48:終わりの始まり5
数多くのミゾレがこの城を目指した。
あるものは帝国兵に、あるものは城からの攻撃によって『内在世界』に帰っていった。
「返せ、さもなくばこの帝国を厄災と祟りでもって滅ぼしてやる。選べ、帝国の皇よ」
そうして辿り着いた一人の霙。
白と金を基調とした広い神殿のような場所。そこに座す煌びやかな服装のイルミンスール=メルデラナ=ウルメシア。
「この俺に向かって選べだと? 流人如きが……多少の才に恵まれているからと言って、俺に勝てるとでも思っているのか?」
「戦士でもない皇が私に勝てるの?」
互いが互いを罵る様子を見ていたセラフィーが口を出す。
「待ってよママ。今私がこの人間と話してるんだから、ママは後にして!」
「えっ!? 何でよセラフィ~。刺さってるけど可愛いよ?」
「…………。」
異常かつ歪んだ親子の様子に溜息すら出ないイルミンスール。
しかし、目を背けず黙っていたおかげで扉の方から歩いてくる流人の瞳が一瞬だけ虹色になるのが見えた。
「そう? 串刺しのセラフィーもカワイイ? 後でママも可愛く串刺しにしてあげるね」
(何なのだこいつら。互いに煽りあっているのか? それとも本心? いや、それは───)
「私は本心だよ?」
「セラフィーも本心だよ?」
「ッ!?」
心を読まれたイルミンスール。
しかし、彼が味わう驚きはこれからだった。
「…………さっきの魔眼か?」
「ブッブ~。違いまぁ~す」
「ママは今も魔眼を使ってますよぉ~? あれあれ? もちかちて見えないんですかぁ~?」
「かっわいそぉ~」
「カワイソウな人間さんですね~」
「「だからその子がそんなんになるんだよねぇ~」」
二人の言葉が重なる。
ここまで言われてイルミンスールも黙ってはいない。それに、何の警戒もなく歩いてくる流人を放置する気もない。
「───『彼方より来い』」
その言葉をトリガーに、セラフィーと霙が周囲に開かれた黒い輪から飛び出してきた槍や剣で串刺しになる。
元々串刺しになっていたセラフィーは、肉体が見えなくなるほどになっていた。
「キャハハ! これでママもお揃いだね」
「そうだね。お揃いだね」
これだけ串刺しになって、一体どこから話しているのか。
得体の知れない感覚がイルミンスールを襲う。
「お前ら、一体何なんだ。何故流人が俺の魔法で死なないのだ」
「ん? やっぱり階層制だったか。とりあえずセラフィーの言うこと聞けよ」
「こっちのメリットはさぁ、分かるでしょ? ゼロのとこに行きたいの」
あまりに会話が通じない。
とうとうイルミンスールも頭を抱え、目頭を押さえる。
あれだけ馬鹿にされたのに、もはや戦う気すら起こらない。
というか、これだけ相手が弱いのに殺せないのだ。これ以上イルミンスールにはやることがない。
「はぁ~~~~~~~~~~っ、分かった。話を聞いてやろう。それでアンリが救われるのなら、俺はそれ以上を望まない……」
長い長い溜息の後、イルミンスールは決断した。
その決断は帝国を統治する皇帝の立場を無視した、あまりにも傲慢な決断。
それでもいい。
最初からそのつもりだった。そのために民にアンリの魔法を忍ばせた。そのためにこの天使を利用しようと考えたのだから。
「……すべてアンリのためになるのだろうな?」
「まったくぅ~心配性だなぁ~。愛が深いゾ」
串刺しになりながらも軽口をたたく流人をチラリと見て、すぐさま檻の中のブキネズミを見る。
「話す前に人間さんに教えてあげる。私は天使じゃないし、私を利用してもゼロは絶対にアンリさんを元に戻したりしないよ」
「何故それが分かる」
「私に与えられた属性は天使や悪魔といった霊的かつ神の僕って感じだもん。そもそも、ゼロが私をどうこうしようとしてたのは私がルケイ人でも流人でもないうえに自分の立場を脅かす可能性があったからなんだよ?」
「違うそこじゃない。どうして俺の思考やお前らが知らないはずの俺の過去を知ったように話せるんだ」
「それは私もセラフィーも世界の真理の一つに辿り着いたことで『終の魔眼』を手に入れたからだよ。イルミンスール=メルデラナ=ウルメシア君」
「それも……終の魔眼とやらの能力か?」
「違うよ。これは能力なんかじゃない」
「違う世界を映している瞳を見たって、見えない君らじゃ瞳の色が変わっているようにしか見えないの。ね、ママ」
「そうそう。結局さ、見えるモノが増えれば増えるほど色が増えるから最終的に色が混じって黒に戻るんだよね」
どこか話がズレている。
そうイルミンスールは感じるも、こいつらにまともな会話が通じる訳もないと諦める。
「ママは二つだから全部見えるけど、私は右目だけだから半分なの」
「そうか」
心底どうでもいいといったイルミンスールの言葉に、連中が反応する。
「えぇ~何それー」
「ママと私が居なかったら何もできないくせにぃ~」
「だったらまともに会話してみろ。お前らの飛躍した話に付き合っている俺の身にもなってだな───」
「はい、アンリちゃん救出完了」
イルミンスールの言葉を遮った霙の言葉に驚きが隠せない。
「───な、…………アンリ?」
そして振り返り、さらに驚く。
「はい、あなたのアンリですよ」
すらりと伸びた手足に腰まで伸びた若葉色の髪は、低い位置でツインテールになっている。
袖の無い白のワンピースもそうだが、何よりその高い身長と大きな胸が彼女の名をさらに高めている。
「っ…………」
その姿を見て、イルミンスールは無言で立ち上がり彼女を抱きしめる。
「こうしてまたあなたを抱きしめられるなんて……なんとお礼を言っていいか」
「おぉ~噂に名高いユグドラシル=メルデラナ=アンリちゃんの美貌を見れて霙ちゃんも嬉しいな」
「セラフィーとしてママの方がキレイだと思うんだけどぉ」
「そう? ありがと」
突然やってきて突然救われていた。
あまりの展開の早さに心が追いつかないイルミンスールだったが、それでも一応の礼くらいはと串刺しになっているはずの流人の方を見る。
「お前ら、いつの間に……」
「え? アンリちゃんにかかってた魔法を分解した時だけど?」
「ママ! 私達もギュってしよ。ギュって」
「そうだね!」
檻の中で武器でできたハリネズミとなっていたはずの天使モドキと串刺しになって宙に浮いていたはずの流人がいつの間にか目の前にいる。
そして気付かぬうちにイルミンスールの固有魔法が解かれている。
「それも魔眼の力なのか?」
「だから違うっての! 魔眼はあくまでも道具で、魔法を解いたのは純粋な技術ですぅ~」
「「ね~」」
笑顔の彼ら二人の姿は確かに人間らしい。天使モドキを抱きかかえる姿など親子に見える。
だが、その姿に惑わされてはいけない。むしろここからがイルミンスールの本当の戦いともいえる。
「それで……アンリを救ってもらった対価はなんだ?」
片や支え合う夫婦。
片や抱きしめ合う親子。
「君らも含めて全帝国国民は『冥界』に来てもらうだけ。簡単でしょ?」
どんなものにも代えられないパートナー。
ようやく彼らは二人で一つの完成形となれたのだった。
「俺らに死ねと言ってるのか?」
「違うよ人間さん」
「違うわイル」
当たり前ともいえるイルミンスールの返答に、事情を知っている様子のセラフィーとユグドラシル=メルデラナ=アンリの言葉が重なる。
「アンリちゃんも固有魔法で知ってると思うけど、別に私は君達に死ねって言ってるんじゃないよ。ただ住んでいる世界を変えてほしいって言ってるんだ」
「そうなのか? アンリ」
「うん。ちょっと暗いけど、今の冥界はこの人の支配下だから大丈夫。ゼロ様も冥界までは手が出せないから」
「…………はぁ、分かったよ」
少し考えるも、愛する年上の妻が言ったことだ。
年下の夫として従わない訳にはいかない。
「よし、それじゃあ早速……うぐっ!?」
「ママ大丈夫!?」
「ハハハ、ダメかも。問題がいっぱいでぇ……ありゃ? クラクラぁ~混ざるぅ~」
突然目の焦点がおかしくなり、フラフラとその場で膝をつく霙。
「危ない!」
霙が倒れたことで抱きかかえていたセラフィーも倒れる。右側の手足と目がないセラフィーは受け身が取れない訳で、それにいち早く気付いたアンリがセラフィーをキャッチした。
「あ、ありがとうアンリ」
「大丈夫だった?」
「うん。アンリのお胸でダメージゼロだよ」
セラフィー余計な一言にイルミンスールが嫌そうな顔をしていたが誰も気付くことは無かった。
「はぁっ……セラフィー、二人の能力を繋いで『内在世界』に帝国の人達を全員逃がすんだ」
「おい流人。行くのは冥界じゃなかったのか?」
「今の冥界は私の精神世界と深く繋がってるんだよ。それよりも早く」
明らかに体調の悪そうな霙の焦った様子にアンリとセラフィーが心配そうにこちらを見つめていた。
「何か起こるのか? それなら俺も───」
「ダメだ」
遮る霙の声。
「俺が門を手に入れたらしいからよ、王国の絶対防御が飛んでくるってさ…………お~い霙、これでいいのか? ちゃんと説明したけどよ」
「…………うん。ありが…………」
「…………キヒ、おっすセラフィーちゃ~ん。分かるぅ? 内在世界の色欲担当ことリリナちゃんですよぉ~」
「「…………」」
初めて目にする霙の変貌に言葉を失うメルデラナ夫婦。
「何かあったんですか?」
「え~別に生きてるソッチは関係ないかもだけどぉ、エリンちゃん達とニコちゃんが『扉』を開けようとしてるせいで霙ちゃん本人の精神がさらに壊れちゃうかもって話」
「!?」
驚きのあまり何をどう言っていいのか分からなくなるセラフィー。
「一応こっちは全員戻ってきてるから大丈夫だとは思うけどねぇ~。今も制御系の連中とかがメッチャ走ってるし」
「分かりました。帝国の皆さんを送り次第そちらに向かいます」
「りょうか───SSSSIDIDIDIDSSSS───ego───いでぇ~す」
「ええっと、セラフィーちゃん?」
「はい。私の名前はセラフィー・ルシフェル。ここにいる神無月 霙の娘です」
「あ~……よく分からんが急いだほうがいいんだろ? どうしたらいいんだ?」
セラフィーが能力を開放し、灰色の右手足を出現させる所までは見えた。
それからはよく分からない。
(あ~、本当にヤバイなぁ~。脳みそを強引に開かれてるような感じ? もう痛みもよく分からなくなってきてる…………)
精神世界の扉。
それは封じられた記憶と感情。
トラウマ。衝動。イド。
霙は自分を保つために無意識的・意識的にだが様々なものを創った。
助けるもの。突き放すもの。優しいもの。厳しいもの。そんな『もの』達はすべて、霙のために生まれたのだ。
「いぎッ! …………ウゲラるてェええええ! キィィィィィィィィィィ!!」
そして多かれ少なかれ、誰しも隠している心というものがあるのだ。
霙の場合、創られたもの達の影響で『霙にとってためにならない』という部分まで扉の先に隠して封じている。
人間のドロドロとした部分。明かされてはいけない秘密・思考。
それが今、開かれようとしていた。




