50:対極
~内在世界~
『──────ニィ~ッ!』
衝動。無意識。トラウマ。
生きていれば誰しも、隠しておきたい秘密や人に教えられぬ秘密があるものだ。
「「…………」」
秘密がなくとも、人間は無意識に潜む怪物を抑えているものなのだ。
「「……ぁ……ぁ……」」
完全に扉の奥から漏れ出したナニカに飲まれる。
扉の方を見てしまった二人の目から、自然と涙が溢れる。
頭の中は混乱し、その影響で視界がチカチカと明滅している。
『ジィー……』『パチ、パチ』『ペタペタペタペタッ!』
アレが見つめている。
瞬きをし、こちらに走ってきた。
「ねぇ、遊ぼ?」
「「ガチガチガチガチガチガチ────」」
体の芯から漏れ出す恐怖によって、二人の身体は凍える程冷たくなっていた。
「エリン? さっき約束したじゃないか…………大丈夫? 寒いの?」
人の形をしたナニカが人の言葉を操り、目の前でエリンのよく知る霙の姿を真似て見せた。
だが、明らかに違う。見た目がどんなにそっくりでも、二人にはどうしてか分かる。
「隣の子も震えてるし」
分かってしまうからこそ、どこまでも恐ろしく、どこまでも不可思議だ。
「ん~……そうだ! 『みんな』でおしくらまんじゅうでもしようよ!」
ソレは笑顔だった。
だが二人には分かる。ソレは苛立っていた。理由も分かる。
『ギッ……ギギギギギッ!』『ッィーーーーバンッ!』
少しばかりの扉の隙間が内側からの力で完全に開いてしまう。
『ワー!』『キャー!』『…………ぁア! アアアアアアアアアッ!』『キリタイキリタイキリタイ』
子供のような…………いや、得体の知れないナニカが溢れ出て来た。
「ふ~ん。君の本当の名前はレスト・エリンって言うんだ」
「レストが名字で」
「エリンが名前ね!」
もうエリンとセラフィーの二人は周囲の状況を正しく認識できない。
意識があるのかないのか、それすらも曖昧で分からない。
「あの人と同じで、日本式の名前なんですね」
「そうでしょ? だって名前に込められた意味がそうじゃん」
「言ってもいい?」
「それとも自分で考える?」
「ヒントはね、『君がこの名前の意味を知った時、私はいない』」
「もう一つ教えてやる。『【う】から【え】に。つまりは上だ。』」
「ほとんど答えじゃにゃぁ~い?」
囲まれた。
殺される。
そう思った時だった。
「戻れ! イド世界の無意識共!」
「失せろ! 気色悪い本能共が! 妾の前から消えて、妾達に支配されろ!」
真っ黒な空からたくさんのダレカが降ってきた。
「おのれスーパーエゴ! 殺す!」
「俺達を今まで抑圧してきたゴミどもめ!」
「お前らの力が強すぎたからオリジナルの精神が壊れたことを忘れたのか!」
ふわりと、誰かに抱きしめられた気がした。
~現実世界:帝都城内~
「…………どうして氷雨が来るって分かったんだろう?」
イルミンスール=メルデラナ=ウルメシアが座っていた王座に辛そうに座る霙。
「どうして菫が敵だって思えたんだろう?」
自問自答。
セラフィーよりエリンを優先した時、確かに菫は脅威だと思った。それは正しかった。
イルミンスールとユグドラシル=メルデラナ=アンリをこちら側に引き込めた瞬間、氷雨がこちらに向かって来ることが分かった。
「やっぱり来た…………私って予知能力でもあるのかな?」
そして今。
霙の魔力感知範囲に氷雨の魔力を感じる。直感は正しかった。
「はぁ…………はぁ…………しんどいなぁ~。アハハ」
苦しそうな微笑。
天を見上げる彼女の目や口、服の隙間からとめどなく黒いナニカが漏れ出している。
『いつだったか、こんな風にみんなで一緒に考えたことがあったな』
「あったね、そんなこと」
『ねぇねぇ! 結局私の「知り合い全員に数字が入ってる説」はどうなったの?』
「特に関係ないよ」
『えぇー! そうなの!?』
ショックを受けているダレカの声に思わず笑ってしまう。
「…………、」
前に考えたこと。
そして今感じたこと。
回らない頭の中じゃだめだ。そう思った霙は考えを一つずつ口に出して整理していく。
「…………どうして菫は私に賢者の書を託したのに泥棒扱いにしたんだろう。賢者の書に書いてあることも、実際の話とは若干違うような気がするし……」
『イルミンスール=メルデラナ=ウルメシアの別々の場所を繋げる固有魔法。ユグドラシル=メルデラナ=アンリの世界樹的な固有魔法?』
『固有魔法だよ。彼女の能力は天と世界と地獄を繋げ、植物を操る。帝国国民に根を張り、洗脳したりもしていたけど、あれはイルミンスール=メルデラナ=ウルメシアが利用したんだっけ?』
『洗脳というか、強制させていたんだろう?』
『なぁ、これって何かに似ていないか?』
「……あ、そう言えば賢者の書に書いてあった『絶対防御』の術式と私が魔眼で見た『絶対防御』の術式って似てたけど違うな」
『みんな! エリンちゃんの真名が分かったよ! あの子の本当の名前はレスト・エリンだって!』
『名字が先なんだね、珍しい』
『ん? その名前だとさ、彼女の記憶が間違ってることにならないか?』
「そもそもどうして賢者の書を私に託しておきながら泥棒扱いさせてたんだろう? 魔獣除けの術式も王国全土じゃなくて王都だけだし……あれ? ゴーストタウンも範囲内だっけ?」
『みんな固有魔法使いの話か?』
『そうだよ~エリンに三杉に菫にダブルに氷雨にイルミンスールにアンリ!』
『物体操作に生命帰還に不老不死に時間停止に絶対防御。男の方がワームホールを作る能力で女の方は植物を操る力と繋げる力ってことでいいか?』
『そもそも天界と冥界の存在がビックリだし。天界に行った程度で奥さん呪われちゃうし、固有魔法の名前すら奪われちゃうなんて酷いよね~』
「もっと言えば、氷雨の魔法が常時発動しているのもおかしい。魔力が無限に生成されているのか? 逆に菫はどうしてゴーストタウンに魔力を入れさせる役目を自分でしなかったんだ? 私が入れた後に普通に魔力を使ってエリンの魔道具直してたよな」
『浮く力。命を与える力。不老不死。時間の操作。不可侵の境界。別々の場所を繋げる力。別々の世界を繋げる力……あれ? やっぱり似てないか?』
「エリンの記憶の中に、死道が突然敵として認識されて処刑される場面があったよな。エリンもそのことに私の魔道具が起動するまで気付かなかった……つまりは歴史操作?」
『ゼロはこちらに来ない』
『ゼロはこちら側に来ることを恐れている』
『勝てない可能性があるから』
「ラウルの見せてくれた地図。そしてイルミンスール=メルデラナ=ウルメシアの記憶。この世界に存在する国のほとんどが帝国領土。それ以外が王国」
『王国は帝国に囲まれている』
『王都は領土と魔獣に囲まれている』
『この世界には異世界流しがある』
「世界の外からもたらされる敵……それが流人。スリート・ルーインは何かを見つけ、知ったから殺された。イルミンスールはアンリの能力と自分の能力を掛け合わせて天界を見つけ、呪われた」
『ゼロはこちらに来ない』
『スリート・ルーインはゼロに殺されたように偽装工作されていた?』
『天界と冥界という世界の隠匿』
「ゼロは私を愛しいと言った。ゼロは私に魔眼を与えた。スリート・ルーインも魔眼を持っていた。魔眼は未知を知り、分解する力がある。そのために必要なことは……」
『多くを知る』
『多くを見る』
『多くを感じる』
「…………第六感?」
そこまで思考を進めた瞬間、霙の頭と体に電流が走ったような感覚がした。
そして思い出し、導き出す。今までの事。今までの言動の理由。
「私って、もしかして最初から分かってた? そうか、私も強制弱体化を受けていたんだね」
≪バゴッォン!!≫
轟音。
それと共に天井から降りてくるソレは母親譲りの茶色い髪をし、誰にも穢されることのない純白のドレスに身を包んだルケイ世界最強の女王だった。
~内在世界~
「大丈夫かい? エリン、セラフィー」
どこかで聞いたことのある優しい声。
自然と身体から未知なる恐怖が抜け、視界が元に戻る。
「男の子の方の霙?」
「ママの人格の一定数しか統括できないゴミくずスーパーエゴの『統括者』さんでしたっけ?」
セラフィーの言葉にビックリするエリン。
そしてビックリできる精神に戻っていたことにビックリしてしまうエリン。
「や、優しくしよ? セラフィーちゃん」
「ふん! 大事な時にいつもいないコイツなんてセラフィーは嫌いです!」
周囲には扉も得体の知れないアレ達もいないところを見ると、彼がここまで運んできてくれたのだろう。
「それよりも、君達は選択しなくてはいけない」
髪の短い、男性の霙。
彼の突然切り出した言葉にエリンの頭は追いつけていない。
「さっき見た彼らと戦い、彼らを元居た場所に戻すのを僕らと協力するか。それともお友達の下へ行って彼らと生者の街で待機しているか」
彼のぎゅっと結んだ口元と声で、もう時間がないことは容易に理解できた。
「セラフィーは行くよ。秩序を乱してママを苦しめるものを排除するのも私の役目だもん」
セラフィーは迷わなかった。
「私も行きます! サナちゃんの時に霙は助けに来てくれた。今度は私が霙を助ける番だから!」
エリンも迷わない。
「分かった。じゃあ僕達の加護をあげよう。彼らは無意識の化け物だから、理性の守護者の加護がないと強制的に恐れてしまうんだ」
そう言うと彼は二人に触れた。
「…………ん? エリン。君の幼少期の記憶と理性に不自然な歪みがあるけど、過去に誰かに洗脳でもされたのかい?」
「えっ?」
統括者の言葉を聞き、セラフィーの中で何かが一つに繋がった。
「そっか! だからあの時のエリンの魔法は高速移動じゃなくて瞬間移動だったんだ!」
「えっ? 何? 私ってどこか変なの?」
飛ばし飛ばしで進んで行く話に二人を交互に見ながら困惑するエリン。
「菫が槍を投げた瞬間にエリンが魔法を使ったのは私も繋がってたから知ってるけど、あの時の魔法はエリンの固有魔法を私の力で強化しただけなの」
「うん」
理解力が彼らとは格段に違うエリンとしてはセラフィーが何を言いたいのか全く分からない。
「統括者の言ってたことが本当なら、エリンの本当の能力は物体操作じゃないかもしれないんだよ?」
またしても話がエリンの想像を超えてどこかへ行ってしまった。
「???」
頭がハテナでいっぱいになるエリン。
セラフィ-の言っていることをどうにか理解しようと考えるが、どうしても分からない。
「固有魔法の能力が物体を操作することなら、どんなに強化してもテレポートはしないんだよ!? それなのにテレポートしたってことは、根本的に違う能力ってこと!」
ここに来てようやくエリンの理解が追い付く。
今まで霙に追いつこうと勉強した努力がここに来て報われた。
「それって物理学の話だよね?」
普通のルケイ人に同じことを言っても分からなかっただろうが、流人の話を元に記録された異世界の法則なども勉強していたエリンには分かる。
「確かにおかしいね……統括者さん」
「なんだい?」
「私の記憶の歪み、元に戻せますか?」
「記憶だけじゃなく理性にも歪みが出ているということは、君が思い出したくない記憶でもある。それでも元に戻すかい?」
思い出したくない記憶。トラウマ。
その先に何があるのかを考えると無条件に震え、さっきの恐怖に支配されそうになる。
「私には、言いたくなかった過去のことを話してくれた親友がいます。それに、どんなことがあろうと私を愛してくれると言った人がいる」
私は霙の過去を聞いたのに、私の過去の事はほとんど話さなかった。
ニコに操られている時に聞いた声は、私に本当の名前と永遠の愛を教えてくれた。
「正直、私の人生も酷かったけど……霙ちゃんの過去の話や扉の先の光景に比べたら……」
少しでも強くなれる可能性があるならば、どれだけの苦難が待っていようと乗り越えてみせる。
「私のトラウマなんかに私は負けない!」
今度は私が伝える番だ。
「そうか……本当は止めて欲しかったな」
「でも、私がいないと───」
「大丈夫だよエリン。あんな連中なんて、こいつらスーパーエゴとかがいれば治まるもん」
「まぁ、時間の問題だね」
「今は一刻を争うから私も焦ってるけど。エリンは自分の事に集中して」
直後、セラフィの姿が12枚の羽を持った天使の姿に変化する。
「主犯のグリエバ・ニコは僕達が捕縛しているし、気にすることはないよ」
そう言って統括者がエリンの頭に手を置く。
背の高いエリンとしては、自分より背の高い人が自分の頭に手を置くというのが新鮮で、なんだか恥ずかしい。
「それとエリン」
若干エリンの意識がボンヤリとし始めた時。
セラフィーの声が聞こえた。
「エリンは自分のトラウマなんてママのよりも楽だなんて思ってるかもだけど、自分を超えることがこの世で最も難しいってことは覚えておいてね」
ボンヤリとした視界の中、光り輝く天使が飛び立つのが分かった。
「記憶世界で自分を見失うと現実世界に戻ってこれないから気を付けるんだよ」
そして私は思い出す。




