51:対極2
~現実世界:帝都城内~
皇帝が住む城の天井を突き破って現れた水無月・ルーイン・氷雨。
「初めましてルケイ世界最凶最悪の流人の神無月 霙さん」
「嘘だな、君は俺を知っているだろう? だってそういう風に知識を入れられたんだからなぁ」
いつだったか、この魔眼のおかげで遍くすべてを理解したと豪語したことがあった気がする。
全然。
何も知らなかった。
「それを私に言っても分からないですよ。私はただ罪人のあなたをここで殺すだけですから」
しかし。
今なら違う。
「それがルケイ世界最強最高の女王の言葉ですか? 水無月・ルーイン・氷雨ちゃん」
今の『終の魔眼』なら……。
理解を深め、すべてが決着した後の私なら。
「世界の滅亡など、この私が許しません!」
「母親の入れ知恵でしか話せぬ哀れな女王よ! 私は必ずこのルケイ世界を滅ぼすぞ。そして新たな神となって、お前らを救えるだけ救ってやる!」
その先。
無限にある『すべて』の半分を……。
「潰れろ」
相手の心も言葉も攻撃も防御も動きも私には関係ない。
この床を覆う大量の黒い水も私には届かない。
「……………………」
一瞬で周囲を『絶対防御』で囲まれて圧殺される霙。
「はぁ、王国を守る私の『絶対防御』を突破したなんてママが……っ、か、母様が仰るから緊張していたというのに……」
言葉一つで周囲数キロを完全に覆うこともできる不可視にして不可避の圧殺兵器である私の攻撃を耐えるのは不可能に近い。
氷雨は椅子に座っていた流人のジュースが入った透明な球体を感情の無い目で見る。
「いかに『魔眼』の持ち主と言えど、王国の『絶対防御』と私を守る『絶対防御』では格が違いますからね。不可能に果敢に挑戦したことだけは褒めてあげますよ」
『ペタペタペタペタッ』『ねぇ、外に出る門も開いたよー!』『霙も疲れてるみたいだしね!』
「な、何? どこから声が……」
氷雨は黒い水面に波紋が広がっていることに気付いた。
誰かがこちらに近付いてくる。それはまるで水面の上を走っているかのようだった。
『ねぇ見て、あんなところに人間さん!』『ニンゲン』『ドレスだ』『神の三権能の一人だニャー』
『アタシ知ってるよ! あの子は絶対に壊れないから遊んでいいって紫雲ちゃんが言ってた』
『アタイも知ってるもん! あの子は絶対防御って言うんだよ。だから遊んでも壊れないんだよ』
恐ろしい内容がビックリするほど近くから聞こえた。
声だけじゃない。水面の波紋もこちらに近付いている。
「『絶対防御』!」
思わず、自分を守る絶対防御の範囲を広げる。
とてつもない速度で広がった絶対防御は周囲の壁や天井をまとめて吹き飛ばした。
『あー! いいなぁ~! 私もお城ぶっ壊したかったぁー!!』
『オラッ! 消えろ! 壊れろ! オラッ!』
城は跡形もなくなり、広い荒野の中心に大量の瓦礫があるようにしか見えない。
「これで水もどこかへ行くでしょう。後は霙ちゃんのジュースを持っておうちに帰るだけ……?」
夜空の星々に照らされた帝国の地面は黒かった。
「これって……ッ!?」
ただ黒いのではない。
あの液体が帝国全土を侵すように覆っている。
「キャッ! こんなの洪水どころの騒ぎじゃない。あなたは一体何をしたのよ!」
氷雨自身がいるところ以外のすべてが黒い液体に飲み込まれていく。さっき崩した城の瓦礫もすでに液体に沈んでいるだろう。
『一緒?』『一緒だね』『同じくらいなのかぁ』『三権能のくせにつまらない』
子供が駄々をこねるような……それでいてつまらなそうな声が聞こえる。
そして、何より氷雨が驚いているのはこの液体に似た能力の強度。
本来、ルケイ世界で氷雨の『絶対防御』に触れたものは霧散するか弾かれる。しかし、あまりに強大な能力であれば『絶対防御』を押し返すことも出来るのだ。
(あれだけ広げた『絶対防御』を初期状態まで縮めるなんて。私の同等の力だっていうの!?)
『攻撃は封じた』『でもでもぉ、こっちのも届いてないよぉ』『防御の力だ』『壊れなくてオモシロイ』
「姿を現しなさい! 神無月 霙!」
霙を潰した『絶対防御』の球体の中身が無くなっていることに気付いて周囲を見回しながら声を張り上げる氷雨。
『ザワザワザワ』『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』『ザブゥ~ザブゥ~』『ポコ…………ポコポコポコッ』
その声に呼応するように周囲の黒い水が蠢きだす。
「お探しはコチラ?」
どこからか声が聞こえ、氷雨の目の前にパンパンに荷物の入ったリュックが浮いてくる。
「それともコチラ?」
次に浮いてきたのは黒いお面。
「それらはアチラ?」
そして本。
霙が指名手配される理由でもある『賢者の書』であった。
(向こうの能力は、最低でも私の『絶対防御』を押し返す程の威力と能力強度を持っている。私を守ってる『絶対防御』が破られることはないだろうけど、こっちの攻撃手段がない……)
『この本、こっちを見てる』『キモチワルイ』『大人』『ずっと監視』『嫌い』『ゼロのオモチャめ』
氷雨にとって訳の分からない声。
地面を覆う黒い水があるだけで攻撃対象もよく分からない。何より相手が『訳の分からない』人物であるのだ。
『アソボ』『ペタッ』『あそぼ』『ペタッ』『みんなで遊ぼう!』『ペタペタペタペタペタペタペタッ』
「ひッ!」
氷雨の絶対防御の表面に大量の手形が付いた。
『アハハハ』『壊れないね』『ほんとに壊れないよ』『キャハハ』『楽しい!』『お姉ちゃん怖がりね』
すぐさま自動防御機能で手形を吹き飛ばす。
見通しが良くなった絶対防御で周囲を観察する氷雨だったが。
(何なの!? 一体全体、さっきから何なのよ! 聞いてた話と全然違うじゃない!)
氷雨が母親である菫から聞いた話では、今の神無月 霙は武器を失い魔力も底を尽きかけている状態である。魔眼は脅威だが、本体の精神内で問題が起こったから単調で突っ込んでくるだけの攻撃性の塊みたいな状態だと……。
「はぁ。本当に真っ向から突っ込んでくるだけだけですが……」
『キャハハハ!』『キャハハハ!』『キャハハハ!』『キャハハハ!』『キャハハ!』『キャハハハ!』
「……これでは作業ですわ」
黒い水から次々と現れる少年少女と異形の化け物達。
中には氷雨も知っている動物や化け物の姿をしたものもいるが、そんなことに感心している時ではない。
「一体……二体……三体…………みなさん笑ってますけど、面白いのでしょうか?」
絶対防御がある限り、氷雨に敗北は無い。
しかし、ただ笑いながら突っ込んでくる相手をひたすら絶対防御で潰す作業はとても退屈だった。
「賢者の書も吐き出されてしまいましたし…………困りましたね」
退屈よりも、目の前の山の様に大きな異形よりも、流人『神無月 霙』本人を見失ったことが何よりも残念な氷雨。
そんなことを氷雨が思っている時、当の本人はというと。
「…………、あ~あ。出てこれちゃったよ、私」
氷雨達がいる城の跡地からかなり離れた場所にプカプカと浮いていた。
「ちょっとぉ~! この黒いの、髪にくっついて離れないじゃないのよ!」
そんな状態から周りを見る。
一面の黒い海。
それと身体という浮島に乗っている妖精達が見えた。
「ルーインだってここまでしなかったわぁ」
「そうよ! そうよ! 何もかもこの偽ルーインが悪いのよ!」
「この! この! 寝てないでさっさと起きて何とかしなさいよン!」
「シルフィー。その子、起きてる。魔眼持ちだから、風に隠れてもバレてる」
ちっちゃくて、カワイイと言うよりは綺麗で色鮮やかな妖精さん達の御立腹な声。
その一人に顎を蹴られ、まんざらでもない霙は魔法で彼女達の受け皿を作ってから身体を起こした。
「やっぱりこの黒いのから飛んで逃げられるのって君達くらいだよね」
彼女達の声を聞いていたにも関わらず、この突然飛んでくる唐突で突飛な質問。
これが俗に言う『神無月言葉・霙語』である。
「はぁあ!? あんた何言っちゃてるのよ!」
「そうよ! そうよ! 偽物のくせに広域に『門』を開くなんて!」
「そうよねぇ。龍や鳥さんと違って私達や虫さんは一定の高さまでしか飛べないものねぇ」
「何でコイツの質問に答えるのよン!」
「シルフィー。その子、ルケイの歴史を解読したんだよ」
「鳥とかドラゴンとかが空を飛んでるのをあんまり見なかったのも天界を隠すためなんだよね」
納得した様子の霙。
「それじゃあ君達も門を通ってアッチ側に行ってくれる? セラフィーも君達のこと待ってると思うからさ」
そう言って魔法で作った受け皿の上に彼女達専用の『門』を作る。
もちろん、彼女達に付いてしまった黒い液体も操って取り除いてあげた。
(この黒いの、俺の周りじゃ大人しいから捕まらずにいたんだろうなぁ)
「…………髪汚したこと、セラフィー様に言いつけてやるんだから」
「そうよ! そうよ!」
「アナタが作る新しい世界、楽しみにしてるねぇ」
「ゼロに負けたら承知しないんだからねン!」
「シルフィー。早く行って」
各々了解してくれたようで。すんなりと門を通って内在世界に行ってくれた。
「…………さて」
朝が近くなってきた夜の空。
見上げ、目指すは空の先。天界の先。ルケイという箱庭を包むヤツの住処。
「ゼロ、ようやく答え合わせだ。震えて待ってろ」
ようやくこの時が来た。
悪しき神を討つ時が。
「『真理詠唱』───【3rd】Magic『w1t1s2h1t4n0j5うn5いs2n2s2t1g1いm2t2w5h2r1k3』」
霙の前に神への道が開かれた。




