファンが支えてくれるから、わたしはもうちょっとはがんばれます」


 窺うようにわたしの目を見つめていた仙崎社長は、何かを悟ったように頷いた。


「そうか。そうだね。泉にはみんながいるから大丈夫だね」


 社長は安心したように笑った。


「泉もみんなも、幸せになるんだよ」

「はい。今までありがとうございました」


 わたしは深く頭を下げて病室を後にした。

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