最終話:「『≪【Gods】≫』」
世界は二人の少女で染められる。
ルケイ神話における『ゼロ』が始まりの物語であるならば、これから始まるのは最初で最後の聖戦。
天から降り注ぎ、地上の半分を白く染め上げる神。
地の底から這い上がり、地上の半分を黒く染め上げる神。
対極にして同等。
もうこの世界に彼ら二人の神以外の存在は無い。それほどまでに二人の『力』は極まっているのに、終わりがない。
「完全に飲んだか。故に繋がっている…………彼らも完全に分かれたな。私の方にも多少いるのが意外と言えば意外だが」
「どうするの? 出来れば私は戦いたくない。でも…………」
「全知全能の不老不死同士の無益で無意味な戦だ。どうせ何も変わらない…………己の決意を曲げるか相手を曲げるかしない限りは何も変わらないのは、エリンも分かっているだろう?」
どこか繋がっていないように聞こえる二人の会話。
誰かに伝えるというよりはお互いだけが分かる暗号のようだ。
「「『真理詠唱』」」
真っ白な瞳に真っ白な姿の神と真っ黒な目に真っ黒な姿の神は詠唱を始める。
「【開闢:終焉ノ魔眼】」
「【開闢:創生ノ魔眼】」
互いが、互いの世界でもって侵食し合う。
【黒】側は黒く、【白】側は白く。
思い描く内なる世界が顕現される。
「へぇ~……エリンもそこまで行ったんだ」
「対極でも至る先は同じだもん」
一人は色に、一人は光に塗り潰された目ではおおよそ『視線』を感じるのは難しい。
開かれているだけで全てを見ている魔眼なのだから当然と言えば当然か。
そんな二人の額に、鮮やかな極彩色を放つ対称な目が開かれる。
「───!!」
先に仕掛けたのは霙。
至近距離での居合。
「『物体操作』!」
切られる直前での発動。
本来ならば間に合うはずの無い行為だが、もう両者に因果の束縛は無いに等しい。
(完全に首を切ったと思ったが、ナイフが間に合ったか)
「ハァッ!」
霙の右側から迫るエリンに対し霙は隠していた左手で腰の『根雪』を変形させる。
殆ど騙し討ちに近い攻撃だが、エリンは『物体操作』で身を翻して躱す。
「同格で同等だから、本質的な攻撃以外は相殺しちゃうんだね」
「【権能】も魔法もな。私は体術と内なるモノ達から得られる能力」
「私は物体操作とみんなから預かった能力だね」
両者の頭に浮かぶトリケトラ。どこか楽しそうな両者。
額に現れた第三の目だけが嬉しそうにしている。
「そうだな…………『這い上がれ、冥界』」
霙の言葉に反応して彼女の影がエリンの周囲を侵すように取り囲む。
しかし、【白】の奔流たるエリンにまでは届かないのか、エリンの足元だけは白いままだ。
「その清らかな魂ごと穢して堕とす!」
足元周辺の黒い地から伸びる魔の手……もとい黒い腕がエリンに迫る。
「そ、そんなに清らかじゃないよ!?」
慌てて取り繕うエリン。
見ているコチラ側からすればどうして戦闘中に照れるなんてことが出来るのか疑問ではあるが、本人達にその疑問は無さそうだ。
『寂しい』『生者だ』『遊ぼう』『話そう』『こっちへ』『こっちへ』『こっちへ』『こっちに来て』
エリンを飲み込もうとする亡者の群れ。腕。声。
それらがエリンに近付くと、彼女の軍服のスカートの内に潜ませていた12本の宙を舞うナイフと両手に握られたナイフでもって切られ、弾かれ、指一本触れられない。
「三杉さん、お借りします!」
そう言ってエリンは三杉の持つ固有魔法『生命帰還』を発動させる。
すると、エリンが切り落とした黒い手達が次々と元の生物に戻って迫る霙に襲い掛かる。
「チッ!」
次々と襲い来る敵を容赦なく魔道具武器の『日本刀:天泣』と『ナイフ:紫雲』の二刀流で首を落とす霙。
犬の魔獣。大亀。気持ちの悪い笑みを顔に張り付けた男。等々。
いずれも霙が殺した生物だった。
「さすがだね霙」
「…………なぁエリン、分かってくれ。俺が一人で泥を被れば済む話なんだ」
いつの間にか霙の方に飛んでいたエリンのナイフは見えない何かによって弾かれた瞬間、我々では認識できないうちにエリンの周辺にお行儀よく漂っている。
やはり私達では、彼らの戦闘を正しく認識することなど出来ないのかもしれない。
「霙の本心の半分しか分かってないけど、やっぱりダメ。ゼロが私達にしたことを一人で抱えて終わらせるなんて私には許せない」
「そんな夢物語が人間世界で実現できるとでも?」
「すぐには無理でもいつか…………いつかその日が来るまで私は待つよ」
夢と心を壊され、生きながら夢の世界に殺されてきた少女は現実を語り。
家族と現実を壊され、生きるために現実と戦いながら生きてきた少女が夢を語る。
どんな運命の巡り合わせが二人を繋いだのか。
他次元世界から彼らを覗き見る我々でさえ計り知れない。上には上がいるように、彼らを創った私達を創った存在がいる。
この結果はまさに『奇跡』と呼ぶに相応しいだろう。
「「…………『真理詠唱』」」
重なる声。
互いの全力。
「『【無】から夢を───【無限】の可能性を───今一つに束ね、一筋の光とする!』」
「『清浄なる右を天に───不浄なる左を地に───挟まれし我の深淵に住まう混沌を見せよう』」
エリンは手を前に広げて、光を向かい入れる。
霙は右手を上げて左手を下げて、胸の扉を開く。
「【無限光 0:0:0】」
「【past】」
白い光。
黒い闇。
二人から放たれた【黒】と【白】が互いを……世界を飲む。
もう二人しかいない世界で二人の決意が充満していく。新たなる理の創造。新しいルケイ世界。
彼らの極端な想いは、そのまま第二魔法としてこの世界を書き換える。
~新しい世界~
「あ、あれッ!? 戻ってるし!」
流花。
「帰って、来た?」
ルーナ。
「(お、おい霙。今の俺がエリンに会うのは───)」
死道。
「ドクター!?」
エリン。
「あ、あれ? 俺は…………」
三杉。
「三杉おじちゃん寝すぎだよ~」
サナ。
「ママ?」
氷雨。
「…………」
菫。
「あ~~!! もう、なんだよぉ! これじゃあ折衷案じゃないか」
霙。
「ママ、折衷案というよりも、どっちにも世界が染まらなかったが正しい」
セラフィー。
「…………結局、何も…………」
カグツチ。
「あ、みんなだ」
ライト。
周囲は草原。
エリン達側。つまりは生者達の後ろにはどう見ても神聖魔法王国としか思えない建造物があった。
対する霙達がいる地面は黒い。
死者と共に黒い地面に立つ霙の近くには生者であるはずの二人もいた。それは声を殺して泣く菫と母親を心配する氷雨の二人だ。
「ゼロの制約は無くなったが、俺の支配下でもなく誰のものでもなくなったカオス世界」
「うぅ、みんなで決めようと思ったのに勝手に再構築されちゃってるよぉ~」
諦めた霙と嘆くエリン。
しかしその言葉の意味が分かる者などセラフィーくらいなもので、要は霙の思い描いた世界もエリンの考えた世界の在り方も実現しなかったのだ。
「あ~っもういい! エリン!」
「は、はいっ!?」
「私は冥界と外界担当! エリンは地上と天界をよろしく…………後、ソッチのみんなもエリンの知り合い効果で天使枠に入っちゃってるから覚悟しなよ」
「「「「???」」」」
内容が全く分からない流花、三杉、カグツチ、ルーナ。
「ゴメンね、みんな。私が霙と一緒に生きていたい気持ちが強すぎちゃったみたい…………」
服装以外はすべていつも通りに戻った二柱。
ルケイ世界は再構築され、新たなルケイ世界となった。
「ソッチは誰かを使徒にするの?」
「私? 私の方は作らないつもりだけど……私達の『神話』が新しく組み込まれちゃってるから、そのうちに第二魔法から使徒にされちゃうかも」
「どっちにしろ組み込まれた効果は消えないから変わらないと思うけどね」
「そう? …………霙ちゃんはどうなの?」
「セラフィーは半ば強制的に使徒になってるかな。後は生者だけどアンリとイルミンスールの二人は能力的にこっちに引き入れるつもりだから、その時に使徒にさせる」
「ママ、サナちゃんと氷雨お姉ちゃんとライトお兄ちゃんとかも第二魔法で使徒になっちゃうかもだよ。菫はゼロの使徒だからならないけど…………」
「確かに。しかも氷雨は生者だしサナもそろそろ能力で復活するのか…………よし、さっさと帰って確認と整備を済ませるか」
「うん」
話は進むが、二人の少女……もとい二柱の神と【黒】の娘である天使だけしか理解できていない状況。
「じゃあなエリン。会いたかったら来いよ」
「うん。また今度ね」
「───待って、霙」
会話の意味不明さと展開の速さに当人以外の誰もが置いて行かれると思われたが、ルーナだけが冥界に戻ろうとしている霙に話しかけた。
「内在、世界で、ルーナの、特性、知った……から! その…………」
ルーナの特性は当然霙も知っている。
エリンの『退魔の一族』とは対極の特性。他者と交わり取り込み魅了する『魔性の一族』であるルーナがこのまま人間界である地上にいれば、その特性でもって様々なモノを引き寄せると同時に求めてしまうだろう。
「コッチで助けて欲しいと?」
「……うん」
対極の一族であるエリンにはどうすることも出来ないだろう。
かと言って霙も忙しい。
冥界の管理。外界からの迷い人…………つまりは流人の管理。反抗してきたニコへの罰。菫への罰。更にはサナや氷雨やアンリにイルミンスールのような生者に食事なんかも与えなくてはいけない。
特に幼女二人と精神が『絶対防御』と調教という名の虐待のせいで幼い氷雨に正しい教育を与える役目もある。
「ん~……」
「ママ、ダメ?」
「そうだよ霙お姉ちゃん。ルーナお姉ちゃんがいたらサナの練習のお手伝いになるよ」
他の人々が地面に沈むように冥界に帰って行く。
そんな中、冥界の主は左右からのお願い攻撃に頭を悩ませていた。
「ん~……」
「霙…………お願い」
突然手を取られた霙の前には、取った霙の手を両手で胸に密着させながら上目遣いで懇願する若干涙目のルーナの姿が。
「!?!?!?」
「…………ダメ?」
手に伝わるルーナの大きな胸…………ではなく彼女の胸……というかルーナの手の温かさが伝わってくるのだがどうしてもその豊満なバストに意識が…………。
(これが『魔性の一族』の…………け、けしからんな。こ、こんなにいやらしくてけしからん子が地上にいたら風紀が乱れるよな? うん、そうだ。そうに違いない。これは仕方ないな。うん。そうしよう)
「しょ、しょうがないなぁ。今回だけだぞ」
「うん。ありがとう」
そしてこのエンジェルスマイルである。
普段無表情なだけあって、破壊力は桁違い。この時点でギャップ萌えまで駆使してくるあたり、完全覚醒が近いのかもしれないと考えることでルーナの胸の感触から少しでも意識を背けたい霙だった。
「それじゃあ行こうか、ルーナ」
ルーナの足が生命力に満ちた草原から底の見えない沼のような黒い大地に着く。
「───ルーナ!」
霙達と共に沈むルーナに向かって流花が叫ぶ。
「私、どんなルーナでも大好きだから! 絶対! 迎えに行くから!」
「…………」
言葉ではなく、微笑みで返すルーナ。
流花も内在世界にいた身だ。当然ルーナやエリンの一族の事も聞いている。
それでも彼女の愛は変わらない。
「…………、」
流花は見届けて、どこか安堵した。
霙達が完全に見えなくなり、黒い地面が消えて元の草原に戻る。
「大丈夫? 流花ちゃん」
「うん。ルーナが女同士でも許してくれるのが救い……」
全く状況が分からない三杉。
最後まで何も出来なかったことへの無力感に打ちひしがれるカグツチ。
愛する人に想いを告げ、前に進むことを決意した流花。
「何もかも、これからだよね」
新たなルケイ世界の神となったエリン。
霙だけでなく、彼女の想いもまた叶ってなどいない世界。
消えた帝国は皇帝夫妻を除いて元に戻っていた。
死んだはずの王国国民も復活している。ルケイ人の記憶や常識にも変化があるかもしれない。
「半分しか背負えないけど…………」
新しい世界の一ページ目は、爽やかで明るい空と共に。
悲しみと後悔を一つまみ。
「私も頑張るから」
行動しなければ夢は夢のまま。
次はやっと手に入れた『力』で行動する番。
楽しいだけの人生など無い。
これでようやく始まるのだ。
楽しい人生。楽しい異世界生活が。
二年間ありがとうございました。
謎や彼らのこれからがまだまだ残っていますが、それらはリメイク版の方で書ければと思います。とりあえず、霙が人生を楽しむまでの奮闘劇はこれで終了です。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。




