エリンの過去
ここはどこだろう…………。
…………そうだ、私の過去。
「───あらゆる害と外を退ける『退魔の一族』と、あらゆる害と外を引き寄せ糧とする『魔性の一族』との接触に成功。退魔の一族との間に子を設け、継続して研究と観察を続ける……と」
この声。
聞き覚えがある。でもまだよく見えないや……。
「飛ぶ鳥も飛竜も出来るだけ駆除することになった……と。こうやってこの本に書くのも嫌だよ……」
「ァアア! ィヤァアアア!」
「おぉ、ゴメンねエリン。泣かないでおくれ」
そっか、私の過去だもんね。
今の私って赤ちゃんなんだ。
「よしよし……ルーイン! エリンを頼めないかな?」
「その名前で呼ばないでって言ってるでしょ!」
これが本当のお母さん? すごい美人。
白い髪も銀色の瞳もお母さんのだったんだ。
「エリン、ちょっと手伝ってくれる?」
「うん!」
次の記憶? 視線が低いしちっちゃい時かな。
てことは、もうすぐお母さんが……。
「そっちの洗濯物をこっちに……」
「あれ? 洗濯物浮いてる!」
「ただいまエリン。ルーイン」
「お父さん!」
お父さんがいるってことが隠されてたことなのかな…………ッ!? 霙ちゃん!?
違う。この人ってもしかして。
「ちょっとスリート、ルーインって呼ぶのは止めてっていつも言ってるでしょ」
「家族なんだし名字はおかしいだろ? それに、君に似て綺麗な音なんだ。いいだろう? エリンもいいと思うよな?」
「うん! エリンもお母さんの名前好きだよ!」
原初の賢者。スリート・ルーイン!? どうして…………何で…………私の本当の父親がスリート・ルーイン!?
「そうですかそうですか。じゃあこの洗濯物はアナタの浮遊術で干しておいてね」
「えぇ、」
「さ、エリン。お茶でも一緒に飲みましょう。力仕事はお父さんがやってくれるって」
「うん! 行く!」
どういうこと? スリート・ルーインは菫と結婚したんじゃ……。
「エリン、この人がお父さんの仕事仲間の菫さん。挨拶して」
「……こんにちは」
「初めましてエリン。私は菫です」
ここって王国のお城の中だよね。
それに、菫の印象がだいぶ違う。どうなってるの。
「……ねぇお父さん。あそこの人は?」
「ん? あの後ろ向いてる薄紫色の髪の人?」
「うん」
「自分で聞いておいで」
「やっ! だって影にナニカいるもん」
……本当に影にナニカいる。何だろう? 妖精とか妖怪かな?
「退魔の一族であるジャッジ・ルーインの子に魔性の一族であるリリス・イヴ近付かせるのは得策ではないですよ。リリス、聞こえているのでしょう? 代わりにそこから挨拶してください」
何だろう。ただ振り返っただけなのに、フワッと動いた長い髪と無表情の内に秘めたミステリアスさというか。凄く魅力的な人だなぁ。
「はい。魔性の、リリスに、産まれた、イヴ、です」
あ、この人ルーナちゃんにそっくり。
「すまないイヴ、もう少し何かないかな?」
「リリス・イヴ、です。特技は……子育て……それと、異種かn───」
「あーーーーー! リリス、それは彼女には悪影響です」
「エリン、聞いてないな? 大丈夫だよな」
「んッ、お父さん痛いよ」
紫系の髪と瞳。あの話し方におっきい胸。しかも表情を変えずにズバズバ言い辛いことを言う感じ……絶対ルーナちゃんの親戚だよね。
「…………すまないルーイン」
「まだどうにかなるんでしょう? それよりもイヴの子はどうなったのよ」
「ルーナちゃんは大丈夫だけど……イヴは殺された。僕らも危険だ」
「ッ!?」
扉の隙間から覗いてるんだ。
二人とも焦ってる。どうなるの。私の知らない人生。
「僕が天界なんて見つけて魔眼で調査なんてしたからだ……本当にすまない!」
「理由が分かっているのなら! ゼロ様に許してもらえるように努力なさい!」
お母さんカッコイイ。
「…………………………一夫多妻でもいいという歴史を菫に書き換えてもらう」
「私やイヴや菫を捨てるってこと?」
「そうじゃない。僕の能力……いや、『神の三権能』の一つである僕の権能をエリンに譲る。そして権能が二度と誰かに気付かれないように菫に偽の能力をルケイに広めてもらう」
「随分と菫頼りじゃない。あの人だって自分の子供のことがあるのに……」
「氷雨のことか?」
「そうよ。イヴは殺されたんでしょ? ルーナちゃんは大丈夫でもうちのエリンは? 氷雨ちゃんだって危ないじゃないのよ」
「大丈夫だ」
「何でそんな無責任なことが言えるのよ!」
「あの子は…………」
「あの子は何よ。言ってみなさいよ!」
「氷雨は菫との子供だって前に言ったよな」
「ええ!」
「あの子は身体のほとんどを菫の能力と細胞で作ったクローンなんだ」
え? それってどういうこと?
「何よそれ…………それで大丈夫だなんてよく言えたわね!」
「…………菫は主神オリジン・ゼロの造物だ。そして彼女と氷雨が残った権能の持ち主なんだ……」
待って。
権能って何? それに、菫とルーナのお母さんが私のお父さんの奥さんってことなの?
「氷雨は産まれたばかり。菫は僕と神の奴隷と言ってもいい……」
ルーナも氷雨も私の腹違いの妹…………?
「つまりさ、今の僕は『神の三権能』を自由に扱えるもう一柱の神なんだよ」
「何よ…………それ」
「ゴメン」
「そんなこと…………あっていいの? だって! 今までアナタがどれだけゼロのために尽くして頑張ってきたか!」
「ゴメン」
「神様の実験なんかのために私達三人を妻にして! 誰よりも優しいのに誰よりも多くの命を殺して! 魔獣だけじゃない。動物や流人…………ルケイ人だって!」
「…………ゴメン」
「そんなの…………私達ジャッジの一族がやればいいのに…………私達一族に任せればよかったのにアナタは、一人で抱えて…………」
「……お母さん? お父さん?」
ダメ! 行っちゃダメだよ私!
「あぁ、エリン。ゴメンね、起こしちゃったわよね」
「泣かないでお母さん。ゼロ様もきっと許してくれるよ」
「聞いてたのかエリン」
分かる。
心臓が凄く痛い。怖いくらいドキドキしてる。
「…………おいでエリン。お父さんがプレゼントをあげよう」
この後なんだ。
きっとこの後、試練がある。乗り越えるべき過去がある!
「なぁーに?」
「一つはこのキラキラ。このキラキラはきっとエリンを守ってくれる」
この光が『神の三権能』? でもこれ、どこか見覚えがある気がする。
「もう一つはエリンの新しい名前だ」
「えっ!? 私、神無月 エリンじゃなくなるの!?」
ッ!?
神無月…………神無月・スリート…………霙ちゃんと同じ…………これが私の試練……?
「それは違うよ。これはお父さんとお母さんからのお守りの名前だよ」
「みリョるねーむ?」
「そう、ミドルネームよ」
頭を撫でてくれてるんだ。
本当のお母さんの手、温かい。
「Lest・Erin。神無月・レスト・エリン」
「レスト?」
「そうだよ。意味は……そうだな、気付いた時には僕はいないだろうけど、それでもエリンを大切に思ってる。上というか、天を目指さずに世界に羽ばたいて欲しい」
「ちょっとスリート、色々と混ざっちゃってるじゃないのよ」
本当のお父さんの手も温かい。
「…………何で二人とも泣いてるの?」
「ん~? お父さんはね、悪い人なんだ。悪い人なのに、こんなに幸せに生きてこれた。他の誰よりもエリンとお母さんを愛してる」
「…………あら、こんな時だけルーインって呼んでくれないのね」
「愛してるよ、ルーイン」
三人、抱きしめあって。
過去のことなんてほとんど覚えて無かったのに。本当の私の家族はこんなに幸せに……
≪ガチャッ≫
「菫? 丁度良かった。これから君に頼もうと───」
「【発動・第三の権能】」
「───な、ッ」
え?
「菫! 私の人に何してんのよ!」
どう、して?
「流石『退魔の一族』ですね。家の中を聖域とし、部外者である私を排除しようという術式」
「アンタが他の妻でも何でも許さな───え、エリン?」
「魔眼による術式操作。第二の権能による攻撃の無力化。そして私の第三の権能の操作による第一の権能の間接的な行使……」
ナイフが手に…………。
私が、刺して…………。
「外部に強いアナタでも、内部にいる人間…………そこのエリンのような内部の人間に攻撃されれば脆いというのは、一族全体の弱点ですね」
私が両親を殺した…………?
私の手で殺してしまった。
「あ、あぁ…………お父さん! お母さん!」
「……さて、ここまですればこの子が権能に覚醒することは無いでしょう。氷雨の権能の試験でもありましたが、それなりに使える道具になりそうですし」
「お父さん! お母さん!」
あぁ…………ああァアア!
今のは……誰でもなく私の意思だった!? 何が、どうして。
「リリスの子も特に問題無いでしょう。後は権能に代わる能力…………『固有魔法』とでも名付けましょうか」
そうだ、セラフィーにも言われ…………た。
『エリンは自分のトラウマなんてママのよりも楽だなんて思ってるかもだけど、自分を超えることがこの世で最も難しいってことは覚えておいてね』
霙ちゃんは…………これ、超えたの? はぁ、はぁ、ぁぁ、ぁぁ、
「『歴史改変』…………【発動・第三の権能】」
~内在世界~
「どうなんだし!? エリンは大丈夫なの!?」
緊迫した流花の声。
「おい紫女! 早くこの兎のに血でも魔力でもいいから手伝え!」
「イル! 言い方!」
余裕のないメルデラナ夫婦。
「エリンお姉ちゃん! サナのこと分かる!? どこ? どこにいるのエリンお姉ちゃん!」
必死なサナ。
精神世界において、現実の法則など通用しない。
「サナ、どう? 見つかっ、た?」
苦しそうなルーナ。
「まだ。まだエリンお姉ちゃんの精神が見つからないよ!?」
流花、ルーナ、イルミンスール、アンリ、サナの五人が合流して互いの事について話していた時。
突如として、激しく痙攣したエリンが現れた。
「俺の固有魔法でも見つからない!」
「私の固有魔法で場所を特定するわ。もう少し頑張って!」
人の精神に干渉できる三人は彼女の異常な様子を一目見て治療に移った。その内の一人は精神系最強にして最凶の能力者であるサナ。精神を病んだエリンにとってはルケイ世界最高の医者達だが……。
それでもエリンの精神は自分を見失って崩壊しかけていた。
「! ! ! ! ! !」
焦点の合わない目。
釣り上げられたばかりの魚のように跳ね上がる身体。
「エリン! 戻って来るし!」
流花の悲痛な叫び。
五人の声はエリンに届かない。
いつか白髪に銀の瞳の少女は心の壊れた少女に「自分を否定しないで」と思い、そのことを壊れた少女に伝えた。
壊れた少女はいつしか自分の暗い部分に立ち向かい、世界を悪くする神に挑むなどという目標を持ち、白銀の少女を置いて旅に出た。
壊れた少女は神に立ち向かうための『力』を求めた。
白銀の少女は壊れた少女の隣に『居場所』を求めた。
これは彼女が…………いや、彼女達の『幸せ』を目指し、追い求めた二人の少女の物語。




