54:黒幕
~帝国~
「ゼロを倒して吸収したことで氷雨の第二権能【境界】も消えて飲まれたか?」
黒い海と化した帝国領土に降り立つ霙。
すべてが霙の放った黒い液体に溶け消えた大地には、草木の一本も生えていない。
≪バジバジッ≫
凄まじい音が世界に鳴り響く。
直後、世界が軋む。
霙が何かした訳ではない。それでもこのルケイ世界が軋んで歪んでいくのは紛れもない事実。
「はぁ、私が気付いてないとでも思ってるのかなぁ? ……仕方ないな、『真理詠唱』───【発動:終焉ノ魔眼】───【第二権能:境界】」
≪パチッ≫
世界が元に戻る。
だが、このルケイ世界に異変が起き、今しがた元に戻ったことに気付いている人間はきっと霙と術式を発動した本人だけだろう。
「ゼロが権能を分割したせいで完全にルケイ世界を支配出来てないなぁ」
「ママ!」
黒い海からセラフィーが顔を出す。
「おお! セラフィ~。会いたかったよぉ~」
「私もママに会いたかった」
「エリンはどう? 大丈夫?」
「うん。例の四人が助けたみたいだよ」
「そうか……後はニコの扱いだけか、まぁどうするかは決まってるから───」
「先に王国の菫、だよね」
霙が言い切る前にセラフィーが続く言葉を代わりに言ってみせた。
これも二人の奇妙な縁と絆が成せる業なのだろうか。
「そう、よく分かってるね。偉いぞ、セラフィー」
そう言って水面から浮き上がってきたセラフィーを抱きかかえて頭を撫でる。
もうそこにかつての霙の姿は無い。
黒の羽織と袴。
両目は極彩色の終着点である黒。頭の上には三つの輪が不規則に重なり合ったりしながら動いている。
「エヘヘ」
「よし…………武器は出来ているな?」
『もちろんだよー! はいこれ、神無月姉妹武器』
水面からヌッっと現れたのは帝都に行く前に壊れてしまった魔道具姉妹武器を直させていたミゾレ。
その手にある三種の武器を、霙は『力』を使って装備する。
「見た目だけなら侍だな」
「セラフィーはかっこよくていいと思うよ?」
「そうか?」
「うん」
ジャブジャブと音をたてながら霙はセラフィーを抱きかかえて王国を目指した。
~神聖魔法王国:王城~
ルケイ世界の夜が明け始めた頃、菫は目の前にいる氷雨をジッと観察していた。
「…………」
七色に光る魔眼を発動し、その時を待つ。
「来た───第三権能【発動:歴史】」
氷雨の纏っていた『固有魔法:絶対防御』───【第二権能:境界】───が消えた。
その瞬間に菫は自身の権能を行使する。
「…………そう、バレてたって訳ですか……」
しかし、行使した権能の効果は途中で打ち消されてしまった。
世界は何事もなかったかのように時計の針を進める。
「……まぁ、ウチに勝てる訳ないんですけどねぇ!」
バルコニーに出て、王国を眺める。
徐々に明るくなるルケイ世界。王城の前の噴水には巨大で赤黒い球体。そして地平線の方からやって来る黒い波。
「さぁ~て、ゼロも居なくなったし、始めますか」
外を眺めながら不敵に笑う菫。
仕組まれた運命と人生に抗うため、少女は好機を待った。そして、その好機こそ今なのだ。
「固有魔法───『物体操作』にて形状変化させ、全人格を統一させ『生命帰還』で復元させる」
菫の言葉に呼応して、部屋の中で立っていた氷雨の姿がグチャグチャに溶けて再構築される。
「大体にして、ゼロの持ってる能力を弱体化させて『固有魔法』だなんて言って人間に与えるだなんてナンセンス過ぎるわぁ。三杉の『生命帰還』なんて第一権能の弱体化な訳だし……危機感ないのかしら?」
再構築されたそれは、平均的な顔に平均的な髪の長さで平均的な身長と体格の男とも女とも言えない人間モドキになった。
「ん~、生殖器も凹凸も感情もないから人間と言うよりマネキンね」
個性があるとすればそれは茶色い髪と瞳だろう。
バルコニーから部屋へ戻る菫はすぐにその特徴のない……それでいて特徴的な『ソレ』に命令する。
「おい、固有魔法『空間転移』と『次元遊行』であの黒い波に接触し、『狂気感染~ルナティックパンデミック~』であの中を混乱させながらエリンを探せ」
かつてゼロがメルデラナ夫婦の固有魔法から奪った名前。
本来の力を取り戻した固有魔法を発動させようとする『ソレ』の姿を見て、菫は激昂する。
「ふざっけんな能無し! そんなもの固有魔法『時間停止』を使えば一瞬だろ!」
マネキンのような『ソレ』を殴りつける。
殴りつけたところで『ソレ』は表情一つ変えないが、それでもいい。それだけ菫がこの計画に懸ける想いは重いのだ。
「後少し……あともう少しで……」
ルケイ世界の黒幕が、表舞台へと顔を出す。