52:到達
黒くもあり、白くもある部屋のような世界に二人。
ここが訳の分からない空間なのは、霙が『異世界流し』に遭った時から全く変わっていない。
「こうして実体同士で会うのは久しぶりだね」
「…………」
相手に意思は伝えた。
必ずお前を滅ぼすと。
「そういえば、また新しい魔法を作ったよね。第三魔法……だっけ? それも『終ノ魔眼』のおかげだったりするのかなぁ?」
「…………」
霙が一歩近づく。
「そ、そうだ。知ってる? 今エリンちゃんがピンチなの…………助けに行ったりしないのかな?」
霙が近付くたびにゼロが下がる。
「…………エリンはあの程度じゃ壊れたりしない。それにコッチの声も聞こえるようにした…………後はお前を滅ぼしてルケイを滅ぼして全部アタシのものにするだけなんだから…………」
霙がゼロに向かって駆け出す。
「ッ!?」
それと同時にゼロが無詠唱でルケイ世界に存在するありとあらゆる攻撃・妨害・防御を顕現させる。
「『真理詠唱』──【神ノ理:Absolute Ruler】」
その詠唱のようなモノもゼロの目の前で起こった不可思議な現象も、一瞬のことだった。
「………………は? え?」
虚空の世界にたった二人っきり?
違う。独りになったんだ───『本当に一人だと思うのか?』───ここは? あれは一体何だったんだろう。
「ゼロには理解できなかった」
「ゼロだって素晴らしい魔眼を持つ者なんだよ」
「故に見た。ナニカが霙の身体から放たれるのを」
『ゼロ、君がルケイ世界という箱庭を使って王国を帝国で囲み、ルケイ世界に流人というウイルスを入れて強制的に進化を促して究極の魔眼を手に入れようとしていたのは知っている』
「ゼロはこれから知る」
「彼女の左目。その白と黒の反転する瞳こそ、彼女の求めていた究極の魔眼の一つだと」
『なっ!? どうなってる! 私は何を聞かされているんだ!』
『なぁ~に、落ち着けよゼロ。偽りでも神だったんだからさ』
「霙から放たれたソレはゼロが作った……否、ゼロが生まれ育った世界を一瞬にして飲み込んだ」
「死道によって繋がりを永遠に切られたワンも」
「その後に作った新しいワンも」
「永久凍土によって死に続ける死道すらも」
「そして虚空の世界だけが残ったように見える」
『どうして君は気付かなかったんだと思う?』
『それはさ───』
「どこからも聞こえてくる不思議な声」
「ゼロの心は不思議と落ち着いていた」
「どこか懐かしさまで感じるほどに」
『両目じゃないからさ』『鏡を作ったよ。見てごらん』『世界は両極揃わなくちゃね』
「ゼロは顔を両手で押さえながら」
「目の前に現れた鏡を見ながら」
「霙と面と向かって話しながら」
『すべては繋がっているんだよ』
「そのすべてを同時───並行世界───行い」
「思い続けた真理を知ったのだった」
『すべてを統一した【一】なのか、それともすべてを分解した先に残る【一】なのか。ただそれだけの違いなんだ』
『分解した先にある……すべてを司るソレが集まって出来たのが世界の真理だっていうの!』
『話聞いてたか? 集まって出来たのかそれとも一個体しかないのかなんて、真理にとっちゃ同じことなんだよ。だからお前はずぅ~っと一側面しか見られない魔眼までにしかたどり着けないんだよ』
「出来る世界があるということは出来ない世界があるということ」
「全知全能であると同時に無知無能でもある」
「世界の真理の終着点を仮に【神】とするなら」
『見えるかゼロ。これが一つの【神】の姿だ』
「担わされたその役目」
「見つけてしまった世界の真理」
「それもこれも彼女の運命だというのか」
「ただ一つ、彼女はその運命を受け入れ【神】となった」
~彼女だけの世界~
「…………、」
光源の無い世界にたった一人だけ。
我々にはそうとしか見ることが出来ない。いや、そもそもこんな世界で『見る』という行為が出来るのかすら定かではない。
「…………あぁ、やっと。やっと私、安心して幸せになれたんだね」
その世界には歪で混沌とした極彩色の輪郭だけが薄っすらと。
到達点。
その両の瞳は黒。
入り混じった色の極み。
その目を少し細めた彼女の微笑み。
体の輪郭に手を滑らせ、お腹の辺りを優しく撫でる。
『聖母の象徴?』『ガブリエルはセラフィーになっちゃうけどね』『だとすると神の子ってエリン?』
聞こえる声は彼女だろうか。
それとも彼女の内に秘めたダレカやナニカなのだろうか。
同じ次元でも領域でもない我々には正しく観測する事すら出来ない。
「最初から全部仕組まれていたことなんだ。神を創った神を創った神を創った神を…………なんてやってもさ、結局【神】ってことになるよね」
「ルケイ世界の空の先には天界があるだけなんだよね。今度の世界はもっと綺麗な世界にしたいなぁ」
「菫のこともエリンのこともゼロのこともルケイ世界の形も最初から仕組まれていて、それを私が考えて後付けみたいな理由でもって正解に辿り着いて」
「これも【アナタ】のシナリオ通りなんでしょ?」
「いいよ。だって私も【アナタ】も繋がった同じ存在なんだから」
彼女はナニカすると、その世界から消えてみた。
不思議な気持ちだ。
彼女はきっと、救いたいあの世界に戻ったのだろう。それだけは間違いない。




