55:絶対的な支配者
~神聖魔法王国領土~
黒い波に乗り、青い海を黒く染める。
帝国を黒水に沈めた霙が国境線でもあった海すらも黒く染め上げ本能の開放地跡を飲み込み、王国領土を黒く侵していた。
「もう少しで王国か」
「菫もママのこと対策してるよね」
「だろうね。きっと、権能を使わずにルケイの魔法で来るだろうな」
ゼロすら飲み込んだ霙には、何故ゼロがルケイ世界に降りて直接干渉しなかったのか分かる。
三権能で創った『魔法』ではあるが、その魔法はルケイ世界で独自に進歩したもの。要するにゼロは、飼い犬に手を嚙まれるのを嫌がったのだ。
それに霙は流人。
ルケイ人であればゼロも対抗できただろうが、ルケイ世界にとってもゼロにとっても異世界人である霙はルケイ世界のルールとは違うルールで育った存在だ。ゼロの創ったルケイ世界の法則すべてが異世界人に通用する訳ではなかったのだ。
「んぁ~ゼロぉ~、そろそろ教えてくれてもいいでしょぉ~?」
唐突に甘ったるくて妖艶に微笑み、セラフィーを抱える右手とは逆の手に握られたランタンを自身の顔に近付ける霙。
「本当に普段からそんなんなのね」
「なんだよー別に普通にしてるだけじゃんかー」
ランタンの中には小さい人形のようにされてしまったゼロがいた。
「なんだよ、ワガママお嬢様こじらせて世界を滅ぼしたくせにぃ~」
「なっ、分かってるなら聞かないでよね! そっちだって自分の都合で滅ぼしてるじゃない!」
「私のは自分の心のためのワガママだからいーの。セルフワガママやってても、どうせ私は溜め込んじゃうんだから」
これが神聖魔法王国以外のすべての土地を冥界と内在世界に繋げ飲み込んだ新たなる神の余裕だろうか。
「王国に着く前にセラフィーもゼロの話、聞きたいな」
これから菫との戦闘が予想されるというのに、三人の緊張感のなさと言ったら……。
それこそ、勝利が分かっているかのようである。
「うぅ……か、簡単に言うとね、私は天才で、力も強かったから誰よりも『終ノ魔眼』に近いと思ってたの。だけど上手くいかなくて、みんなにバカにされてイライラしちゃって……それで、」
「そんなことで世界を滅ぼした挙げ句に自分じゃなんの研究も出来ないからルケイ世界を作って菫とかに代わりに研究させてたって訳。最低な神様でしょ? しかも自分の神様としての基本的な三権能すらまともに使えてなかったんだから」
ケラケラと笑う霙。
対してセラフィーは真剣そのものだった。
「その時の親友がワンに似てたからワンの見た目を彼に似せたんだね。ゼロちゃん、それって恋じゃないのかな? それともセラフィーの勘違い?」
「…………」
「…………」
ゼロと霙の反応が完全に一致する。
元神と現神の二柱だからこそ今のセラフィーの会話についていけるが、他の人間について行けただろうか。唯一の救いは、彼ら以外の人間はもうこの世界には数人しかいないことだろうか。
「上位存在から直接霙に届けられただけあって、凄いわね」
「私と少なからず繋がってるとはいえ、よく分かったねセラフィー」
「そう? パパの創りがいいからかなぁ?」
「あらあら楽しそうですね」
怒りと期待に満ちた青黒い菫の声。
「やっぱりそういうことになるよね」
「霙のことを私が『愛しい子』って呼んだ理由でも分かった?」
「あれってゼロちゃんがママのこと好きなんじゃなくて、私の神様がママのことを好きってことだよね?」
「当たり前だよねぇ。そうじゃなきゃ子供なんて出来ない訳ですし…………あぁセラフィー可愛いよぉぉぉぉ~」
「…………、」
「もぉ~ママったら、菫が怒ってるからそろそろ止めてあげようよ」
「…………。」
「あれ? もう王国前まで来てた?」
「そうか! 上位存在の神も今の霙も内と外……精神世界と次元の壁はあれども感覚的な距離は同じ。互いが互いの神様なんだ! あれ? そしたら私の行いも全部霙と霙の神様……上位存在であるニア霙の創作物ってことに…………!?」
「いやいやゼロちゃんよ、そこまで出来る訳ないから。そんなの自分が一番わかってるでしょ? 君が操ってる気でいた菫タンだってまともに操れもせずに謀反起こされてるんだからさ」
黒い地面と王国の境界線。
苛立ちが最高潮に達しつつある菫が拳を固く握りしめながら無視し続ける三人に向かって極大の暴力的な魔法を放つ。
「…………おい、ふざけるのもいい加減にしろよ」
「あ~マジで箱とかっていいよな。中身が見えなければその外にどれだけの超常現象を起こしても箱の中に理屈があると思い込んでくれるんだからさ」
菫の極大魔法を受けても傷一つどころか服の乱れ一つ無く立ち話を続ける霙。
「その肉体も一つの箱だって言いたいのか?」
「ゼロ君の理解が早くて助かるのよな」
黒い羽織と袴と足袋。
彩があるとすれば抱えているセラフィーと左手のランタンの中にいるゼロ……もしくは腰に携えた紫色の姉妹武器だろうか。
「こんな…………こんな適当な連中のせいで…………あの人は殺されたっていうのかぁあああああ!!」
あまりの扱いに激昂し、無我夢中で魔法を放つ菫。
それに対して霙はあまりにもあっけなく、それでいて冷酷な真実を見せつける。
「それは君の中だけの話だろう?」
霙の頭上で重なり合う白・黒・虹の転輪。
微塵の光も逃がさぬ黒い魔眼。
背後から徐々に世界を蝕む混沌の裂傷。
「真理の先……『終ノ魔眼』の更に先───」
菫の魔法はすべて無に帰していた。
そんなことにすら気付く事を許さぬ圧倒的なインパクト。
「それが三権能を手に入れた代償なの?」
「全であり、一である。光を失うことで光を捕らえて逃さない…………可能性の都合上、半知半能とならざるを得なかったが……まぁ、この『終焉ノ魔眼』こそ全という二極の半分、僕の一極の選択ってこと」
(分かってるよね外にいる神様。今、私の『力』で繋がってるんだよ? もう君の好き勝手には出来ない訳だ。まぁ、君は比較的こちらに干渉しない神様だったのも知っているんだけどね)
恐ろしい愛娘だ。
「…………」
「まぁ、分かってもらえないよね。これが分かるならスリート・ルーインが死んだ理由も分かり合える訳だしね」
「分かってるわよ! あの人は三権能を手に出来る人間だったから殺された! それも私の手でね!」
作っていた仮面が剥がれ落ちる菫。
そう、本来の彼女はゼロに創られた初めてのルケイ人であり、ゼロの忠実な人形兼優秀な研究者。
「人間を模した人形にも心が芽生え、スリート・ルーインを愛した。だけども彼は君一人を愛しはしなかったし、君はその与えられた権能故に彼との子供も作れない。その上、君の権能でエリンを操って殺させる……実によくできた悲劇だ」
「そうよ…………だからこうして、いつか来る反逆のチャンスを待ち望んでたのよ!」
菫が手を横に振るうと地面に術式が展開される。
転移の術式から光が溢れ、人影がいくつか浮かび上がる。
「エリン!?」
「あれ? セラフィーは気付かなかった?」
虚ろな目のエリン。
髪も凹凸も無いマネキン人形。
そして、その赤い瞳に絶望を映したカグツチの三人が菫の横に立っている。
「『生命帰還』の悪用。カグツチを引き合いに出してのエリンの誘導と洗脳……カグツチは家族でも人質にされちったのかなぁ?」
「…………悪いな、霙」
「別にカグツチが謝る事じゃないよ。どうせ変わらないよ…………悪役らしく、君達の希望を全部滅ぼしてワガママに世界を創り変えちゃうんだからさ!」
嗤う霙。
俯くカグツチ。
「それでぇ? 時を巻き戻そうとしたけど氷雨の権能で邪魔されて愛しのスリート・ルーインとかいう流人を助けられずにこんな計画まで考えちゃった反逆の菫ちゃんが目の前にいる訳ですけどぉ───」
「流人? アナタ何を言ってるの?」
「───黙れよ菫。今人がゼロに話してんだろ…………そろそろ最初から答えてあげないと可哀想じゃないかしらぁ?」
「そうか? そういうものか?」
「ママもゼロも空気読まないよね」
若干呆れた様子のセラフィー。
「私は人付き合いが苦手だからな。そういうものはよく分からない」
「それを分かっておきながら直さない辺り、ゼロって本当にろくでもないよね」
「お前にだけは言われたくない! お前の場合は自分の精神衛生とかいってワザと相手を煽るような真似をしているじゃないか!」
「いや、だって菫なんてどうでもいいし」
「最低だな貴様」
「ルケイ史上最低の神様に『貴様』呼ばわりされる筋合いはありません~」
「…………魔道具から間接発動───【第二権能:境界】」
しびれを切らした菫が本来は氷雨が持っていた権能を何故か魔道具を通して発動する。
「その首と一緒に永遠に───!?」
「ダメだなぁ~菫ちゃんはダメダメでちゅねぇ~」
ふざけきった霙の言葉。
しかし言葉を返すどころか身動き一つ取ることが出来ない。
「同じ権能で相殺されるのは分かってたらしいけど、身動きが取れなくなるのは分からなかったでしょ」
ニヤニヤと笑い、菫の目と鼻の先まで近付く霙。
「君みたいな虹色の魔眼の持ち主が完全に動けなくなっている。だとすると、この術式は『ルケイ魔法』じゃないし、【三権能】の力でもない…………なんだと思う?」
目の前の邪悪なる神に噛みついてやりたいところだが相変わらず身体は動かない。
「これが世界の『真理』から生み出した新しい術式」
「正解ニャン。ちなみに名前は面倒だから『第三魔法』ってことにした」
「『真理』から生み出した術式だから対応しきれないのは分かるわ。だけど、私の魔眼でも完全に術式も発動も見えず、感知も出来ない。その上に無詠唱で発動できるなんて───」
「ブッブー! 全然違いまぁーす」
どこまでも楽しそうな霙。
「正解は『私達』が手を加えた魔道具で流花ちゃんに超長距離から術式を込めた魔道具弾、略して魔弾で狙撃してもらったんです。もちろん合図は私達共有のこの『終焉ノ魔眼』で感知範囲の外から観察してもらってだけど」
「な!? アナタはともかく、流花が感知の範囲外から狙撃ですって!?」
「流花の事、バカにし過ぎじゃない? あの子だって努力してるわけだし、他の子みたいに特殊な生まれとか能力がある訳じゃないけどさ……この時代に『銃』って発想に至れたその想像力は十分に才能だと思うんだけどな」
唐突に笑顔が消える霙。
山の天気と女心とはよく言ったものだが、霙のソレは知っての通り。そんな次元で収まる話ではないことは、ここまで来た諸君なら分かるだろう。
「全く、この妾にエリンやカグツチを人質にすれば勝てるとでも思うたか? それともサナのような強力な流人の死体の一部や固有魔法使いの死んだ細胞の一部を混ぜ合わせた魔道具に『生命帰還』で能力を再現させた程度で勝てるとでも?」
見え透いておる。
そう霙は菫に吐き捨てる。
「そこの魔道具に時を止めさせた時点で妾の術中よ。以前に受けた時より対抗術式は組んでいた妾達には当然効果はない。内在の者にその術式を込めた魔道具で流花を動けるようにし、その後の説明をして狙撃位置に着かせた」
まるで「滑稽だな」とでも言いたげな表情。
そんな邪神の表情を見た菫から怒りを超えて、感情が沸き上がる。
「ねぇ、教えなさい」
「あぁ?」
「愛する人を取り戻したいという私の尊い計画を破滅させてまで…………そこまでしてアナタは何がしたいの?」
「ん? この世界を一旦滅ぼして再構築する。妾が来てから死んだ者はすべて生き返るし、ゼロの創った酷いルールも消える訳だ…………素晴らしいだろう?」
「…………わ、私の過去改変は許さないのに……自分のはいいってこと!?」
「…………は? 何言ってんだコイツ。俺のは世界の再構築だから。それに復活させられるのは俺の知りうる範囲の連中だけだし……もっと言えば、そういう狭い範囲での死者蘇生は半ば強制なんだよ!」
「なに……それ…………おかしいでしょ! どうしてあの人は救われないのよ!」
「はぁぁぁぁぁぁ~~~~めんどくさ。黙らせるか」
霙がポトリと抱えていたセラフィーとゼロの入ったランタンを手放す。
しかしセラフィーもランタンも地面には落ちず、そのままの位置で止まっている。
「あ~あ、時間逆行魔法とかその他もろもろの為にこんなに殺して圧縮されて……そんな女に助けられたいと思うか?」
黒い地面と王国の地の境界線に立つ菫の喉元に、真っ黒に染まった霙の両手が伸びる。
「今までに殺した流人も王国の民もこの為の生贄……そこに後悔は無いわ」
霙には自分の領域を未だに阻む王国の『絶対防御』の先に、噴水の広場に佇む大きな赤い球体から漏れる憎悪と怨嗟の声が聞こえると同時に見える。
とてつもない魔力量だ。
国民を殺しただけじゃない。きっとあのゴーストタウンに捧げられていた魔力もアレの一部だろう。
「そう言えば、最初に会った時からお前は怪しかったよ。なんせ、魔力があるくせに俺にゴーストタウンで石造だかなんだかに魔力を注がせたんだからな」
霙の両の手が、菫の首をゆっくりと絞め上げる。
「他にもさぁ、氷雨の絶対防御の術式と賢者の書に書いてあった絶対防御の術式が違かったりな。あれで思ったんだ、誰かが手を加えたんだろうなって」
第三権能である【歴史】を持つ菫は権能の効果により死ぬことがない。
だから霙に首を絞められても気絶するだけ。
(まぁ、気絶してもこの世界を記録し続ける運命…………そのせいで過去の時系列があやふやになるだなんて…………「権能は呪い」だって、そう言ったアナタの言葉は今も覚えているのに……ね)
自然と菫の瞳から涙が溢れ───こぼれ──
「待ってよ霙」
──落ちる───
「どうしてこの先の未来を霙が勝手に決めてるの」
──はずだった涙は空中で見えないナニカに拾い上げられて救われた。
「菫の意識が弱まって間接的に行使していた『狂気感染~ルナティックパンデミック~』が解除されたのか」
「答えて霙」
白髪に銀の瞳の少女が黒髪に漆黒の瞳を携えた少女の腕を取り、菫を魔の手から救い出す。
「そんなの、この私が新しい人生として楽しむために決まってるじゃないか」
「そう…………なら、私は貴方の親友として───」
黒に染まり、和服に包まれた邪神に対し彼の親友は決意する。
「ここで貴方を止めなくちゃいけない」
白く清められ、洋服に包まれた白衣の天使は昇華する。
「ゲホッ、ゲホッ……エリン」
「菫さん……それにみんな。みんなの力、借りるね───」
「エリン、僕の邪魔を───!?」
『終焉ノ魔眼』を持っていながら。
神の基本的三権能を持っていながら。
それなりの知能がありながら。
それでも目の前の光景を霙は想像も出来ず、ただただ驚いた。
「『すべては繋がっている』─────」
その言葉を皮切りにエリンの姿が変わっていく。
「真理において全と一は同じ……彼の者は二極のうちの一極【黒】を選んだ。ならば私は対極の【白】を選ぼう───歩み合い、支え合えば真に【完全】なのだから」
放たれたるは純粋無垢な【白】
それは彼女の魔眼を新たなる次元へと清め、彼女の想いを形にする。
「【第一権能:創造】」
曰く、その瞳は白く清らかだった。
曰く、その姿は白の軍服に白衣をマントのように羽織った姿だった。
「それが君の答えなんだね」
「そう…………私は霙と違って一人じゃ弱くて何も出来ないから、私の権能でみんなの力を繋げて借り受けてるの」
「フフッ……エリンらしいよ」
自身を複製する。それは【一】を【全】とする者。
色を何重にも重ねた極彩色の【黒】であり、全てを飲み込む混沌 『終焉ノ魔眼』を選びし暗き太陽。
他者から借り受ける。それは【全】を【一】とする者。
無数の光を束ねた純色の【白】であり、全てを集約した極光 『創生ノ魔眼』を選びし盲目の月。
「霙一人に背負わせたりしない…………私達の未来は自分たちで切り開く!」
「私の人生……私の選択だ。何人たりとも私の好奇心の邪魔はさせないから」
光すら逃さず飲み込む極点の黒。
影を消し去り包む清浄なる白光。
目の前にいる対極の存在が無ければルケイ世界で認識されることすら出来ない両者の頂上決戦が今、始まろうとしていた。




